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第五十話 ミルポロンの活動報告

10月9日訂正

ミルカの名前をルカに変更しました。

 私達家族は、白く冷たい氷が降る村で暮らしている。


 毎日のお仕事は『偉大なる王』様が快適に暮らせるような環境を作り出すこと。

 父は王様が狩って来た獲物の処理や武器の手入れなどを行い、母は料理を作る。私は飼っている動物の世話や薪割りをしていて、掃除や洗濯などは母と手分けをしていた。


 休みの日には狩りに出掛ける。弓矢の使い方は父が教えてくれた。


 今日の成果は兎を一羽。串焼きにしたら美味しいだろう。

 獲物を入れる革袋を忘れてしまったので、首を掴んだ状態で持ち帰る。


 踏み固められて凍っている雪の道を慎重になりながら進む。

 すれ違う人達は私を見ない振りしていた。別にいつものことなので、欠片も気にしていなかった。


 母いわく、ここの村人は異国人嫌いらしい。両親のかつての故郷も外部からの人間を歓迎しなかったので、同じような閉鎖的な場所なのだろうと言っていた。


 しかしながら、『偉大なる王』と妃は違う。彼らは毎日のように優しい笑顔で話しかけてくれる。


 そんな状況であったが、村人の中にも例外は居た。


『おい、巨人女、今日はその一羽だけか!?』


 この、名も知らない男は、幼少時から私に話しかけて来る変わり者だった。

 雪のようにキラキラと輝く白髪に、澄んだ青い目、透けるような白い肌という姿は、遠目から見たら他の村人と区別がつかない。

 ただ、馬鹿にしたような表情と悪意に満ちた喋り、意地悪な性格を現したかのような吊り上がった目は、彼の特徴とも言えよう。


 背も頭一つ分低いので見下ろしてしまう。すると、顔を真っ赤にして怒鳴り出すのだ。


『お前は、熊ばっか食っているから無駄にでかくなるんだよ!! いいか、今に見ていろ、背なんか抜かしてやるから!!』


 今日も尊大な様子でこちらを指差し、勝手に大きな声で何かを宣言してから走り去って行く。


 家に帰り、夕食の準備をする。

 獲って来たばかりの肉は硬くて食べられないので、父が狩って来ていた熊の肉でスープと串焼きを作る。


 熊の肉は獣臭さが強い。なので、粉末加工した香草を塗りこんで臭い消しを丁寧に行う。


 日が暮れてしばらく時間が経てば両親が帰宅をして来る。三人で食事を摂り、風呂に入ってから眠る。


 仕事がある日も、だいたい同じような毎日を過ごしていた。


 そんな暮らしに変化が訪れるのは、ある少女との出会いがきっかけだった。


『ねえ、ちょっと』

「?」


 声を掛けてきたのは、私から見たら背の低い少女。だが、村の女にしては背が高い。他に特徴はなく、白髪に青目という珍しくもなんともない、その辺で良く見かけるような容姿をしていた。


『あなた、領主様の所で働いている異国の人よね?』

「?」

『もしかして、まだ言葉を覚えていなくて、意志の疎通とかが出来ていないの!?』


 少女は私にいくつかの言葉を掛けていたが、どれも意味が分からなかった。


『ちょっとこっちに来て!!』

「?」


 何故か小さな家に連れ込まれてしまう。

 椅子を引かれて指差し、座れと言っているかのような言葉を掛けてくる。


『私はアイナ』

「?」

『アイナ! 名前!』

「アイナ?」

『そう!』


 自分を示しながら少女はアイナと言う。もしかしたら「アイナ」が彼女の名前なのかもしれない。

 私も同じように、自分を示しながら「ミルポロン」と言った。


『ふうん、ミルポロンっていうのね、あなた』

「……?」

『ねえ、ミルポロン。ここの言葉、覚えてみない?』

「?」


 その日から、私と「アイナ」の交流は始まる。


 ◇◇◇


 アイナは気配なく現れて、私を家に引き入れる。

 驚くべきことに、彼女は私にここの村で使われている言語を教えてくれるのだ。


「ねえ、夕食は、何を、作るの?」

「……肉」

「はあ? もっと具体的に教えなさいよ!!」

「?」


 色んな言葉をじっくりと時間を掛けて教えてもらったが、まだまだ会話には至っていない。アイナが早口になってしまえば、一つも言葉を拾うことは出来ないという。


 王様や王妃様には言葉を勉強していることを言っていない。喋れるようになってから驚かせようと思っていた。


「ミルポロン、ありがとう。助かるよ」

「!」


 言葉を理解すれば、『偉大なる王』様が見た目通り穏やかで優しい人だということも理解する。


「ミルポロン、もう遅いから帰れ」


 王妃様の温かな心遣いも分かるようになった。


 言っている言葉を理解すれば『ありがとう』をいう意味を表す胸を打つ仕草をする回数も増えてしまった。


 早く直接『ありがとう』を言いたい。けれど、今の拙い喋りでは恥かしい。


 私はアイナに見つけてもらう為に、村をうろつくことが多くなった。


「おい、巨人女、なにフラフラしているんだよ!」

「……」


 言葉が分かる事は、嬉しいことだけではなかった。

 私に絡んでくる男の、酷い言葉まで分かってしまうようになったからだ。


「男でも引っ掛けようと思ったのか? 今は観光の時期だからな」

「……」

「残念ながらお前みたいなデカい女、誰も見向きもしないから!」

「……」


 私が他の女性と比べて劣っていることはよく分かっていた。この村の女性達はみんな小さくて可愛らしい。常に笑顔を浮かべていて、顔を見たらホッと癒される。男性はみんなそんな女性を奥さんに迎えているのだろう。


 スカートの両端を掴み、じっと男が居なくなるまで待つ。この鮮やかな青いスカートはアイナが作ってくれたものだ。白い肌ではない私にはきっと似合っていない。一層みっともないような気分となる。


「おい、聞いているのか!?」

「!」


 肩を掴まれてハッとなった。

 そして、この時になって気がつく。


 男と目線が一緒になっていたことに。


「あ!」

「え!?」


 私が突然大きな声を出したので、男の目は大きく見開かれている。

 そういえば、この人の前で声を出すのは初めてかもしれない。


「なんだよ、いきなり声を出すからびっくりするじゃないか!」

「あなた、背、伸びて」

「は!?」

「大きく、なって」

「!!」


 近くに居た男がざざっと後ずさりをする。


 目の前の男に絡まれ続けて数年程。初めての反応がとても新鮮だった。

 今まで一方的に怒鳴られるばかりで、鬱憤も溜まっていた。


「何故、私、話す、来る?」

「う、うるさい!!」

「わけ、教えろ」

「いいだろう、なんだって!!」

「大きな、声、駄目」

「お前の声も大きいだろうが!」

「お前、違う。ミルポロン」

「!!」


 そう言えば男の名前を知らない事を思い出す。


「名前、教えろ」

「なんて上から目線なんだよ」

「ウエ、カラ、メセン、名前?」

「チッガーウ!!」


 その日から私の逆襲は始まる。


 男の姿を見つければ寄って行って絡むのだ。


「見つける!」

「見つけるってなんだよ!! 正しくは『見つけた』だ」


 彼は怒りながら私の言葉の間違いを指摘してくれる。


 そんな事情もあり、私の言語力は飛躍的に上がっていった。


 ◇◇◇


 今日も私は薪を割る。


 薪割りは好きな仕事だ。

 斧を叩きつけて、綺麗にぱっかりと割れる感触がなんとも言えない。


 薪割りをする私の背後から気配がする。


「おはよう、ミルポロン。今日も早いね」


 振り返れば、優しい王様の姿があった。

 『おはよう』は朝の挨拶。私達家族はそれも知らないで長年過ごして来た。


「これ、ご褒美」


 手の平に置かれたのは、焼きたてのパン。


「暇だったから裏の窯で焼いたんだけどね。チーズが入っているやつ。良かったらど~ぞ」

「あ、ありがとう」


 見開かれる青い目。


「え、ミルポロン、今、ありがとうって、嘘っ!?」


 初めての『ありがとう』はきちんと伝わったようだった。


 ◇◇◇


「あ~もう!!」


 アイナは弓を雪の上に放り出す。


「無理じゃない、こんなの!」

「みんな、最初は、こんな」

「嘘よ!」


 ここ数日は朝からアイナの弓の訓練に付き合っていた。

 どうやら彼女は小型動物を狩れるようになって家族を驚かせたいらしい。


 そもそも、私に言葉を教えてくれたのは、弓を教わる為だった。


「大丈夫、出来る、まで、付き会う」

「当たり前じゃない! お友達でしょう、私たち?」

「!」


 『お友達』。アイナは初めてのお友達になってくれた。


 彼女にとっても私が初めての『お友達』だと発覚したのは少しだけ後のお話。 


 それから、『偉大なる王』とそのご家族との関係もほんの少しだけ変わる事となる。


『この熊は家族で食べてくれ』

「領主様、父は、この熊、みなさんで、召し上がるように、と」

「そっかあ。ありがとね、テオポロン」


 私は通訳が出来るようになった。最近では父と母も言葉を覚えようと努力を始めている。 


 長年私にまとわり付いていた男、ルカは相変わらず、ではなかった。


「ルカ、居た!」

「!?」


 私の逆襲は今も続いている。


「お、驚かすなよ!」


 アイナいわく、彼は私の気を引きたいが為に絡み続けているのだと言っていた。

 そうだと分かれば、ルカの暴言なんて可愛いもので、全く気にならなくなった。


 アイナやルカのおかげで私の生活環境は一変する。


 今は毎日が楽しいと、そんな風に思えるのだ。


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