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第四十二話 キノコ狩り

 夏になれば太陽が沈まない白夜という期間が訪れる。一日中太陽が昇らない極夜と正反対の現象だ。

 そんな日々が来れば、森の中はキノコ狩りの季節となる。ベリーを摘んで入れていた籠は、キノコで満たされるのだ。


 森の中もすっかり夏の色となっていた。鮮やかな緑は心を落ち着かせてくれる。


 そんな中を歩いていると早速キノコを発見した。


「あ、ジーク、これ毒キノコ」

「見るからに、だな」


 派手な赤い傘に黄色い斑点のあるキノコ。いかにも、な毒キノコだが、そこまで毒性の強いものではない。具合が悪くなり、体の痛みと幻覚に苛まれながら三、四日程寝台の上でのた打ち回る程度だ。ちなみに、お医者さんに掛かっても解毒剤は存在しないので注意が必要。非常に美味とされていて、塩漬けにしてから毒を抜き、食用にする地域もあるという。


 毒キノコを通過すると、本日二個目のキノコを見つけた。


「これも毒キノコ」

「普通に美味しそうだ」


 次に発見したのも毒キノコ。丸っこい茶色い傘を持つキノコは普通に店に並んでいても違和感の無い姿形となっている。だが、致死性の猛毒を持った危険な種類だと言われていた。なので、食用にしたら、駄目、絶対! 

 傘の裏のひだまで茶色いのが特徴。


 傘が大きくて肉厚なキノコも毒、白くて作り茸に似たキノコも毒。脳みその形に似ているキノコは沸騰させた湯の中で煮れば毒性は消えるとされるが、煮ている時の湯気を吸い込めば中毒となり、生で食べたら死に至る事もあるものなので、進んで食べようとは思わない。あと見た目も微妙。


 それから先も出会うのは毒キノコばかり。完全に毒キノコ観光となってしまった。


「あ、これは大丈夫!」


 ようやく発見したのは、傘は丸くて柄がずんぐりとしたもの。香りがよく、煮込み料理に適している。乾燥させると風味が変わるという不思議なキノコだ。たくさん生えていたので、二人でしゃがみ込んで採取させて貰う。


「ここにはどれだけのキノコがあるのか。地面を注意しながら進めば、こんなにもキノコだらけだったとは」

「そうだね。……森の中には百種類以上の食用キノコがあって、毒キノコも五十種類位って言っていたかな」

「なんだか恐ろしいことをしている気分になる」

「食べられるキノコだけをしっかり記憶していたら問題は起きないよ」


 これは美味しそうと冒険心を起こす者がうっかり中毒を起こしてしまうのだ。


 この夏の時期、毒キノコを食べて大変なことになる村人が出ていたが、森で良く見かける毒キノコを絵に描いて村のお知らせ掲示板に貼ったら具合を悪くする者も少なくなった。そんなキノコの毒性は本当に怖ろしいので、慎重に採取を進めなければならない。


 午前中は森の中を散策し、籠の中いっぱいのキノコを得る。


 ルルポロンは休みなので、今日は自分達で昼食の準備をしなければならなかった。

 食べるのは勿論採りたてのキノコ料理だ。


 夏の時季は暖炉で料理が出来ないので、屋敷の裏にある簡易台所で調理を行う。

 腰を曲げてうろうろしたので、思いのほか疲れている。なので、簡単なものを食べようとジークと話し合って決めた。


「このキノコは傘の小さなものが美味しいんだよねえ」


 籠の中にあるのは、一番美味しい大きさの物を選別して採ったキノコ。良い物が採れたと満足気に眺めながら、鼻で香りを楽しむ。


 丁寧に刷毛で土を払い、濡れた布で優しく拭き取ってから調理をすると濃厚な香りが食べるときまで残っていると言われていたが、その方法だと噛んだときに土がジャリ、となる時があるので、自分は水でざぶざぶと洗ってしまう。


 ジークは隣で黒麦パンを切り、表面にバターをたっぷりと塗っている。それから、火が大きくなったかまどに平たい鍋を仕掛け、そこにもバターを落としていた。


「もう何かそれだけで美味しそう」

「もっと美味しくなるのだろう?」

「そうでした」


 そんな風に言ってから、ジークは家の中でする事があるというので居なくなる。

 一人になってしまったので、料理に集中をすることにした。


 綺麗に洗ったキノコの固い軸部分を切り落とし、薄く切り分ける。

 それをジークが用意してくれた鍋に投下し、軽く火が通った所で四角く切った猪の燻製肉を入れて香辛料を振りかけた。キノコがしんなりとなったら完成だ。

 それを、先ほどのバターを塗った黒麦パンの上に載せてから、最後に粉末にしたチーズをかけて食べるという、手抜き料理だった。


 出来上がったパンを持って家に帰れば、ジークが朝の残りのスープとコーヒーを準備して待っていた。


「冷たいベリージュースの方が良かったか?」

「いえいえ、とんでもない」


 席に着き、自然の恵みを齎してくれた精霊に感謝をしてから食事を始めた。


 まだ柔らかさの残る黒麦パンにキノコと燻製肉のバター炒めが載ったものに齧り付く。キノコから旨味がじわりと溢れ、香草の効いた燻製肉からも塩気とコクが溢れ、口の中に広がる。バターとチーズがパンの香ばしい風味を際立たせてくれた。全体的にこってりしているが、実に美味しい一品だった。


「酒が飲みたくなる味付けだ」

「本当に」


 この前飲んだ麦芽酒を思い出す。こんな汗ばむ日には、キンキンに冷やしたものを飲みたいなあと、ありもしないお酒に思いを馳せてしまった。


 コーヒーを飲んで心を落ち着かせ、なんとか午後も頑張ろうという気にさせた。


 ◇◇◇


 お昼からはジークと別行動になる。近所の奥様と刺繍をするらしい。


 自分は途中までついて行って、土産屋の前で別れた。


「こんにちは」

「あらまあ、領主様」

「子熊持ってきました」


 なんとなく空いている時間に作った木彫り熊を土産屋へと納品する。この時季は観光客などほとんど居ないが、たまに辺境好きの旅行者が訪れたりするので、用意をしておくのだ。


 ふと、精算台の上に並べてある銀細工に気付く。


「これは?」

「それかい? この前銀細工商人が来ていただろう? その人がここで売ってくれって」

「ああ……」


 ジークの耳飾りを購入した商人か。村人もやって来る土産屋兼商店に商品を委託するのはなかなかのやり手だな、と思った。


 花の形をした、透かし細工の首飾りが気になってしまう。とてもジークに似合いそうだった。


「買うのかい?」

「いいえ」


 そんな余裕など無い。耳飾りだけで結構な出費だったのだ。

 見るだけならば無償タダなので、気が済むまで眺めさせて貰う。そんな事をしていたら、お客さんが入って来た。


「いらっしゃい。あら、お久し振りですねえ」


 店に来たのは客ではなく、この村の伝統工芸を都で売っているという雑貨屋の店主だった。わざわざ二、三ヶ月に一度買い付けに来ているらしい。


 そんな店主が、自分の持っていた木彫りの小熊を気に入り、土産屋の倍の値段で買い取ってくれた。思いも寄らない大きな額の臨時収入に、小躍りしてしまいそうな気分となる。


「それで、買うのかい?」

「いいえ」


 お金は大切だ。いくらジークに似合いそうだからって、この前みたいに即決で買うわけにもいかない。

 それに、村の予算が足りなくなる時期でもあるので、余計な出費は出来ないのだ。


 完全な冷やかし客となっていたので、熊印の麦芽酒を何本か買って帰る。


 家に帰ればキノコを洗って、網に干す作業に取り掛かった。乾燥キノコは冬のスープを彩る貴重な食品となる。天日干しをしたキノコは生の物より旨味成分が凝縮されて美味しくなり、栄養価が高くなると言われている。そんな話を聞いたら乾燥させるしかない。

 だが、生のキノコにも魅力はある。コリコリとした噛んだ時の食感が堪らない。それが今の時季の楽しみとなっている。


 そんな作業をしていれば、ジークが帰って来た。


「ジーク、夕食はどうする?」

「昼に作ったキノコの炒め物があるだろう? それと、酒」

「あ、麦芽酒買って来たんだった」

「それは素晴らしい」

「でしょう?」


 夕食は昼食の残り物と作り置きしていた魚や肉の瓶詰めを並べ、黒麦パンと一緒に食べるという、手抜きにも程があるという品目となった。


 食事が終われば風呂に入り、また居間に集まってから遊戯盤をして時間を過ごす。


「夜なのに明るいのも不思議だな」

「ついつい夜更かしをしてしまうんだよねえ」


 一日中太陽が沈まないという白夜。

 そのお陰でジークと夜更けまでゲームに興じる事となる。


 最近の二人揃ってのお疲れ状態は、夜遊びが原因だったという。


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