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第四十三話 様々な変化

 家の敷地内が干したキノコだらけになれば、またベリー摘みを再開。この時季になったら実る品種があり、実りの時季が終わるまでに摘み取りに行かなければならない。


 ジークと二人、野山を分け入ってベリーの生っている木を探す。


「あった!」


 見つけたのは薄緑色で半透明のべリー。


「これもベリーなのか?」

「そうだよ。カラントの仲間でグズベリーって名前」


 どこの言葉だったか、『グズ』は異国語でガチョウという意味で、ガチョウグズ料理のソースにぴったりなのでグズベリーと付けられたらしい。この辺ではグリーンカラントと呼ぶ人も居る。

 グズベリーは粒が大きく、他のカラント類よりも甘いので生でも美味しく頂ける。葉は薬効があり、外傷の手当てにも使われるという。


「枝には棘があるから気を付けてね」

「了解」


 ベリーの木はほとんどが低木だ。なので、本日も中腰での収穫作業である。


 次に探し当てたのは黄色いベリー。


「うわ、いっぱいってるー!」


 目の前には太陽の光を受けて輝く宝石のようなベリーがあった。


「リツ、これは?」

「ラズベリー」

「へえ」

「この森に自生しているものはほとんど黄色い実かな。赤や紫、黒の方が珍しいよ」


 甘酸っぱいベリーの代表格、ラズベリー。市場で購入すれば結構なお値段で売っており、一個の粒も大きい。森の中で発見したらなんだか得した気分になるベリーだ。


「そういえば、土産屋のおかみさんが初めてこの黄色いベリーを見けた時、熟れるのを待っていたのに一向に赤くならなくて不思議に思っていたって言っていた話を思いだしちゃった」

「私も、黄色のラズベリーは初めて見る」

「そっか~」


 異国人にとって、黄色いラズベリーは珍しい品らしい。


 プチプチとベリーを摘んでから籠を満たした後に帰宅をした。


 お昼からはジークと別行動となる。

 まず向かったのは、村の外れにある一軒の空き家だ。


 周囲の民家から隠れるようにしてある家は、父親が研究をする為だけに建てたものだった。ところが、伯爵家のお屋敷から遠い、荷物を運ぶのが大変だと言って、結局は使わないままだったという、『お金の無駄使い御殿』と密かに呼んでいる建物だ。


 ここをエメリヒに貸す約束をしていたので、中の様子を見に来たという訳である。


 鍵を開けて部屋の中へ入れば、まあ埃臭い。室内には机と椅子、本棚に寝台と一通り生活出来そうな家具は揃っていた。全て木製の品なので、磨けばすぐに使えそうだ。


 持って来ていた掃除道具で軽く清掃をして、家から出る。本格的に綺麗にしようと思ったら、きっと一日では済まないので、また今度にすることにした。


 次に向かったのはアイナの元。

 いつもの路地裏の樽の陰に、隠れるようにして彼女はちょこんと石の上に座っていた。


「アイナ!」

「!!」


 眉間に皺を寄せながら縫いものをするアイナに声を掛けると、目の前の、しかも至近距離だったにも関わらず、肩を揺らして驚いた表情となっていた。どうやら周囲の状態も目に入らない位集中をしていたようだ。


「な、なに!!」

「いや、アイナのお母さんとお婆さんの具合はどうかなって思って」

「お母さんは元気になったわ。領主の薬のおかげ。……多分」

「そう、良かった」


 アイナの母親は腰を痛めていた。なので、港町で腰痛に効く薬を買い、持って行って渡していたのだ。お婆さんの方は滋養に良い煎じ薬を渡したが、飲んでくれなかったという。


「でも、お祖母ちゃんも起き上がれるようになったから。前よりはいいよ」

「そっか」

「薬代、ちょっと待って」

「いいよ。他の村の人からも、相談があったら薬とか分け与えているから」

「借りを作るのは嫌なのよ」

「頑固だなあ」


 アイナは喋りながら針に糸を通している。


「ねえ、どうしてこんな所で針仕事を?」

「別にいいでしょう」

「やり難くない?」

「……」


 事実、アイナは先ほどから針に糸を通すだけの作業を、柔らかな風に阻まれていた。


「もしかして、内緒の仕事?」

「……」

「ねえ、アイナ」

「違うわ!」


 そう叫んだ瞬間に、握っていた布を落としてしまう。拾い上げればそれが何かが発覚した。


「こ、これは」

「返して!!」


 手ぬぐいには繊細な鳥の刺繡と、『エメリヒ・ダーヴィット』の名が丁寧に縫われていた。

 異国人の男の名入りの布など、家の中で縫えない訳である。


 アイナは顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。

 そんな様子を見ない振りをしながら、ある提案をする。


「そうだ!」

「?」


 アイナにエメリヒの家の鍵を渡す。


「なに、これ?」

「エメリヒの家の鍵」

「!!」

「ちょっとね、まだ汚れているんだけれど、綺麗にしたら使えるから」

「どういうこと?」

「エメリヒが来るまで好きに使っていいってこと」

「!!」


 外で手紙を読んでいたり、こそこそと刺繡をしていたアイナにちょうど良い場所だと思ったので一時的に貸すことにした。


「村の外れの赤い屋根の家、分かる?」


 アイナはコクンと頷く。父の研究の為の家は子供たちの間で謎のおばけ屋敷として有名だったらしい。


「お爺さんに見つからないようにね」

「分かった」

「でも、お母さんには言っておいた方がいいかもね。エメリヒの事も」

「……」


 アイナのベルグホルム家に嫁いで来た母親はそこまで異国人を嫌っている訳ではない。もしも、何かが起こった時の為にこの家の存在を伝えておく方が良いと思ったので、余計なお世話かもしれないと思ったが助言をさせて貰った。


「分かったわ」

「よろしくね」

「あ、あの」

「?」


 アイナは消え入りそうな声で「ありがとう」と言う。


 彼女も、少しずつ大人になりつつあるのだな、と子供の成長に感動を覚えてしまった。


 ◇◇◇


 帰宅をすれば来客があるとミルポロンから示され、客間へと向かう。


「ああ、どうも」

「こんにちは」

「いきなり押しかけて申し訳ありません」

「いえいえ」


 来客は、この前木彫りの小熊を売りつけた商人だった。

 話を聞けば、このまえ売った品物の売れ行きが良かったので、追加で注文をしたいという。


「ええ、それは是非とも。それで、数は如何ほどお入用ですか?」

「来月までに二十五、お願いをしたいのですが」

「う、う~ん」


 もうすぐ鳥猟が解禁となる。狩猟が始まれば色々と忙しくなるので、暢気に熊を彫っている暇など無くなるのだ。

 それに摘んできたベリーの加工もまだ手を付けておらず、秋になるまでに魚釣りや薬草集めもしなければならない。


 難色を示していると、商人が覚悟を決めたかのような顔で、一枚の紙に何かを書き込んでいた。


「では、このお値段では?」

「……」


 予想していた値段よりもかなり多い金額を示された。


 この先トナカイの森の柵の補修作業も始まる。組んでいた予算では足りないだろうと頭を悩ませていた所だった。このお金があれば予算の補填も可能だ。

 来月までに二十五。ちょっとだけ夜更かしをして作ればなんとかなるだろう。そう思ったので、仕事を請けることにした。


 それから暇を見つけては小熊を彫るという毎日を過ごす。


 しかしながら、すぐに睡眠不足となって、ふらふら状態となっていた。

 ジークにはすぐに気付かれ、熊作りは止めろと言われたが、請け負った仕事を放り出す訳にもいかなかったので、そのまま続けていた。


 だが、あっさりと限界は訪れる。


「駄目だ、もう」

「だから言っただろう」

「……はい」


 窓辺の長椅子に力なく腰掛け、眉間を解して眠気をどうにかしようとしたが、どうにもならない。


「ジーク、十五分、いや、十分経ったら起こして」

「分かった」


 そんな風に返事をしてからジークは長椅子に座り込むと、膝をどうぞと言わんばかりにこちらに視線を送って来る。


「お膝を、貸していただけるってこと?」

「いいから早く寝ろ」


 お言葉に甘えて膝枕を借りる。

 ほどよい柔らかさの太ももを堪能してから眠りに就こうと思っていたのに、ごろんと横になったらいつの間にか意識は無くなっていた。


 ◇◇◇


 優しく頭を撫でる手に起こされる。

 温かい手は、ゆっくりと髪の毛を梳くように触れていた。

 倦怠感しかなかった体も楽になり、眠気も無くなっている。これがジークリンデの力! と思っていた所に村の時間を知らせる鐘が響き渡っていた。


「――う、うわっ!!」


 その鐘は夕刻を知らせるものだったので、慌てて飛び起きてしまった。念の為に時計を見ても時間は夕方。仮眠を取ったのは昼食の後だったので、三時間ほど眠っていたことになる。


 白夜なので外は明るいまま。時間の感覚がまるで無かったのだ。


「あれ、もしかして、起こしたけれど起きなかったとか!?」

「いや、起こさなかった」

「ど、どして?」

「気持ち良さそうに眠っていたから」

「……」


 頭をなでなでしていたのは、どうやって起こそうかと考えている最中の無意識の行動だったらしい。もうちょっとだけ眠っている振りをしていれば良かったと後悔をする。


「一体、どうしてそのような疲労困憊状態になるまで必死になって熊を作っていた?」

「それは」


 お金が無いから、なんて言えない。でも、ジークは自分の不審な行動に気付いてしまっている。

 それに、隠し事はしたくなかったので、正直に言うことにした。


 ――村の予算が足りないので、それを補填する為に内職をしていました、と。


 情けない。お金が足りないとか本当に、情けなさ過ぎる。

 祖父の頃は予算が足りないという事態は無かった筈だ。なのに、自分の代から資金不足になるのは、どこかに無駄があるということだ。


 そのことを、包み隠さずにジークに告白をする。


「そうだったのか」

「……」


 そんな風に呟いてから、ジークは項垂れる自分の背中を励ますかのように擦ってくれた。


 そして、一つの助言をくれる。


「ヘルマン・アールトネンに相談をしてみてはどうだろう?」

「!」


 ヘルマン・アールトネンとは最近要塞にやって来た軍人さんだ。なんでも、長年軍の資金運用関係の事務仕事をしていたらしく、意見を聞いてみてはどうだろうかと話をしてくれた。


「そうだね。話をしてみようかな」


 そんなこんなで必死に熊を作り続け、ジークの助けもあったからかなんとか納品日に二十五体、揃えることが出来た。


 それを見た商人は大喜びで商品を受け取ってくれる。


「次回は……もう忙しいですよねえ」

「そうですね」


 気がつけば、森は鮮やかな秋色に染まりつつあった。

 部屋に引きこもって熊ばかり作っていたら、夏もいつの間にか過ぎ去っていたという。


「あの、良かったら、これ」

「!」


 商人に差し出したのは、木彫り熊の作り方の詳細が書かれたもの。


「腕の良い職人なら、見ただけで作れるかと」

「こ、このような、大切なものを、よろしいのでしょうか!?」

「はい。しばらく作れそうにないので」

「そんな、こんなものを外部へと流出させれば、職人生命の危機になるのでは!?」

「いえ、大丈夫です」


 自分、熊の木彫り職人ではないので……。


 このようにして、無茶な金策をするのはこれが最後となる。

 天才的な資金運営術を持つヘルマンの手腕により、村の資金も余るようになったからだ。


 一番頭を悩ませていたことが解決し、気分も一気に楽になったという。


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