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彼と彼女の不器用雪国生活

 アイナちゃんの衝撃の発言を聞いたあと、食事が運ばれて来る。

 リツ君のお母さんと、近所の奥さんが心を込めて作ってくれたごちそうであった。だが、

 いろんなことが頭の中を過り、食事を味わう余裕がなくなっていた。


 途中、村の酒場兼喫茶店を手伝わせてくれと、頭を下げることになる。

 リツ君夫婦もお母さんも、嬉しいと喜んでくれた。


 食後のお茶を飲み、一息つく。

 女性陣は異国の刺繍について盛り上がっていた。

 俺とリツ君は女性陣を眺めている。


 アイナちゃん、とっても楽しそう。良かった。


 人見知りをしがちなアイナちゃんだったが、リツ君のお母さんとは仲良しだったらしい。

 今度は、伝統工芸品の話に花を咲かせている。

 ジークリンデ曰く、リツ君のお母さんは村一番の細工師のようで、目を輝かせながら話を聞いていた。


 突然、リツ君がポンと肩を叩く。


「あ、そうだ! エメリヒ、作業部屋が見たいって言っていたよね、案内するよ!」

「え!?」


 そんなこと言ったっけ? と首を傾げる。

 返事をする前に腕を引かれ、そのまま二階に上がることになった。


 ……っていうかリツ君、結構力強いな。


 作業部屋の灯りが点される。

 そこは木と薬剤(?)の混ざった不思議な匂いがしていた。

 棚には木の塊と工芸品が並べられている。

 職人の部屋という感じだ。


 木を削る刃なども十数本あり、綺麗に手入れをされている。

 いつ見ても、繊細な手工芸の数々は見事としか言えない。


「ごめんっ、エメリヒ!」

「え?」

「……その、アイナのこと」

「ああ」


 なんでも、村の娘さんは結婚前夜、母君より嫁入りするための大切な知識を習うらしい。


 アイナちゃんのお母さんは、なんと言うか、もうとっくに致しているのではと思い、笑顔で娘を嫁に出したのではとリツ君は話している。


「本当にごめん! なんだったら、うちの奥さんに頼んで、いろいろ伝えることも出来るけど」


 ありがたい申し出だと思った。けれど、お断りをした。


「エメリヒ、いいの?」

「アイナちゃん、いっぱいいっぱいだから」


 今はまだ、新しい生活に慣れようとしている最中だ。

 彼女はとても不器用な子で、アレコレといろんなことを器用に出来るタイプではない。


 二人で国を渡ったあともそうだった。

 アイナちゃんは俺を盛大に警戒していた。

 まあ、警戒と言うよりは、人見知りと言うか、極度の緊張と言うか。


 睡眠を取れなかったからか、真っ赤な目で朝食を用意してくれる日も少なくなかった。

 そんな生活を続けていると、大家さんに「無理をさせているのでは?」と指摘されたこともあった。

 俺も鈍くて、「確かに、無理をさせているかもしれない」と答えたら、「夜はゆっくり寝かせてあげて」と言われ、頭の上に疑問符をたくさん浮かべたのを覚えている。


 大家さんの心配は大変な誤解だったけれど。


 そんなこともあったので、昨日の晩はぐっすり眠ってくれて安心したところもあった。

 一緒に寝たのはもちろん初めてだったけど、緊張することなく十分な睡眠を取ってくれて嬉しかった。


 でも、異性として意識されていないのでは? と危機感を覚えたりもしたが。

 まあ、でも、アイナちゃんが元気で暮らすことが一番重要だ。

 今はそれでいいということにしておく。


「エメリヒ、ありがとう」


 ひしっと、リツ君は手を握ってくれた。

 アイナちゃんを大切にしてくれて嬉しいと言う。


「俺も、エメリヒの気持ち、よく分かるから」

「?」


 どういうことかと聞いてみれば、リツ君夫婦の驚くべき秘密が語られた。


 あんなに仲が良いように見えた二人は、一年間仮面夫婦だったらしい。


 リツ君は夜会で一目惚れだったらしいが、ジークリンデはそうではなかった。

 なんでも、周囲から結婚をせっ突かれていたという事情があった。


 利害の一致で結婚することになったが、婚姻を結ぶ前にジークリンデはある契約を持ち出した。


 一年共に暮らし、気に入れば、妻として受け入れて欲しいと。


「俺、ずっとその契約を聞き間違っていて、ジークがこの結婚生活を気に入らなかったら、夫婦関係を解消されるって思い込んでいたんだ」

「最終的に選ぶのは、ヴァッティンではなく、リツハルド君だったってことだと?」

「そう。笑っちゃうよね」


 勘違いの契約により、リツ君は嫌われるのではないかと、時折焦りを感じながら、ジークリンデと暮らしていたらしい。


 表向きは夫婦だが、家の中では共同生活を送る住人として接していたと話す。

 彼はジークリンデにベタ惚れ状態で、いろいろと大変な思いをしたらしい。


「だって、うちの奥さん、可愛いでしょ?」

「え!?」

「ん?」

「あ、すみません、続けて下さい」


 ジークリンデが結婚すると聞いて、求婚した過去があった。

 だが、今思えば、あれは彼女が居なくなる寂しさから生まれた感情だと思っている。

 回し蹴りをされて、目を覚ました。

 あれは、愛情からの行動ではなく、純粋な友情からの行動だった。


 そんなわけで、俺はジークリンデが全く可愛いように見えないが、リツ君にとっては可愛いくて、愛らしい奥さんなのだ。


「それで、一年間、ずっと我慢の連続で……」


 こんなに人懐っこくて、誠実なリツ君だから、きっとすぐに上手くやっているものだと思っていた。

 だが、現実は違ったようだ。


「まあ、そんな訳だから、エメリヒも悲観しないで」

「ありがとう」


 今日、話を聞けて良かった。

 自分が不器用だから、こんな事態になってしまったのではと、こっそり責任を感じていた。

 でも、そうじゃなかった。

 みんな、同じようにいろいろな問題を乗り越えて、夫婦になるんだということが分かり、大変勇気づけられた。


「エメリヒ、結婚は他人同士が家族になるっていう、奇跡のようなことなんだよ」


 生まれた環境、習慣、好み、何もかもが違う。

 衝突があるのは当たり前だし、楽しいことばかりではない。


 けれど、素晴らしいことも山のようにあると、教えてくれた。


 もう一度、話をしてくれて、聞いてくれてありがとうとお礼を言う。

 それからアイナちゃんと二人、家に帰ることになった。


 家の鍵を開けて扉を引けば、ロッサがにゃあにゃあと言いながら出迎えに来てくれた。

 い奴めと抱き上げようとしたが、素早い動きで避けられてしまった。

 アイナちゃんに抱っこをせがんでいる。


 い、いけず……。


 ◇◇◇


 翌日から、早速リツ君一家のお店の手伝いをすることになった。

 店の名は『辺境酒場・紅蓮の鷲亭』。

 なんというか、奥さん愛が分かる店名だと思った。


 ここで俺に命じられたのは、給仕係。

 お客さんから注文を聞き、厨房に知らせ、出来た料理を運ぶお仕事を任される。


 ここの国の言葉は、未だに片言だ。

 だが、聞き取りはマシなような気がするので、頑張ろうと思う。


 給仕はジークリンデが教えてくれると言った。


「……あの」

「なんだ?」

「お店の給仕、俺とヴァッティンの二人とか、厳つくないかと思って」

「……」


 ――可愛らしい外見のお店で待ち構えているのは、二人の元軍人。


 ジークリンデは遠い目をしていた。

 俺も、遠い目をする。


 給仕のお仕事も、覚えることは多い。

 とにかく、回数を重ねて慣れるしかないなと思った。


 様々な心配をしていたが、どれも杞憂に終わる。意外にも村人達はみんな優しかった。

 注文を聞き返しても怒らないし、頑張れと応援もしてくれた。


 ここで働くのは、いい経験になった。

 村人達に顔を覚えてもらい、怪しい者ではないとアピールすることが出来た。

 アイナちゃんも暇があれば給仕をする。

 村人に向ける笑顔はまだぎこちないものであるが、温かい目で見守ってくれている。


 午後からはアイナちゃんのお祖父さんと釣りに行く予定だ。

 体を悪くしていたらしいが、最近動けるようになったらしい。


 お祖父さん、まだ怖いけれど、これも慣れかなと思った。


 夜。


「おやすみなさい」

「お、おやすみ」


 今日もアイナちゃんは沢山働いて、眠そうだ。

 ロッサを胸に抱き、横になっている。

 布団に潜り込むと数秒で、安らかな寝息が聞こえてきた。


 ――うん。寝る子はよく育つ!


 早く大人の女性になっておくれと、お祈りをする。


 彼女の成長も、いつの間にか楽しみに思うようになった。


 ……そう受け止めるように、自分に言い聞かせておく。


 明日も頑張ろう。

 胸に誓って、眠ることにした。


 アイナとエメリヒの、雪国狩り暮らし おわり


エメリヒ編、お付き合いありがとうございました。

あと、年内最後の更新となります。また来年もよろしくお願いいたします。

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