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辺境酒場計画!

 村の酒場計画はどんどん進んで行った。

 お店の位置は土産屋さんの隣に決まる。嬉しいことに、おかみさんと旦那さんは大歓迎だと言ってくれた。


 現在、店の建築が着々と続いている。

 村の職人は良いお仕事をしてくれているようだった。

 お店は木製の平屋建てで、屋根は白、壁は青に塗って貰おうと思っている。村が赤い家ばかりなので、目立ちたいという気持ちと、ジークが好きな色にしたかったからという理由があった。


 完成は二ケ月後。

 極夜カーモス前には開店したいところである。

 あと三ヶ月位で極夜となる予定だ。


 酒や缶詰の仕入れ、内装を考えたり、お店で出す品目を考えたり、やることは山のようにある。


 欝々とした極夜を楽しく過ごせる場になればいいなと考えながら、日々頑張っていた。


 ◇◇◇


 息子も寝静まった夜に寝室で二人、僅かな灯りの中でごそごそと物音を立てる。


 ジークの実家より贈り物が届いていた。大きな木箱が三箱。

 ジャガイモとリンゴがひと箱ずつ。もうひと箱は義父からの手紙によれば、色々な品が入っているとのこと。


「リンゴは今が旬だな」

「そうなんだ~」


 リンゴはこの辺に自生しないので、なかなか馴染み薄い果物だ。どうやら義父の牧場の片隅で育てている品種らしい。

 ジークはリンゴを手渡してくれた。味見をしてもいいらしい。

 お礼を言って受け取ってから、上着で表面を拭いて一口。


「――うわっ、酸っぱい!!」


 アルノーが起きてしまうので、慌てて自分の口を塞ぐ。


 ジークはふっと噴き出すように笑っていた。


「そんなに酸っぱくはないだろう?」

「酸っぱいって」


 ジークの手のひらに食べかけのリンゴを載せ、本当に酸っぱいので食べて欲しいと勧めた。

 しかしながら、予想に反して、平然とした顔で酸っぱいリンゴを召し上がる奥様。


「え、酸っぱくないの?」

「いや、別に」

「そんな~」

「普通に美味しいが」

「う~ん」


 そんな会話をしていれば、一年前の記憶が鮮明に蘇る。


「あ!」


 思い出した。

 以前リンゴを食べたのは異国の港。

 ちょうど一年前の話で、その日、ジークの妊娠が発覚したのだ。

 妊婦は酸っぱいものを欲し、好んで食べる。


「酸っぱい物が美味しいって、ま、まさか!?」

「いや、違うと思う」

「!?」

「酸味の強いリンゴは昔から食べ慣れている」

「あ、そうなの?」

「すまない」

「い、いえいえ」


 いやはや、二人目を期待してしまうとは、なんと欲張りなことなのか。それに、出産は母体に大きな負担が掛かる。体はまだまだ休めなければならないのだ。

 アルノーが生まれただけでも奇跡なのに。

 床に両膝をついて、しょんぼりとしていると、ジークが手を重ねてくれる。

 困ったような顔で覗き込んで来たので、慌てて弁解をした。


「あ、ごめん! その、がっかりしている訳じゃなくって、自分が恥ずかしいと言うか……」


 消え入りそうな声で、考えていたことを告白することになった。

 ジークは重ねた手をぎゅっと握ってくれる。

 はっとなって顔を見れば、柔らかに微笑んでくれていた。


「二人目も出来たらいいな」

「!」


 思いがけず、ジークは素敵な願いを言ってくれた。


 その言葉を聞いた瞬間に、抱きしめてキスをしようかと思ったのに、彼女は即座に荷物に向き直り、三箱目を開封しようとしていた。


 伸ばした手は空を切り、勢いあまってスサーと滑って床の上に額を強打させてしまった。

 心も体も地味に痛い。


「だ、大丈夫か?」

「う、うん、アルノーは?」

「いや、起きていないみたいだ」

「そう、良かった」


 一体何をしようとしていたのかと聞かれたが、立ち上がろうとしたら滑っただけだと誤魔化しておいた。


 義父からの贈り物の三箱目には果物やナッツ、木の実、お菓子や瓶詰めなどが入っていた。


「果物、良い香りだね~」


 箱の中は甘酸っぱい香りで満たされていた。

 細長いナシに赤いモモ、スモモ、クルミにクリ。秋の味覚がぎっしりと詰め込まれている。


「ジークの国は色んな果物があるんだね」

「これでも果物類は少ない国ではあるが」

「そうなんだ」


 この地に古くから自生している果物と言えばベリーしかない。

 市場に行けばいろいろと手に入るが、ほとんどが輸入果物だ。しかも高価。

 果樹園なんかもあったらいいなと思うが、ここの厳しい寒さに木も枯れてしまうだろう。

 その辺はジークの祖国も同じようなものだという。

 あまり種類は多くないが、深い雪の中で育つ果物は香りがよく、甘酸っぱいものが多いらしい。リンゴなどが代表格だと話す。


 ジークは果物に関する話を教えてくれた。


「祖国には果物を示す三つの言葉がある」


 ジークが手に取ったのはイチゴのジャム瓶。


「イチゴなどのベリー類のことを『ベーレン』と呼ぶ」


 意味は果粒。

 ジークの国でもベリーが自生し、市場に並ぶが、うちの国ほど種類はないらしい。


「二つ目は果実の中に大きな種が入っている『シュタインオーブスト』」


 意味は石の果物。

 アンズやスモモやモモ、サクランボなどがそれに該当する。


「最後は実の中心に小さな種が入っている『ケルンオーブスト』」


 意味は核果実。

 主にリンゴとナシを示す言葉だという。

 『ケルンオーブスト』の消費量はかなり多いらしい。


「私の生まれた国は、他の国の者達から『リンゴの国の住人』だと言われていた」


 ジークの国はリンゴの生産量が多く、古くから親しまれている果物で、食事に、おやつにと、様々な場面で出てくるのだとか。


「鞄にリンゴを入れていたら、異国人に驚かれたことがあったな」

「それは驚くかもね」


 果物を鞄の中に携帯するなんて初めて聞いた。小腹を満たしたり、喉を潤したりと様々な場面で食べるという。


 なるほどなあ。ジークがそんなにリンゴを愛しているとは知らなかった。

 たまに市場でリンゴが売っていたことがあったので、買ってくれば良かったと思う。


 今回送って来たリンゴは長期保存が可能で、主にお菓子作りに使われる品種だという。

 たくさんあるので、お店で出す品目を考えてもいいかもしれない。


 リンゴのパイにリンゴのケーキ、焼きリンゴ、リンゴのスコーン。

 う~ん、どれもバターと卵をたっぷり使いそうな品目だ。

 乳製品は貴重なので、極夜の期間はなるべくお店では使わないようにしたい。極夜中、卵は入手不可だ。


「酒場だから、甘い物は出さなくてもいいのでは?」

「そうだけどねえ」


 お客さんは男性だけでなく女性にも来て欲しい。


 でも、焼き菓子を作るとなれば、卵やバターが必要になる。

 バターは極夜前に買うとして、あまり日持ちしない卵の大量購入は出来ない。


「リンゴのキャラメリゼあたりが限界かな」

「クラッカーやビスケットに載せたら美味しそうだ」

「いいね」


 クラッカーやビスケットなら異国産ではあるが、長期保存が効く物がある。

 女性客用にコーヒーや紅茶も買いたいところだ。


「な、なんだか酒場じゃなくなってきたかも」

「喫茶店でもないしな」


 軽食しか扱わないので、食堂でもない。

 なんだろうか、パブ的な、何か……? 違うか。


「まあ、いっか。何物にも縛られない、『ジークリンデ亭』っていうことで」

「店名が間違っている」

「そうだ! 『紅蓮の鷲亭』でした」


 お店は暖色系の内装で揃えて、明るい雰囲気にしたい。

 看板娘は勿論ジークリンデで……、とそこまで妄想を広げて気付く。まだ、酒場の給仕をして欲しいというお願いをしていなかったことに。


 早速お話をしてみた。


「あの、ジーク」

「なんだ?」

「お願いがあるんだけど」


 酒場のお手伝いをして下さいと頭を下げれば、何も言われなくとも手伝うつもりだったと言ってくれた。


「出来る限りの協力は惜しまないつもりだ」

「う、嬉しい!」


 ジークみたいな可愛い子ちゃんがお店に居たら、もしかして彼女目当てに通ってくる男も居るかもしれない。


 そんなことを言えば、微妙な顔つきになるジーク。


「むしろ、可愛い娘が通ってくれる可能性の方が高いような気が……」


 そ、そうでした!


 ジークが女性陣にモテモテだったことを今更ながら思い出す。


 なんだか、開店前から女性客が多そうな気配がしていたので、甘味系の品目を充実させなければと、謎の使命感に燃えてしまった。


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