缶詰戦争!? 後半
夕食は母が用意してくれていた。
根菜がごろごろ入った野菜のスープに、ジャガイモと
精霊への祈りを捧げてから、食事を戴くことにする。
ここ数日、急激に寒くなったのであつあつのスープが身に染みるようになった。じっくり煮込まれた野菜の素朴な味わいが実にいい。
三角形に包まれたパイはナイフで二つに割って食べる。
生地はサクサク! チーズがとろ~り、じゃがいもほっくり柔らかくて、胡椒が効いた角切り
白身魚とキノコのバター焼きはパンに乗っけて食べる。秋口の魚は脂が載っていて素晴らしく美味い。バター風味のキノコと魚とパンの組み合わせは大正義だと思っている。
「リッちゃん、美味しい?」
「美味しい」
「良かった~」
ジークにも同様の質問をしてにこにこと嬉しそうな表情を浮かべる母。
なんとも平和な晩の食卓であった。
夕食後は缶詰の試食会を行う。
母が息子を寝かせに行っている間に棚から缶詰を取り出した。
机の上に並べた缶詰をジークはまじまじと見つめている。
彼女の軍時代に食べていたものと違う形になっていたらしい。
商人から買ったのは、遠い異国の地で大量生産が始まったばかりの缶詰だとか。最新の技術がぎゅぎゅっと詰め込まれた商品である。
「ジークは軍でどんなものを食べていたの?」
「……」
急に渋い顔になるジークリンデ。
やだ、かっこいい!! じゃなくって、聞いちゃいけないことだったかなと思って謝ったら、彼女は気にするなと言って語り出す。
「軍の食事は、本当に酷かった」
「主食はハードタックという硬いパンで……」
小麦粉に水を入れて練っただけのハードタックは別名『鉄板クラッカー』と呼ばれていたらしい。手のひらよりも小さいビスケットのような見た目であるが、恐ろしく硬いもので、銃弾をも防ぐのではと言われていたと。
他に豆をトマトで煮込んだ缶詰、ナッツを炒った缶詰、コーヒー、紅茶なども配られていたが、低予算で作られた品々だったので、全体的に残念なものだったという。
軍時代の食事は至極残念なものばかりであったとジークはしみじみと語る。
軍にあった食堂も温かいだけで、戦場で食べていたものと大して変わらない品々を食べていたと切ない表情で話していた。
うっかり食事を食べ損ねた場合は自室で缶詰だけという日もあったと言う。
「当時は缶詰の開封にも苦労したものだった」
当然ながら戦場に缶詰を開ける為の道具はない。なので、ナイフで力任せにこじ開けていたらしい。
「だから、これにはびっくりした」
ジークが真剣な顔で眺めていたのは、缶に付いている付属品。
『巻き取り鍵』というものだと商人から聞いた。形は時計のねじ巻に似ている。
なんでも、缶に付いている
「異国ではすごいものが発明されているんだねえ」
「まったくだ」
もう、力任せに缶の蓋をこじ開ける時代は終わったのだなと、ジークは呟いていた。
それから、ここに嫁いできて本当に良かったとも。
「結婚を断っていたら、まだ私は一人兵舎で不味くて冷たい缶詰を寂しく食べていたのかもしれない」
「そ、そんな!!」
良かった……。
あの日、夜会でジークに会えて、本当に良かった。
「戦場は、とても侘しいものだった」
「うう、ジーク!!」
軍時代の辛い日々を思い出したからか、憂いの表情を浮かべるジーク。その寂しげにも見える彼女をぎゅっと抱きしめる。
ジークは黙って抱擁を受け入れてくれた。
「ここでの食生活は夢のようだった。異国人には癖があるというトナカイ肉も、とても美味しかった」
「こ、これからも、美味しいもの、たくさん用意するから!!」
「ありがとう、リツハルド」
軍の食生活が酷いものなんて知らなかった。自分には想像出来ない世界だったのだ。
確かに、出会った頃のジークは今よりもずっと痩せていたように思える。
もっと、美味しいものを食べてお肉を付けて欲しいと、ジークの頭をもふもふ撫でながら考える。
「本当に、ここは楽園だ。驚くほど美しい場所で、食べ物は美味しく、夫と子供は可愛くて、お義母様は働き者で優しい」
「……うん」
可愛いものの中に自分も入っていたように聞こえたが、気のせいだと思うようにした。
◇◆◇
気分を入れ替えて缶詰の試食をすることに。
本日開封するのはコーンド・ビーフという、牛の塩漬け肉。
現在、異国の地で大量生産されている売れ筋缶詰らしい。
牛肉はあまり食べたことがないので、どきどきである。
早速、巻き取り鍵で缶詰を開けてみることにした。
缶に付いている切り込みに鍵を入れて、くるくると帯を巻くように缶の周囲を回して開封。缶の中から肉の塊のようなものが出て来た。
簡単に開けることが出来るので、老人や子供でも使えそうな一品である。
コーンド・ビーフというものは牛肉を粗塩で漬け込み、じっくりコトコト煮てから解したあとに調味料で味を調えたものらしい。
異国ではお肉を解さないで塩漬けした瓶詰のものが主流だと言っていた。
コーンド・ビーフはジークの戦闘糧料にもたまに出てくることがあったと話す。
「あまり美味しいものではなかったな。脂っこくて、匂いがきつかったような」
「そうなんだ~」
コンビーフをお皿に出してみる。解してあると言っても、結構しっかりとした塊が出て来た。ナイフで切り分けて、食べてみる。
「……うん」
まあ、特別美味しいものでもない。ジークの言う通り脂っこい塩漬け肉みたいな感じだ。
野生の獣肉のように味に癖がないのは素直にすごいと思う。さすが、家畜のお肉だ。
ジークは軍で食べていたものより格段に美味しいと言っていた。
なるほど!
「まあ、調理すればどうにか美味しくなるかも?」
「そうだな」
塩っけが強いのでジャガイモと合いそうだと思った。少しだけ味を調えてから、チーズを振って竈で焼いたりしても美味しいかもしれない。
早速暖炉の火で試作してみることにした。
台所から鍋とジャガイモ、調味料を持って来て、調理を始める。
ジャガイモは火が通りやすいように薄切りにして炒め、カリカリになるまで焼いて、頃合いを見て細かく刻んだコーンド・ビーフを投入。塩胡椒で軽く味付けをすれば完成となった。
まずは自分で毒味をしてみる。
「あ、やっぱりジャガイモと合う!」
意外と美味しかったので、ジークにも味見をして貰おうと勧めた。
「コーンド・ビーフとは思えない美味しさだ」
良かった。ジークも美味しいと言ってくれた。
他にも魚や牡蠣の油漬けなどを食べてみたが、案外どれも美味しく戴けた。
缶詰料理はどうにかなりそうだった。
気になる缶詰の保存は三年程だと書いてある。
缶詰は狩猟民族の生活を大きく変えるものになるかもしれないなと思った。
食べ物はなんとかなりそうだったので、後は場所というか、お店をどうするかを考えなければならない。
まあ、領主なので、どこに何を建てても自由なんだけど。
出来たら村の中心、土産屋さんのお隣とかいいなあと考えている。その辺はおかみさんと旦那さんに相談をしなければならない。
まずは地下の物置付きの建物を作ることが先決である。
アールトネン隊長に相談しつつ、酒場計画を紙に綴っていく。
いろいろと決まって行く度に、ジークや母に報告していた。
今日も話し合ったことをジークに話す。
「そういえば」
「ん?」
「店の名前は決まっているのか?」
すっかり忘れていた。
お店の名前ねえ……。
「『素敵なジークリンデ亭』、とか?」
「却下」
「……」
やっぱり駄目か。良い名前だと思ったんだけど。
ジークに何か良い名前があるかと聞いても、腕を組んで眉間に皺を寄せて、動かなくなってしまった。案は何も浮かんでこないようだ。
「だったら、『紅蓮の鷲亭』とか」
「……」
「ほ、ほら、観光の季節になったらジークの親衛隊のお嬢さん達が散財してくれるかも?」
「……まあ、それだったら」
「いいの?」
ジークは渋い顔をしながらも、最終的には頷いてくれた。
辺境酒場、『紅蓮の鷲亭』
うん、良い名前だ!
設定変更のお知らせ
『ミルカ』の名前を『ルカ』に変更しました。
ミルポロンと名前が似ていて紛らわしいからです。
今更ですがよろしくお願いいたします。