<< 前へ次へ >>  更新
114/152

ニシン市と秘密のデザート

 本日は村の近くにある港で開催されるニシン市に行くことになった。

 母とジーク、アルノーと家族みんなで出かけることに。

 アルノーは布に包んで首と脇下からぶら下げて連れて行く。

 赤ちゃんって温かいし可愛いし、最高だね!!


 ニシン市に行くのは初めて。年に一度の開催で、歴史の長い催し物でもある。

 主に売っているのは加工したニシン。他に、合わせて食べたら美味しいパンや野菜、香辛料など様々な品が並ぶという。

 今までは一人暮らしで、魚は湖や川で釣ったり獲ったりする分で十分だった。母は毎年行っていたらしい。父が毎度の如く市場内で迷子になっていたとか。困った人である。


「あれ、だったら子供の時に行ったことがあったのかな?」

「リッちゃんはねえ、人混みでもみくちゃにされるから、お祖父さんが危ないから連れて行ったら駄目って言っていたのよ」

「そうだったんだ」


 母の父、祖父は父方の祖父以上に厳格で真面目な人だった。

 でも、今になっていろいろと話を聞けば、厳しいだけの人ではなかったと分かる。

 祖父のことを、もっと知りたいと思った。


 会話をしているうちに、港町に到着する。


 市を開いている会場は早い時間だからか人はほとんど居ない。母曰く、この時間帯が狙い目らしい。人で混雑していたらアルノーと一緒に公園で待機をしておこうと思ったが、一緒に行っても大丈夫みたいだ。


 ニシン市の主役は漁師自慢の瓶詰めである。店によって色んな味つけで出されていた。

 母は行きつけの店があったらしく、他の店には目もくれずに進んで行った。

 ここに母が来るのは十年ぶりであったが、目当ての店は変わらずに在ったようだ。久々の再会に店主と嬉しそうに話している。


 ふと、横目でジークを見れば、周囲の店を眺めながら不思議そうな顔をしていた。


「ジーク、どうかしたの?」

「いや、普段の市とは雰囲気が違うと思って」

「店を開いているのは漁師ばかりだからね」

「なるほど」


 一年に一回あるニシン市に命を懸けている漁師一家は珍しくない。皆、自慢の瓶詰めを持ち寄って売り上げを競っているという話を聞いたことがある。


 母は一軒目の店でどっさりと瓶詰めを買っていた。荷物持ちである自分が背負っていた鞄の中にどんどんと詰め込まれる。

 香草入りにニンジン入り、タマネギ入りと三種類のニシンの酢漬けを大量購入した。


 目的の品を買えば、あとはぶらぶらとのんびりお店を見て回る。

 チーズや鮭の酢漬け、トマトソース、魚の缶詰など、保存食も購入した。


「リツ、荷物は大丈夫か?」

「平気だよ」


 背負っていた鞄はパンパンになっていた。ジークも母も両手に荷物を抱えている。ちょっと買いすぎたかもしれない。


「これ、お店で出せるかも! とか考えたら、なんだかいっぱい買っちゃって」


 まあ、こんなにたくさん買い物をするのも年に何回かしかない。たまにはいいだろうと思うことにした。


 小腹も空いてきたので、次は食事! と言いたいところであったが、荷物を一度馬車に預けに行くことにする。本日の馬車は奮発して貸し切りなのである。

 馬車の中でジークはアルノーのおむつを替えて、お乳をあげることにしたようだ。

 一緒に車内に乗り込もうとすれば、母から「リッちゃんは駄目~」とやんわり乗車拒否をされてしまった。扉の前で番をしておくように命じられる。

 家族を守るために、馬車の出入り口の前で待機をすることになった。


 一応、馬車には内鍵が付いているけど、ね……。


 買い物が終われば待望のお食事タイムとなる。

 この期間限定で、特別なレストランが開かれると母から聞いていたので楽しみにしていた。


 だが、連れて来られた先のレストランを見て、目を剥くことになる。


「母さん、ここって?」

「レストランだよ~」


 ジークもちょっとびっくりした顔をしていた。

 母が案内してくれたのは大きな漁船である。

 特別なお店とは、船上レストランのことだったのだ。


 中に入れば船内は食堂のように机が並べられている。まだお昼前だったからか、中は閑散としていた。

 お店のおかみさんがアルノーの為に揺り籠を貸してくれた。

 お腹が一杯になっていたからか、ちょっと籠を揺らしただけですうすうと眠り始めた。

 寒くないように上着を脱いで掛けてあげる。


「さてと、何を食べましょうか?」


 メニューが書かれた紙をまずは母とジークにどうぞと差し出した。


「リンデちゃん、リッちゃん、なんでも好きなものを食べてねえ~」


 先日、民芸品で収入を得た母の懐は温かいようだ。

 母の作る腕輪や髪飾りは観光客に人気らしい。おかみさんも喜んでいた。


 ジークと母は料理を決めたようで、こちらにメニューを渡してくれた。


「ああ、迷うなあ……」


 船上レストランの名に相応しく、様々な海鮮料理が書かれていた。折角なので普段食べられないようなものを食べたい。


「エビ、……やっぱり、エビかな」


 シェア出来るように、様々な料理を注文する。

 しばらくすれば食事が運ばれて来た。

 まず出て来たのは前菜のチーズの盛り合わせ。

 ナッツや香草が入ったものは珍しい。

 食前酒も運ばれてきたが、ジークは授乳中である為にお預けだ。

 母も酒が飲めないので、自分が頂くことに。

 食前酒は店のサービスなので、無駄にする訳にはいかない。

 漁師の好むような強い酒なので、涙目になりながら飲むことになった。


 今度はお待ちかねの、注文した品々が運ばれて来る。


 地中海産のエビを香草で湯がき、輪切りにした茹で卵の上に載せたもの、ロヒの香草バター焼きにニシンと野菜の取り合わせ、ニシンのグラタン、サバのトマトソース和え、定番の鮭のミルクスープに、薄切りにした黒麦パン。


 魚料理の数々が並ぶ。


 食前の祈りを終えてから、戴くことに。

 エビは卵と一緒にフォークに突き刺し、タルタルソースを絡める。エビがプリッとしていて、ソースの優しい味わいとよく合う。ゆで卵も美味しい。

 鮭の香草バター焼きは屋台も出ていて、香ばしい匂いが堪らなかったのだ。やっと口にすることが出来た。表面はカリッと焼かれ、中は脂が乗っていて旨味がある。バターと香草の風味がなんとも言えない。ニシンのグラタンは『誘惑グラタン』とも呼ばれている。

 塩漬けと油漬けをしたニシンとジャガイモのグラタンだ。菜食者を誘惑する程美味しいものだと言われている。

 表面はジャガイモがカリカリしていて香ばしく、中はチーズがとろけている。ニシンの塩味と濃厚なホワイトソースの相性も抜群だ。お酒とも合いそうな味である。

 サバのトマトソース和えは母の大好物。鮭のミルクスープは安定の美味さだ。

 ニシンのサラダはさっぱりしていてとてもいい。香辛料が効いていて、パンとよく合う。


 どれも素晴らしく美味しかった。

 満腹になった状態で帰宅する。


 ◇◇◇


 家に帰れば皆各々の仕事を始める。

 自分も家の裏にある簡易台所に立っていた。


 作るのは酒場で出す予定のお菓子。

 使うのは義父から貰ったリンゴと市販品のクラッカー。

 数日間頑張って考えた甘味を試作する。


 極夜中の卵・バター使えない問題はクラッカーが解決してくれそうだ。まだ作っていないので分からないが。


 リンゴは種をくり抜き、甘露煮にしたものを使う。

 練乳を煮詰めて作ったキャラメルにクラッカーを熱した鍋の中で絡め、しんなりしたらお皿の底に敷く。

 リンゴ、クラッカー、リンゴ、クラッカーと重ね、上からパン粉を掛けて竈で焼いた。

 リンゴパイの完成である。

 家に持ち帰り、ジークと母に試食して貰うことにした。

 紅茶を用意してから、パイをお皿に分けて差し出す。


「どうかな?」


 母はパイを口に入れた瞬間に目がキラリと輝いた。ジークも口の端が僅かに上がっている。

 感想を聞かずとも、美味しいということが分かってしまった。


 自分も試食をしてみることに。

 表面はこんがりと焼けていて、中はしっとりとしている。リンゴの甘酸っぱくてシャキシャキとした食感も良い。クラッカーに染み込ませたキャラメルは少し甘いかな、という印象。

 まあ、初めてにしてはなかなか上手く出来たように思う。


「もうちょっと、甘さ控えめの方がいいかな?」

「大丈夫。女の子は甘いものが大好きだから」

「コーヒーと一緒に出してもいいかもしれないな」

「なるほど!」


 女性陣からのご意見は細かくメモを取らせて貰った。

 リンゴパイの評価は思いの外上々である。

 お店の甘味はなんとかなりそうで、一安心をすることになった。

<< 前へ次へ >>目次  更新