お祖父さんへ!
ジークの実家でのお話
アルノーが生まれてから、祖父にはたくさんの贈り物を戴くことになった。
なので、ジークと「何かお礼をしたいね」と話していた。
今まで、木彫りの動物やククサなどは贈っているので、手作りではないものがいいかと思った。
「だったら、首都の百貨店にでも行くか」
「そうだねえ」
ヴァッティン家の領地から馬車で数時間の都には大型商業施設があると言う。
「アルノーも連れて行って大丈夫かな?」
「まあ、微妙なところだな」
長時間の移動は幼子の負担となる。
その辺は医者や義両親にでも相談をしてみようと思った。
翌日。
義父と義母に相談をしてみたところ、都から百貨店の従業員を呼べばいいという助言を受けた。祖父の年頃が好む品を見繕って持って来て貰うことが可能らしい。
古くから付き合いのある人物だというので、お願いをすることにした。
そのことについてジークに相談をすれば、良かったと言って微笑んでいた。
お医者さんは馬車での移動は問題ないと言っていたので、都までアルノーを連れて行くことも可能だ。お祖父さんも喜ぶだろう。だが、まだ生まれて一ヶ月しか経っていないので、無理をさせてはいけない。贈り物は自分が祖父の家まで届けることに決めていた。
「という訳だから、アルノーはお家でお母さんとお留守番だよ~」
膝の上に抱いたアルノーは大人しくしている。ゆらゆらと体を揺らせば、眠たそうにくわ~っと欠伸をしていた。我が子ながら可愛い過ぎる。ふくふくほっぺにちゅーをしたくなったが、うつらうつらしているので止めておいた。
しばらくすれば、眠ってしまったので、揺り籠の中に寝かせる。
床の上に膝を付いて、揺り籠をゆっくりと動かした。
ふわりと漂う赤ちゃん特有の匂いは幸せな気分にさせてくれる。
いつまでも見ていることが出来る寝顔に頬が緩んでいたが、きりがないので元の位置に戻ることにした。
ジークの隣に腰掛ける。
奥さんは腕を組み、眉間に皺を刻んでいた。一体何を考えていたのか。
「どうしたの?」
「リツハルド」
「なあに?」
「その、品物代は大丈夫なのか?」
品物代。
祖父の贈り物の代金のことだ。
侯爵様への贈り物となれば、一級品を購入しなければならない。
煌びやかな社交界に身を置く紳士なので、身に着ける品は慎重に選ばなければならないのだ。「贈り物は気持ちだから☆」が通じない世界の住人なのである。
「実は、今までお祖父さんに貰っていたお小遣いをほとんど使っていなくて」
生まれた時から二十九年。毎年祖父から頂いていたお金は使わずにこの国の銀行に貯まったままになっていた。
祖父から「この金を使って立派な紳士になれ」と言われていたもので、なんとなく用途がないまま今に至っていたという。
当然ながら、村の為に使うというのは禁じられていた。
なんとも使い勝手の悪いお小遣いであった。
「それは、リツの身支度を整える為のお金ではないのか?」
「あ、うん、まあね」
一応、夜会用の礼服や身の回りの品などの購入に使っていた。
だが、毎年使い切れない程の金額が振り込まれていたのである。
使う方法が限られているので、元より自分のお金とは思っていなかった。
「素敵な贈り物をするのも、紳士的な行為かと思いまして」
どうせここの国でしか使えないお金だ。祖父の為に使っても
「だったら、私も半分出そう」
「そ、そんな」
「軍時代に貯めていたお金と父から貰ったものが余っている」
ここで初めて明らかになるジークの私財。
義父から生前贈与も受けているらしく、その額は祖父から頂いていたお小遣いの総額を軽く超えていた。
「ジーク、すごい」
「今までに使う機会がなかったからな」
お金についてはずっと言い出せなかったとのこと。
村の為に使いたいと考えていたが、頼まれてもいないのに支援を申し出ることは余計なお世話かもしれないと思っていたらしい。
「なんだか、気を遣って頂いていたようで」
「いや、まあ、難しい問題だ」
「で、ですよね~……」
金策を申し出て、自分のちっぽけな自尊心を傷つけなかったジークは優しい。
もしも、彼女から支援についての話をされていたら、死ぬほど恥ずかしかっただろうと思う。
でも、村の財政危機はアールトネン隊長が救ってくれた。
現在はなんとか国から分配される予算で上手く機能出来ている。
これも、彼女の助言がきっかけだったので、大いに感謝しなければならない。
「ジーク、ありがとね」
「私は、何も」
またまたご謙遜を!
それはそうと、気になったことがあるので聞いてみる。
「お義父さん、どうして生前贈与なんか」
「私が結婚出来ないと思って、特別に与えてくれた、と」
「ああ、そういうことかあ~」
ジークの結婚は家族ですら想像していない事態だったとか。
いやはや、自分はツイていた。
こんなに素敵な女性が結婚をしていなかったなんて。
「何を考えている?」
「ジークのこと!」
ニヤニヤしていたからか、不審な目で見られていたようだ。
自分の紳士への道は、遠く長いように感じた。
◇◇◇
数日後、百貨店の従業員さんが商品を持ってお屋敷まで来てくれた。
客間に行けば様々な商品が机の上に並べられている。
じっくりと手に取って見てくださいと、百貨店の従業員さんは言ってくれた。
村の屋敷に訪問してくる商人のようにガツガツしていない。こちらが呼ぶまで壁際に立っているだけであった。
懐中時計に、杖、装身具に手袋、外套、帽子、靴と貴族御用達の高価な品が並べられていた。
「う~ん。何がいいものやら」
「なかなか難しい」
こういった品々の良し悪しは全く分からなかった。
義父や義母はお出かけしているので、どれがいいかと参考意見を聞ける相手も居ない。
ジークも「全く分からない」と言って顔を顰めている。
「あっ!」
「ん?」
ジークが商品の一つを手に取った。
「それ、何?」
「遮光眼鏡だ」
遮光眼鏡というのは太陽の光の刺激から目を守るという品らしい。
そういえば、祖父は屋外に出るときに顔を顰めるような顔つきをしていることが多かった。もしかしたら、太陽の光が眩しかったのかもしれない。
詳しく話を聞く為に、従業員さんに説明を求めた。
色付きの二枚のレンズを金属製の縁で囲み、耳に掛けられるように
元々は軍で使われていたものであったが、最近一般用に改良されたものが出るようになったらしい。
まだ、あまり出回っていないというので、新しい物好きな祖父にはちょうどいいのではと思う。
ジークと話し合って、眼鏡入れと一緒に購入を決めた。
後日、綺麗に包装された商品が届いた。それと一緒に先日描いて貰った肖像画を持ってくことにする。
これはジークとアルノーと自分の三人を描いたものであった。
ジークが椅子に座ってアルノーを抱き、自分が椅子に手を掛けて立っているという構図だ。お祖父さんにあげたら喜ぶだろうとジークが提案をしたので描いて貰うことになった。
「じゃあ、ジーク、アルノー行ってくるね」
「気を付けて」
「了解!」
今回ジークとアルノーはお留守番組である。
祖父の家で一泊をして翌日に帰って来る予定だ。
ガタゴトと馬車で移動すること数時間、都へと到着をする。
自分が来ることを知らせていたからか、祖父は玄関で待っていたようだ。
「ふん、何だ。お前だけか」
「ごめんなさ~い」
一応手紙にはジークとアルノーは行けませんと書いていたが、微かな期待をしていたのか。やって来たのが三十路前の孫一人なので、申し訳なく思ってしまった。
客間で待っているように言われたので、勝手知ったる我が家のように誰の案内も受けずに歩いて行く。
肖像画と贈り物の入った袋は侯爵家の使用人が持って来てくれた。
長椅子に腰掛けて待っていると、後から伯父がやって来る。父の兄だ。
父と血が繋がっているようには見えない立派な人である。
「早速父上の大歓迎を受けたようだな」
「はは、まあ」
出会い頭に一人かと文句を言われたが、あれも祖父の歓迎と言ってもいいのかもしれない。
「ここ数日、君が来るって言うから、父もそわそわして落ち着かなくって」
「あ、妻と息子が来るかと思っていたんですよね?」
「いや、リツハルドが一人で来ると言っていたが」
「!」
お、お祖父さん、素直じゃない……。
玄関まで迎えに来る位待ち遠しかったのだろう。
歓迎しているのなら、抱擁の一つ位してくれてもいいのに。
そんな話をしていると、祖父がやって来る。
伯父は入れ替わるように出て行った。
お隣をどうぞと手で示しながら微笑みかけたのに、祖父は向いの椅子にどっかりと腰掛けていた。
それから、机の上にある包みに胡乱な視線を向けている。
「なんだ、それは?」
「お祖父さんに贈り物です」
「小遣いでも欲しいのか?」
「……違います」
まずは遮光眼鏡の入った包みを差し出す。
受け取った祖父は怪しいものを見るかのような目つきで、開封していた。
「ふむ。色付きの眼鏡か」
「太陽の光から目を守る為のものです」
「なるほどな」
祖父は面白いと言って眼鏡を掛けてみる。
どうだ? と言うので、とてもお似合であることを伝えた。
反応は上々といったところか。さすがはジークが選んだ品である。
次に、肖像画を見せた。
自分はともかくとして、ジークは美しく、アルノーは可愛らしく描かれている。
「これは……!」
祖父は目を見開き、じっと肖像画を眺めていた。
すごく良く描けているので、気に入ってくれたに違いない。
それから、軽食を摘まみつつ、アルノーやジークの話をしながら過ごす。
祖父は穏やかな顔で聞いてくれた。
「本当はジークもアルノーも連れて来たかったんですけど」
「まあ、赤子と産後の母体に馬車旅は辛いだろう」
まあ、それは祖父にも言えることで。
元気そうには見えるが、祖父も七十代後半となり、馬車に長時間揺られるのは負担になるに違いない。
「俺だけだったら、また来ますので」
「お前だけ来ても仕方がない!」
「またまた~、そんなことを言って〜」
「な、なにがまたまた、だ!」
さすがに「俺のことも大好きなんでしょう?」とは言えなかった。きっと、自分の前では素直になることはないだろう。
とりあえず、贈り物は喜んでもらえたので一安心。
後日、伯父の手紙で贈った遮光眼鏡は外出時に毎回着用して、肖像画は祖父の私室の目立つ位置に飾られていることが知らされる。
なんだかんだで気に入ってくれたことが分かった。
今度は祖父と一緒の肖像画を描けたらいいなあと思ってしまった。