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絵画を巡るあれやこれ

ジークの実家でのお話

 朝から義父の書斎の整理の手伝いをする。

 この部屋は一番上のお兄さんに譲るらしい。

 本棚の本を箱に入れて、陰干しをする。大半は図書館などに寄付をするとか。

 義母は整理など使用人に任せればいいと言っていたが、義父は私物を探られたくないからと言って自分で行うことにしたという。


 ぎっちりと本が詰まった棚に苦戦をしていたら、少し離れた位置で作業をしていた義父が突然噴き出す。

 なにごとかと見れば、凄いものを発掘したと言って手招いていた。


「なんですか?」


 近づいて行けば、義父の手には大きな冊子のようなものが握られている。

 差し出されたそれは、表紙はつるりとした革製で、表面には何も書かれていない、二つ折りになった何かであった。


 中を開けば、凛々しい赤毛の青年将校さんの姿絵が出てくる。

 白い軍服に身を包み、不機嫌な顔で描かれている姿は男前としか言いようがない。

 年頃は十代後半位だろう。帽子を片手に抱えて椅子に座る姿が描かれている。

 見惚れてしまう程の良い男感があった。

 義父は震える声で誰だか分かるかと聞いて来る。


「ジークリンデさん、ですよね?」

「正解!」


 やっぱりね!!


 いや、一目でジークって分かったんだけど。

 出会った頃よりも髪は短く、目付きもかなり鋭い。

 聞けば、十年ちょっと前の絵だと言う。


「それ、どう思う?」

「すごく、女性にモテそうです」


 そんな風に言えば、義父は腹を抱えて笑い出した。


「リツハルド君、それが何の絵か分かるかな?」

「う~ん」


 なんだろう? 立派に逞しく育った娘を見てくれ! という絵だろうか?

 この頃のジークは尖っていて、少しだけ近寄りがたい雰囲気があった。

 でも、なんかいいなあと思ってしまう。この頃のジークにも会いたくなった。


 いくつか写真の目的を上げてみたが、どれも外れてしまう。


「正解は……」


 な、なんだろうか。

 焦らす義父。

 勲章を賜った記念でもなく、昇格祝いでもなく、誕生日でもない。一体、他にどんな目的が……?


「せ、正解は、お見合い用、なんだ」

「え!?」


 もう一度、素晴らしくカッコイイ軍人さんが描かれた絵画を確認する。


 ――うん、男前!!


 こんなお見合い写真が回ってきたら、娘さんなら速攻で「結婚しますわ!」と言いそうだ。


 なんでも、無理やりお見合いをさせようとジークを実家に呼び戻したところ、絶望的なまでにドレスが似合わず、いろんな服装をさせた結果、一番軍服が似合ってしまい、仕方なく絵師に描かせたという経緯があったとか。


「いやあ~、大変だった。この絵を見て結婚したいと言う人が居なくて!」


 その頃のジークは結婚に乗り気ではなかったらしい。だから不機嫌な顔をして描かれていたのかと、納得をする。


「何回か相手方に頭を下げてお見合いを頼んだんだけど、ジークが忙しいと言って応じなくて」

「……それは、大変でしたね」

「でも、お見合いが中止になって、逆にご子息さんがほっとしていたって言ってたと」


 お見合い会場に自分より強そうな軍人さんがやって来たら尻込みしそうな気持ちは分からなくもない。若い頃の自分だったら終始もじもじした挙句、お断りをしてしまいそうだ。


「ふうむ、なるほどなあ。リツハルド君はジークが好みだった訳ではないと」

「いえ、大変好みですよ!」


 ただ、十年前の自分と今の自分は感覚が全く違っている。

 昔の自分だったら、夜会会場で出会っても惹かれなかった筈だ。

 ジークも、十年前の荒ぶっている時代では、結婚の話を受けてくれなかっただろう。


「二人は、時を経て運命的な出会いをしたという訳か」

「そうなんです!」


 運命と言うよりは、利害の一致というか。

 まあ、それでも今が幸せなことに変わりはない。だから、運命と言ってもいいだろう。


「よし、その男前軍人の絵画はリツハルド君に進呈しよう!」

「え!? 本当ですか!? やったー!!」


 こんな素晴らしいご褒美があるとは!

 思わぬお宝を頂いてしまった。


 ただ、ジークには内緒でという注意を受けた。


 ◇◇◇


 頂いたジークの姿絵は布に包んで秘密裏に運ばれる。

 誰かに見られないように、素早い動きで廊下を進んで行った。

 角は先の道を覗き込んで誰も居ないのを確認してから曲がる。


 これがジークに見つかったら、絶対没収される!!


 なんとしてでも守りたいお宝であった。


 もう少しで私室に戻れる! そう思っていたその時、背後から声を掛けられて心臓が口から飛び出るかと思った。


「リツハルドさん、何してんの?」

「なんか、こそこそしてたけど」

「あ、お義兄さんたち……」


 やばい人達に見つかってしまった。

 背後から足音もなく迫っていたのは、ジークに年が近い、独身の義兄達であった。

 ぎゅっと、ジークの絵画を隠すように抱きしめる。


「もしかして、それ、裸婦画?」

「へ!?」

「今、都で流行ってんだよねえ」


 そ、そうなんだ。知らなかった。


 焦る自分を他所に、義兄達は裸の女性のお話で盛り上がっている。

 都の方では金髪美女を色っぽく描いたものが流行っているらしい。


「で、リツハルドさんは何を買ったの?」

「へ!?」

「やっぱり、見た目はふわふわでも、中身は男なんだなあ」

「いやっ……」


 ど、どうしようか。


 ここは裸婦画だと言って切り抜けるのがいいのか。

 でも、お義兄さん達に嘘を吐くのは気が引ける。

 でもでも、ここで言ったらジークにバレてしまう。


「最新作?」

「い、いえ、十年以上前、の」

「へえ、また古いのを買ったねえ」

「か、買った、のではなく」

「あ、父上から貰ったとか?」

「いやいやいや!!」


 義父の名誉(?)の為に首をぶんぶんと振った。


「十年前ってどんなのが流行っていたんだろ?」

「気になる」

「!?」


 駄目駄目! これは一人で楽しむ用なんだから! ……なんて言える訳もなくて、どんどんと追い詰められてしまう。


「どんなの買ったの?」

「リツハルドさんの好みって分かんないなあ」

「あ、それは、その」


 じりじりと背後に下がっていたら、壁にドン! と追い詰められてしまった。

 自分よりも頭一つ分背が高いお義兄さん達に囲まれると、威圧感があると言うか、迫力があると言うか。


 どうしよう。どうしよう。


 ここで、大公開をしてもいいものか。

 ジークの、若かりし頃の雄姿を。


 いや、駄目だ。

 ここは、適当に一回一人で楽しんでからでいいですか? とか、そんなことを言って諦めて貰おう。


 そういう風に作戦が決まったので、口を開きかけたら、遠くから怒鳴り声が聞こえてくる。


「なにをしているッ!!」

「!?」


 同時に肩がビクリと震えるお義兄さん達。

 自分もちょっとびっくりした。


 やって来たのはジークリンデ。

 お義兄さん達に何をしていたのかと問い詰める。


「い、いや、リツハルドさんと、ちょっとお話していた、だけで」

「そ、そう、芸術関係の、お話を、ね、ねえ」

「あ、はい」

「二人してリツハルドを追い詰めていたように見えたが!?」

「そ、そんなことは、ない、と」

「た、楽しくお話を、していただけで」


 ジークがジロリと睨めば、義兄達は走って去って行った。


 なんていうか、ジーク、強い。


「大丈夫か?」

「え?」

「兄上達に絡まれていただろう?」

「い、いえ、そんなことは」

「兄に気を遣わなくてもいい」


 まあ、助かったことには変わりない。


「どうしてあのような状態になっていたのか?」


 ……た、助かっていなかった!! 大変だ!!


 大切に抱きしめていた青年将校風の男前絵画が入った包みにジークは気が付く。

 それは何かと聞かれても、答えることは出来ない。


「何を隠している?」

「いえ、あのっ、それは」


 ……駄目だ。お義兄さん達よりも追い詰められた状態になってしまった。


 鋭い視線が突き刺さる。

 けれど、絵の中のジークよりはずっと優しいように見えた。

 なんとか耐えられるのでは? と思ってしまう。


 でも、ジークに隠し事なんて出来ない。


 額の汗が滴った瞬間に、持っていた絵をジークに差し出すことにした。


 ジークは布を取り去って、中を検める。


「……」

「……」


 絵を見た瞬間に、彼女の頬はカッと紅くなった。

 若干潤んだ目でこちらを見るが、先ほどよりも迫力に欠けていた。


「ジーク、お部屋で話そう」

「……」


 怒るなら、人目に付かない場所で。

 そう思って私室に誘う。


 長椅子に向かい合って座った状態で、尋問が始まった。


「……これを、どこで見つけた?」

「お義父さんの書斎で」

「父から貰ったのか?」

「……い、いえ」


 お義父さんだけは巻き込んではいけないと思って、譲り受けたことだけは黙っておく。


「ごめん、なさい。勝手に、こういうことをされたら嫌だよね」

「……」


 素晴らしい絵だったので、一人で楽しみたかったと、正直に告白をした。

 ジークは、呆れた顔をしている。

 ごめんなさいと頭を下げれば、彼女は意外なことを口にした。


「リツの絵は?」

「え?」

「侯爵家にないのか?」

「俺の?」


 う~ん。小さい頃に遊びに来た時に描いたような、描かなかったような。

 そのことを伝えたら、またまた意外な反応が返って来る。


「リツの絵を見せて貰えるのなら、これは渡しても構わない」

「え?」

「私も、リツの若い頃の姿は気になるからな」


 そんなものでこの絵を頂けるのなら喜んで!!


 後日、お祖父さんに連絡をすれば、数枚の絵画を持ってやって来た。

 自慢げに一枚一枚広げて見せる。


「子供の頃のリツハルドは雪の妖精のようだろう?」

「ええ、とても、可愛らしい」


 自分の赤子の頃の絵と四歳、十歳と、三枚の絵を見せてくれた。

 子供の頃はこの三回しかこの国に来ていなかったのだ。最初の二回は記憶に無い。

 ジークは嬉しそうに絵画を眺めていた。なんだか恥ずかしい気分になる。

 そんな中で、お祖父さんは余計な……、いやいや、素敵な提案をしてくれた。


「どれ、好きなものを一枚進呈しようではないか」

「え、そんな、よろしいのですか?」

「いいから選べ」


 ジークは一時間ほど真面目に悩んだ挙句。赤子の頃の絵を所望していた。


「お義祖父様、ありがとうございます。大切にします」

「いいってことよ」


 こうして、ジークの若かりし頃の絵画との交換会は終了となった。


 祖父から譲り受けた赤子の絵は寝室に飾られていた。


 う~ん、やっぱり照れる。


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