<< 前へ次へ >>  更新
102/152

熊爺と無邪気な姉妹

ジークの姪とリツの祖父の出会い編。

 今日はリツハルドの嫁の実家に招待されている。

 伯爵――ジークリンデさんの父がどうしても私の熊の毛皮を見たいというので、特別に見せてやろうかと思っている。

 ジークリンデさんの実家まで馬車で三時間ほど。

 土産には果物と、野菜と、肉と。妊婦の栄養に良い食べ物を買い集めた。来年の夏には、元気な赤子を産んで欲しいと思っている。

 やっとのことでヴァッティン家の伯爵領に辿り着く。

 玄関先まで馬車は入れないので、庭を横切って屋敷まで向かった。


 途中、子ども達のはしゃぐような声が聞こえ、立ち止まる。

 ヴァッティン家の子だろうか?

 木の陰に身を隠し、覗いてみる。


「お姉さま! この植物の名前はなあに?」

「ちょっと待ってアル、調べるから」


 この寒い中、幼い姉妹が庭の植物を調べて歩いていた。

 なぜ、温かい室内で遊ばないのか。

 まあ、子どもは風の子とも言うし、屋敷に引きこもっているよりはいいだろうが。


 それにしても、子どもがいると知っていたら、おもちゃやぬいぐるみを買ってきたものの。

 情報収集不足であった。

 多分、怖がられるだろうから、せめて友好の証だけでも渡したかったが。無念なり。

 と、そんな考えごとをしていたら、突然声をかけられる。


「――あら、そこにいるのはだあれ?」


 子どもの一人が、すぐ近くまで来ていたのだ。

 私の顔を見たら、怯えてしまう。せっかく楽しそうに遊んでいたのに、可哀想だ。

 咄嗟に、背後にいた従僕が持っていた熊の毛皮を奪うように取って、頭から被った。


 この毛皮も曾孫に泣かれてしまった物だが、私の素顔よりはマシだろう。


「かくれんぼしているのは誰かしら~?」


 赤毛の娘が私を覗き込んでくる。

 どうか、泣き叫びませんようにと、神に願ったが……。


「あら、まあ!!」

「アル、どうしたの?」


 もう一人の娘まで来てしまった。

 神よ――

 願いを叶えたまえと、渾身の祈りを捧げた。


「エルお姉さま、熊さんがいるわ!」

「……え、ええ、そう、ね」


 身動きを取らずに、その場に立ち尽くす。

 どうやら、泣かれてはいないようだ。恐らく、熊は怖くない模様。毛皮を持って来ていて、本当に良かった。 

 安堵していれば、想定外の事態に直面する。

 娘達が、私に話しかけたのだ。


「熊さん、こんにちは」

「どうも、こんにちは」

「あ、ああ……こんにちは」


 律儀に自己紹介してくる娘達。

 多分、姉妹だろう。大きいほうがエーデルガルド。小さなほうがアーデルトラウトというらしい。淑女の礼と共に、名乗ってくれた。


「ふむ。エーデルガルドに、アーデルトラウトか。我が名はアーダルベルト・リューネブルク。リューネブルクじいとでも呼べばいい」

「はい、リューネブルクおじいさま!」

「よろしく、おねがいいたします」

「う、うむ」


 なんと礼儀正しく、肝の据わった娘達だろうか。感心してしまう。


「リューネブルクのおじいさまは、今日は何をしにいらっしゃったの?」

「遊びにきたのだ」

「まあ、素敵!」


 だったらこっちで遊ぼうと、私の手を引くアーデルトラウト。

 まさかの誘いに、驚いてしまった。

 何をするのかと思えば、庭の植物の名前を調べ、観察するというもの。

 大変地味だが興味深い。

 忙しく過ごす中で、なかなか自然と向き合う余裕などなかったのだ。


「くっしゅん!」

「アル、大丈夫?」

「うん、平気!」


 今日は風が冷たい。そろそろ陽も傾きだす時間だろう。

 部屋に戻ったらどうかと勧めてみる。


「そうしようかしら?」

「そうね」


 娘達の頬や鼻先は真っ赤になっていた。

 可哀想だと思い、熊を脱いで二人を包むようにかけてやる。


「まあ、温かいわ!」

「本当に。それに、とってもふかふか」


 どうやら孫夫婦特製の熊の毛皮は娘達にも好評だったようだ。


「リューネブルクのおじいさま、ありがとう!」

「あ、ありがとうございます」

「うむ」


 ここで気付く。娘達に素顔をさらしてしまっていることに。

 手で隠そうとすれば、エーデルガルドとアーデルトラウトが、指先をぎゅっと握りしめてくる。


「リューネブルクのおじいさま、一緒に帰りましょう?」

「!?」


 この呪われし素顔を前に、娘達は微笑んでいた。

 なんてことだ……!

 私の顔が怖くないとは。


 世界一可愛い子ども達だと思った。


 こうして、私達は仲良く手を繋いでヴァッティン家の屋敷へと向かう。

 まさか、リツハルド以外に私を怖がらない子どもが存在していたとは。

 奇跡とは二度も起こるのだなと、神に感謝をすることになった。


<< 前へ次へ >>目次  更新