熊爺と無邪気な姉妹
ジークの姪とリツの祖父の出会い編。
今日はリツハルドの嫁の実家に招待されている。
伯爵――ジークリンデさんの父がどうしても私の熊の毛皮を見たいというので、特別に見せてやろうかと思っている。
ジークリンデさんの実家まで馬車で三時間ほど。
土産には果物と、野菜と、肉と。妊婦の栄養に良い食べ物を買い集めた。来年の夏には、元気な赤子を産んで欲しいと思っている。
やっとのことでヴァッティン家の伯爵領に辿り着く。
玄関先まで馬車は入れないので、庭を横切って屋敷まで向かった。
途中、子ども達のはしゃぐような声が聞こえ、立ち止まる。
ヴァッティン家の子だろうか?
木の陰に身を隠し、覗いてみる。
「お姉さま! この植物の名前はなあに?」
「ちょっと待ってアル、調べるから」
この寒い中、幼い姉妹が庭の植物を調べて歩いていた。
なぜ、温かい室内で遊ばないのか。
まあ、子どもは風の子とも言うし、屋敷に引きこもっているよりはいいだろうが。
それにしても、子どもがいると知っていたら、おもちゃやぬいぐるみを買ってきたものの。
情報収集不足であった。
多分、怖がられるだろうから、せめて友好の証だけでも渡したかったが。無念なり。
と、そんな考えごとをしていたら、突然声をかけられる。
「――あら、そこにいるのはだあれ?」
子どもの一人が、すぐ近くまで来ていたのだ。
私の顔を見たら、怯えてしまう。せっかく楽しそうに遊んでいたのに、可哀想だ。
咄嗟に、背後にいた従僕が持っていた熊の毛皮を奪うように取って、頭から被った。
この毛皮も曾孫に泣かれてしまった物だが、私の素顔よりはマシだろう。
「かくれんぼしているのは誰かしら~?」
赤毛の娘が私を覗き込んでくる。
どうか、泣き叫びませんようにと、神に願ったが……。
「あら、まあ!!」
「アル、どうしたの?」
もう一人の娘まで来てしまった。
神よ――
願いを叶えたまえと、渾身の祈りを捧げた。
「エルお姉さま、熊さんがいるわ!」
「……え、ええ、そう、ね」
身動きを取らずに、その場に立ち尽くす。
どうやら、泣かれてはいないようだ。恐らく、熊は怖くない模様。毛皮を持って来ていて、本当に良かった。
安堵していれば、想定外の事態に直面する。
娘達が、私に話しかけたのだ。
「熊さん、こんにちは」
「どうも、こんにちは」
「あ、ああ……こんにちは」
律儀に自己紹介してくる娘達。
多分、姉妹だろう。大きいほうがエーデルガルド。小さなほうがアーデルトラウトというらしい。淑女の礼と共に、名乗ってくれた。
「ふむ。エーデルガルドに、アーデルトラウトか。我が名はアーダルベルト・リューネブルク。リューネブルク
「はい、リューネブルクおじいさま!」
「よろしく、おねがいいたします」
「う、うむ」
なんと礼儀正しく、肝の据わった娘達だろうか。感心してしまう。
「リューネブルクのおじいさまは、今日は何をしにいらっしゃったの?」
「遊びにきたのだ」
「まあ、素敵!」
だったらこっちで遊ぼうと、私の手を引くアーデルトラウト。
まさかの誘いに、驚いてしまった。
何をするのかと思えば、庭の植物の名前を調べ、観察するというもの。
大変地味だが興味深い。
忙しく過ごす中で、なかなか自然と向き合う余裕などなかったのだ。
「くっしゅん!」
「アル、大丈夫?」
「うん、平気!」
今日は風が冷たい。そろそろ陽も傾きだす時間だろう。
部屋に戻ったらどうかと勧めてみる。
「そうしようかしら?」
「そうね」
娘達の頬や鼻先は真っ赤になっていた。
可哀想だと思い、熊を脱いで二人を包むようにかけてやる。
「まあ、温かいわ!」
「本当に。それに、とってもふかふか」
どうやら孫夫婦特製の熊の毛皮は娘達にも好評だったようだ。
「リューネブルクのおじいさま、ありがとう!」
「あ、ありがとうございます」
「うむ」
ここで気付く。娘達に素顔をさらしてしまっていることに。
手で隠そうとすれば、エーデルガルドとアーデルトラウトが、指先をぎゅっと握りしめてくる。
「リューネブルクのおじいさま、一緒に帰りましょう?」
「!?」
この呪われし素顔を前に、娘達は微笑んでいた。
なんてことだ……!
私の顔が怖くないとは。
世界一可愛い子ども達だと思った。
こうして、私達は仲良く手を繋いでヴァッティン家の屋敷へと向かう。
まさか、リツハルド以外に私を怖がらない子どもが存在していたとは。
奇跡とは二度も起こるのだなと、神に感謝をすることになった。