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ルカの楽しいピクニック

リクエスト作品。ルカ視点。結婚二年目位のお話。

 今日は家族で山にピクニックに行くと義母さんが言っていた。

 家族みんなが休みだから、朝はゆっくりと思っていたのに、今日も義父が枕元に立っていて狩りに誘ってくれる。


 ……だから、夏から秋口に掛けては、禁猟だってば。


 そんなことを言っても、義父には通じない。


 だが、義父も一応は今の時期が禁猟期間であることを理解している、らしい。

 そんな中で、森の中に何をしに行くのかと言えば、通年狩ることを許可されている『熊狩り』だ。冗談じゃないと、朝の狩りの時間はキノコ狩りに集中している。

 義父は最低でも一週間に一頭は熊を狩っている。それだけではなく、毎日大量の魚を獲って来るのだ。しかも、素潜りで魚を獲るから驚きだ。たくさん獲っても、竿では釣れない大物を探して来るので、文句は言われたことはない。

 だが、明らかに自分達だけでは食べきれない位大漁なので、近所に配ることになる。


 朝露の付いたキノコを採って、義父は蜂の巣を持って帰って来る。

 蜜蜂は綺麗に居なくなっていた。大きな蜂の巣を持つ姿は、森の熊のようだ。


 ……っていうか、朝から何と戦っているんだよ。


 俺と義父を出迎えた義母は、朝の収穫物を見て喜んでくれた。


「あら、ハチの、ミツ、うれし」

「……」


 相変わらず、義母の言語は拙いままだ。まあ、ほとんど喋らない義父よりはマシであるが。

 しかしながら、そんな義父の考えていることは、案外分かりやすいことに気付いた。

 義母が喜んでいるのを見て、微かに口の端を上がる義父。

 他の人が見たら表情の変化など分からないだろう。俺も最初は分からなかった。

 だが、こうして毎日一緒に過ごすうちに、表情から気持ちを読み取れるようになる。


 いや、嫁の親父の感情を読み取ることに長けてもどうしようもないことだけど。


「ルカ、おかえり」

「ああ」


 朝食を作っていたらしいミルポロンが顔を出す。

 朝からぴったりとくっついて来るので、べりっと剥した。近くに両親が居るのに、恥ずかしくないのかと。


「母さん、父さんの近く、いつもイルよ?」

「そういえば、そうだったな!」


 義父と義母はかなり仲がいい。

 いちゃついているとは言わないが、家の中では常にくっついて座っている。

 羨ましいことで。


 俺は人の目があると、どうしても落ち着かないので、先ほどのような態度を取ってしまう。それに加えて、明るいうちは甘えてくるなと言った。


「分かった。夜まで、ガマン」

「!」


 目を伏せながら言うミルポロン。

 なんで、こいつは朝からこんなに可愛いことを言うのか。

 厳つい義父の顔でも見て落ち着こうと思った。


 朝食は揚げパンと熊スープ。

 ここの地方の料理ではなく、彼らの祖国料理だ。

 揚げパンは皿のように平たいパン。外はパリパリで、中はもっちりしている。程よい塩気があって、肉料理との相性も抜群。

 熊スープは真っ赤な色合い。トマトも入っているが、それだけではない。

 中には『チリ』という、辛味の強い香辛料が入っているのだ。

 最初、これを食べさせられた時は驚いた。辛くて辛くて涙が出てしまった。

 だが、慣れたら癖になる味だ。

 チリは義母が異国から持ち込んだもので、夏の間に畑で育てて秋口に収穫をしている。

 白夜の期間中に太陽の光を浴びすぎて、通常よりも辛いものが育つという。

 恐るべし、白夜。

 揚げパンはピリ辛スープによく合う。中に入っている熊の肉も驚くほど柔らかくて美味い。

 平らげる頃には額に汗を浮かべた状態になっていた。それを当たり前のようにミルポロンが拭ってくれる。


 しばらく腹を休めたら、出掛ける準備をした。


 汗を掻いたので服を着替える。

 髪の毛も結い直そうとしていたら、ミルポロンが櫛を持って来て自分がやりたいと言う。


「お前、がっちり結えよ」

「デモ、ふわふわに、編んだ方、絶対カワイイ!」

「何言ってんだよ、馬鹿か!」


 駄目だって言っているのに、結局、いつもより緩めに編まれてしまった。

 しかも、後ろに撫でつけていた前髪を勝手に下ろされて、細い紐を編んだ飾りを巻かれた。


「ホラ、やっぱり、カワイイ!!」

「……」


 たまには家族サービスをしなければならないので、今日は我慢をしておく。

 ミルポロンは露出度の高い異国の民族衣装の上から、サーミの女が肩から掛けている服を纏って胸元を銀細工で留めていた。

 それから、いつもとは違う色の鳥の羽を頭に挿していた。


 すでに義父母の準備は整っていたようで、居間で腕を組んでいる半裸の義父と、ミルポロンと同じように、民族衣装の上から肩掛けを纏った姿で居る義母が待ち構えていた。

 身支度が出来た俺を見て、目を輝かせる義母。


「ルカ! カワイ、カワイ、して貰タね。ヨカタね」


 何がカワイ、カワイだ! 親父も、微妙に笑ってんじゃねえ!



「おい、親父は可愛くしないでいいのか?」

「父さん、母さんが可愛くしたから」

「……」


 同じような目に合わせてやろうと思いきや、既に義父は可愛くなっている状態らしい。

 確認してみたが、どこから見てもいつもの隙が無い、半裸の義父おっさんであった。


 ……こいつら、可愛いの意味を間違えてねえか?


 親子揃っていつまでも俺のことをジロジロ見てくるので、早く出掛けるぞと声を掛けた。


 ◇◆◇


 ピクニックとはのんびりと自然を満喫しながら歩くものだと思っていた。


「……歩くの速えよ! 修行かよ!」


 義父を先頭に、サクサクサクサク山を登って行く親子。

 それにあっさりと置いて行かれる俺。

 彼らは信じられない程の脚力を有していた。汗だくで後をついて行く。


 そして、現在地、山頂。


「なんっで、山の上まで来てんだよ!! 普通、ピクニックって言ったら、湖の畔とか、川辺とか、そういう所だろうが!!」


 途中で拾った杖替わりの木の棒を地面に投げつけながら叫ぶ。

 自分の声が野山に響き渡って返ってきたので、更に空しくなった。

 親子は全く疲れていない。一体どんな体のつくりをしているのやら。

 ミルポロンは嬉しそうに話し掛けてくる。


「山のウエ、景色、キレイ」

「は!? 森と森と森と森と湖と森しか見えねえよ!!」

「村も、みえる」

「それがどうした!」


 ミルポロンと話をしている途中で息切れになってしまい、その場にしゃがみ込んだ。


「ルカ、食事、お昼」

「……」


 腕を引かれて、義父と義母の座っている場所へと移動することにした。


 昼食は義母が朝から張り切って用意したものらしい。

 四つの弁当箱が敷物の上に広げられる。


「ルカ、いっぱい、食べ」

「……ああ」


 義母が皿に料理を盛り付けてくれた。

 昼食は粉末にしたトウモロコシを水で溶いて薄く焼いたものに、炙った熊肉と炒めた野菜を挟んだものに、熊の串焼き、豆と熊の煮つけ、熊肉団子と見事な熊尽くしである。

 だが、長年伯爵家で料理人をしている義母の料理はかなり美味しい。

 疲れていたはずなのに、どんどんと食が進む。


 それからしばらくぼうっとして過ごす。義父は用を足しに行ったのだろうか。先ほどから姿が見えない。


 それにしても、長いな。


 皆で義父の帰りを待っていたら、近くの茂みから出て来た。

 これで帰れると、義父の荷物を持ち上げたら、とんでもない光景を見てしまうことになった。


「――はあああああ!?」


 まさかの展開に、さすがのミルポロンと義母も驚いている。


 義父は背中に熊を背負って帰ってきた。


 なんでも、用を足していたら襲い掛かってきたので、首を絞めて仕留めたと。


「いやいやいや、ありえない!!」


 そんな風に叫んでしまったが、事実、義父は熊を背負っている。

 それよりも、熊を背負って下山する気なのだろうか。怖くて聞けない。


 義父は軽々といった様子で熊を背負ったまま山を下りた。そして、帰宅後に解体作業を行うという元気も残していた。

 手伝おうかと思って解体小屋について行ったが、ちょっとだけ休もうと思って椅子に座ったら立ち上がれなくなり、虚ろな表情で義父の解体作業を見守るだけになってしまった。


 以上がランゴ家の休日の過ごし方である。


 っていうか、全然体が休まってないじゃん! と突っ込むことになった。


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