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ある、夏の日のお話 前編

アルノーが生まれたあと位の、ジークの実家でのお話。


※今回から不定期更新になります。気長にお待ちいただけると嬉しいです。

 アルノーが生まれてからというもの、祖父は暇を見つけてはジークの実家に遊びに来ていた。

 毎回のようにお土産に大量の玩具も買ってくれる。

 動物の模型を中心に買ってくるのはいいんだけど、アレ誰が作るんだろうかと、山のように積みあがった物を見て首を捻ることになる。

 とりあえず、家に送る為の手配をして、父に作って貰おうかと考えたが、手先が不器用だったことを思い出して却下した。父よりも母の方が手先は器用だが、お願いするのは気の毒なので、作るのは自分の仕事になりそうだ。

 まあ、アルノーが大きくなるまで模型の玩具はお預けなので、心配をするのは早かったが。


 それはそうと、祖父がやって来たようだ。


 知らせを受けて玄関先まで迎えに行けば、両手に大きな熊のぬいぐるみを抱えてやって来ていた。


「お祖父さん、それは、一体……?」

「お前への贈り物ではない」

「いや、それは分かっていますが」


 遠くから誰かが走って来るような音が聞こえた。

 何かを叫びながら来ているようだ。


「来たな」


 祖父はにんまりと笑みを浮かべる。それから、その場にしゃがみ込んで待機をしていた。


「リューネブルグのお祖父様~~!!」

「……アル、待って、走ったら、危ない」


 走って来ていたのは姪っ子姉妹だった。トコトコと駆け寄って来て、エーデルガルドは近くで止まり、アーデルトラウトは祖父に抱き付く。


 いつの間に仲良くなっていたのやら。

 祖父が子供好きだったなんて知らなかったなあと、新たな一面に驚くことになった。

 祖父は強面なので、リューネブルグ家の子供達からは怖がられている。

 だが、アーデルトラウトは気にしていないようで、にこにこしながら話し掛けていた。

 エーデルガルドはまだちょっと慣れていないのか、祖父の顔を窺うばかりであった。一応、傍に行って「優しいお祖父さんだから仲良くしてくれるかな」と言っておいた。

 祖父は手に持っていた熊のぬいぐるみをアーデルトラウトに渡し、少し離れた場所でもじもじしていたエーデルガルドにも手招きをして渡していた。


 いつも遅い時間にやって来て、泊まらずにそのまま帰ってしまうが、今回は一泊をしていくようだ。


「今日は娘達が眠る前に間に合ったようだな」

「それでも遅いですけどね」


 時刻は九時過ぎ。

 今日は祖父が来ると聞いていたので、姪っ子達も頑張って待っていたようだ。

 明日、絶対遊ぼうね、と可愛らしい約束までしていた。熊のぬいぐるみを貰った姉妹は、使用人が連れて行く。


「ジークリンデさんとアルノーは?」

「起きていますよ、多分」

「そうか」


 ジークへのお土産は日傘を買って来ていた。深い青の傘の縁には黒いレースがたっぷりとあしらわれている。随分と色っぽいと言うか、大人なデザインの傘だ。

 ジークがこの傘を差している姿を想像したら、ちょっと顔がにやけてしまった。祖父も「いいだろうが」と言っている。


「お前にはこれだ」

「ん?」


 どうやらお土産は自分の分まであるらしい。

 従者の方から渡されたのはずっしりと重たい大きな箱。これは、一体?


「お祖父さん、これは何ですか?」 

「まあ、部屋で開けてみるといい」

「?」


 部屋に行けば、ちょうどアルノーは食事を終えたところであった。

 お乳をたっぷりと頂いたようで、お腹がふっくらしている。

 ジークからアルノーを受け取った祖父は、それはもう、蕩けそうな笑顔を浮かべていた。

 その表情をリューネブルグ家の方々が見たら驚くことだろう。

 なんだかその光景を眺めながら、感極まってしまった。

 お祖父さんには親子揃って心配ばかり掛けていた。こうして子供を喜んでもらえるのは本当に嬉しい。


「リツ、それは?」

「あ、なんだろ?」


 お土産を抱えたままだったことを思い出す。


「お祖父さん、良かったら椅子に」

「今、アルノーを寝かせてやっているから、後だ」

「あ、ありがとうございます」


 祖父は気合を入れて寝かしつ付ける為に体をゆらゆらと揺らしていたが、アルノーはすぐに眠ってしまったようで「むう」と言いながらゆりかごの中に寝せていた。

 しばらくアルノーの顔を覗き込んでいたが、使用人がお茶を持って来たので、こちらにやって来て長椅子にどっかりと腰掛ける。


「なんだ、まだ開封していなかったのか」

「はい」

「開けてみろ」


 祖父からの贈り物は机の上にどっかりと鎮座していた。

 ドキドキしながら開封をする。


「……ん?」


 木箱の中に入っていたのは鉄のバケツのようなもの。がっちりと固定される蓋が付いていた。側面にはハンドルが付いている謎構造。


「なんだと思う?」

「う~ん、バケツ!!」

「もっと考えてから物を言え!!」


 ……いや、だって、バケツにしか見えないし。


 祖父はジークにも同様の質問をしていた。


「これは、何かを製造するものでしょうか?」

「そうだな」

「お祖父さん、ヒントを下さい」

「冷たいものだな」

「氷製造機?」

「惜しい!」

「もしかして、アイスクリームを作るものですか?」

「その通り!」

「へえ、そんなものがあるんですねえ」


 蓋を開けば、中は二層式になっている。

 外側の層に氷を入れて、中の層に材料を入れてから、蓋を閉じてハンドルを回せばあっという間にアイスクリームが出来るらしい。


「村に持って帰ってアイス屋でもして小銭を稼げ」

「あ、いいですねえ、それ」


 観光客相手にベリー風味のアイスクリームを売って一儲け。いいかもしれない。


「あれ、そういえば、アイスクリームの材料って……?」

「乳製品が必要だから、材料費が掛かるな」

「うっ!」


 ジークの指摘に夢が壊れてしまう。

 近くに牛を飼育していないので、牛乳は輸送費が上乗せされて高価な品となっているのだ。トナカイの乳は春先しか取れないし、チーズを作らないといけないので、アイスクリームを作る分なんてとてもない。がっくりと肩を落とす。


「リツハルド、もしや、お前はアイスを食べたことがないのか?」

「あ、そういえば!」


 祖父に言われて気付く。今までアイスを食べたことがなかったと。

 都の方に行けばアイスクリームのお店はたくさんあるが、残念ながら辺境の地には出店されていない。たま~に港町に屋台が出ている時もあるが、食べているのは子供ばかりだった。


「ジークは食べたことある?」

「まあ、何回かは」


 この国には都に有名なアイスクリーム屋さんがあるらしい。


「若者たちのデートスポットだな」

「!?」


 思わずジークに誰と行ったのかと問い詰めてしまった。


「いや、従妹とだが……」

「だったら良かった!」


 同僚に誘われて食べに行ったとかじゃなくて一安心。

 そんな自分に突っ込みを入れてくれる祖父さん。


「そんなつまらんことを聞いてからに。お前はこっちに来るたびに女と遊んでいただろうが」

「お、お祖父さん、そのお話は……」


 なんて話を、今、この瞬間にしてくれたのか。

 勿論、結婚をする前の話である。

 いや、まあ、その辺のお話はジークに自己申告をしているし、大丈ぶ……じゃなかった!!


 ジークは鋭い視線をこちらに向けていた。

 震える声で「今はジークが世界で一番可愛い女の子だよ」と言っても、目を細めるばかりであった。  


 こちらは自由に遊んでいたのに、ジークの交遊関係を気にするなんてしようもないことだと思った。とりあえず、真面目な態度で謝ったら、後でゆっくり話そうと言われてしまった。 

 もしかしたら、あの色っぽい日傘で叩かれるかもしれないけれど、我慢をしようと心の中で誓う。


「さて、もう休むとするか」

「!」


 祖父のまさかの早期戦線離脱に驚いてしまう。


 ……酷い。爆弾だけ投下して行って、居なくなるなんて。


「お義祖父じい様、素敵な贈り物、ありがとうございます」

「いいってことよ」

「お祖父さん、アイスクリーム製造器も」

「明日、頑張って作れ」

「分かりました」


 明日の予定は決まった。

 問題は、これからのことである。


 ジークは祖父から贈られた傘を手に持って、ポンポンと手のひらに打ち付けていた。

 まるで、得物の強度を確認しているかのような動きに、額に汗が浮かんでしまう。


「あの、ジークリンデさん?」

「なんだ?」

「どうしたら、許していただけるのでしょうかと」

「何故?」

「いや、なんか、怒っているのかな~と」


 勇気を出して聞いてみたが、別に怒っていないと言うジークさん。


 でも、先ほどから動きが怖いと言いますか。

 なんでもするので許して下さいと頭を下げる。


「まあ、どうしても何かしたいというのなら」

「は、はい」

「湖にボート乗りに行きたいから、一緒に行って漕いでくれないか?」

「え?」

「素敵な傘も貰ったことだし」

「!」


 まさかのデートのお誘いに、驚いてしまった。

 そして、ジークの照れたような表情にドキドキしてしまう。


 傘を得物のように弄んでいたので制裁を加えられるかと思ったと言えば、お出かけに誘いたかったが言い出せなかったので、あのような動きをしてしまったと言っていた。


 とりあえず、怒っていないようでホッとする。

 今晩もジークの器の大きさに感謝をすることになった。


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