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第4章 第10話 蘇芳色ロボティクス◇★

【アガルタ第二十七管区 第3391日目 第二区画内 第2日目】

【総居住者数 2870名(第二区画内 958名), 総信頼率 99%(第二区画内 100%)】

【アガルタ歴9年106日 午前11時32分】


 私たちは第三試練の第二問めを突破。

 何かバイコーンみたいなの出てきたけど、あれ制限時間以内に皆で協力して追い詰めて、エトワール先輩のワイヤでふん縛ってタッチしてたら、色鬼出てこなかった。

 割とチョロかったよ。

 結果はよかったんだけど……問題が発生。

 キララが双頭の蜥蜴の電撃によって巫力を得てしまってたらしいんだ。

 一度得た力を取り消すこともできないらしいし、どうしようもない。

 巫力を使い切ってしまうまでは私たちも手出しできない。


『それ以上巫力を使ってはいけませんよ、キララさん』


 私は声を荒げきつく注意した。すると彼女は何故か悔しそうな表情を浮かべ、


「既にもう幾度となく巫力を使ってきたのだ。今更一度や二度使ったとて、ものの数にも入りはせん。気にせずともよい!」


 とか言って強がってる。

 そうなのかもしれないけどさ。

 さっきあれだけ「死にたくない」って言ってたのに言ってる事矛盾してない? 

 巫力を使えば寿命が減るって知ってるのにどういうことなの。


”ロイを意識しているんじゃないかね”


 と冷静に女心を分析する先輩。

 さすが、キララとは長い付き合いの仲だよ。

 そういやエトワール先輩、あなたキララに過去の悪行バレバレでしたよ。

 まあその話は後ほど。

 先輩がここで悶絶しちゃったらいけないからね。


”ロイは力を使い続けているのに、それを赤井君は咎めない。彼女は、神通力を使えばロイも早死にすると思っている。キララは巫女として修練を積んできたうえに、グランダの女王という立場も兼ねている。彼女の性格としては、モンジャの長のロイに負けるわけにいかない。てなわけでチキンレースのようになっているんじゃないか”


 そうだったのかな。

 なんか複雑だな、彼女は負うものが多くて大変そう。

 ロイはキララのことを気遣ってるっぽかった。


”まああれだ、同じことをしているのに兄弟の片方だけ叱ると片方が拗ねる法則だ。私が何か言っても互いに聞かないだろうから、君が灸を据えてやるといい”


 何その法則。

 でもすげー例えが分かりやすかった。

 私のリアル弟の健太なんてさ、要領がいいのなんの。

 いつも兄貴の私ばっか「お兄ちゃんなんだから!」とか理不尽な理由で親に怒られて、子供の頃は相当不公平感募らせてたんだよな。

 何だよ健太も私と同じことやったのに何で健太は怒られないんだよ。

 みたいなやつか。

 大抵どこの家もそうですよね。あの現象か、あれと同じことが起こってるのか。

 それは悔しくもなるわ、よしキララ、その気持ちはよく分かったよ。

 てなわけでロイも同じように叱る。


『ロイさん。あなたもですよ、平時から安易に神通力に頼ってはなりません。実力で問題を解決するよう努力してください。思い出してください。私はその力を何の為に与えたと言いましたか?』


 一応、釘をさしておいた。

 急に叱られてロイ、驚いて目が丸くなってる。

 神通力が扱えるようになって褒められこそすれ、怒られるとは思わなかったんだろうね。

 実力で頑張れとか言って私もチートだから自分の実力じゃないし、よく考えたらそれロイが雷でチャージして貯めた神通力だから私がとやかく言えないんだけどさ。

 それでも、叱られたロイは何かを反省したのか


「はい。赤井様の仰るとおりです。俺は最近、過ぎたる力に溺れておりました」


 彼は素直で聞き分けがいい。何か申し訳なるぐらい。


 珍しくマッチョな肩をすとんと落としていたから、多少はこたえたのかな。

 余談だけど、ロイの背中のグローリアくんが、私に怒られたからか総ブルーになってた。

 別にグローリアくんには怒ってないよ私。

 悪いことしちゃったね。


 色鬼三問目は銀。

 意地の悪い設問だよ。

 勿論銀なんて森の中にあるわけないから、銀の尾羽持った、白いダチョウみたいな巨鳥の大群が急に森の奥から地響き立てて走ってきて、かかってこい返り討ちにしてやんよ! 

 とか思ってるうちに、猛烈な勢いで私たちを無視して嵐のように走り去っていった。


『あれ……今の。逃げました?』


【カウント 20】


 呆然とする私たち。


『さっきの鳥、行ってしまいましたよ!?』


 待って――! ダチョウ倶楽部待って――!

 待って待ってと追いかけたら、くるりんぱ、と振り返ってまた一目散に逃げてゆく。

 いいからかかってこいって、逃げないでそっちに――!


 ***



 エトワールと赤井が飛翔によって怪鳥の群れを森の上空から追い、先回りしてワイヤを木々の間に張り怪鳥の集団の脚を躓かせ滑りこかせば、後ろから追っていたロイが最後尾を走っていた怪鳥に飛び掛り、キララもそれに続く。


 彼らのどこかコミカルで微笑ましい様子に、まるでダチョウレースじゃないか、と、第二区画解放イベントを観覧中の厚労省地下研修会場内から笑い声が聞こえてくる。

 ロイは赤井の言いつけに従って神通力を用いず、キララが巫力を使う余地もないうちに怪鳥の上に馬乗りになって尾羽を毟り取り、民に手際よく配って怪鳥を逃がした。

 羽根は一人一枚は行き渡らなかったが、二人、三人で分け合って凌ぐ。

 これで12色と金銀併せて全色を揃えた形となった。

 全員、息が上がっているが、その表情は清清しい。


「やっと色鬼イベントをクリアしたのかな?」

「全色揃えたのだから、この設問は終わりだろうね」


 ホール内では、他管区アガルタスタッフからの容赦ない駄目出しが依然として続いている。


「他愛もないイベントだったな。死者もなかったし」

「第一~第三試練までぶっ通しで、となると難易度バランス的にはこんなもんだろう」


 イベントを観覧するアガルタスタッフたちの推測通り、第三試練突破の表示が出現し、色鬼の設問に失敗して石化していた数名の素民のポーズ状態が解け、無事隊列に復帰。

 彼らはばつが悪そうに一言二言コメントをしつつ、赤井や他の素民たちに生還を歓迎されていた。


 彼らが喜んでいたのも束の間、地面に大きな亀裂が何本も走り、木々をなぎ倒しながら岩が地面から隆起し、断層となって岩壁が聳え立つ。

 切り立った断崖の壁面には、正方形の黒い岩扉が埋め込まれている。

 赤井たちが扉を力づくで開こうとするも、扉はびくともしない。

 扉には、キララとパウル王に見覚えのある二つの紋様が刻まれていた。


 それは、グランダ王家の紋様、そしてネスト王家の二つの紋章。

 嘗て姉妹都市関係にあったという、二つの国家の強い結びつきを象ったもの。

 キララとパウルは互いに顔を見合わせ、導かれるようにそれぞれの王家の紋様の上に手を重ねる。

 すると、扉は血族の正当性を認めたのか、そこに何もなかったかのように透明となって消え、どこへ続くとも知れぬ洞窟への入り口がぽっかりと開いたのだ。


「いよいよ、ここからが本番か」


 次々と試練を突破してゆく赤井たちの一団を、中央の投影装置の脇にブース状に設置された二十七管区仮設司令部から注視するのは、顔の半分以上を多い尽くすゴーグルを装着した、茶髪のくだけた雰囲気の青年。

 ぴりぴりと緊張感を迸らせる彼に、躊躇もなく近づいてきた者がいる。

 彼女は真横から、彼にそっと声をかけた。


「伊藤プロジェクトマネージャー。少しお話があります、宜しいですか」

「……これはこれは教授。お見えでしたか。お越しいただき、どうもありがとうございます。今日も素敵なお召し物で」


 伊藤がプログラム閲覧用ゴーグルを取り深々と90度身を折り曲げて頭を下げた相手は、女性SP二人に付き添われた、浅蘇芳色(薄い緋色)の色地に抹茶色ぼかしの入った色留袖姿の貴婦人。

 黒髪を夜会巻きにして、優美な雰囲気を醸し出している。

 

「ありがとう。お世辞でも着物を褒めてくれるのは嬉しいわ。こんなお婆さんでもね」


 茶目っ気たっぷりに伊藤に軽く会釈した貴婦人は、名のある茶道家のようないでたちだが、古風な印象とは正反対の経歴を持つ。


 東京工業大学 情報理工学研究科 バイオロボティクス研究室。

 蘇芳すおう 桐子きりこ 名誉教授。

 ロボット工学の権威にしてA.I.開発の第一人者である。


 発達したアンチエイジングテクノロジーにより、その肌の張り艶から容貌は三十歳代にも見えなくもないが、彼女の実年齢は七十三歳だ。

 百歳が定年の現代社会において、世界の第一線で活躍し続ける現役の工学教授である。

 日本アガルタの技術顧問。日本アガルタ創設に多大な貢献を果たしている人物だけに、伊藤も最大限の敬意をもって接する。

 彼女は国内外の学会、パーティーなどの公の場では決まって緋色の和服を着用する。


「そうそう、先日あなたの奥様が送って下さった和三盆抹茶ケーキと煎茶セット。大変美味しゅうございましたよ。お気遣いなど、いりませんのに」


 伊藤は案外、まめな男だ。重要な仕事相手には贈り物も欠かさない。妻の内助の功もあるのだが。


「蘇芳教授の研究グループに開発いただいた”高度学習型A.I. スオウ ver 4.1”。おかげさまで我が管区をはじめ、日本アガルタ全管区で順調に運用されておりますので」

「そのことですが。スオウシリーズは、ロイの失敗を踏まえて発注書通り、御しやすいよう感情パラメータを最小限に抑え、短命の仕様としております。しかし、ですね……」

「……と、申しますと」


 何か運用に不備があったかと、伊藤も緊張する。


「先ほどの赤井神とのやり取りを見て、本当に私の創ったスオウなのかと目を見張りました。あれが何を思ったか、あのように必死に胸に迫る声を出して命乞いをしていると、何やら哀れに思えてまいりましてね……。それを見て情が移ったか、赤井神が“親代わりになる”と仰っていましたが。複雑な心情になりましたよ」


 女教授は何かを堪えるように、視線を伏せ薄く微笑む。

 綺麗に山なりを描く目元。虫も殺さぬような趣の品の良さが、彼女の怜悧な言葉と対照的だった。


「何一つ、あれの心情など気にも留めてやらなかったのに。私こそが生みの親だと、陰ながら主張したくなってしまったのですよ。かように無責任なことは研究者にあるまじきこと。赤井神に対する、幼稚な敵愾心というものでございましょうか」


 不思議なものだ、と蘇芳教授は回顧する。

 彼女はこれまで一度も、A.I.に感情移入したことなどなかったのだ。

 何故なら蘇芳の全ての感情プログラムは教授によって、文字通り“設計されたモノ”。

 人間の反応を似せただけのものにすぎず、その全てを知り尽くしていたから。

 感情移入するなど滑稽なこと、何故ならそこに人格は存在せず、造られた“人格らしきもの”があるだけなのだから。


「あれを助けてやりたくなりました」


 赤井神が父と呼ばせるなら、私は母と呼ばれたいのだ。

 彼女は恥じらいながら、そう言い添えた。


「し、しかし……既に赤井によって運用されておりますので、代替のスオウと取り換えることは」

「心配には及びませぬ。彼女をあの世界から引き離すということではありません。赤井神にお伝えください。私が欲をかいてスオウに仕込んでおいたものが、今更ながら役に立ちそうです。スオウ一族の短命の要因は、高度の免疫不全に由来します。免疫系の不在。よって、免疫系を補うことができれば短命を回避できましょう」


 伊藤は彼女の意図するところを汲むことができず、教授の言葉を繰り返すにとどまる。


「免疫不全……ですか」

「ええ。お気づきでしょうか、伊藤さん。また、赤井神も生物学のバックグラウンドをお持ちとのことで、免疫不全と聞けばお気づきになるかと存じます」

「む! なるほど」


 神の免疫系、造血幹細胞をキララの体内に生着させろというのか? 

 もし、赤井の神体を受けることになれば……異種移植細胞、この場合赤井の細胞を体内に生着させることによって、赤井と同じように、微弱ながら神通力らしきものを揮うことができるようになるだろう。

 伊藤は敢えて尋ねることはしなかった。

 さすれば長命にして、神通力を自ら行使することができる、優れたA.I.に変身させることができる。


「ロイには決して、引けをとらないと自負しておりますよ」


 それは冗長性というより、蘇芳教授のプライドを反映したものなのだろう、と伊藤は察した。

 何と恐ろしく聡明な女性なのだろう。

 伊藤は彼女の抜け目のなさを思い知る。

 死後福祉局きっての伊達男の頬が引き攣ったのを、愉快そうに観察していた教授は


「ふふ……仕様書には敢えて書いておりませんでしたね、要求されておりませんでしたので。スオウが血族として維持されていれば、かような使い方をする必要はありませんでしたから。私は厚労省あなたから、このように発注を受けました。ロイに準じる性能のA.I.を創ってほしいと。しかし私が“ロイに準ずる”で、満足できましょうか? そうはいかなかったのですよ」


 自分より若い方にそのように言われると、意地でも冗長性以上のものを仕込んでしまいたくなるのが性格たちでしてね。

 蘇芳教授は柔和に微笑み、とん、と自らの胸を叩き澄ました顔をする。

 仕草に愛嬌はあれど、彼女の行為は聊かばかりの可愛げもない。

 故フォレスター教授が何するものぞ、日本ロボット工学界の牽引者 蘇芳 桐子、ここにありと主張しているように見えたからだ。


「なんにつけても、最高を目指さなくては。人生、詰まらないではないですか」


 それをやってのける彼女の言葉には、ずっしりとした重みがある。

 そうありたいものだと、伊藤も同調した。

 彼女はフォレスター教授よりも格下との評価を受けることに、我慢がならなかったのかもしれない。


「さすがは蘇芳教授。御見それいたしました」


 教授は人差し指を立てて、ふっくらとした下唇に僅かにあてがった。


「しかし他管区には内密に。この管区でのみ、第三区画以降からそのように運用してください」

「……何故。ご教授いただけたのですか」

「それも内緒です」

「どうしても内緒ですか?」


 隙ありと見た伊藤が追い討ちをかける。


「私の口から言わせないで下さい。ここに入居したくなったのですよ。終の住まいはこの管区に決めました。私には実子がいません。ならば巫女として伸び伸びと働く我が“娘”に囲まれて暮らすのも、悪くありません」


 まだ完成を見ない管区に入居を希望する。

 それは、最高の評価と期待を受けたと言っても過言ではなかった。

 何故なら敬虔なカトリック信者である蘇芳教授は、当然米国アガルタ、千年王国への入居を希望しているとの噂があったから。

 赤井の構築するこの27管区は非宗教管区、既存の宗教管区ではない。

 彼女の告白は、実質宗旨替えにも等しいのだ。

 何故、今日、僅か数時間観覧しただけでそれほどまでに赤井に入れ込む気になったのか、一目惚れに近いものなのか。

 伊藤は教授の本意を掴みあぐね、内心首を捻りながらも愛想よく会釈をした。


「光栄の至りです。必ずや、教授に御満足いただける区画を造り上げますことをお約束します」

「今から、楽しみができました。それでは、これで」


 しゃなりしゃなりと退出してゆく教授の後姿を平静を装いつつ見送りながら、気付けば左手がガッツポーズをしている。

 いつになく浮かれていた伊藤に、教授との会話の終わりを待っていたかのように背後から黒服の男が足早に近寄り、内報が入った。

 伊藤は緩んでいた表情を引き締める。


「伊藤マネージャー。ご指示のあったように、西園の家を訪ねたのですが……」

「ご苦労さまです。赤井さんには会わない、と言いましたか」


 伊藤は右手で口元を覆い、表情は変えず声量を落とした。

 会わないと言うのなら仕方がない。

 無理強いはすまい。

 西園に下された処分は懲戒免職。

 官僚にとって破滅的、かつ最も不名誉な幕引き。

 その処分が省内に発表されて以降、厚労省には金輪際近づきたくもないだろう。

 旧知の者と顔を合せたくないという心情も理解できる。


 しかし大変な不祥事をしでかしてくれたのだ。

 伊藤は西園を憐れむ気にも、庇いだてする気にもなれなかった。

 機密維持のための口止め料も兼ねて退職金だけは融通したが。

 それ以上に彼が西園に対して出来ることはない。

 再就職は天下り関連企業であっても、ほぼ絶望的であろう。相応の罰として受け止めるべきだ。


「いえ……それが」


 観覧中のアガルタスタッフたちの目を引いているのが分かる。

 囂然たるホール内で、誰もが伊藤を窺っていた。

 内通者はその様子を察し一層声を落として告げる。


「西園は亡くなっていました。一週間前に」

「退職ついでに、辞世したということですか」


 現代日本において、人間の捜索は現実世界と死後世界双方で行わなければならない。

 個人にとって死とは、必ずしも結末的な意味を持たなくなっていた。

 よって殺人事件も事故も傷害事件と同等の取扱いとなり、殺人及び遺体遺棄罪でない限り、死刑は適用されない。

 これとは逆に、被害者の脳を著しく傷害した犯罪は最大級の刑罰が科せられる。


 訃報ときけば「ご愁傷様です」と返していたのは過去の話で。

 人生をリタイアし、アガルタで第二の人生を送るという意味においては人生の門出であるとの解釈もできるため、「おめでとう」という挨拶も今や礼法に反しない。

 葬祭業者はしめっぽい葬儀を取りやめ、華やかな門出の祝宴として新たな葬送のスタイルを提案し、歓談とともに故人を偲ぶ場合もある。

 隠居程度の認識でしかないのだ。

 若くして隠居するか、遅く隠居するかの違いはあれど――。

 西園のキャリアにケチがついた以上、就職氷河期での再雇用は難しい。

 先走った感はあるが、人生を終えるという選択肢もなきにしもあらず。


「それはかえって好都合です。サイバーテロへの関与への彼女の嫌疑も晴れるでしょうし。アガルタ内で赤井さんと直接面会の場を設けましょう」


 アガルタ入居を考えている者が、サイバーテロの手引きをしていたとは考え難い。

 現世で犯罪を犯した者は、量刑が確定し地上で刑期が終わるまでアガルタへの入居は不可能となる。

 西園がアガルタに入居できたということは、嫌疑が晴れたも同然だった。

 伊藤はいっそ晴れやかな心境で、赤井と西園をゆっくりと落ち着いた場で引き合わせてやりたかった。


「西園はどの管区に入居しましたか。死後住基ネットには即日データが上がってくるはずです。該当管区プロマネにかけあって融通しましょう」

「それが。投身自殺で。既に荼毘に付されています。頭部損傷により、アガルタ入居は不可能だったそうです」


 伊藤は何かに思いを巡らせるように、沈痛な面持ちで瞑目をした。

 アガルタへの入居を拒むほど、それほどまでに、西園は追い詰められていたのだろうか。

 西園の身に何があったのだろう。

 仮想世界では全知全能を誇る伊藤の、現実世界において何と無力なこと。

 かつての部下の胸中を察してやれなかったことを、表情ひとつから気取ることすらできなかったことを。そこに必ず存在していたであろう、西園の心の闇を理解せず救えなかったことを、心より懺悔したのだった。


「――わかりました。ご苦労さまです」

「いかが致しましょう。このことは、赤井神には伏せておきましょうか。西園とは連絡がつかない、と」

「いつまで隠し遂せるものか分かりませんが、そのように」

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