追加話 お義父さんと!
追加話です。
時期はアルノーが生まれる前、ジークの実家で暮らしている所らへんです。
不定期にちょこちょこ書いていきたいと思います。
朝、鳥の暴力的な鳴き声で目が覚める。まだ、日の出前。今日は義父の牧場の手伝いに行く日なので、起きるにはちょうど良い時間か。起こしてくれてありがとうと感謝をする気持ちになれないのは何故なのか。もっと綺麗な声で鳴いてくれよと言いながら鳥さんに挨拶をする。
ジークは気持ちよさそうに眠っていた。行ってくるねと囁いてから髪をかき分け、額にキスをする。お腹の中のわが子にもいい子にしているんだよと伝えておいた。
作業着に着替えて顔と歯を洗い、駆け足で外に出る。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
今日もお義父さんの方が早かった。
「今日は、その、大丈夫かね」
「はい! お義母さんにもジークリンデさんにも許可を取っています!」
ふむふむと頷く義父。
牧場は義父の趣味だということで、義母は自分にあまり働いて欲しくないと言っている。なので、今日みたいにお手伝いをするのは週に二、三日程度で、残りは義母の言いつけ通りに貴族らしい暮らしをさせて貰っていた。
馬に乗って伯爵家のお屋敷から少しだけ離れた牧場に移動をする。
牧場に到着すると動物達の餌やりを開始。
牛に馬、羊に豚、鶏等々。そこまで数は多くないが、作業する人数が少ないので大変な作業でもある。
馬と牛と羊には乾燥させた牧草と数種類の穀物を混ぜ合わせたものを。豚と鶏には粉末の穀物と植物の種を混ぜ合わせたものを与える。
朝になって空腹状態になっている動物たちは早く食事を寄こせと荒ぶっていた。なので、「少々お待ちくださいねえ」と
それが終わったら牧場からはひとまず撤退となる。そろそろ朝食が始まる時間だ。
「お義父さん、もうすぐで朝食の時間になります」
「もうこんな時間か!」
再び馬に跨って慌てて家に帰る義父と自分。朝食の席に間に合わないと義母に怒られてしまうのだ。
牧場からお屋敷までは一本道。周囲に生え揃った若草は柔らかい風の中でさらさらと揺れている。
「今の時期は風が気持ちいいですねえ」
「そうだろう?」
肌寒い季節は過ぎ去り、頬を撫でるのは暖かで心地よい風だった。異国の春はこんなにも穏やかなものだと驚いてしまう。「春が待ち遠しい」と言う人たちの気持ちをようやく理解する事となった。
ここに来て初めて跨った馬との関係も良好だ。乗り方は義父に教えて貰った。
「若い頃はここから少し離れた丘に妻と遠乗りに行ってね。今の時期は生え揃ったばかりの木々がとても綺麗で」
「へえ~」
確かお義母さんも軍人だったと聞いたことがある。勇ましく単独で馬を駆っていたんだろうなあと聞けばその通りだと言っていた。
「最近は行っていないんですか」
「ああ、三十年以上ね。子供が生まれてから相手にして貰えなくなって」
やっぱりそういうものなのか。義母も牧場仕事に専念していた自分に向って「奥さんから気にして貰えるのは今だけだから」と釘を刺されていたことを思い出す。
「お義父さん、今度、その丘に遠乗りに出かけませんか?」
「私と二人でか?」
「だめですか?」
「いや、それは、別に構わないが」
「?」
「……その、ジークに怒られないかなと」
前にお義父さんと仲良くしていたら(?)ジークから面白くないと言われた事があった。
今度、ジークや義母が婦人方を招待してお茶会をすると言っていたのでその日に行けばいいと提案する。
「一緒に出掛けるのも大変ですね」
「すまないな、家庭内の地位が低くて」
「いえいえ」
遠乗りの予定を話し終えた頃にお屋敷に到着をする。馬の手綱を厩舎の世話役に任せ、裏口から入って風呂場で体を洗う。
朝食を食べ終えたらまた牧場へ。牛や羊の乳しぼりをした後に広場に連れて行ってから、厩舎の掃除を行う。
「今日は羊を捌こう」
義父は乳の出が悪くなった羊を食べることに決めたという。
「リツハルド君、羊を食べたことは?」
「いえ、ありません」
残念ながら故郷の森に羊は居ない。
飼育されている羊は羊毛や乳を採取する為に家畜化され、その歴史は一万一千年以上前まで遡ることになるという。ちなみに野生種が生息する地域は限られているらしい。
解体の方法を聞けば普段している事とあまり違いはなかったので、手伝いを申し出る。
まずは首から血を抜き頭部を落としてから、後ろ足を縄で縛ってから吊るす。皮を上から剥いで、腹の肉を裂いてから内臓を取り出し、胴の部分から下を切り落とす。最後にモモ肉を左右切り分けたら終わり。
「羊の熟成は十日程か。まあ、乳用の脂肪尾種だから美味いかは分からんが」
家畜の羊には羊毛を取る為の『細毛種』に食肉用の『マトン種』、熱帯地方で飼育されている『粗毛種』等に分けられる。今まで乳用の羊を捌いて食べることはなかったらしい。味については未知の領域だという。
「こちらの地方では羊をよく食べるんですか?」
「いやあ、あんまり食べないねえ」
羊肉には生後一年未満の『ラム肉』と生後から二年以上の『マトン肉』がある。ラムは肉質が柔らかく、匂いもあまりしない。マトンは肉に深い味わいがあり、歯ごたえもあるが匂いがきついという。
一般的にマトンは不味いという噂が広がっているが、冷凍による保存方法が間違っているものが多く消費されているせいだとか。
「これは二歳半だからマトンだね」
「へえ~。でも女の子だから美味しいかも!」
「そうだね、女の子は美味しいよね!」
よく分からない箇所で義父と盛り上がってしまった。
温度管理された部屋で熟成すること数日間。食べ頃となった羊肉を迎えに行く。
「ああ、良い具合みたいだ」
「これが、羊さん……!」
「ちょっと味見をしてみようか」
「いいですね」
そうと決まれば行動は早い。
穴を空けて半分に切ったドラム缶をレンガの上に乗せ、金網を準備して火を入れる。
「お肉は肩肉がいいかな」
味見だというのに、頂くのは白い筋がたくさん入ったお肉。それを薄く切り分けてから、クセがあるというので香草を多めに擦り込んでから焼く。
温まった網にマトンの肩肉を置く。火に炙られる状態になればお肉の白身が溶け出してじんわりと脂が浮かんでくる。肉は臭いと言われているらしいが、香草を擦り込んでいるからか漂う煙からは美味しそうな匂いがするばかりだ。
「お義父さん、美味しそう!」
「もうちょっとだ、待て」
二人でドラム缶の前で待機する姿はさぞかし貴族らしからぬ姿だろう。義母に貴族とは常に優雅であれ、と言われていたが、今回ばかりは見逃していただきたい。
「そろそろ良い頃合いか」
「!!」
焼きあがった肉を、その辺に落ちてあった枝を削って作った串に刺す。脂が滴るお肉を一口で頬張った。
「うわ、美味しい!」
羊肉は意外にもあっさりとした味をしている。味は豚と牛の中間位だろうか。上手い表現が思いつかない。臭さはないと言っていい。まあ、これは自分が普段から野生の肉を食べ慣れているお陰だと思うが。
義父はちょっと苦手だと言っていた。だったら義母も駄目だろう。トナカイを美味しいと言っていたお祖父さんだったら美味しく頂きそうだと言えば、持っていけば良いという。
「多分ジークも好きだと思います」
「だったらどんどん食べて貰おう。羊肉は栄養が豊富だからな」
羊肉は動物性の脂質が少なく、食べても体にお肉が付きにくいという。妊婦が不足がちになる鉄分も豊富らしいので今のジークにぴったりの食べ物と言えよう。
夕食に出た羊肉はやっぱり義母には不評だった。そして予想通りジークは美味しいと言って気に入ってくれた。
羊肉はもうこれっきりにしてと義母は言っていたが、義父から聞いた減量している人が食べても大丈夫なお肉だという話をすれば、どういうことだと言って食いついて来る。
後日、お茶会だという集まりは、羊肉を美味しく食べる会という集まりに名前を変えて開催される事となった。
※羊肉には寄生虫が居るので妊婦さんは控えた方がいいかもしれません。(加熱で死にますが)