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追加話 姪っ子達と!

 本日は伯爵家のお姫様こと可愛い可愛い姪っ子であるエーデルガルドとアーデルトラウトと共にお出かけをする日。目的地は街の中心にある商店街。


 仲の良い姉妹はお茶会を開いてジークを招きたいと言っていたので、自分はそのお手伝いを名乗り出たというわけだった。


「ねえ、叔父様は本当におもてなしの品の作り方をごぞんじなの?」

「もちろんさ」


 今回は普通のお茶会ではない。お菓子やジャムなどを手作りしたもので持て成そうという、その辺の貴族はしない、ちょっと変わったことを計画していた。


 何故このようなお茶会を企画したかといえば、お姫様たちが本屋で見つけた『小さな森のお茶会』という本の影響だという。

 物語の中で動物のお姫様が森に落ちている木の実でお菓子を作ったり、野草を摘んでお茶を作ったりなどして隣の森の女王様を持て成すというお話を読み、自分たちもこのようなお茶会をしたいと言いだしたという経緯があった。


 エーデルガルドが書いたお茶会の計画表を見ながらお買い物をする。


 絵の中に書かれてあるのは中心に穴の空いた丸いケーキにビスケット、小さな焼き菓子に二種類のジャムと果実汁のようなものが描かれている。


「この丸いお菓子は?」

「……レモンパイ」

「そっか」


 口下手なエーデルガルドは一生懸命説明をしてくれた。レモンパイと言っても祖国でのパイの概念とは少し違うようで、生地は小麦粉とバターで作ったものを何層にも折り曲げて作ったものを使うとか。サクサクとした食感のものと聞いて首を傾げたが、厨房担当に聞けば大丈夫かと思ったので、問題ないとばかりにうんうんと頷く。


 果物屋のおかみさんにさり気なくレモンパイの作り方を聞けば、レモンは生のまま使わないということを教えて貰う。


「レモンパイにはレモンカードが必要さね」

「レモンカード?」


 レモンカードとは凝固状にしたレモンという意味で、果汁とバター、砂糖に卵を入れたものを加熱して練ったものらしい。


「うちのレモンは無農薬のものを仕入れているから、レモンカード作りには最適さ」


 レモンの皮も擦って入れているので、農薬を使っていないものがオススメだという。


「だったらそれを下さい」


 レモンの他にジャムの材料となるイチゴとオレンジ、果実汁用のグレープフルーツを購入して次の店に行く。


 おかみさんとお話をしている間、エーデルガルドとアーデルトラウトは自分の後ろに隠れていた。こういった店員と距離の近いお買いものは初めてで戸惑っているのかもしれない。


 次に行ったのは製菓用具店。

 ここではケーキを焼く入れ物やパイ生地をくり抜く型、ジャムを入れる瓶などを購入する。


「わあ、お姉さま、見て、かわいらしいわ」


 店内では先ほどの大人しさが嘘のようにはしゃぎまわっている。他にお客さんも居なかったので店員のお姉さんに会釈をしつつ、必要な商品を選ばせて頂いた。

 調理器具の他に製菓用の小麦粉や胡桃、乾燥イチジクなども購入。


 帰宅後も三人で料理を行う。綺麗に手を洗った後で各々に作業分担を言い渡した。


「エーデルガルドはお砂糖を量って、アーデルトラウトはイチゴのヘタを取ってくれるかな」


 二人の作業を見守ることは他の使用人にも手伝って貰う。なるべく危ないお仕事は頼まないようにしているが、様々な刃物に器具があって、かまどの中には火もある危険な場所なので念のために。


 自分はジャムを煮込むための鍋を取りに行った。

 調理場担当に借りたのは銅のお鍋。熱伝導に優れ、煮込んだ果物が鮮やかに仕上がると言う。


「こちらが専用の鍋で、ジャムボールと呼んでいます」


 果物は長い間煮込むと風味が飛んで味がいまいちになる。なので、短時間で調理可能となる砂糖煮込み用銅鍋ジャムボールは欠かせない道具の一つだという。


 調理台に戻れば、自分はオレンジジャム作りに取り掛かることにした。

 まずはぬるま湯でオレンジを洗い、皮を剥く。剥いた皮は更にぬるま湯でもみ洗いを繰り返す。皮は細かく切って茹でこぼし、えぐみを取り除く。実は絞って果汁だけ鍋の中へ。

 砂糖と一緒に鍋の中で灰汁を取りつつ煮込み、とろみが出てきたら完成。


 オレンジジャムを作っている間、姉妹はイチゴのジャムを作る。

 鍋の中にイチゴと砂糖、レモン汁を入れてかき混ぜ、ぐらぐらと沸騰したら灰汁取りを行って綺麗な赤色になったら出来上がり。


 仕上がったジャムは煮沸消毒をした瓶に入れて保存をした。


 次はイチジクと胡桃のケーキ作り。これは物凄く簡単な一品である。

 乾燥イチジクは小さく切り分け、胡桃も砕いておく。

 湯に入れて柔らかくしたバターと卵の黄身、砂糖を混ぜ合わせ、小麦粉と牛乳を加える。綺麗に混ざったらふわふわに泡立てた卵白を入れてさっくりと切るように木べらを入れて、最後にイチジクと胡桃を入れて、バターをたっぷり塗った型に流し込んで焼くだけ。


 ぷちぷちとしたイチジクの食感とサクサクの胡桃がたまらないケーキは一日置くとしっとりとして、焼きたてよりも美味しくなる。日の当たらない場所で保存をしておくようにお願いをした。


 ジャムを作り終えて手が空いた姉妹達はビスケット作り。

 柔らかくなったバターに砂糖、牛乳を混ぜて、なめらかになったら小麦粉とトウモロコシの粉を入れて攪拌。纏まって艶の出た生地を薄く伸ばし、花の形をした型で抜く。表面にはフォークで小さな穴を開けて、バターを塗った鉄板の上に並べて焼いたらサクサクビスケットが仕上がる。甘さ控えめなのでジャムを乗せて食べるのだ。


 ここまで終えたら残りは明日に。結構な量のお菓子を作ったものだと、お姫様方と健闘を称え合った。


 翌日もお昼前からの作業となる。

 まずはレモンパイ作り。

 エーデルガルドとアーデルトラウトにはレモンカードの製作をお願いした。

 初めて作るサクサク食感のパイ生地は、調理場の料理人と共に作る。まずは小麦粉とバターを拳で押しながら馴染ませ、水と塩を投入。粉っぽさが無くなるまで混ぜ合わせてから、平たく伸ばして涼しい場所でしばらく放置。その後、何度か折り曲げて伸ばし、曲げては折り曲げを繰り返して生地は完成となる。


 生地はビスケット用の型でくり抜き、鉄板の上に並べて竈で焼く。

 仕上がったものは横半分に切り分け、レモンカードを挟んで出来上がり。


 グレープフルーツジュースだけは時間に間に合わなくて、結局は作るのを手伝って貰った。


「なんとか間に合った! かな?」

「叔父様、すごいわ! どれも美味しそう!」


 アーデルトラウトの言葉にコクコクと頷くエーデルガルド。


 天使のように可憐なお姫様達の頭を撫でて疲労回復をしてから、最後の準備に取り掛かった。


 お茶会の会場は春の花が咲き乱れる庭園。

 お屋敷から持って来た机の上には真っ白のテーブルクロスを掛け、可愛らしい絵柄のカップを並べる。お菓子は三段に連なった台の上に並べ、ジャムにもリボンを巻いてから机の上に置く。


 冷やしたグレープジュースを厨房から持って来ればお茶会の準備は全て整った。


「二人とも、よく頑張ったね!」

「……叔父様も」

「頑張りました!」

「そうかな? そう言ってくれると嬉しいよ」


 むふふと笑い合って完璧な机の上を心行くまで眺めていた。


 約束をした時間になれば、使用人にお招きしているお客様を迎えに行く様にお願いをした。

 その間に急いで着替えに行く。


「待たせたな」


 使用人に手を引かれて登場をするジークリンデ。その髪には大きな鷲の羽飾りがついている。


「……こんにちは。その、来てくれて、嬉しいです」


 エーデルガルドはウサギの耳を模したカチューシャを付けている。


「鷲の女王様、お待ちしておりました!」


 アーデルトラウトはクマの耳を付けていた。

 二人とも抱きしめたくなるような可愛さである。


 お茶会の扮装も絵本にあったような動物の姿をするように決めていた。良く出来た動物の耳を作ってくれたのは器用なお義母さんだ。


「お姫様、女王様、森の恵みのジュースでございます」


 本日の自分の役割は執事で、きっちりとした燕尾服に流行遅れの黒ネクタイを着けて御主人様とそのお客様の給仕を行う。


 そんな自分の姿を見たジークは口元を扇で隠しながら笑っている。


「女王様、なにかおかしな所でも?」

「いや、犬の耳が似合うと思って」

「……」


 犬じゃなくて狼なのに……。でも、ジークに「お手!」とか言われたら喜んで手を出してしまいそうなので、犬ではないと否定も出来ない。


 一生懸命作ったジャムやお菓子の数々は概ね好評であった。楽しそうに焼き菓子を頬張るお姫様達を眺めているとこちらまで幸せな気分となる。


 途中で義父が牧場から犬を連れて帰ってくると、姉妹は庭で追い駆けっこを始めた。義父も犬と一緒に追いかけられていて、思わず笑ってしまう。


「リツ」

「はあい」


 名前を呼ばれて振り返れば、ジークが近う寄れと手招いていた。

 本日は使用人役なので、その場に片膝をつく。


「なにか御用でしょうか、女王様」

「いや、お礼を言おうと思ってな」

「はて?」


 お礼とは一体、と首を捻れば、姉妹の夢を叶えてくれてありがとうとジークは言った。

 今日のお茶会をエーデルガルドとアーデルトラウトは楽しみにしていたらしい。


「ほら、ご褒美だ」


 ジークは一口大に割ったビスケットにイチゴのジャムを乗せ、こちらへと差し出してくる。口をぱかっと開いたらビスケットを唇の上に置いてくれた。


 それからもぐもぐとビスケットを噛み砕いている間、ジークは狼の耳のついた頭をわしわしと撫でてくれる。


「美味しかった」

「それは良かった」

「でも」

「?」

「もっと甘いものが欲しいです、女王様」

「?」


 ジークは頭を捻り、イチゴのジャムの瓶を持ってこちらへと示したが、それは違うと首を振った。


「キスを、して下さい」

「!」


 口づけを望めば一気に無表情となったジークリンデ。使用人の分際で宝石にも匹敵する宝を所望するとは生意気だったのか。即座に謝罪をする。


「あの、過ぎたことを望んでしまいました。ごめんなさい」

「いや、別に構わないが、その、父の視線が」


 そんな風に言われて庭の方を覗けば、こちらを眺める義父の姿が。


 立ち上がって両手でぶんぶん義父に手を振りながら近づき、一緒に追い駆けっこの輪の中に加わった。


 甘いご褒美を頂くのは夜のお話となる。


 ◇◇◇


 こうして姪っ子達との愉快なお茶会は幕を閉じることとなった。


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