おまけ ルーカス・サロネン・レヴォントレットの活動報告
※リツハルドの父親視点。
無理矢理国に帰らされた先で待っていたのは、父親の大歓迎だった。
「ククク、ハーハッハッハ!!」
「……」
父はこちらを指さして、高笑いをしている。
「ねえ、そろそろ、落ち着いたら?」
「はあはあ、これが、笑わずにいられるか! フ、フハハ!」
「……」
何故、このように大喜びをしているかと言えば、自分が妻に見離されて、一人で帰国する破目となり、深く落ち込んでいることが可笑しくてたまらないらしい。
「ふん。ザマアミロだ。息子に迷惑を掛けてからに。
「それは、まあ、どうかな?」
「またそのように余裕ぶった態度を取って。本当に可愛さの欠片も無い奴だ!」
父はリツハルドを特別に可愛がっていると古くから居る使用人が話していた。他にも孫は多く居たが、自分と同じように可愛くない性格なのかもしれない。
「研究者の立場からすれば、村の風習や文化は壊すべきではないと、そんな風に思っていたから」
「息子に協力出来ることは無いと考えて出て行ったと?」
「そうだね」
「ただのクソ親ではないか!」
「否定はしないけど」
「本性が家族にバレてしまえ、この、腹黒男が!」
「でも、みんなあっさり受け入れそう」
「地獄へ堕ちろ!!」
父は舌打ちをしてから捨て台詞を吐き、部屋から出て行く。元気そうで何よりだと、安心をする。
しかしながら、そんな感情を抱いている自分にも驚いてしまった。
人は変わるものだと、不思議に思う。
◇◇◇
国を出て世界を冒険する事になったのは、数十年と昔のことだった。
長年関わっていた研究が実を結び、世間に認められたという時を迎えた時に、同僚から嬉しいだろうと問われ、そうでもないと答えたら、驚かれてしまったことがきっかけと言える。
人としての感情の欠如。それは昔から父に言われ続けていることだった。
自分さえ良ければ問題ないと考えている。至極腹黒い男だ、と。
とある男の研究で気になっている記述があったことを思い出す。『世界を冒険して、生きる事の喜びと人と接しあう事の大切さを痛感した』という一文を。
生きる事の喜びも、人と接し合う事の大切さなど、今までに感じた時など一度も無かった。だからと言って困ったこともない。
けれど、自分の中に無い感情には興味がある。
世界を旅すれば、そのような未知なる体験も出来るのではと思い、周囲の反対もあったが旅立つ事となった。
世界を冒険するということは、大いにお金が掛かる。安全な旅行しようと思えば、それだけの投資も必要だった。
自分が貯め込んでいたお金も瞬く間に尽きていき、ついには父から貰ったお小遣いにも手を付けてしまう事態となる。
旅の中で、時間さえあれ以前読んだ事のある男の冒険手記を読み返す。記述にあった国や村などに行けば、彼と同郷だと言うだけで歓迎を受けた。話を聞けば彼の善良な人間性も知ることが出来た。
勿論、いい事ばかりではない。
通訳の人間に騙されて金を全て奪われるような事態となったり、移動中に馬車を襲われたり、牢屋の中で一晩を過ごした夜もある。
それでも、旅を止めることはしなかった。
何かを失うかもしれないという恐怖よりも、世界を知るという探求心の方が上回っていたからだ。
それに、気になっていることもあった。
以前行った村で世話になった老婆に言われた言葉で、『あなたにとってのかけがえのない宝物は、この地上のどこかにあるはずです。それを、探せば、必ず幸せになれますよ』ということを言われた。
宝物が何かというのは教えてくれなかった。自分にとっての、自分にしか価値のないものと言われても、全く想像出来ない。
そもそも、かけがえのない大切な何かと言われても首を捻るばかりだ。
健康な体や生活の為のお金は大切だが、宝物かと聞かれたらはっきり違うと言う事が出来る。
明確な答えが出ないまま、旅は続く。
冒険手記は後半になれば北国についての記述に移っていく。その中に興味深い民族があった。
『イニュイ』という、動物の生肉を食べて暮らす一族の生活に強く惹き付けられてしまう。
イニュイが暮らすのは、地球の上部を取り囲んでいるアーティック・サークルと呼ばれる地域の北側にある。
そこは北極圏とも呼ばれ、イニュイの暮らす場所はその中でも『人々が暮らすには最低最悪の環境』と書かれていた。
手記には北極を旅する為の注意点なども記されていた。
一つ目は『壊血病』に注意せよ、というもの。
壊血病とは簡単に言えば体内の水溶性ビタミン、野菜や果物に含まれる栄養分の欠如によって起こる病気で、全身から出血して死に至るという恐ろしい病。
長い歴史の中でも壊血病についての書かれた書物はたくさんある。大航海時代の船員達や戦争へ赴く兵士達を苦しめたのもこの病気だった。
水溶性ビタミンは熱に弱く、加熱すればすぐに分解をしてしまう。そして、生肉には水溶性ビタミンが多く含まれていた。イニュイが生肉を食べる理由は壊血病の予防も意味していたという。
そして、イニュイの暮らす地域は侵略された歴史などが無かった。何故かと言えば、その場所は何の利用価値もないからだと手記には記されている。
彼らは何故、そこで暮らすのか。その一点だけが気になって、北極圏を目指す事となる。
ところが、辿り着いた場所はイニュイの暮らす村では無かった。
イニュイは
「あら、お客様かしら~」
「……」
話している言語はフィン語。大学で気まぐれに取った科目が役立つ日が来るとは思いもしなかった。案内人に託していた旅券を見れば、はっきりと国から違う事が発覚する。
また騙されてしまったのだと、項垂れてしまった。
「どうかなさったのかしら、お腹が空いたの?」
この時になって目の前の女性にずっと話しかけられていたことに気が付く。
「あの、この場所は、一体?」
「ここは、サーミ族の暮らす村なの」
「サーミ」
白い髪に白い肌。妖精のような容姿を持つ女性は、片手に血まみれの兎を握りながら、にこりと笑う。
案内人が連れて来てくれたのは、北極圏の中でも気候が柔らかで比較的生活のし易い、『サーミ』という北方民族が暮らす村だった。
温かで穏やかな気質だと書かれていたイニュイとは違い、サーミ達の気質は極寒と表現した方がいいのか、果てしなく厳しいものであった。
しかしながら、話を聞いてみれば、彼らは異国人に迫害されていたという過去があり、他人を怪しみ、優しくしないというのは当たり前のようにも思える。
見て、聞いて、知れば知るほど、サーミの村は冷たくて、残酷だった。
けれど、領主の娘、リツェルは違った。
彼女だけはおっとりとした性格で、誰にも優しく出来るという、稀有な女性だった。
そんなリツェルを好きになってしまうのには、そこまで時間も掛からなかった。
リツェルと結婚して、子供が生まれ、そこで自分だけの宝物というものの意味を知る事となる。
旅の目的は宝物の存在を教えてくれた老婆にお礼を言う事だった。
だが、その老婆が居た村に辿り着くまでに多大な時間を掛けてしまう。
何年もかけて村を再訪すれば、老婆はすでにこの世に居なかった。墓前での報告となってしまったが、あなたのお蔭でかけがえのない宝物を得たと、リツェルと共にお礼を言う事が出来た。
息子を置き去りにした事については反省していない。彼なら、立派に領主を務めてくれるだろうと確信していたからだ。
◇◇◇
それから溜まっていた研究の整理を数年で纏め、適当に発表してから自宅に帰った。
家に帰れば家族たちが迎えてくれる。
孫も五人に増え、狩りが不得意な自分はもっぱら子守りジジイに徹する事となった。
極寒の地なのに、どこか温かみを感じるという不思議な村には、たくさんの宝物で溢れ返っていた。
ここに辿り着けた奇跡を、神に感謝しながら、愉快な生涯を送ることとなった。