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リツハルドと父のささやかな交流

 一歳になったアルノーに会いたいと言って、祖父が遊びにやってきた。

 祖国から一緒に同行してきた父は、ぐったりしている。なんでもずっと怒られっぱなしだったらしい。


「アルノー君を抱いて癒やされようと思っていたのに、父さんが独り占めしている。酷い……」


 うな垂れる父に、母がとんでもない提案をした。


「お父さん、リッちゃんをぎゅーってして、癒やされたら?」

「えー、リツ君?」


 母よ、なんてことを勧めるのだ。

 父にとって孫であるアルノーだから、心のささくれが癒やされるというのに。

 三十をとうに超えた息子を抱きしめても、癒やされないだろう。


「わかった。今日のところはリツ君にしておく」

「え、ちょっ、待っ――!」


 こちらのことなどお構いなしに、父は突然俺を抱きしめる。


「わー、リツ君の髪、ふわふわだー。それになんかいい匂いがする」

「ちょっと、感想とかいいから」


 ジークに助けを求めたものの、母と一緒に微笑ましいような表情でこちらを見ていた。

 テオポロンにも引き離すように目線で訴えたものの、目頭を押さえるばかりだ。たぶん、親子の感動の再会と思っているのかもしれない。


 身をよじって父の抱擁から逃れる。

 父は「大きくなったねえ」と言っていたが、逆にこちらは父が小さくなったように思えた。

 こうして抱きしめられたのは幼い頃以来なので、俺が大きくなった、というのが正解なのだろうが。


「リツ君、いつの間にか、大人の男になっていたんだ。体もしっかりしている。たくさん食事を取っているんだね」

「うん、そうだよ。父さんの教えに従って、これまで生きてきたから」

「え? 本当?」

「本当だよ」


 幼い頃、父に抱かれ、教えてもらった知識の数々は、命を守ることに繋がっている。


「たとえば、ナメクジを素手で触ってはいけないとか」


 父が軽い気持ちで話していたことが、命を守ることに繋がっている。


「ああ、ナメクジは怖いよねえ」

「本当に。でも、幼少期の子どもには、魅力的な生き物に見えるんだよ」


 食用のカタツムリに少し似ていて、親近感があるのかもしれない。

 その実態は人体に多大な影響を及ぼす、恐ろしい生き物なのだという。


「父さんが教えてくれたことは、大人になった今でも役立っているんだよ」 

「そういうふうに思ってくれていたなんて、意外だー」


 なんでも、ぐうたらな親父と認識されているだろう、と考えていたらしい。

 たしかに、記憶の中の父は働いていなかった。 


「でも父さんは、森の野生動物の研究をしたり、統計を取ったり、トナカイの飼育について見直したり、いろいろしていたんでしょう?」


 それは、大人になってから知ったことである。

 父の書斎には、膨大な書類が積み上げられていた。それらは、村の発展に活かされていたのだ。


「父さんがしていたのは、目に見えにくい仕事だったんだ」

「リツ君……ありがとう」


 そんなつもりはなかったのに、しんみりとした空気になる。


「もう一回、抱きしめてもいい?」

「それはちょっと……!」


 伸ばした手がいっこうに引っ込まないので、木彫りの熊を押しつけた。

 父は嫌がらずに受け取り、「リツ君は器用だな」としみじみ褒めてくれた。

 なんとも平和なひとときであった。

挿絵(By みてみん) 

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