姪姉妹と夏の花
エーデルガルド、アーデルトラウトを連れ、ヴァッティン家の庭を散策する。
庭師がせっせとお世話する庭には、初夏の花が美しく咲き誇っていた。
そろそろ刈り取って次のシーズンの花を植えるというので、話の種に花をいただこうとやってきたわけだ。
愛らしい黄色の花を咲かせているのは、〝タンジー〟。故郷の森でもよく見かける花である。まだ盛り前なのか、開花状況はポツポツだった。
「ボタンみたいなお花だわ」
「本当に」
丸い花を付けるタンジーは、少しだけミモザに雰囲気が似ているだろうか。
夏を象徴するような花だ。
「これはねタンジーといって、虫を避ける効果があるお花なんだよ」
「虫を避ける!?」
「防虫、ということ?」
「そうそう」
束にして縛って乾燥させたあと、部屋に吊したり、服を保管する箱に入れたりと、多岐にわたって利用している。
ちなみに全草に強い毒があるので、注意が必要だ。
「毒……!? お花に、毒があるの?」
「そうだよ」
アーデルトラウトはサッと、顔色を青くさせた。
「たいへん! 私、おじさまにはじめてお会いしたとき、お花をどうぞって、たべさせたわ! もしも、毒があったら――」
「あの花は、毒がない花だったんだ。大丈夫。でも、タンジーみたいに、毒がある花もあるからね。注意が必要なんだよ」
「え、ええ」
震えるアーデルトラウトを、抱きしめる。
一応、最初に「君達は花を食べたらだめだからね」と注意を促していた。
けれども、きちんと花にある毒性について説明しなければと思っていたのだ。
教えることによって、ショックを受けないか心配だった。
やはり、想像通り、アーデルトラウトは涙を流し、自分の行いを悔いている。
エーデルガルドも、表情を暗くしていた。同じように、彼女も抱きしめる。
「エーデルガルド、アーデルトラウト、おじさんはね、妖精さんだから、人間の毒で苦しむことはないんだよ。けれども、他の人は違う。だから、これからは気を付けようね」
「ええ……」
「わ、わかった」
妖精だから大丈夫と聞いて、アーデルトラウトは安心したようだ。
まさか、妖精設定がここで活かされるとは……。
「よし! じゃあ今度は、食用花を教えてあげよう」
「食用花?」
「妖精以外の人にも、食べられる花があるの?」
「あるんだな」
エーデルガルドとアーデルトラウトの表情が、パーッと明るくなった。
案内した先にある花は――紫色の花を咲かせるリラ。今が盛りで、美しい花々を咲かせていた。
「おじさま、このお花、食べられるの?」
「食べられるよ」
ただ、食べられる花にも注意が必要だ。農薬を使っているものや、なめくじが這ったあとのある花は食べられない。
「だからね、食べたいときは、庭師のおじさんに大丈夫か確認するんだよ。いいね?」
「わかったわ!」
「はい、おじさま」
エーデルガルドとアーデルトラウトは、満面の笑みを浮かべ、リラをハサミで切っている。
カゴいっぱいに採れたら、そのまま台所へ直行。
「おじさま、リラはどうやって食べるの?」
「今日はクレープの生地に入れて食べてみようか」
「やったー!」
まず、リラに虫がついていないか確認してから、花を花柄からちぎり取る。
きれいに洗って、しばし乾燥させる。
続いて、クレープの生地を作る。
小麦粉と砂糖、牛乳を混ぜて、最後に卵を落としてさらにかき混ぜる。
この生地に、リラを入れるのだ。
「わー、お姉さま、見て! リラを入れたクレープの生地、とってもきれいよ」
「ええ、とてもきれい」
生地を焼いていく。薄くのばし、裏表焼き色がついたら完成だ。
生クリームを泡立て、クレープに掬って載せる。ここにも、リラを軽く散らしてくるりと包んだ。
お皿にも、飾りとしてリラを添えておく。
「リラのクレープのできあがり!」
エーデルガルドとアーデルトラウトが、拍手してくれた。
ジークや義父、義母を招いて、庭でいただく。
「おじいさま、おばあさま、ジークおばさま、リラのクレープを、めしあがれ!」
食用花のクレープと聞いて、皆驚いているようだった。
まずは、義父が食べる。エーデルガルドとアーデルトラウトは、輝く瞳で反応を待っていた。
「これは驚いた! おいしい」
「やったー!」
「よかった」
続けて、ふたりも食べる。
「わーー、おいしーー!」
「香りを……食べるのね。おいしいわ」
香りを食べるだなんて、エーデルガルドはすてきな表現をしてくれる。アーデルトラウトもお口に合ったようで何よりだ。
ジークや義母からも好評だった。
また、作ろう。姪姉妹とそんな約束をし、食用花を食べる会は大変な盛り上がりを見せたのだった。
コミック版北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし6巻が、本日7月2日発売となります。
巻末には白樺鹿夜先生描き下ろしマンガと、私が書きましたショートストーリーが収録されております。
ジークの実家編クライマックスです。どうぞよろしくお願いいたします。