<< 前へ次へ >>  更新
130/152

新たなる森の恵み

 辺境の短い春が過ぎようとしている時に、アイナとエメリヒが帰る日がやって来た。

 馬車が到着する時間を見計らってジークを誘って、城塞の外で帰りを待った。


 時間通りに馬車は到着した。

 アイナはお姫様のような服を着て帰って来た。

 一年半の間に何回か会ったけど、その時よりも大人の女性らしくなっているように見えた。

 エメリヒは、うん。相変わらずな感じ!

 元気そうでよかった。


 ぎこちない感じでここを発った二人だったけど、雰囲気は随分と変わったように思える。

 互いのことを想い合っているような、柔らかい空気が流れていた。


 次の日に歓迎会を家でしようという話になった。

 母は大いに張り切っている。

 ジークは二人に贈る民族衣装の糸の解れなどがないか確認していた。


 翌日、招いたアイナとエメリヒが訊ねて来てくれた。

 食事の支度が整うまでの間、アルノーを囲んで話をすることに。


 アイナは嬉しそうに息子をあやしてくれた。

 いいお母さんになりそうだと、微笑ましい気持ちになる。


 そこでアイナがとんでもない問題発言をしてくれた。


「精霊様は、いつになったら私達に子供を贈って下さるのかしら?」


 ポカンとしているエメリヒに向かって、アイナは発言の補足をしてくれる。

 子供は村の精霊様が授けてくれるものだと。


 それを聞いた刹那、エメリヒは口に含んでいたベリージュースで噎せていた。

 ジークはどういうことなのか、という視線をこちらへ向けている。

 精霊様が云々と言うお話は子供を寝かせつける時に話す、村のおとぎ話だ。

 アイナがそれを信じていたなんて、驚いてしまった。

 田舎の村へ引っ越す時に結婚したと言っていたので、な、なんていうか、二人はてっきり……。


 エメリヒはアイナを保護していただけだったということが発覚する。


 食事中、エメリヒは上の空だった。

 これからどうすればいいのか、悩んでいるのかもしれない。


 食事が終わった後、頃合いを見てエメリヒを連れ出した。


 村の風習について謝れば、仕方がないことだと許してくれた。

 ジークに頼んで色々教えることも出来ると提案をしてみたけれど、まだアイナは生活に慣れるので精一杯だろうから、しばらくこのままで過ごすと言っている。


 エメリヒ、なんていい人なんだ……。


 これから一緒に頑張ろうと、手と手を取り合って決意を固めることになった。


 ◇◇◇


 アイナとエメリヒ夫婦が『紅蓮の鷲亭』を手伝ってくれることになった。

 忙し過ぎてどうにもならない日とかがあったので、本当にありがたい話だった。


 厨房にアイナと二人で入り、エメリヒはジークに給仕を習う。

 彼の片言な言葉遣いが心配なところではあるけれど、教官殿に指導は任せることにした。


 アイナはさすがというか、料理が得意なだけあって、覚えるのが早い。

 洗い物などもあっという間に片づけてしまう。

 翌日になれば、新しい従業員が入ったことが噂になったからか、いつもより客が多くなった。


 もう席がないと、入ってきたお客さんに謝っていれば、アイナが物申してくる。


「このお店、狭いのね。もう満席だわ」

「あ~、うん、完全に想定外だった」


 だって、こんなに店が流行るとは想像もしていなかったから。

 もう少し暖かくなれば、外にある席でもお茶と食事が楽しめる。

 今はまだちょっと寒いので、店内の席しか案内していないのだ。


 ちょっと話をしているうちに、注文が入っていた。

 アイナと作業を分担して、用意をすることにする。


 ◇◇◇


 今日、お店は休みなので、エメリヒと森に入った。

 湖に行って釣りをして、香草集めをする。

 途中、家から持って来た愛妻弁当を食べることになった。

 エメリヒと二人、奥さんが作ってくれた食事は最高だという話で盛り上がる。

 魚や香草を持ち帰り、ジークに処理を任せた。


 少しだけ休憩したあと、再び森へ。

 そろそろ蜂蜜が集まっている頃なので、巣を覗きに行くことにした。

 エメリヒも手伝いたいと言うので、しっかりと蜂避けの装備を纏って出かけた。


 しばらく歩けば、巣箱を置いた場所に到着する。


 まず、鉄のバケツに枯草を入れ、火を入れた。これで蜂を大人しくさせるのだ。

 煙がたつ前に蓋をする。

 装備が完璧なものか調べたあと、二段の箱が重なっている巣へゆっくりと近づく。

 蜂が体に止まっても、慌ててはいけない。蜂は怪しい奴ではないかと調べているだけだ。


「エメリヒ、蜂との付き合い方、覚えているよね?」

「……だ、大丈夫」


 エメリヒ、動きがぎくしゃくしているけど、本当に大丈夫かな。

 蜂は未だに自分も怖い。気持ちはよく分かる。


「堂々としていれば、攻撃されないから」

「……努力する」


 まず、空の巣箱と蜂蜜入りの巣箱を入れ替える。

 上の段と下の段が蜜蝋でくっ付いているので、糸を使って分離させる。

 二人で作業をしたので、短時間で巣箱を入れ替えることが出来た。

 巣から離れた場所に箱を持って行き、蓋を開けようとしたが、こちらも蜜蝋がくっ付いているのか開かない。こちらも糸を使って開ける。

 蓋には蜜蜂がびっしり。

 ここで、先ほど燃やした枯草の入ったバケツの蓋を開ける。

 もくもくと煙がたてば、ブブブと羽音をたてていた蜂達は大人しくなった。

 巣の上部に残っている蜂はブラシでそっと落としていく。

 箱の中に入れていた巣枠を取り出す。中にはずっしりと重たい蜜が集まっていた。


 一段目が蜂の子の育てる場所で、二段目が蜂蜜の貯蔵する場所になっている。

 上の段にある蜜の付いた六枚の枠だけ回収した。


 蜂の巣が付いた巣枠と箱を持ち帰る。


 家の庭先で蜂蜜絞りを行うことにした。

 まず、巣の入り口の蓋をナイフで落とす。


 そのあとは、ザクザクと巣を切り分けた。

 切った巣は布に包み、瓶の中で棒などを使ってぐいぐい押す。

 そのあとは、瓶の上に蜂蜜の入った布を吊るし、自然に垂れていくのを待つ。

 しばらく待てば、蜂蜜が完成するのだ。

 エメリヒが手伝ってくれたので、作業はすぐに終わった。

 一枚の巣枠から瓶三本分採れ、全部で六枚あったので、十八本分の蜂蜜が手に入った。


「――という訳で、蜂蜜が採れました!」


 母もジークも蜂蜜の完成を喜んでくれた。


 ルルポロンが焼いてくれたパンケーキと温めたトナカイの乳に蜂蜜を落とす。

 三段に重なったパンケーキの上で、蜂蜜が輝いていた。とても美味しそうだ。

 膝の上に座っているアルノーは不思議そうな目で蜂蜜の入った瓶を見ていた。


「アルノーちゃんはごめんねえ、お祖母ちゃんの作ったジャムを付けようねえ」


 赤ちゃんに蜂蜜を与えてはいけないらしい。

 なんでも、腸内環境が整っていない赤ちゃんは病気を発症することがあるとか。

 一応、その症状が出るのは生後六か月までの乳児に限定するらしいけど、念のため、アルノーはジャムパンケーキを楽しんでいただくことにした。

 トナカイの乳に浸けてひたひたになった特別なパンケーキに、母特製のジャムをかける。


 準備が整ったので、試食会を開始する。


 まずは蜂蜜のかかったパンケーキから。


「あ、すごい濃い!」


 上品なコクと甘みがあって、味は濃厚。

 表面はサクっと、中はもっちりとしたパンケーキと、優しい風味の蜂蜜との相性は抜群だ。


 蜂蜜入りの温かいトナカイの乳も美味しい!

 本当、蜂に怯えながら頑張った甲斐があった。


 ランゴ家やエメリヒの家、土産屋のおかみさんと、お世話になった人達にも配った。

 みんな喜んでくれてとっても嬉しい。


 蜂蜜がたくさん採れて、村の名産に出来ればと、こっそり夢見ている。


 ◇◇◇


 アイナとエメリヒが帰って来て一ヶ月が経った。

 思いがけず、店にちょっとした変化が訪れる。


 まず、エメリヒが店番をする日は、ご近所の奥様が押し寄せていた。

 エメリヒは男前だし、目の保養になるのかもしれないと思っていたが、理由は他にあった。


 土産屋で会った奥様いわく……。


「彼、片言の言葉で一生懸命話し掛けてくるでしょう? なんだか可愛くって!」


 ――とのこと。


 アイナも村の奥様方と交流を始めたようだ。


 二人がうまく村に溶け込めているので、なんだか嬉しくなってしまった。


<< 前へ次へ >>目次  更新