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0087 アバリー村

明け方、カイラディーの街を出て、目的地のアバリー村に着いたのは昼過ぎであった。


「けっこう早く着きましたね」

「俺らの歩くペースが速かったからだ。普通は丸一日かかる……」

涼の感想にニルスは苦笑しながら答えた。


四人とも、特に持久力は重点的に鍛えているために、こういう長距離の移動時間はかなり縮まるのである。

高いパフォーマンスをどれだけ長く持続できるか……それは、アスリートだろうが冒険者だろうが、とても重要な要素なのである。


持久力万歳。




住居は村の中心に集まっているらしいのだが、開墾された畑が村の外、かなり広範囲に広がっていた。

そこでは、幾人かの村人が働いていたが、四人を見かけると近寄ってくる。

理由は、村に帰ってきた剣士にあった。


「ニルスか? おぉ、ニルスじゃないか! 久しぶりだな!」

「ニルス~ おかえり~」


にこやかにニルスに手を振る村人を見て、涼は安心したような表情を浮かべて言った。

「ニルスは、村人に嫌われて追放されたわけじゃなかったのですね。良かったです」

「なんで、俺が追放されるんだよ」

怒ってというより半ば呆れた口調で、ニルスは言い返した。


「だってニルスって、見るからにガキ大将というか暴れん坊というか……やんちゃだったでしょ?」

「うっ……それは否定しないが……」

「そういう人は、たいてい村から追い出されて、冒険者に身をやつすものだと相場は決まっているのです」


「リョウが断定している……」

「リョウさんは、そういう知り合いがいるんですかね」

涼のラノベ的知識による断定口調に、エトとアモンが囁くような声で会話する。


「と、とにかく、まずは村長と、ばば様のところに挨拶に行くぞ」

強引に話をぶった切ると、ニルスは大股で村の中心に向かって歩く。

他の三人も、その後について行った。




村の中心の広場。そこに隣接するように大きめの家が建っていた。

建物自体は木造であるが、中はかなり広そうである。


「ブーラン、いるかぁ」

扉を開けながら、ニルスは遠慮することなく勝手に中に入っていく。


とはいえ、さすがに、三人は躊躇した。

ニルスは、勝手知ったるなんとやらなのかもしれないが、三人は違う。

なんとなく扉の外から、中を覗き込む形になった。


そこは、いわば集会場として使われているかの様な、とても広い空間になっている。



数秒ほど待っていると、家の奥からニルス並みの大きな身体と、分厚い筋肉を纏った五十代の男性が出てきた。

「おう、誰だ……って、お前、ニルス? 本当にニルスか?」

何か信じられないものでも見たかのように、ブーランと呼ばれた男は、ニルスを頭の先から足の先まで何度も何度も見直した。


「おう、俺だ」

「本当にニルスか……見違えたぞ」

そう言うと、二人はがっしりと抱き合った。


「見違えたって……まだ村を出てから一年も経ってないだろうが」

「まあそうなんだが……何というか立派な感じが……。村を出た頃は、暴れん坊なだけだったから……」

「ぶっ」

それを聞くと、後ろの三人が一斉に噴き出してしまった。


「だぁぁぁ、ブーランそれを言うな。そうそう、こっちの三人、エト、アモン、リョウが俺のパーティーメンバーだ」

「よろしくお願いします」

三人は一斉に頭を下げ、挨拶をした。


「おう、よろしくな。俺は村長のブーランだ。まあ、立ち話も何だ、座ってくれ」

ブーランに促されて、四人は座った。



ちょうどそこに、奥からブーランと同年代と思われる一人の女性がお盆にコップを載せて出てきた。

「ニルス、おかえり。みなさんもいらっしゃい」

「ランラン、ただいま」

ランランと呼ばれた女性は、にっこり微笑んで、何か飲み物の入ったコップを置いてすぐに引っ込んだ。


「でだ、ニルスがこのタイミングで来たってのは……」

「ああ、村がギルドに出した依頼を、俺らが受けた」

「そうか……ん? だが、あの依頼はカイラディーの冒険者ギルドで、それに結構なランクの依頼になってただろ?」

「カイラディーでは、もう誰も引き受けないってことで、ルンの街に回ってきたんだ。ランクも、まあ、なんとか背伸びして受けることができた」

ニルスがそう言うと、エトとアモンは苦笑いを浮かべた。


「そうか……まあ、知らない奴らよりはニルスたちの方がいいな」

そこまで言うと、ブーランはコップの水を一口飲んだ。


それを見て、ニルスは尋ねた。

「ブーラン、二度目に来た冒険者たちに協力しなかったという話を聞いてきたんだが、どういうことだ?」

「ああ……それが、まあ、今回の依頼の核心になるんだよな……」



「正直、どっからどう説明すればいいか分からんから、最初から説明するな。ちと長くなるかもしれんが」

そう言うと、ブーランは話し始めた。


「最初にスケルトンを見かけたのは半年前。東の森の……ところでだ。そして三カ月前に、ゴブリンをみかけた。これも東の森……の中では少し南寄りなところだな。これは俺が見かけたんだ。だが、実はその後は一度も見ていない。他の者が見たのであれば、何かの見間違いだったのではないかと思うくらいに、探しても見つけることが出来なかった」

そこで一度話を切り、水を飲んだ。


「スケルトンは、森の少し開けたあたりにいつもいた。ようやく、依頼する金も都合できたから、討伐依頼を出したんだ。まあゴブリンもついでに討伐してもらえればいいなと思って、そっちも書いた。で、最初のパーティーが来たんだが……結果は聞いてるか?」

「ああ。重傷者二名」

「そうだ。二十体以上のスケルトンに囲まれたらしい。で、そのパーティーは街に帰った。問題は、その戦闘場所なんだ」

ブーランは顔をしかめた。


「もしかして東の森の……奥に入ったのか?」

ニルスは当たりをつけていたのだろう。ズバリ聞いた。


「ああ。戦闘で、森の奥を穢しちまった。だから、二度目のパーティーが来た時、追い出そうとした村人が出てきたんだ。生き死にが掛かった戦闘だ、場所を選べと言ってもそれは無理ってのはわかる。同時に、村の人間にとってはむやみに入っちゃならねえと、何代にも渡って言い伝えられてきた場所で戦闘が起こり、しかも血で穢れちまったら追い出したくなるのも、これもまたわかる。難しい話だ……」

「ああ、そうだな……」

そこまで言ってニルスは、他の三人の方をふと見た。


そして、三人共、理解できていないことを確認した。


「すまん、理解できないよな。とは言え、これは村の秘事に関する部分だから……ばば様と総会の許可を得ないと話せないんだ。もうちょっとだけ待ってくれ」

そう言うと、ニルスは三人に頭を下げた。




その後、四人は村の中のニルスの生家に移動した。


現在は、ニルスが家督を譲った弟夫婦が生活しており、ニルスの帰還を涙を流して喜んだ。

そしてニルス以外の三人は、ニルスが村人たちを説得するのを、その家の中で待つことになった。

その間、ニルスの弟君ニロイとお嫁さんサナが、三人をもてなしてくれた。



「つまり、ニロイさんが十八歳成人になった後、家督と農地を譲って、冒険者になるために村を出たんだ?」

「はい。兄さんは小さい頃から農業が好きではなかったのですが……兄さんの成人直前に両親が亡くなったものですから仕方なく継いで……。本当なら、成人直後に村を出ていく予定だったんです。でも僕を育てるために残ってくれていたんです」

弟ニロイは、顔立ちはニルスに似ていたが、身体の大きさも性格も似ていない、とても温和な青年であった。


「ニルスはああ見えて、世話焼きだからね」

「ニルスさんには、もの凄く良くしてもらっています」

エトとアモンがニルスを褒めた。

もちろんニルスは、ここにはいない。

いたらきっと、顔を真っ赤にして否定したに違いなかった。



「今、ニルスって……」

「村長宅で、村人の総会が開かれています。多分そこでいろいろ説明をしているのかと……」

先ほど、涼たちが村長ブーランと話をしたあの空間で行われている様だ。

「村だと、しきたりとか伝統とか、いろいろありますからね……」

村育ちで、つい最近村を出てきたアモンがしみじみと語った。


「ええ。ただ今回は、兄さんと兄さんが信頼する人たちが討伐隊として来てくれたということなので、討伐を反対する人は出てこないと思うんです。この前の人たちは、村のしきたりとかは完全に無視して森に入って行こうとしたからあれでしたけど……」

「ああ、やっぱりそういうのあったんだねぇ」

エトが頷いて言った。


誰しも、自分たちに不利な報告はしない、あるいは削る、あるいは意図的に触れない……よくあることである。


嘘をついているわけではない。問われないから答えないだけ。

上司は、そこを問わなければならないのだが……それは異常に難しい。

結果、依頼主や協力者たちに不満が残ることになる。


世の中は難しいことだらけである。




「おう、帰ったぞ」

お嫁さんのサナも含めて五人で談笑していたところに、ニルスが総会から戻ってきた。



一息ついて、ニルスは説明を始めた。


「結論から言うと、スケルトンの討伐許可は下りた。明日の夜な。で、それの前、明日の昼間のうちに、ゴブリンの調査をしようと思う。ゴブリンの方は、実際に見かけたブーランがその場所まで先導してくれる。まあ、そっちは出たとこ勝負だし、もしかしたら見つからない可能性もある。それで、スケルトンの方なんだが……」

ニルスは出された水を一気に煽った。


「お前たちには全部話してもいいという許可が総会で出たから話すが、もちろんこれから話す内容は他言無用だ。いいな?」

「ええ」

「はい」

「わかりました」

エトもアモンも、もちろん涼も頷いた。



「この村はちょっと特殊な村だ。特殊な部分は二つ。一つ目、東の森の奥、最奥には村の守護獣様がおいでになる。実際には、俺は見たことが無い。村長とばば様しか会うことはない。だから守護獣様がどんなものなのかは知らないし、実際に今もいるのかどうか……正直分からん」

「守護獣……」

「そういう伝承のある村が時々ありますけど……ニルスの村がそうだったとは……」

アモンは普通に驚き、エトはより専門知識的に驚いている。


(守護獣……なんてファンタジーな!)

涼は、一人ワクワクしていた。


「今日のうちに、村長とばば様が、守護獣様に説明に行くそうだ。ゴブリンの調査とスケルトンの討伐を行うと。で、それもあるために、東の森で血を流すのは避けて欲しいと言われたのだが……努力はする、とは総会で伝えた」

「スケルトン自体は、血を出しませんしね」

「ぼ、ぼくらが怪我をしなければ大丈夫、ですよね」

エトとアモンはそれぞれに感想を述べる。



(きっとその守護獣が、悪神とかに浸食されたり呪いを受けたりして狂ってしまい、僕らに襲い掛かってくるに違いない。そして、その浸食からの解放が新たなミッションになる可能性が高いですね!)

どこかのラノベ的展開を頭に思い浮かべている涼であった。



「リョウ、お前何か変なこと考えてないか?」

ニルスの鋭い質問が飛ぶ。

「な、ナニモカンガエテナイデスヨー」

ニルスはジト目で涼を見ている。


「そ、それより、守護獣様が一つ目で、もう一つ、村が特殊な理由があるのでしょう?」

涼は何とか自分への追及を逸らそうと話題を転換した。


「まったく……。もう一つは、祠だ」

「祠?」

反応したのは神官エトであった。

「ああ。だがこれは、ちと説明しにくいから、明日ばば様が自分で説明すると言っていた。俺もどう説明したらいいのか、さっぱりだからな。悪いが明日まで待っててくれ」


最後の一行が途切れてました…すいません!

追加しました(5月29日 23時04分)

感想でおしえてくださった只々さん、ありがとうございます。



≪追加した行≫


どう説明したらいいのか、さっぱりだからな。悪いが明日まで待っててくれ」

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