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0086 サブマスター ランデンビア

翌日。

いつもよりも早い時間にギルド食堂での朝食を終え、四人はカイラディーの街に向かった。

もちろん、歩きで。


ルン~カイラディー間は、頻繁に人、物の行き来があるため、街道が整備されている。

整備されているとは言っても、石畳が敷かれているわけではなく、地面が固められているだけではあるのだが……それでも道なき道を行くのに比べれば段違いに楽である。



街道沿いには、時々直径一メートル、高さ五メートル程の円柱が立っている。

「あの、時々立ってる円柱ってなんですかね?」

その柱が気になった涼が、誰とはなしに聞く。


そして、こういった系統の質問に答えるのは、たいていエトである。

「あれは退魔柱、魔物避けの柱だね。五百メートル間隔で立ってるはず」

「結界……」

思わず涼が呟く。涼の頭に浮かんだのは、ロンドの森の自分の家にミカエル(仮名)が設置した結界であった。


「結界……と言えるほどの効果は無いけど……。まあ、余程の事が無い限り、魔物は寄ってこなくなるよ。王国の主要街道には、だいたい設置されているね」

ルンとウィットナッシュを繋ぐ街道にもあったらしいのだが、涼の記憶には残っていなかった。その時は、『コーヒーメーカー』たちの情報を引き出す方が大事だった、のかもしれない。


この退魔柱と家にある結界は、やはり根本が違う様だ。

いつかは、家の結界の謎も解いてみたい……また一つ涼の心に野望が芽生えるのであった。



そして、お昼。

ギルド食堂に作ってもらったお弁当を食べながら、四人は休んでいた。


「それにしても……ホント、何も起きませんね」

「リョウ……一体何を期待しているんだ……」

涼の独白に、呆れたような目を向けながら答えるニルス。


「いや、ほら、街の間の移動と言えば……ひっきりなしに向かってくる魔物を撃退し、集団で襲ってくる盗賊を捕まえて、逆に溜めているお宝を奪う、的なのが王道かなと思うんです」

「それはどこの人外魔境の話だ……」


そんなことが頻繁に起きていたら、国レベルでの経済活動なんて滞って仕方ないだろう。

そんなことをニルスが説明した。

そう、見た目でっかいやんちゃ坊主な、剣士のニルスが説明したのである。

涼は驚愕した。


「こらリョウ、お前、めっちゃ失礼なこと考えただろ」

「ソ、ソンナコトナイデスヨー」

横でクスクスと笑いをこらえられなくなって、エトはついに大笑いをしてしまっていた。


ひとしきり笑った後、


「ニルスは以前、アベルさんにその辺の話をしてもらったことがあって、それを覚えてたんだよね」

「エト、ばらすな!」

エトが事実を告げたことで慌てるニルス。


「やっぱり……」

「なんでそこで納得するんだ」

涼が大きく頷き、それに対してニルスが抗議した。


ずっと横で聞いていたアモンは

「でも、そういう以前聞いたこと一つ一つが、きちんと身に着いているのは凄いですね。私も頑張ります!」

アモンはいい奴である。



その日の夕方には、何事もなく四人はカイラディーに着いた。


「依頼報告で、ギルドがごった返す時間帯だな。先に宿を確保しよう」

ニルスの提案で、冒険者ギルドに行く前に宿を確保した。

野宿をすれば宿代はかからないのだが、せっかく街にいるのだからきちんとしたベッドで眠りたいではないか。

冒険者は身体が資本なのであるからして。



宿を確保し、ついでに夕飯まで食べた後で、四人は冒険者ギルドに向かった。

さすがに、その日の依頼報告のピークは過ぎ去っており、ギルド内には冒険者はほとんどいなかった。


受付係も、若い男性の受付が一人いるだけである。


「俺らはルンの街の冒険者だが、この街から回ってきたアバリー村の討伐依頼を引き受けた者だ。依頼情報を引き受けたい。あと、これがうちのギルドマスターからの紹介状だ」

ニルスはそう言うと、ヒューが持たせた紹介状を受付係に渡した。

「かしこまりました。少々お待ちください」

そう言うと、受付係は紹介状を持って奥の扉に入って行った。



「この後、奥から人が出てきて、僕らは街の冒険者とギルドの偉い人に絡まれて、一触即発の事態に陥るんですね。そして力ずくでその事態を解決するんです」

涼が王道ラノベ展開を切々と語りだす。


「なんでリョウは、そんなに戦う展開に持って行こうとするんだ……」

「リョウは、模擬戦がキャンセルになって欲求不満なのですか?」

「以前リョウさんが言っていた、ジョーザイセンジョーというやつですね!」

ニルスが呆れて、エトは首を横に振りながら、そしてアモンは難しい言葉を使っていた。


だが残念ながらというか、当然と言うか、そんな展開にはならず四人は奥の応接室に通された。

「この件に関しては、サブマスターが説明をするそうなので、こちらでしばらくお待ちください」



そう言われ、応接室で待つこと五分。


サブマスターとは、ギルドマスターを補佐する、ギルドで二番目に高い地位の人物である。ある程度以上の規模のギルドになると、たいてい置かれている。


だが、辺境最大の規模を誇るルンの冒険者ギルドには、なぜかサブマスターは存在しない。そのために、ウィットナッシュでは『代理』としてアベルがヒューの代わりに派遣されたりしたのであるが。


入ってきた男性は、三十代半ば、元魔法使いというイメージを抱かせた。

涼と同じ程度の身長、エト並みに華奢な体躯、アモンのように柔らかな表情を浮かべた、一目で話しやすそうな印象を受ける男性。


「ルンの街の冒険者だね。私は、このカイラディーの冒険者ギルドサブマスターのランデンビアです。よろしく」

「私がパーティーリーダーのニルスです。パーティーメンバーのエト、アモン、そしてリョウです」

普段の物言いとは違い、丁寧な言い回しで説明をするニルス。

TPOは社会人の基本です。



「そうか、君が依頼元の村出身のニルスだね。マスター・マクグラスからの紹介状に書いてありました。それと、このパーティーは期待の若手のパーティーだと。あのマスター・マクグラスが期待するパーティー……そういうパーティーがあるというのは少し羨ましいですね。カイラディーは、最近は若手パーティーがあまりデビューしないものですから……」

「期待の若手……」

「マスター・マクグラス……かっこいい響き」


三人の喜びの声以外に、若干一名、変なところに食いついているが、それが誰なのかは敢えて触れまい。

決して、どこぞの水属性魔法使いである、などとは言うまい……。


「うちのギルドマスターって、もしかして有名人?」

エトの呟きに、サブマスター・ランデンビアは驚いた。


「もしかして、英雄マクグラスを知らないの……?」

「英雄?」

四人とも異口同音。


「もう、その辺りを知らない世代が冒険者になる時代なのか。かつては、王国の冒険者で『マスター・マクグラス』の名を知らない者などいなかった。それくらいの人物なんだよ。この依頼が終わってルンの街に戻ったら、先輩冒険者に教えてもらうといいよ。マスター・マクグラスという人の英雄譚を」

「はい、そうします」


未だに驚きから回復できていなかったが、ニルスは大きく頷いて答えた。




「よし、では今回の依頼について説明をしよう。とは言え、あまり情報が無いというのが、正直なところだ」


カイラディーからは、E級とD級のパーティーが一回ずつ派遣された。

最初のE級パーティーは、スケルトンと戦闘になり、五名中、重傷者二名。撤退。

次のD級パーティーは、一部村民から協力を得られず、調査不能。撤退。

その後、村長らがカイラディー冒険者ギルドに謝罪に訪れる。

だが、依頼を受けるパーティーはその後現れず、辺境最大のルンの街に依頼は回された。



「あまり情報が無くて申し訳ない。何か質問はあるかな?」

「討伐依頼中には、ゴブリンとスケルトンと書いてあったと思うのですが、ゴブリンの確認はできているのでしょうか?」

エトが質問をした。

確かに、今までの報告では、ゴブリンのゴの字も出てきていない。


「いや、確認できていない」

ランデンビアは首を横に振って否定した。


「E級パーティーがスケルトンに遭遇したのは、西の墓地ですか?」

村の地理に詳しいニルスが質問をする。

「いや、墓地ではなく、東の森と報告されている」

「東の森?」

その答えに、ニルスは深く考え込んだ。



その後は、質問が出ることも無く、ランデンビアによる説明は終了した。

「では健闘を祈るよ」


そういうと、ランデンビアは立ち上がり、十号室の四人を送り出したのだった。


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