0078
ウィットナッシュ開港祭、二日目。
「港の方にもいいお店が出ているらしいんですよ」
アモンのそんなセリフから、十号室の四人は港の方に向かった。
これまでは、大通り沿いの露店を中心に攻略したわけだが、今日はがらりと方向を変えてみたのだ。
とはいえ、海のものが中心であることに変わりはない。
「この塩焼きにかかっているものは、もしや……焦がし醤油……」
日本以来の醤油に感動する涼の横で、
「この小麦粉汁の包み焼……くれぇぷ? 甘い具が何とも言えません」
本邦初公開という看板の下、どこからともなく現れたクレープを堪能するエト。
「炙ったマグロの切り身と一口ライスの組み合わせって、すごいですね」
炙りトロの握り寿司っぽい食べ物を何個もお代わりするアモンと、
「このリンドーに甘い汁をかけて固めた飴、これはいいぞ!」
まるでリンゴ飴を両手に二本ずつ持って頬張るニルス。
途中、海のものとは関係無いものも買い食いしながら、四人は港に展示されている快速船『レインシューター』を見に来ていた。
これは、涼がぜひ見たいと言って、三人を説得して連れてきたのだが、来るまではさほど興味の無かった三人も、その優美な外観に囚われていた。
「これは……美しいな……」
「変わった形だね」
「動いている所も見たいですね」
ニルス、エト、アモンも一瞬で見惚れていた。
全長三十メートル、外見はいわゆるトリマランという、三胴船である。
中央の水に接する下部に大きめの船体が一つ、左右に並行して小さめの下部船体があり、下部船体が二つの双胴船に比べて、横揺れにも強くなっている。
この世界では、この三胴船はもちろん、双胴船すら聞いたことが無い。
そう考えると、この『レインシューター』は非常に画期的な船だと言える。
だが、涼の興味を引いたのはそれだけでは無かった。
「帆が無い……」
涼の呟きに、エトが反応した。
「オールもありませんね」
帆船でも櫂船でもない。
もちろんスクリューも無い。
「これ、どうやって動くんでしょうね」
アモンも首をひねっている。
三人が考えている所で、行動に移したのはニルスであった。
近くにいた船関係者らしき人を捕まえて
「すいません、この船、どうやって動くんですか?」
直接聞いたのだ。
「ああ。それ、よく聞かれます」
そういうと、その関係者はにっこり笑った。
「吃水より上は風魔法を、吃水より下は水魔法を後ろに噴き出して進むんですよ」
まさかのジェットとウォータージェットのハイブリッド!
「それって風属性と水属性の魔法使いが……?」
「いいえ、錬金術で、魔石を使ってなんかしているらしいです。詳しいところまでは私も知らないのですけど」
そういうと、その関係者は去って行った。
「ほぇ~」
感嘆の言葉は、誰が吐いた言葉であったか……。
「動いているところ、見てみたいなぁ」
呟いたのはエトであった。
あたりをきょろきょろ見始めたニルスが、一つの看板の方に向かっていった。
「おい、ここに書いてあるぞ。明日の午後、来賓の前で走らせるらしい」
「おぉ~」
また一つ、楽しみなイベントが増えた四人であったが、ニルスがさらに何かを見つけたようであった。
「どうしました、ニルス」
「ああ。明日午前、『第三十回二人乗りボート周回 冒険者の部』ってのがあるらしいんだが……今朝の段階で、まだ参加枠に空きがあるらしい……」
「なぜ冒険者?」
エト、アモン、涼が異口同音に口にした。
「なになに……参加は冒険者(魔法は使用不可)に限らないが、後半、オールでの攻撃が許可されるため頑丈な人が望ましい……」
「なんというレース……」
涼は、思わず呟いた。
「受け付けは表のテントか……」
「ニルスさん、もしかして出る気ですか?」
アモンがニルスに声をかけている。
「優勝賞金、三十万フロリン、準優勝でも十万フロリン……」
「すごい!」
ニルスとアモンが、お金の魔力に負けようとしているのを、涼とエトは離れて見つめていた。
「リョウ……お金って怖いね」
「エト……二人の無事を祈りましょう」
この後、ニルス・アモン組は、最後の一枠に申し込むことに成功した。
「お、シャテキをやってるぞ」
「シャテキ?」
港から、海に浮かぶ的に向かって『射る』ゲームだそうだ。
(射的……でも縁日の射的とは規模が違いすぎる……)
最長だと、百メートル先の海上に浮いている的を狙うゲーム。
相当に難しいらしく、最も近い三十メートルの的には何本か矢が刺さっているが、百メートルの的には一本も刺さっていなかった。
「うちには……弓士が一人もいないんだよな……」
ニルスが他の三人の顔を一通り眺めてから呟いた。
「そういえば、『赤き剣』は、アベルが弓を射れるとか……」
涼は、以前アベルが言っていたのを思い出した。
「ああ、大海嘯の時に見たけど、アベルさんめちゃくちゃ凄かったぞ! 本職の弓士じゃないかと思うほどに」
「いや、それほどでもないぞ」
突然背後から聞こえたアベルの声に、ニルスは固まった。
エトとアモンも驚いていた。
気付いていた涼だけは驚かなかった。というか、近付いてきていたのがわかっていたから、話を振ったのである。
「というか、アベルは一人なんですか? 他のメンバーは?」
「他は露店巡りをしているはずだ……。俺は、やっとギルマスが到着したから、ようやく来賓役から解放された……」
そう言ったアベルは、片手にまるで焼きイカな、ミニクラーケンの姿焼きを持っていた。
「あ、そのミニクラーケンの姿焼き、美味いっすよね!」
昨日、ニルスが食べていたものである。
尊敬する人と同じ味覚ということを知って、ニルスは感動しているようだ。
「ああ、美味いな、これ。てか、美味そうなものがめちゃくちゃあるよな。金欠者がいっぱい出るんじゃないか?」
「そこでアベルが大盤振る舞いするのですよ! 俺の奢りだ、好きなものを食いやがれ! って」
「うん、絶対やらねぇ」
そんな話をしている横で、エトとアモンが『シャテキ』に挑戦しようとしていた。
一回五十フロリンで、百メートルの的に当たれば五千フロリンの賞金。
一番近い三十メートルの的でも五百フロリンの賞金となっている。
エトとアモンは、五本ずつ矢を買って、一攫千金、百メートルの的を狙っている様であった。
「ていっ」
気合と共に放つが……矢は全く届かず。
(そういえば弓矢とか全くやったことなかったな……。それを考えると、前に飛ばせるだけ、二人の方が僕よりは上に違いない)
涼は、エトとアモンを感心して見ていた。
「ニルスはやらないのですか?」
「ふふふ、聞いて驚け、俺は、弓には触ったことも無いんだ」
「あまりにも想像通りで、逆に驚きました」
それを聞いて、アベルは横で笑いをこらえていた。
「アベル、笑いすぎですよ」
「わ、笑わないようにしてただろうが。いや、すまん。馬鹿にしたわけじゃなくてだな、まるで昔の俺を見てるようだったから、ついな……」
「アベルも、昔は弓が苦手だったのですか?」
「苦手どころか、ニルス同様に触ったことも無かった。剣一筋だったからな」
そう言うと、腰に差した剣の柄頭を叩いた。
「けど、冒険者になるとそういうわけにもいかなくてな……特にうちのパーティーは弓士がいないだろ? それで結構練習したわけだ」
そう言ってる間に、エトとアモンは、成果ゼロで戻ってきた。
「弓って難しいねえ」
「全然届きませんでした」
エトもアモンもあまりの不甲斐なさに沈んでいた。
「さあ、ここでアベルの出番ですよ。ちょっと後輩たちに、弓とはどういうものか見せてやってください」
涼が煽る。
ものすごく嫌そうな顔をするアベル。
「いや、俺、剣士なんだけど……」
「アベルならいけるいける~」
アベルと涼がそんなやり取りをしている間に、なぜかニルスが矢を一本だけ買ってきた。
「アベルさん、どうぞ」
(一本だけって……一本で射抜けとか、ニルス、ハードル上げすぎでしょう)
涼ですら、ちょっとアベルが可哀そうに思えた。
だが、アベルは顔色を変えることもなく弓と矢を受け取る。
そして、静かに構え、一瞬だけ溜めて放った。
「おぉぉぉぉっぉおおぉぉぉ」
沸き上がる歓声。
見事百メートル先の的を射抜いたのである。海に浮かんで揺れている的を、である。
「千両役者……」
涼も思わず呟く。
「すごいすごいすごい」
「これがB級冒険者……」
「アベルさん、まじすげーっす」
アモンもエトも、もちろんニルスも大興奮である。
射抜いたアベルが、一番落ち着いていた。
弓を的屋に返し、賞金を受け取る。すると、一層大きな歓声が沸き上がった。
「すごい歓声が上がってると思ったら、アベルがいるー」
「あら、アベル、もう解放されたのね」
赤き剣のリンとリーヒャ、そしてその後ろから荷物をいっぱい抱えているウォーレンが姿を現した。
「お前ら……何で露店巡りでそんなに買い込んでるんだ……?」
ウォーレンが持たされている荷物を見て、顔を引きつらせるアベル。
「いろいろあるのよ、女には」
「そうそう、だいたいは、リーヒャのストレス発散だけどね」
リーヒャがつんとしながら、リンは苦笑いしながら言っている。
そして、リンが涼に小さく囁いた。
「アベルがいなくて、リーヒャの機嫌が悪かったの」
「なるほど……」
涼的に、ものすごく納得できる理由であった。
「じゃあ、ニルス、僕たちは向こうの方を回りましょう。アベル、いい腕を見させてもらいました」
「お、おう。またな」
そう言うと、アベルはリーヒャに腕を掴まれて大通りの方へと引っ張られて行った。
「アベルさん、やっぱかっこいいな!」
「リーヒャさん……女神さま」
「僕も弓の練習しようかな」
ニルス、エト、アモンの発言であるが、どれが誰の発言かは、今さら言うまでもないであろう。
「この蠱惑的な香りは……まさか……」
「いい香り。香辛料の、食欲を刺激する香りだ」
「そういえば腹減ったな」
「ニルスさん、さっきリンドー飴、両手に抱えてませんでしたか?」
通りの向かいから漂ってくる、あの蠱惑的な香りに惹かれる涼、エト、ニルス、アモン。
覗いてみると、果たして
「シーフードカレー!」
涼が思わず叫ぶ。
「ああ、カレー。ルンの街にもあるよね、高いからあんまり食べたことないけど」
エトが鼻をクンクンしながら言っている。
エトにしてはレアな光景である。
「よし、ここで食おう。もうこれは、我慢ならん」
「確かにお腹が空く香りですね。カレーって、初めてです」
ニルスが席に着き、アモンも期待に胸を膨らませてメニューを見る。
「僕はシーフードカレーで」
「ん~オリジナルカレーを」
「ビーフカレー大盛り!」
「シェフのお勧め超激辛カレー」
涼、エト、ニルスと順調に注文して、最後にカレー初挑戦のアモンの注文が激辛カレー……その言葉に十号室の他の三人は戦慄した。
「あ、アモン、チャレンジャーすぎませんか……」
「激辛よりも辛い超激辛って……」
「アモン、骨は拾ってやるからな!」
涼、エト、ニルスはそれぞれの表現で応援した。
「僕、辛いの好きですから」
あっけらかんとした表情のアモンである。
四人それぞれの前に届いたカレーは、非常に美味しそうであった。
ルンの『飽食亭』のカレーがジャパニーズカレーの権化であるなら、このカレーは「若干ジャワ風な日本カレー」である。
味は美味しい。
標準以上のカレーは、どんなものでも美味しいのである!
そして、最も心配されたアモンであったが……、
「これ、めちゃくちゃ美味しいですね! 辛さも適度に攻めてる感じで、いいですよ」
非常に好評であった。
それを見たニルスが、ちょっとだけ食べさせてもらったが……一口食べて撃沈した。
「ニルス、骨は拾ってあげるから……」
「凄く辛いんだね」
涼とエトは、その辛さに興味はあったが、見るだけにしておいた。
好奇心、猫をも殺すと言うしね。
アモンは相当気に入ったようで、超激辛をおかわりして食べた。
それを見て、ニルスは怯えていた。
超激辛の凄さを、身をもって体験したからこそであった。
その夜、ウィットナッシュの闇に蠢く影が三つ。
「首尾は?」
「上々。四日目以降ならいつでもいける」
「奴らが一番集まるのはいつだ?」
「最終日、夜の園遊会。領主館の中庭で行われる」
「屋外か、都合がいいな。その園遊会で決行する」
「了解した」