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ウィットナッシュ開港祭、二日目。


「港の方にもいいお店が出ているらしいんですよ」


アモンのそんなセリフから、十号室の四人は港の方に向かった。

これまでは、大通り沿いの露店を中心に攻略したわけだが、今日はがらりと方向を変えてみたのだ。



とはいえ、海のものが中心であることに変わりはない。


「この塩焼きにかかっているものは、もしや……焦がし醤油……」

日本以来の醤油に感動する涼の横で、

「この小麦粉汁の包み焼……くれぇぷ? 甘い具が何とも言えません」

本邦初公開という看板の下、どこからともなく現れたクレープを堪能するエト。


「炙ったマグロの切り身と一口ライスの組み合わせって、すごいですね」

炙りトロの握り寿司っぽい食べ物を何個もお代わりするアモンと、

「このリンドーに甘い汁をかけて固めた飴、これはいいぞ!」

まるでリンゴ飴を両手に二本ずつ持って頬張るニルス。



途中、海のものとは関係無いものも買い食いしながら、四人は港に展示されている快速船『レインシューター』を見に来ていた。

これは、涼がぜひ見たいと言って、三人を説得して連れてきたのだが、来るまではさほど興味の無かった三人も、その優美な外観に囚われていた。


「これは……美しいな……」

「変わった形だね」

「動いている所も見たいですね」

ニルス、エト、アモンも一瞬で見惚れていた。



全長三十メートル、外見はいわゆるトリマランという、三胴船である。

中央の水に接する下部に大きめの船体が一つ、左右に並行して小さめの下部船体があり、下部船体が二つの双胴船に比べて、横揺れにも強くなっている。


この世界では、この三胴船はもちろん、双胴船すら聞いたことが無い。

そう考えると、この『レインシューター』は非常に画期的な船だと言える。

だが、涼の興味を引いたのはそれだけでは無かった。


「帆が無い……」

涼の呟きに、エトが反応した。

「オールもありませんね」

帆船でも櫂船でもない。

もちろんスクリューも無い。


「これ、どうやって動くんでしょうね」

アモンも首をひねっている。



三人が考えている所で、行動に移したのはニルスであった。


近くにいた船関係者らしき人を捕まえて

「すいません、この船、どうやって動くんですか?」

直接聞いたのだ。


「ああ。それ、よく聞かれます」

そういうと、その関係者はにっこり笑った。

「吃水より上は風魔法を、吃水より下は水魔法を後ろに噴き出して進むんですよ」

まさかのジェットとウォータージェットのハイブリッド!


「それって風属性と水属性の魔法使いが……?」

「いいえ、錬金術で、魔石を使ってなんかしているらしいです。詳しいところまでは私も知らないのですけど」

そういうと、その関係者は去って行った。



「ほぇ~」

感嘆の言葉は、誰が吐いた言葉であったか……。

「動いているところ、見てみたいなぁ」

呟いたのはエトであった。


あたりをきょろきょろ見始めたニルスが、一つの看板の方に向かっていった。

「おい、ここに書いてあるぞ。明日の午後、来賓の前で走らせるらしい」

「おぉ~」

また一つ、楽しみなイベントが増えた四人であったが、ニルスがさらに何かを見つけたようであった。


「どうしました、ニルス」

「ああ。明日午前、『第三十回二人乗りボート周回 冒険者の部』ってのがあるらしいんだが……今朝の段階で、まだ参加枠に空きがあるらしい……」

「なぜ冒険者?」

エト、アモン、涼が異口同音に口にした。


「なになに……参加は冒険者(魔法は使用不可)に限らないが、後半、オールでの攻撃が許可されるため頑丈な人が望ましい……」

「なんというレース……」

涼は、思わず呟いた。


「受け付けは表のテントか……」

「ニルスさん、もしかして出る気ですか?」

アモンがニルスに声をかけている。


「優勝賞金、三十万フロリン、準優勝でも十万フロリン……」

「すごい!」

ニルスとアモンが、お金の魔力に負けようとしているのを、涼とエトは離れて見つめていた。


「リョウ……お金って怖いね」

「エト……二人の無事を祈りましょう」

この後、ニルス・アモン組は、最後の一枠に申し込むことに成功した。




「お、シャテキをやってるぞ」

「シャテキ?」

港から、海に浮かぶ的に向かって『射る』ゲームだそうだ。

(射的……でも縁日の射的とは規模が違いすぎる……)


最長だと、百メートル先の海上に浮いている的を狙うゲーム。

相当に難しいらしく、最も近い三十メートルの的には何本か矢が刺さっているが、百メートルの的には一本も刺さっていなかった。


「うちには……弓士が一人もいないんだよな……」

ニルスが他の三人の顔を一通り眺めてから呟いた。

「そういえば、『赤き剣』は、アベルが弓を射れるとか……」

涼は、以前アベルが言っていたのを思い出した。

「ああ、大海嘯の時に見たけど、アベルさんめちゃくちゃ凄かったぞ! 本職の弓士じゃないかと思うほどに」

「いや、それほどでもないぞ」


突然背後から聞こえたアベルの声に、ニルスは固まった。


エトとアモンも驚いていた。

気付いていた涼だけは驚かなかった。というか、近付いてきていたのがわかっていたから、話を振ったのである。


「というか、アベルは一人なんですか? 他のメンバーは?」

「他は露店巡りをしているはずだ……。俺は、やっとギルマスが到着したから、ようやく来賓役から解放された……」


そう言ったアベルは、片手にまるで焼きイカな、ミニクラーケンの姿焼きを持っていた。

「あ、そのミニクラーケンの姿焼き、美味いっすよね!」

昨日、ニルスが食べていたものである。

尊敬する人と同じ味覚ということを知って、ニルスは感動しているようだ。


「ああ、美味いな、これ。てか、美味そうなものがめちゃくちゃあるよな。金欠者がいっぱい出るんじゃないか?」

「そこでアベルが大盤振る舞いするのですよ! 俺の奢りだ、好きなものを食いやがれ! って」

「うん、絶対やらねぇ」



そんな話をしている横で、エトとアモンが『シャテキ』に挑戦しようとしていた。

一回五十フロリンで、百メートルの的に当たれば五千フロリンの賞金。

一番近い三十メートルの的でも五百フロリンの賞金となっている。


エトとアモンは、五本ずつ矢を買って、一攫千金、百メートルの的を狙っている様であった。

「ていっ」

気合と共に放つが……矢は全く届かず。

(そういえば弓矢とか全くやったことなかったな……。それを考えると、前に飛ばせるだけ、二人の方が僕よりは上に違いない)

涼は、エトとアモンを感心して見ていた。


「ニルスはやらないのですか?」

「ふふふ、聞いて驚け、俺は、弓には触ったことも無いんだ」

「あまりにも想像通りで、逆に驚きました」


それを聞いて、アベルは横で笑いをこらえていた。


「アベル、笑いすぎですよ」

「わ、笑わないようにしてただろうが。いや、すまん。馬鹿にしたわけじゃなくてだな、まるで昔の俺を見てるようだったから、ついな……」

「アベルも、昔は弓が苦手だったのですか?」

「苦手どころか、ニルス同様に触ったことも無かった。剣一筋だったからな」

そう言うと、腰に差した剣の柄頭を叩いた。


「けど、冒険者になるとそういうわけにもいかなくてな……特にうちのパーティーは弓士がいないだろ? それで結構練習したわけだ」



そう言ってる間に、エトとアモンは、成果ゼロで戻ってきた。

「弓って難しいねえ」

「全然届きませんでした」

エトもアモンもあまりの不甲斐なさに沈んでいた。


「さあ、ここでアベルの出番ですよ。ちょっと後輩たちに、弓とはどういうものか見せてやってください」


涼が煽る。

ものすごく嫌そうな顔をするアベル。


「いや、俺、剣士なんだけど……」

「アベルならいけるいける~」


アベルと涼がそんなやり取りをしている間に、なぜかニルスが矢を一本だけ買ってきた。

「アベルさん、どうぞ」

(一本だけって……一本で射抜けとか、ニルス、ハードル上げすぎでしょう)

涼ですら、ちょっとアベルが可哀そうに思えた。



だが、アベルは顔色を変えることもなく弓と矢を受け取る。

そして、静かに構え、一瞬だけ溜めて放った。



「おぉぉぉぉっぉおおぉぉぉ」

沸き上がる歓声。


見事百メートル先の的を射抜いたのである。海に浮かんで揺れている的を、である。


「千両役者……」

涼も思わず呟く。


「すごいすごいすごい」

「これがB級冒険者……」

「アベルさん、まじすげーっす」


アモンもエトも、もちろんニルスも大興奮である。

射抜いたアベルが、一番落ち着いていた。

弓を的屋に返し、賞金を受け取る。すると、一層大きな歓声が沸き上がった。




「すごい歓声が上がってると思ったら、アベルがいるー」

「あら、アベル、もう解放されたのね」

赤き剣のリンとリーヒャ、そしてその後ろから荷物をいっぱい抱えているウォーレンが姿を現した。


「お前ら……何で露店巡りでそんなに買い込んでるんだ……?」

ウォーレンが持たされている荷物を見て、顔を引きつらせるアベル。

「いろいろあるのよ、女には」

「そうそう、だいたいは、リーヒャのストレス発散だけどね」

リーヒャがつんとしながら、リンは苦笑いしながら言っている。


そして、リンが涼に小さく囁いた。

「アベルがいなくて、リーヒャの機嫌が悪かったの」

「なるほど……」

涼的に、ものすごく納得できる理由であった。


「じゃあ、ニルス、僕たちは向こうの方を回りましょう。アベル、いい腕を見させてもらいました」

「お、おう。またな」

そう言うと、アベルはリーヒャに腕を掴まれて大通りの方へと引っ張られて行った。


「アベルさん、やっぱかっこいいな!」

「リーヒャさん……女神さま」

「僕も弓の練習しようかな」

ニルス、エト、アモンの発言であるが、どれが誰の発言かは、今さら言うまでもないであろう。




「この蠱惑的な香りは……まさか……」

「いい香り。香辛料の、食欲を刺激する香りだ」

「そういえば腹減ったな」

「ニルスさん、さっきリンドー飴、両手に抱えてませんでしたか?」

通りの向かいから漂ってくる、あの蠱惑的な香りに惹かれる涼、エト、ニルス、アモン。


覗いてみると、果たして

「シーフードカレー!」

涼が思わず叫ぶ。


「ああ、カレー。ルンの街にもあるよね、高いからあんまり食べたことないけど」

エトが鼻をクンクンしながら言っている。

エトにしてはレアな光景である。


「よし、ここで食おう。もうこれは、我慢ならん」

「確かにお腹が空く香りですね。カレーって、初めてです」

ニルスが席に着き、アモンも期待に胸を膨らませてメニューを見る。



「僕はシーフードカレーで」

「ん~オリジナルカレーを」

「ビーフカレー大盛り!」

「シェフのお勧め超激辛カレー」

涼、エト、ニルスと順調に注文して、最後にカレー初挑戦のアモンの注文が激辛カレー……その言葉に十号室の他の三人は戦慄した。


「あ、アモン、チャレンジャーすぎませんか……」

「激辛よりも辛い超激辛って……」

「アモン、骨は拾ってやるからな!」

涼、エト、ニルスはそれぞれの表現で応援した。


「僕、辛いの好きですから」

あっけらかんとした表情のアモンである。



四人それぞれの前に届いたカレーは、非常に美味しそうであった。


ルンの『飽食亭』のカレーがジャパニーズカレーの権化であるなら、このカレーは「若干ジャワ風な日本カレー」である。


味は美味しい。

標準以上のカレーは、どんなものでも美味しいのである!


そして、最も心配されたアモンであったが……、

「これ、めちゃくちゃ美味しいですね! 辛さも適度に攻めてる感じで、いいですよ」

非常に好評であった。


それを見たニルスが、ちょっとだけ食べさせてもらったが……一口食べて撃沈した。

「ニルス、骨は拾ってあげるから……」

「凄く辛いんだね」

涼とエトは、その辛さに興味はあったが、見るだけにしておいた。


好奇心、猫をも殺すと言うしね。


アモンは相当気に入ったようで、超激辛をおかわりして食べた。

それを見て、ニルスは怯えていた。

超激辛の凄さを、身をもって体験したからこそであった。




その夜、ウィットナッシュの闇に蠢く影が三つ。

「首尾は?」

「上々。四日目以降ならいつでもいける」

「奴らが一番集まるのはいつだ?」

「最終日、夜の園遊会。領主館の中庭で行われる」

「屋外か、都合がいいな。その園遊会で決行する」

「了解した」


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