0045
「それじゃ、俺らダンジョンに潜ってくるから。リョウとアモンも講座、頑張ってな」
そういうと、ニルスとエトは、ダンジョンに潜りに行った。
朝食は、みんなでギルド併設の食堂で食べた。
味は、黄金の波亭に比べるといささか劣るが、十分に美味しく、しかも格安であるのが有り難い。
しかも、おかわり自由。
黄金の波亭の朝食といい、ギルドの食堂朝食といい、朝食がおかわり自由というのは、涼にとっては有り難いのだ。
地球のビジネスホテルにおける朝食ビュッフェに通じるものがある。
朝食は、とっても大切なのだ。
涼とアモンは、しっかり食べて、ギルド本館の三階にある講義室に向かった。
講義室は、大学の講義室の様に、後ろに行くほど高くなる階段状の部屋である。
あと五分ほどで九時の鐘が鳴る時刻なのだが、中にいるのは十名ほど。
二人は前から二列目の席に座った。
(思ったより少ない)
だが、始まる間際の五分で、二十名近くが入って来て、結局三十名前後の受講者が席に着いた。
こうして、五日間にわたる「ダンジョン初心者講習」が始まったのだった。
「そんなの、あり得るわけないじゃない」
涼が同室のアモンと、初心者講習を受けている頃、ギルドに併設された食堂に、『赤き剣』の面々の姿があった。
元々は、明日以降のスケジュールについての話し合いだったのだが、アベルの帰還の話になり、そこから涼の水属性魔法の話になったのである。
「いや、あり得ないと言われても……実際あったわけだし」
アベルが涼の魔法について説明したところ、風属性魔法使いのリンに、言下に否定されてしまったのだ。
「確かに、アイスウォールという魔法は水属性魔法にあるわよ。でも、あれって、風のエアスラッシュでも切り裂くことが出来るほど薄いのよ。まあ、それはまだいいとして、アイスウォールを空中に生成して、そこから落としたとか……無理に決まってるでしょ」
リンが、フォーク片手に力説する。
「いい? 魔法ってのはね、術者の周りにしか生成できないの。それは、水属性魔法だろうが、風属性魔法だろうが、あるいは火属性魔法だろうが変わらないの。だから、術者から離れた場所に、魔法を生成、あるいは魔法現象を発生させることは出来ないの」
「あ、はい……」
リンの迫力に何も言い返せないアベル。
「まあまあ、リンも少し落ち着きなさい。少なくとも、アベルにはそういう風に見えたのでしょうから」
リーヒャが、苦笑しながら、興奮しているリンをなだめる。
「リーヒャだって知ってるでしょ。魔法は術者の近くにしか生成できない。常識中の常識よ。それなのにアベルときたら……」
「そうね。光魔法も、術者の近くにしか生成できないし、回復を行うにも、すぐ側にいる対象にしか使えないものね。離れた場所にいる人を回復出来たら、それはものすごく便利だとは思うけど……無理ですものね」
リーヒャも首をかしげながら考えている。
「そうか……。まあ、そういうこともあったんだ。この黄色い魔石は、その時ゴーレムから手に入れた物ということだ」
そう言って、アベルは、ロックゴーレムから採取した、黄色い掌大の魔石の説明をした。
「それにしても、本当に大きい魔石ね。それ、どうするの?」
「涼には、俺が倒した奴だから好きにしていいと言われたんだが……」
アベルが蹴り倒して動けなくしたロックゴーレムから採取した魔石なので、アベルが倒したのは確かである。
「アベルは涼に申し訳ない、と思っているのね。でも、それほど大きなものだと、王家が欲しがるでしょう? 売って利益を半々に、というわけにもいかないでしょう?」
「そうなんだよなぁ」
リーヒャの指摘に、アベルはうなだれた。
「ん? 王家に献上すればお金がもらえるんでしょ? その半分をリョウにあげればいいんじゃないの?」
何が問題なのかわからない、という感じでリンが口を挟む。
「金はもらえるが、誰に金を渡したか報告しなきゃいけないだろ。そこでリョウの名前を出す羽目になる……。確かにリョウはルンの街の冒険者ギルドに登録はしたが、ナイトレイ王国の国民ってわけじゃない。あれだけの逸材、国王陛下はともかく、周りの奴らは王国に取り込もうとするだろう」
「アベルが言ってた内容が、話半分だったとしても、取り込もうとするだろうね。でもそれって、ダメなの?」
リンはうんうんと頷きながら疑問を呈する。
「話半分って……俺に対する信頼とか無いのか……。いや、まあ、取り込もうとして、もしリョウにその気が無かったら……あれだけの人材が、ルンの街から出て行って、そのまま外国に流れたりしたら……」
「ああ、なるほど、ルンの街にとっての大いなる損失。ひいてはルンの街を領するナイトレイ王国にとっての損失でもある、と。流れた先が帝国とかだったら、最悪だしね」
「いや、帝国は無い」
そこだけは自信をもって断言できる。アベルはそう思った。
「どうして帝国はないのですか?」
「そうそう、王国に対するなら、帝国が一番じゃない」
リーヒャとリンが揃って疑問を呈する。
「帝国の正式名称は、デブヒ帝国だ」
アベルの説明に、うんうんと頷くリーヒャとリン。
「リョウは、『デブヒ』という国名はカッコ悪い。だから帝国は嫌だと言っていた。だから帝国には流れないだろう」
「……はい?」
そう、リーヒャもリンも理解できなかった。
国名がカッコ悪いから流れない。
(理解できないけど、でもリョウ的には絶対に譲れない部分なんだろうな~)
なんとなくそう思うアベルであった。
「アベルがいない間は、ダンジョンには潜らないで、地上の依頼をいくつかこなしたわ。まあ、どうしても断れない依頼をやっただけですけどね」
「ああ、すまなかったな、みんな」
アベルは座ったまま頭を下げた。
「無事に戻ってきてくれてよかったわ。それで、その時の報奨金は四等分して、それぞれの口座に入れてあるから。後で確認しておいて」
「いや、俺はいなかったし迷惑かけたんだから、三人で分けてくれればよかったのに」
「何言ってるの。そういうわけにはいかないでしょ」
「そうそう」
リンも頷く。
ずっと口を開かずに聞いているウォーレンも、やはり無言のままだが頷く。
「そうか。ああ、そういえば俺も収入があるんだ。戻ってくる途中に倒した魔物は、魔石とか素材とか回収できなかったんだが、ワイバーンの魔石だけは手に入って。それはギルマスに売り捌くのを依頼してあるから。口座に金が入ったらみんなに渡すから」
「……は?」
「……ワイバーン?」
「……」
三人とも、よく理解できなかった。
当然である。
二十人以上の冒険者を揃えて、ようやく討伐が可能になる魔物なのだ。
そんな魔物を倒したとか……。
「アベル、途中でワイバーン討伐の手伝いでもしたのですか?」
リーヒャが、当然の疑問を投げかける。
「いや。さっき言った通り、魔の山を越えて戻ってきたんだが、あの魔の山は、南側がワイバーンの巣になっていたんだ。それで倒しながら戻らざるを得なかったのさ。で、さすがにワイバーンを倒して魔石の回収をしないのは余りにももったいないってことで、ワイバーンだけは魔石を回収してきた」
「つまり……アベルとリョウの二人で、ワイバーンを倒したってこと?」
さすがにその光景を想像して、リーヒャの顔もリンの顔も青ざめた。
「ああ。リョウが氷の槍で羽を打ち抜いて、落ちてきたところを、俺が目に完全貫通くらわしてな」
「羽を打ち抜いてって……ワイバーンて、『風の防御膜』が全身を覆ってるから、魔法は弾くでしょ……」
リンは信じられないという顔をしながら、声を潜めて言った。
自分自身に問いかけているかのようであった。
「ん? そういえばそうだったな。ん~だが、貫いたんだよなぁ」
アベルも首を傾げた。
「そんな威力の魔法なんて……イラリオン師匠でも無理よ」
リンが頭を横に振りながら否定する。
「そうね。そんなことが可能な人なんて……それこそ噂に聞く、爆炎の魔法使いくらいかしら」
「そう、帝国の……爆炎の魔法使い」
リーヒャもリンも、本当に噂でしか聞いたことが無いのだが。
曰く、一撃で王国軍一千人を焼き殺した。
曰く、一撃でワイバーンを爆散させた。
曰く、一撃で反乱軍が立てこもる街を消滅させた。
正直、そんな魔法使いがいてたまるか、というのがリーヒャとリンの感想なのだが……少なくとも王国軍一千人を焼き殺したのは厳然たる事実である以上、恐ろしい魔法使いなのもまた事実なのである。
「爆炎の魔法使いか……絶対に、戦場では会いたくない奴だよな」
アベルは涼と一緒に行動して、しみじみと思ったのだ。
魔法使いは、敵に回してはいけないと。
正直、これまでは、そこまで思うことは無かった。
パーティーメンバーのリンは、王国でもハイレベルな魔法使いだと言ってもいいだろう。
だが、そのリンを敵に回したとしても、アベルはそれほど苦労せずに倒す自信はあった。
王国最高の魔法使いの一人である「爺」ことイラリオンを相手にしても、苦戦は免れないだろうが、最後には自分が立っているだろうと思っていた。
だが、涼は厄介だ。
まず、詠唱せずに魔法を生成できる。
何のためかわからないが、あえて詠唱してから魔法を生成していたことがあったが、詠唱が適当であることはアベルでも気づいていた。
(多分、カッコいいからとか、そういうものすごく適当な理由に違いない)
アベルの推論は的を射ている。
とはいえ、詠唱せずに魔法を生成し、しかもその生成スピードは尋常ではない。
あのアイスウォールを生成されたら、アベルの闘技 完全貫通でも破壊できるかどうか、正直分からない。
しかも、自分はアイスウォールの向こう側にいながら、氷の槍で攻撃できるのだ。
そんなの反則以外の何物でもない。
まず、この段階で、どうやって倒せばいいのか、アイデアが全く思い浮かばない。
しかも、涼はこの街に着いてから言ったのだ。
「近接戦もできます」
(いや冗談じゃないぞ。『魔法使い』の部分だけでも勝てるビジョンが無いのに、近接戦もこなせるとか……うん、やはり規格外だな。リョウという存在自体が、規格外という結論だな)
そして、帝国にいると言われるもう一人の規格外な魔法使い。
爆炎の魔法使い。
そう……やはり、魔法使いは敵に回してはいけない。