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0044

「アベル、どこに連れて行くんですか」

ギルドを出ると、涼を連れたアベルは、大通りを北に歩いて行った。


「いや、実は護衛依頼の報酬をな……」

「ん? それは魔石の分でいただくことになってましたよね?」

「ああ、それとは別でな。最初、リョウにルンまでの護衛を依頼した時……街に着いたらリョウの服と杖を報酬として買ってやりたいと思っていたんだ……」

こっそり涼の反応をうかがいながら、アベルは切り出した。


「あ、いや、涼はそのなめした革の服とサンダルを気に入ってるのかもしれないから、別にそれを否定するわけではなくてだな……」

「気を使ってくれなくても大丈夫です。さすがにローブの下のこの格好が、街中だと受け入れられないだろうということぐらいはわかりますから」

涼は苦笑しながら言った。

確かに『ファイ』に来て、ずっと一人暮らしではあったが、地球では普通に十九年生きていたのだから。


「この革も別に気に入ってるとかじゃなくて、ロンドの森で糸を手に入れることが出来なかったから服を作れなかっただけであって……服を買ってくれるのなら喜んでついていきますよ」

「そうか! ああ、じゃあ普段着とちょっといい服と、二、三着見繕ってもらおう」

アベルはホッとして言った。

涼の服を馬鹿にしていると受け取られたりしたら、厄介なことになると思っていたから、思った以上にスムーズに行ったことに安堵したのだ。


「でもアベル、服はわかりますけど、杖、ってなんですか?」

「いや、リョウって魔法使いなのに、杖、持ってないよな?」

「ええ、魔法使いですけど、杖、持ってませんよ。杖無くても、魔法使えますよ?」

首をかしげながら涼はアベルに答えた。

「いや、杖があると、魔法の威力が上がる……と俺は聞いたのだが……」


そう言いながらアベルは涼の魔法を思い出していた。

(あれより威力が上がる? 十分以上の威力がある……か)

「そうなんですか……でも、僕は杖使わないですしね。近接戦が必要な時は、剣ですし」


それを聞いて驚いたのはアベルであった。

「剣? リョウって剣が使えるのか? 腰のナイフじゃなくて?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? 風属性の魔法使いだったら、三体分身からのソニックブレードと自身の突貫ができるのに、って言ってたじゃないですか。剣での近接戦が出来ないと、突貫できないでしょ?」

「お、おう。完全にただの冗談だと思ってたぞ」

「ひどい……」



そう言っているうちに、目的の服屋に着いた。

決して豪奢な造りではないけれども、趣味のいい服が並んでいる店であった。

「ここは、それほど高い服屋じゃないが、仕立てもいいし趣味もいい、けっこうな人気店なんだ。俺の服もここで仕立ててもらっている」

「アベルの服って、耐久力高いですよね。結局、ロンドの森からルンまでもったわけですし」

「た、耐久力……まあ、普段の活動用の服だから、破れにくいのは確かだがな」



結局二時間ほどかけて、今日このまま着ていく服と、仕立ててもらう服三着を頼むことになった。

「なあリョウ、本当に杖はいらないのか?」

「ええ、いりませんよ。使い慣れてませんし、さっきも言った通り、使うとしても剣ですからね」

「そうか、まあ、それでいいなら……」


そこまで言って、アベルはふと立ち止まった。


「アベル、何止まってるんですか。置いていきますよ」

「いや、黄金の波亭の場所知らないだろうが。そうじゃなくて、リョウ、剣持ってない……よな?」

アベルは自分がいつも腰に下げている剣に触れながら言った。

「ああ、これですよ」

涼はそう言って、デュラハンからもらった刃が生成されていない村雨をアベルに見せた。

「え。いや、それは……えっと……剣……なのか……いつも腰に差してるナイフだよな……あれ?」


どう見てもナイフである。

確かに柄の部分が非常に長い、あまり見たことのないバランスではあるが、ナイフである。

少なくとも、これを剣だと言うのは涼以外にはいないであろうほどには、ナイフの方が近い。


「そんなことより、僕はアベルに質問があるんです。アベル、ニーナさんに、代わりに自分が質問に答えておくって言ってましたよね?」

「ああ……そう言えば言ったな。何か聞きたいことがあるのか?」

「実は、根本的なことを、いろいろ知らないことに気付きました」

「根本的なこと?」

「ええ。一日がどれくらいの長さだとか、それ以外の単位だとか、いろいろです」


アベルの表情は固まった。


「アベルは、僕のことをとても常識のある奴だと思っていたでしょう。その期待を裏切ってしまって申し訳ないですけどね」

「いや、常識が無い奴だと思ってたから大丈夫。でも、想像以上に常識が無かった……」




基本的に、ほぼ地球と同じであった。

一日は二十四時間、一週間は七日間、月の単位も三十日前後……二月が二八日とうるう年まであったのは、さすがに想定外であったが。

長さの単位も、メートルやキロメートル、グラムなど、非アメリカ的であれど地球と同じ。

逆に重さの単位がガロンとかだったら、涼も驚いたであろう。

とはいえ、さすがにここまでくると、カレーライスの件といい、過去に転生者または転移者による改変があったとしか思えない。

予感が確信に変わった、というやつである。



「まあ、いっぺんに理解しろと言われても難しいだろうが、いろんな単位とかは徐々に覚えていけばいいんじゃないか?」

アベルはそう言った。

「いえ、すべて完璧に覚えました」

「天才かよ……」

完璧に覚えたのは当然である。地球の単位と全く同じなのだから。



「あと、ギルドに登録して三百日までなら、ギルドの宿舎を利用できると言われました」

「ああ、あれはけっこう便利だぞ。俺らも、最初の頃、利用してたしな」

アベルは懐かしいものを思い出すかのように、空を見上げた。


「そうですか。それじゃあ、僕も明日から利用させてもらうことにします。明後日から、ダンジョン初心者講座とかいうのにも申し込みましたから」

「ここ三年くらいでできた講座だよな。でもそれで、初心者の死亡率が相当減ったらしいから、実践的な内容なんだろうな。リョウは、魔法の実力はともかく、知識というか常識はないだろうから、いいんじゃないか?」

「アベル……自分が常識に欠けるからって、僕まで同じだと思うのはやめてほしいですね」

そう言うと、涼は肩をすくめてやれやれと言った感じでため息をついた。

「待て、俺はリョウよりは常識はあるぞ?」

「酔ってる人に限って、俺は酔ってないぞ、っていうあれと同じ原理ですね。困ったものです」

「なんかリョウに言われるのは、すごく腹が立つんだが……」

「そうそう、他にも聞いておきたいことがあったんですよ。この街、図書館ってありますか?」


いきなりの話題転換に、若干引きつつも、アベルは少し考えて答える。

やはりアベルは善い奴である。


「大きな図書館が二つある。南の方は一般人向けというか、幅広い分野の分かりやすい本が多いな。基礎的な知識を手に入れたいなら、南図書館だ。ギルドの一ブロック南側にある。北の方は専門書ばかりの図書館で、一般人向けではないが……ある程度専門的な知識がある領域に関してなら、そちらがいいかもしれない」

「その図書館って、利用するのにお金とか資格とかいりますか?」

「南は誰でも利用できる。お金は、入る時に二千フロリン、つまり大銀貨二枚を保証金として受付に預ける。で、帰る時に、問題無ければその半分の千フロリンが戻ってくる。本を破ったりしたら、保証金は没収、さらに追加でお金を請求される場合もあるらしい」

そんな話をしているうちに、二人は黄金の波亭に到着した。




涼が起きたのは、九時の鐘によってであった。

アベルたち『赤き剣』が借りておいてくれた黄金の波亭の部屋である。

何度も酔い潰れ、アベルに肩をもたれながらこの部屋に入れられた記憶が、何となくある。

「二日酔い……頭痛い……」

二日酔い……地球にいた頃には経験したことがなかった……そもそも、未成年だったため、お酒を飲んだことがなかったから。

それでも、知識くらいはある。


『ファイ』に来て、初のお酒。

最初に飲んだのが、『エール』と呼ばれた、『ビールっぽい』ものであったのは覚えている。

だが、その後はいろんなお酒を飲まされたらしく……何を飲んだか記憶は定かではない。


『アベル帰還感謝祭』は、人気者のアベルの無事の帰還を祝うとあって、百人近い人数が参加していた。

そして、その主役アベルの命の恩人ということで、涼は主賓として、多くの人から歓迎された。それはもう大変な人気で……途中、アベルの件を感謝しに来たアベル以外の『赤き剣』の面々、リーヒャ、リン、ウォーレンも、思ったほどには涼と話すことが出来ずに去っていったほどに。



涼は、生成した水を飲み、身支度を整え、荷物をすべて持って部屋を出た。

昨日、アベルに聞いた通り、ギルド宿舎に移るためである。


一階に降りると、死屍累々……とはさすがになっていなかった。

黄金の波亭も、宿泊客用の朝食や、朝食のみの客などが朝早くから利用するために、昨晩寝転がっていた冒険者たちは、強制的に排除された後だった。

とはいえ、外に叩きだされたわけではなく、食堂の隅の席に形の上では座らされていた。実際は、机に突っ伏して寝ているのだが。

「つわものどもが、夢のあと……」

その光景を横目に、涼は受付の女将さんのところに向かった。


「リョウさん、おはようございます。朝食、すぐ準備しますね。お好きな席にどうぞ」

「あ、お願いします。あと、この後ギルドの宿舎に移りますので、お会計も……」

「アベルさんがお支払いされていますので、いりませんよ」

女将さんはそう言うと、にっこり微笑んで厨房の方に入って行った。

(アベル……善い人です)

奢ってくれる人は善い人です。

少なくとも、奢ってくれない人よりは善い人です。




白いパン、シチュー、それとチーズという簡素だが、おかわり自由で非常に美味しい、満足いく朝食を食べ終えた涼は、早速ギルドに向かった。


着いたギルドの中は、嵐が去った後と言った感じの、荒んだ、だがそれでいて峠を越した安堵感、みたいなものがない交ぜになった……なんとも複雑な空気であった。

朝の、依頼争奪戦が終了し、今日、依頼を受ける者たちが出払った後だからである。

もちろん、ルンの街にはダンジョンもあるため、ギルドで依頼を受けずに直接ダンジョンに向かう冒険者も多い。


とはいえ、未だに朝の修羅場と化したギルドの状況を見たことのない涼にとっては、よくわからない『複雑な空気』と表現するしかないものであった。


当然、受付嬢たちも疲れている。

だが、そこはさすがプロ。

涼が近付いて行くと、微笑みを浮かべた。

涼が近付いた窓口は、ニーナである。

「リョウさん、おはようございます。今日はどうされましたか?」


涼としてはどこの窓口でもよかったのであるが、全然知らない受付嬢よりは、昨日手続きをしてくれたニーナの所が良いだろうと思って、選んだのである。

「おはようございます。昨日、ニーナさんが説明してくださったギルドの宿舎に入ろうと思いまして、伺いました」

「わかりました。今、宿舎を使っているのは三十名ほどです。ダンジョンに潜っている人たちもいますけど……普通は毎日潜るわけではありませんので、何人かは宿舎に残っていると思います。寝室は六人部屋、談話室はご自由にお使いください。窓口も空きましたし、ご案内しますね」

そう言うと、ニーナさんは受付から出てきた。



ギルド入り口から外に出て、裏に回った。涼もその後ろをついていく。

「そういえばリョウさん、昨日のアベルさんの感謝祭はお疲れさまでした。ずっと、ラーさんに捕まって飲まされていましたよね」

そういうと、ニーナはクスクスと笑った。

「ラーさんは、アベルさんを実の兄みたいに慕ってますから……リョウさんのこと、すごく感謝してましたね」


ラーというのは、C級パーティー『スイッチバック』を率いる剣士である。

そう、アベルを慕うラーは、アベルの命の恩人ということで、涼にあまりにも過剰といえる感謝の気持ちを伝えたのである……飲み会の間ずっと。


もちろん、主賓である涼の周りには、アベルの命の恩人ということで多くの者たちが酒を注ぎ、また食べ物を持って来てくれたりしたのだが、ラーはその間もずっと涼に感謝し続けていた。

「感謝されるのは嬉しいのですが……正直飲みすぎました」

涼は苦笑しながら答えた。


「ギルドの購買部には、解毒用のポーションなどもあるので、二日酔いが酷いなら後で購入されるといいと思いますよ」

「二日酔いって解毒用ポーションで治るんですか……」

日々、涼の知識は増えていく。

「ええ、私は試したことないのですけど、冒険者の方々の間ではよく知られているみたいです」



ギルド用宿舎は、ギルド本館の裏手にあった。

ギルド本館同様、こちらも石造りの立派な建物で、二階建てである。


「宿舎の規則みたいなものって、あるんですか? 閉館時間とかそういうのは」

「いえ、一日中、毎日出入り自由です。それだけに、私物の管理は、すべて自分の責任となっています。設備は、六人部屋の寝室と、共用トイレ、炊事場付きの談話室です。管理人などもいませんので、全てが自己責任です」

「それもまた……けっこう思い切ってますね」

「以前は管理人がいたのですが、いろいろあって、現在は置いていないのです。お掃除だけは、外部に発注しています。元冒険者の方が経営されている会社で、そこはギルドを含め、けっこう手広く街の清掃を請け負っているんですよ」


(なるほど。冒険者を引退した後は、そういうお金の稼ぎ方もありなのか。現役の間に、街のいろんなところと顔を繋いでおけば、仕事を回してもらえるだろうしね)


「リョウさんのお部屋は十号室になります。現在は、二名、ニルスさんとエトさんですね。お二人でパーティーを組んで、ダンジョンに潜っていらっしゃいます。こちらの部屋ですね」

そう言うと、ニーナは扉を示した。扉の横には、『ニルス』『エト』という二つの木札が掛かっている。

「入居者は、ここに名前の札を掛けるんです。リョウさんの札もここに用意してきましたので、掛けておきますね」

そういうと、ニーナは『リョウ』と書かれた木札を掛けた。


そして扉をノックした。

「はい、どうぞ」

部屋の中から声が聞こえる。

「あら、今日はいらっしゃいますね」

そういうと、扉を開けて中に入った。


「失礼します。ギルド職員のニーナです。ニルスさんもエトさんも、いらっしゃるのですね」

中には、腕立て伏せをする茶髪、逞しい体躯の二十歳ぐらいの男と、白い神官服の上からでもわかる華奢な男がいた。


「に、ニーナさん。こここっここ、こんにちは」

逞しい男性が答えた。

「ちょうどよかったです。こちらのリョウさんが、今日から、この十号室に入居されます。お二方ともよろしくお願いしますね」

「リョウです、よろしくお願いします」

そう言うと、涼はお辞儀をした。


「ああ、俺はニルス。こっちのがエト。よろしくなリョウ」

ニルスは立ち上がって、リョウに握手を求めた。

エトの方は、席に着いたままだが、涼の方を向き、片手を挙げ、頭を下げた。

自己紹介を確認すると、ニーナは一つ頷いて言った。

「では、私は受付の方に戻りますね。リョウさん、明日の講座は申し込んでありますので、遅れないように……って、ここからなら遅れないですね」

にっこり微笑みながらそういうと、ニーナはギルド本館の方に帰って行った。



「う~ん、ニーナさん、やっぱり綺麗だよなぁ」

ニーナが去ると、ニルスが呟いた。

「またかい、ニルス。ニーナさんもそうだけど、受付嬢の方々は競争率高いから、ニルスには無理だってば」

クスクス笑いながら、エトが言った。

「わ、わかってるわ! けど、いつかビッグになっていい女と結ばれたい、ってのは男の夢だろうが!」


男女平等が進んだ現代地球ならば、多くの方面から叩かれそうな発言だが、『ファイ』においては、未だ問題とはなっていないようである。


「そんなことよりも、リョウ、だったね。同じ部屋の冒険者同士だし、呼び捨てでいいかな。うちらも呼び捨てでかまわないから」

「ええ、呼び捨てで構いません」

「うん、よかった。どんな人が同室になるかとか、けっこう不安だったんだ。六人部屋に二人だけだろ? 必ず新人が入ってくるのは間違いなかったから……リョウみたいにまともそうなので良かったよ」

「だな。これが一号室のダンみたいなのだったら大変だったぞ」


エトとニルスは、うんうんと何度も頷いていた。


「ああ……やっぱり、そういうのあるんですね……」

いつの時代でも、どこの世界でもある……あるあるである。

それは地球だけではなく、異世界においてもあるあるらしかった。


「そうだ。俺は剣士で、エトは神官なんだが、リョウはやっぱり魔法使いか?」

「ええ、魔法使いです」

「見た目通りだな」

そういうと、ニルスは豪快に笑った。


「さっきニーナさんが、明日からの講座、って言ってたから、リョウはダンジョンの講座を受けるんでしょ?」

「はい、五日間の初心者講座を受けます」

「ああ、あれは有り難かったよな。あれのお陰で、俺らはまだ生きている」

そういうと、またニルスは豪快に笑った。

それから、リョウは、街の事などを二人から聞いた。



話し始めて三十分が経ったころ、再び扉がノックされた。


「どうぞ」

ニルスが言うと、再びニーナが入ってきた。

「すいません、みなさん。実は、新しく冒険者ギルドに登録された方が、宿舎への入居を希望されまして」

そう言うと、ニーナの後ろから、十代半ばと見える男の子が入ってきた。

「アモンです。よろしくお願いします」

「俺はニルスだ。そっちがエトでこっちがリョウ」

「アモンさんも、明日からのダンジョン初心者講習に参加されます。リョウさんと一緒にご参加ください」

そういうと、ニーナはギルド本館に戻っていった。



「う~ん、ニーナさん、やっぱり綺麗だ……」

な? 言った通りだろ? という視線をリョウに送るエト。

確かに。と頷く涼。

二人のアイコンタクトを見て、不貞腐れるニルス。


「いいだろ、別に。そうそう、アモンは若いな。絶対、まだ成人前だろう?」

中央諸国における『成人』は十八歳である。

「はい、十六歳になったばかりです。ただ、家族が亡くなりまして、食べていくために冒険者になろうと思ってルンの街に来ました」

「まあ、みんな似たようなものですよ」

エトがそう言った。


(神官も食い詰めるのか? その辺はそういえば詳しくは知らないな)

涼は疑問に思ったが、さすがにその辺を聞くのはまだ早いかと思って、口をつぐんでいた。


「リョウも、さっき入居したばかりで、明日からの講座を受けるらしいぞ」

「そう、五日間受けますので、アモン、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


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