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一日歩き続け、夕方になる頃、遠くに街が見えてきた。


「アベル、街が見えますよ」

「ああ、ようやくだな。恐らくあれは、カイラディーの街だな」

涼は驚き、思わずアベルを見た。

「なんでそんなことがわかるんですか?」


驚くのも無理はない。

看板があるわけでもなく、歩いてきた街道に標識があったわけでもなく、誰かとすれ違ったわけでもない。

山を下りて来た場所も、相当に人里離れた場所なはずであり、街を特定できる理由が、涼には思いつかなかったのだ。


「いちおう冒険者として、いろんな街に行ったしな。特に王国の街なら、だいたいわかる」

ちょっと照れたように言うアベルであった。

「ということは、あれはナイトレイ王国の街……」

「ああ、そうだな」

「デブヒ帝国じゃなくて良かったです」

「だから帝国は北の方だと……。あのカイラディーの街は、王国の最も南東にある街だ。規模はそれほど大きくはないが、あそこから北西に一日程度歩けば、目的のルンの街に着く」

アベルは少しだけ遠い目になって、カイラディーのさらに向こうを眺めた。


「ルン……アベルが目指してる街でしたね」

「ああ。リョウ、もし冒険者登録するのなら、カイラディーではなくルンで登録するほうがいいぞ」

「え? そうなんですか?」

「ルンは辺境最大の都市だから、多くの人材と物資が集まってくる。以前言った通り、中央諸国唯一のダンジョンがあるのも、人と物が集まる理由の一つだな。所属をルンの街にしておけば、けっこう街中でも融通が利いたりするからな。建前上、平等にと言われてはいても、やっぱり地元の冒険者の方が優遇されるのは、どこの世界でもあることだから」

それを聞いて涼は頷いて言った。


「なるほど。あ、でも、あのカイラディーの街に入る時に身分証明とか……」

「それは、俺が保証人になれば大丈夫だ。B級冒険者だし、入市税に銀貨一枚必要だが、それも俺が出しておくから」

「ああ、アベル、アベルはなんて善い人なんでしょう。もちろん、僕はずっとそう思っていましたよ。本当ですよ?」

そういう涼を、胡乱なものを見る目で眺めるアベル。


だが、すぐに気を取り直して言った。

「そうだリョウ。カイラディーの街は一泊するだけだが、お勧めの食べ物があるんだ。リョウにはぜひそれを食べてもらいたい」




二人がカイラディーの街の東門に着いたのは、完全に陽が落ちる前であった。

涼は、アベルのアドバイスに従って、鞄を肩から掛けた上から、ローブを羽織っていた。

外から鞄を見えにくくしたのである。

アベル自身も、鞄はマントの内側にあった。

二人の鞄の中には、大量のワイバーンの魔石が入っている。

余計なトラブルにならないように、人目に付きにくくしたのだ。



街へは、トラブルなく入ることが出来た。

B級冒険者であるアベルが涼の身分を保証し、入市税銀貨一枚を払った。

それだけであっさり入れたのである。

衛兵が横柄な態度をとり、トラブルが発生し、そこに衛兵の上司がやって来て……みたいな展開をちょっとだけ期待した涼は、残念に思った。




宿は、アベルが依頼でカイラディーの街に来るときに定宿としている所である。

「ここは一階に食堂があるんだが、そこで例の飯が食えるんだ」


二人は宿の手続きを済ませ、そのまま一階の食堂で席に着いた。

「いらっしゃいませ。何になさいますか」

地味目だが、愛嬌のある少女が注文を取りに来た。

「俺とこっちに、カァリーを」

アベルが、やけにかっこいい発音で『カァリー』と言った。

「はい、かしこまりました」

少女は注文を取ると、厨房に戻って行った。


「足りなかったら、追加で別のもん注文するなりなんなりしてくれ。ここでの飯も俺の奢りだ」

「アベル! アベルはなんて善い人なんでしょう」

奢ってくれる人は善い人である。

少なくとも、奢ってくれない人よりは、奢ってくれる人の方が善い人でしょう?



二分ほど待っただろうか。

何やら厨房の方から、懐かしい、だが香しい、そして食欲を刺激する蠱惑的な匂いが漂ってきた。


(まさかこの香りは……)


そう思っていると、先ほどの少女が両手に大皿を持ってくる。

「お待たせしました、カリーでございます」

そこに現れたのは……白いご飯の上にかかった黄色い……香辛料たっぷりの……どろりとしたとろみのある汁……。


「まさか、カレー……」


そう、涼の目の前には日本人の国民食の一つ、カレーライスがあったのである。

(カレーライスと言えば、転生ものの定番……でもそれは、主人公が苦労に苦労を重ね、多くの時間をかけ、世界各地を歩き回ってようやく再現に成功するという……そういう意味での定番。それがすでに『ファイ』には存在しているとは……)

「リョウがロンドの森で、ライスを出してくれた時にカァリーを思い出してな。さあ食べよう」

「う、うん……」

涼は、誰にも分からないくらい微細に、震えながら、スプーンですくったカレーを口に運んだ。


一口。


そう、それは紛れもない『カレーライス』

しかも、恐ろしく再現度の高いカレーライスであった。

地球の食卓に出てきても何の違和感もない。

涼にしてみれば、二十年ぶり(涼の体感)のカレーライスである。


じっくりと、だが決してスプーンを止めることなく食べた。

「リョウ、気に入ったのならおかわりしてもいいぞ」

「!」

アベルのその一言は、涼にとってまさに福音。


「おかわりお願いします!」

「き、気に入ってもらえてよかった」

涼のその迫力に、若干引き気味になったアベルであった。

その後、アベルもお代わりをし、二人とも非常に満足した夕飯となった。




「アベル、先ほどのカリーですが、ルンの街にもあるのですか?」

そう、その確認は非常に重要である。

このカイラディーの街でしか食べられないとなると、拠点はルンではなくこの街に……。


「ああ、ルンでも食べられるぞ。あの、上にかかった黄色いスープ、あれに使う香辛料のいくつかがこのカイラディーの周りでしか取れないから、多少高い店もあるが。まあ、ルンは辺境最大の都市だからな、多くの店がしのぎを削っているから、食のレベルも高い。カリーは、王国の南の街ならたいてい食べられる」

「おぉ。それは素晴らしいですね!」

「リョウは、かなり気に入ったようだな」

涼は大きく頷いた。

「ええ、とても美味しかったです」


いつか、ロンドの森に帰ったら、そこでもぜひ再現してみたい……涼は、そう固く心に誓ったのだ。


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