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0024

いつもの通り、東の森に肉を狩りに行ったところで、涼の前に現れた。


「<アイスシールド>」

前方から、不可視の風属性攻撃魔法が来るのを涼は感じ、アイスシールドで迎撃した。

相手も、その一撃で殺すつもりなど毛頭なかったのであろう。


それは現れた。


右目が塞がった…、

「あのアサシンホーク? いや、それにしては色が真っ黒だし、何より、前に見た時より大きくないか…」

そう、これまで二度、涼と死闘を演じたアサシンホーク。


一度目は、アサシンホークの右目を潰した。

二度目は、アサシンホークが連れていた弟子らしきものを倒した。


涼にとっても、初めて死を意識した相手である。

一度ならず二度までも。

お互い、因縁の相手だと感じている。

だが、今までとは違う圧迫感。



見た目の変化と同様に、存在感と言うか威厳と言うか…。

そういったものまで、今までとは違うものを身に纏っているように感じられる。

「相当に強くなっているのは間違いない。進化とかそういうのを果たしたのかも? どちらにしても逃がしてはくれないだろうし、僕も逃げるつもりはない! <アイスアーマー>」


見えないが、片目から涼に向かって何かが飛んでくる。

(強化されたエアスラッシュ? <アイスウォール5層>)

だが、アイスウォール5層が一撃で砕け散る。

さらに、連続でエアスラッシュが涼を襲う。

不可視の攻撃を、涼はかわす。

そしてかわしつつも、絶対に片目から意識を外さない。


何度も何度も、しつこく遠距離からの攻撃を繰り返す片目。

そして、その全てをかわす涼。



その均衡は三分ほど続いただろうか。

エアスラッシュを放つと同時に、片目の姿が消える。

(<アイスウォール10層>)

防御特化アイスウォール5層のさらに上位版である。

そこに、エアスラッシュと共に、片目が突撃してきた。

「ブレイクダウン突貫! 風魔法の使い手め、なんて羨ましい技を!」

人間の風属性魔法使いにはちょっとできない技だとは思うのだが…。


アイスウォールで片目の突撃を受け止めたところで

(<アイシクルランス16>)

地面から、片目に向けてアイシクルランスを撃ち込む。

それを、片目は空気力学など無視するかの様に、瞬時の横移動でかわす。

そのまま、右の羽を、ボクシングの右フックの様にアイスウォール10層に打ちつける。

「やばい」

涼はとっさにしゃがみ込んだ。


シャリッ


鋭い音と共に、羽がアイスウォールを切り裂き、そのまましゃがんだ涼の頭の上を薙いで行く。

「近接戦闘もいけるのかい…」

羽の、恐ろしい切れ味に、涼の背中を冷たい汗が伝い落ちる。

そのまま近距離から、エアスラッシュの連射で押しまくる片目。

アイスウォールの連続生成でしのぐ涼。



もちろん押されたままで、涼が終わるわけがない。

いつの間にか、空中に生成しておいたアイシクルランス16本。

直上からの垂直落下。

遠距離攻撃としての速度に、重力加速も加えた最速の氷の槍。

だが、それすらも片目は回避してみせた。

軽くバックステップでもするかのように、後方に跳んで。

「その技は以前見た」とでも言いたげである。


そう、確かに空中からのアイシクルランスで片目の弟子を仕留めた。

だが、あの頃とはスピードの違う槍なのだが…。

いったん仕切り直しである。



その時、片目の雰囲気が変わった。


同時に、アイスウォールと、纏っていたアイスアーマーが消失する。

「くっ。<アイスアーマー>」

唱えてもアイスアーマーが生成されない。

「制御を奪われたのか!」

急いで魔法制御を奪い返そうとする…だが、何かが違う。

そう、こういう場合に必ず返ってくる、「弾かれた」というあの感覚が無いのである。


思い返してみると、ベイト・ボールやクラーケンに制御を奪われた時も、少なくともアイスウォールなどの『生成』は出来ていた。

生成した物を、持っていかれたのである。

だが今回は、生成そのものが出来ない。

まるで、魔法そのものが存在しないかのように。

あるいは、魔法そのものが無効となっているかのように。


「まさか魔法無効化…?」


そんなものが存在するかどうかは知らない。

だが、そう考えるのが一番しっくりくる。

だとしたら、これは相当にまずい。


(<ウォータージェット16>)

やはりウォータージェットは生成されない。

「進化して、なんて厄介なものを手に入れたんだ…」

少なくとも、『魔法大全 初級編』のアサシンホークの項目には、『魔法無効』などという文字は、ただの一つもない。


そんな中、片目は、何かを溜めている。

(また何か新技…風属性魔法の何かやばいやつだろうが…風属性? いや、まさか…)

上空を見上げ、とっさに右手に持っていたナイフ付き竹槍を手放したのは偶然であったのか。それとも、毎日のデュラハンとの対人戦で、以前よりも研ぎ澄まされた戦闘勘によるものか。


瞬間、天が光り、雷が落ちた。


雷は逃げた涼ではなく、立ったままだった竹槍に落ちたのだ。

もっとも、すぐそばにいた涼は、その衝撃で吹き飛ばされた。

だが、すぐに起き上がる。

ほんの少しでも隙を見せれば、片目は突撃してくるからである。


起き上がった際にふらついたのが見えたのだろう。

そして魔法を封じ、武器も無いと判断したのかもしれない。

あるいは、倒せずとも武器を奪えるだろうと考えての、雷だったのかもしれない。


片目は突撃してきた。


涼は左に転がって片目の突撃をかわしながら、腰に差していた村雨を引き抜く。

引き抜きざま、氷の刃を生じさせ片目に向かって横に薙いだ。

これにはさすがの片目も驚いたのだろう。少し大きめに後ろによけた。

驚き、大きめに後ろによけたとしても、それ以上さがりはしない。

近接戦で決着をつける気なのだ。

それは涼にとっても望むところであった。


魔法が封じられている以上、近接戦以外に生き残る道は無い。

しかも、全ての魔法が封じられたにもかかわらず、なぜか村雨には氷の刃を生じさせることが出来ているのである。

それがなぜかは不思議だが、今考えるべきことではない。


片目には、アイスウォール10層すら切断するフックがある。

他にも何があるかわからない。

全ての神経を研ぎ澄まさなければならない。

そう、デュラハンと戦う時のように。

だがそう考えたら、気負いは全くなくなった。

いつもやっていることだ。



いつも通り、正眼に構える。


一瞬の静止の後。

片目は涼の目の前、空中に浮いたまま、右フック、左フックと繰り出してくる。

涼は、それを丁寧に村雨で受ける。

かわさない、受けるのだ。

やはり、アイスウォール10層ですら切り裂く片目のフックを、村雨の氷の刃は受けきることができる。

折れるそぶりどころか、欠けもしない。

嘴の間から、涼の目に向かって何かが飛ぶ。

涼はそれを、首を振ってかわす。おそらくエアスラッシュの類だ。

羽だけでなく口からも出せる、そういうことなのだろう。

しかし、深くは考えない。

思考が囚われれば、本当に見なければいけないものが見えなくなる。


片目の近接戦は、なかなかに厄介である。

左右のフックに嘴からのエアスラッシュ、さらに羽一枚一枚が手裏剣の様に飛んでくるのだ。

羽手裏剣そのもののスピードはそれほどでもないが、何より近接戦闘中に相手の手数が増える…それだけでも厄介なものだ。

涼が、もし防御に専念していなければ、早々に崩されていたであろう。

だが、この羽手裏剣まで含めた攻撃は多彩ではあるが、涼の防御を破るまでには至らなかった。



片目の攻撃、涼の防御、それが近接戦開始から、ずっと続いている。


破れない防御にさすがに苛立ったのか、ほんの少しだけ片目の右フックが大振りになった。

涼はそこにつけ込んだ。


片目の右フックを、いつもよりわずかに前方で、片目の力が乗りきらない場所で受け、そのままはじき返す。

体勢を崩した片目の首付近を横に薙ぐ。

大きく後ろによけた片目に、さらに踏み込んで、突く。

さらに後ろにかわしつつ、苦し紛れに放ってくる嘴からのエアスラッシュを、村雨の剣先で弾き、二連、三連と連続で突く。


だがこれら全てをかわす片目。

三連突きを片目がすべてかわし切ったところで、涼はあえて一瞬だけ攻撃の手を緩めた。


そこに、まるでそうするのが正しいとでも言うかのように、片目が左フックで涼の頭を狙った。

それを涼は防がない。

後ろに引いている左足を、さらに後ろに半歩だけ動かす。

足さばきと重心移動でかわす。

そして、今度は、左足の重心を右足に移しながら右足を大きく前方に踏み込み、さらに右手を村雨から離し、左手を突き出す。


左手一本突き。


村雨を支える左手に、確かな手ごたえが残った。

突きは正確に嘴の下、人間でいうと喉の辺りを貫いた。



完全に致命傷であった。

地面に倒れ、嘴からも血を吐き出しながら、それでも片目は涼から目を離さなかった。

その目には、未だ消えぬ憎悪が宿っている。

「そうだよな。自分の片目と弟子の命を奪った相手だ。全力を尽くして負けたからといって、それで納得など出来ないよな」

無造作に近付きつつも、涼は油断してはいなかった。

「少なくとも僕は、お前と出会ったことで成長できた。成長のきっかけとなったお前には感謝している。お前は自分の借りと、弟子の仇をとるために進化までしてみせたのだ。その誇り高き姿に敬意を表して、止めを刺す」


この日、一つの宿命が、尽きた。



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