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涼はいつも戦闘ばかりしているわけではない。

そう、ここにいる目的は『スローライフ』なのだから。

『常に死と隣り合わせの戦闘が起きるスローライフ』

そんなスローガンだったら、誰も田舎でスローなライフを送ろうなどとは考えないであろう。



まず香辛料、これは採ってきたコショウを乾燥させ、ついにブラックペッパーを完成させた。

これは肉料理で、非常に重宝している。

また、コショウを塩漬けやフリーズドライさせたものを『青コショウ』と言うことがある。

東南アジアでは炒め物の具材として使われるのだが、涼は塩漬けで青コショウを作った。

フリーズドライをしようとして乾燥したら、ただの乾燥物になったからである。

『ドライ』しかしていなかったのだ…『フリーズ』は無視された、その結果が乾燥物であった。


だが、最も充実したのは果物であろうか。

イチジクに似た『イチズク』、見た目も味もリンゴの『リンドー』、そして最近見つけたマンゴーそのものの『マンゴー』。

ここまでは『植物大全 初級編』に載っていたものである。

だが載っていない果物もあった。

パパイヤ、ビワ、そしてなんとスイカ!

パパイヤやビワが野生でなっているのは分かるが、まさかスイカが野生で実をつけているとは。

日本で見たどんな種類よりも小さく、甘味もほぼ無いのだが、そして割る前の外見はスイカと言うよりウリなのだが…割ると中から例の赤い果肉が出てくるのである。

割って、赤い果肉が出てきたときには、涼は感動して涙を流したものである。

甘味の無さにも、別の種類の涙を流したのであるが。



だがスローライフを送るうえで、大きな問題が一つだけあった。

今までの所、解毒草を一つも見つけることが出来ていない点である。

これだけ探しても見つからないということは、植生が違うのだろうか。

「寒冷地によく生える」といった記述は無かったのだが…。

ロンドの森は温かすぎる、というか常夏とも言える気候のために生えていないのかもしれない。

そしてそれは、当初懸念していた通り、大豆にも言えた。

大豆も見つからなかった。

醤油は、魚醤で代わりになったのだが。

多少、日本で食していた醤油とは違うが、「全国探せばこういう醤油もあるだろう」という程度の差異である。全く問題ない。

だが、味噌はどうしようもない。

大豆が手に入らない以上、味噌はもう…涼の中では諦めていた。




そして最後に、主食である米。

涼の中では、あるプロジェクトが進行していた。


プロジェクト名:水田整備計画inロンドの森


その名の通り、水田を整備して、稲を栽培しようというものである。

以前にも、一度水田の開発に着手し、失敗したあの計画だ。

土属性魔法や、水田を作るための道具が無いために、アイシクルランスを空から降らせてみたり、それを水蒸気爆発の様に爆発させて開墾できないかやってみた、あの計画…。

その時は、完全に失敗し、問題の先送りを行ったわけだが…いずれは正面から向き合わなければならない、そして避けては通れない問題なのである。

そして向き合うのは、今日この時であった。



まず、結界ギリギリに六十メートル四方の正方形の土地を確保する。

四隅に氷の槍を建て、それぞれを(つた)で結んでみる。

水糸と呼ばれる、水平線を出すための糸の代わり的な…。

そう、この蔦の内側を水田にするのだ。


とりあえずの水田開発手順としては…、

土を掘り起こして細かく砕き、畑みたいな状態にする。

そして水を供給して畑全体を湿らせる。

まだこの時は、土の底に穴が開いたような状態なために、どれだけ水を入れても基本的に溜まることは無い。

水を入れながら、トラクターや牛で、土というか泥と水をかき混ぜることで、穴が開いていた底が詰まっていく、という感じである。



前回の計画時は、この第一段階である『土の掘り起こし』で既に手詰まりとなった。

「以前の僕とは違う!」

今回、涼の全身にみなぎる闘志。


「<アイスウォール>」

蔦の内側を、全面、アイスウォールで囲う。

そして始まる、水と氷の饗宴。


「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」


上空四十メートルに次々に生成され、そこから水田予定地に自由落下する氷の槍。

高密度かつ高速の連続投下。

槍で足りないなら、たくさんの槍を撃ち込めばいいじゃない!

そんな力技的解決。

もちろんこれだけで解決するとは思っていない。


「<ウォータージェット128>」

「<ウォータージェット128>」

「<ウォータージェット128>」

「<ウォータージェット128>」

「<ウォータージェット128>」


極太のウォータージェットを、これも連続で打ち込み、土の塊を砕き細かくしていく。

空から降り注ぐ氷の槍と、近距離から降り注ぐ水の線。

遠くから眺めれば、かなり幻想的な光景に見えるであろう。

だがその実態は…吹き上がる土、土、土…。

吹き上がっては水の線に砕かれる土。

その光景は十分間ほど続いた。



数百回の連続生成は、さすがの涼でもかなりの負担だった様である。

片膝をついて息を整える。

魔物にも、これだけの波状攻撃を加えたことは無い。

まあ、動かない地面に対してだからこそあり得る、というのは確かだろうが。

爆撃地点の地面が抉れる、というのは戦場レポートなどでよくある表現であるが、涼の水田も元々の地面は残っていない。

抉られ、砕かれ、トラクターで上下の土を混ぜ合わせたかの様になっている。

「うん、こんなもんでしょう」

第一段階終了である。



次は、水を入れて土全体を湿らせる。

日本の様に土地改良された水田であれば、蛇口をひねれば好きなだけ水が入る、という所もある。


もちろん数十年にも渡って、何世代にも渡って、ほぼ永遠に土地改良区費というお金を払い続ける。

当然、それ以外に水利組合費、というお金も払い続ける。


だが、それでも、水の心配をしなくていいというのは農業をするうえではとても有り難いことなのである。

古今東西、飢饉と言うのは『水不足』が原因で起きることが多いのだから。


だが、ここに、無料でいつでも水を供給できる男がいる。


なんということであろうか!

間違いなく、水属性魔法使いの天職は農業である!


「一気にいこう。<スコール>」

カイトスネークの毒霧を一瞬で洗い落とし、庭のイチズクなど植物に水をやるのによく使うスコール。

それが六十メートル四方の土地に降り注ぐのは、ある種、暴力的な光景であった。


その暴力的な光景は二分間ほど続いた。

それだけで、かなり土はドロドロになっている。

ほんの少し、水も溜まっている。


だが、この溜まった水も、放っておけばすぐに地下に流れ込んでいき、また畑状態に戻ってしまう。

本来は、ここでトラクターを使って、土や泥を掻きまわしていくのである。

だが、涼にはそんなものは無い。

もちろん無くとも大丈夫である!


「<アイスウォール二段>」

通常のアイスウォールは高さ二メートルであるが、この<アイスウォール二段>は倍の高さ四メートル仕様である。

もちろんこれは、泥が跳ねても大丈夫なようにだ。


「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」

「<アイシクルランス256>」


先ほどよりは低い、高さ三十メートル程の場所に、アイシクルランスが次々生成され、水田予定地に落下していく。

考え方は一緒であった。


トラクターがないなら、たくさんの槍を撃ち込めばいいじゃない!


そして時々<スコール>を唱え、水の補充を行いながら、さらに<アイシクルランス>を撃ち込むことで泥をかき混ぜていく。

開墾時の撃ち込みに比べれば相当にゆっくりとしたペースで、涼は三十分間にわたってアイシクルランスを撃ち込み続けた。

これで、どこまで、抜けていた底が詰まっているのか、涼にはわからない。

だが、かなり粒の細かい泥にはなった様である。



最後に、水中の泥面を水平にしなければならない。

そうしなければ、稲の苗を植えて水を張った際に、場所によっては苗が全部水に隠れてしまったりするからである。

「そう苗のためにも必要…あれ? 苗…?」

涼は愕然とした。

「苗…準備していない…」

そう、本来水田の準備をする前に、一カ月ほどかけて、水田とは別の場所で、籾から苗を生育させておかなければならないのである。


だが…涼は苗を準備していなかった。


がっくりと膝をつき、うな垂れる。

今日の水田の準備は完全に無駄だったのだ。

「い、いや、水田を準備できる、というのを確認できたのだから、完全に無駄になったわけではない。うん、無駄ではなかった…なかったはずだ…なかったと思いたい」

うな垂れたまま、涼はしばらく立ちあがることが出来なかった。



それから、かなりの日数が経過して後…涼は宿命と再び向かい合う。

三度目の、そして最後の…。


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