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第3章 第7話 赤井さんと、遠雷◆

 伊藤プロジェクトマネージャーが二十七管区を去った翌日。

 やっとモニタの前に出てきた西園に、赤井はマニュアルの不具合のこと教えてくれなかったなんてあんまりだと抗議していた。


『わざと教えなかったのです』


 五分丈の白ニット姿の西園は悪びれるそぶりもなしだ。

 さらさらストレートの髪が肩まで伸び、顎のラインがすっきり痩せている。

 外はもう九月とあって、ライトブラウンの秋用メイクとゴールドのシャドーが季節感を演出しているが、当人は黒ぶち眼鏡を拭きツンとすましていた。


”開き直らないで下さいよ西園さん。謝罪の意思はないんですか。ないみたいですねすみません、……って、何で私が謝ってるんだ”

『いつから気付いていたんですか』

『ログインした瞬間からです。マニュアルへのアクセス履歴がありませんでしたので、すぐに分かりました』

『何でその時点ですぐ上に報告してくれなかったんです』


 不祥事隠しとか姑息なことやめましょうよ。

 結果オーライじゃないですよ、と赤井がうったえると、彼女は憮然としつつも重い口を開く。


『というのは、二十七管区はすぐにリセットされるだろうと思ったからです』


 ログイン時の不具合のせいで、赤井がマニュアルを参照してないと西園は気付いていた。

 マニュアルなしで構築を進めるのは不可能との判断を下し、他の構築士たちが構築している区画を保存しつつリセットしようと企てた。

 この方法ではハイロードがログアウトすると宣言するか住民全滅を待つ必要がある。

 西園は赤井にリタイア宣言させようとあれこれ画策したんだそうだ。


 嫌がらせその一、チュートリアル改竄。


 本来、チュートリアルは構築マニュアルの中に記載されているものであってインフォメーションボード上にあるものではない。

 しかし西園は急遽チュートリアルを作成しインフォメーションボードの中に仕込んだ。

 ……偽のチュートリアルを。

 苦痛三倍ルールは本来なかった項目だというのだ。


 嫌がらせその二、千年監禁地獄。


 カウントダウンクロックの千年という数字を見せて説明を怠れば、赤井が『そんなに仮想世界に入るなんて聞いてない』と怯みリタイアを宣言するかと考えた。

 実際は眠りと覚醒を繰り返しながらの構築なので主観時間は千年ではないのだが、何も知らない赤井は千年は千年の期間と思い込む。


 これらの嫌がらせに加え、赤井の素民に対するケアが行き届かなかったことでVTECに感染しはじめナズが犠牲となった。

 ナズは治験中の患者であったが、バックアップコピーがあるので、記憶を現実の脳に戻さない限りにおいては、非人道的でもなければ法的に問題もない。

 西園は偽チュートリアルの条文に則って、言葉攻めをしつつリタイア発言の誘導を狙ったらしい。


 しかし西園の誤算は、赤井が相当にしぶとかったということだ。


 赤井はヴァーチャルの彼らの命を守るため、我が身かわいさもあってリタイアを宣言をしなかったばかりか、瀕死の状態だった住民の危機をマニュアルなしで回避してみせる。

 その後は主観時間千年を根性で生き延びようと決意を新たにした。

 想像以上に図太かった赤井どうしてくれようと頭を悩ませていたところ、メグの精神に少し回復の兆しが見えた。


 西園は思案の末、どうせリセットするのだし、赤井にマニュアルなしで好き勝手やらせたらどうなるかと経過観察に入った。

 そして上司の伊藤に報告しないまま、今に至り全てが発覚……。

 報告義務を怠った西園の責任は重大だった。


『赤井さん、私はあなたに非人道的なことをしてしまいました。でも、あなたが他の構築士とは違うと見込んでのことだったのです』


 自分の非を認めず開き直ったキャリア官僚然とした西園に、赤井も言い負かす労力を使いたくなかった。

 大体、見込みが出てきたのは途中からでしょうに、それまでリタイア宣言引き出して辞めさせようと画策していたのは何なんだ、と赤井は内心くすぶっている。


『はあ……そうですか』


 念願のもんじゃも食べられたし、伊藤の助け舟で構築も楽になりそうだし、もういいか。

 と赤井がげんなりしていると、


『お話は以上ですか?』

『以上ですけ……』


 言い終わらないうちに通信は途絶した。

 普段はかわいいところがあるのに、一度機嫌を損ねるとタチが悪い。

 この先付き合いの長いであろう補佐官とはうまくやってきたいのに、と赤井は溜息をつく。


 西園の態度に多少腹をたてつつ、赤井は気持ちを切り替えナズの介抱にも勤しむ。

 ナズの体調にこれといって異変はなかった。

 ナズは小柄で、日本人と外国人のハーフのような顔つきをしている。

 メグに似て丸顔だ。メグは純日本人顔だったが、バル似ともいえる。

 栗毛色の短髪は毛先がカールしている。見るからに虚弱体質な体格だった。しっかり食べてロイみたいに逞しくならないと、と赤井は彼の成長を願う。


 ナズには感染症で死ぬ直前の記憶があったのかひどく怯えており、赤井は暫くナズにつきっきりだった。

 彼の意識が清明になると、赤井の顔を見るなり彼は嬉しそうに。


「あかいかみさま、来てくれたんだ……メグの言ったとおりだ。僕、しんじていたよ」


 ナズの記憶と時間は止まったままだった。


”違うんだよナズ。あの日、私は君の元に辿りつくことができなかったんだ。だから君は死んでしまった。全て私のせいだ、許してとは言えない――”


 赤井はナズに悪びれる。


『ごめんなさいナズさん。随分遅くなって、お待たせしてしまいましたね』


 きつく抱擁してそう言うと、彼はようやく落ち着いて眠りにつき、同時に信頼の力を赤井に預けたのが分かった。

 まる一日経ってナズの緊張がとけてきた頃、メグと会いたがったので、九年ぶりの兄妹の対面が実現する。


 メグはナズを見て混乱していたが、赤井が常々いつかナズを蘇らせてあげたいと言っていたことを思い出し、約束を守ってくれたんですね……と感謝の言葉を述べた。


「あにさまぁ! おかえりなさい――!」


 メグはナズの年齢を追い越し大人になったが、やはりあにさまと呼んで抱き合って泣いた。

 赤井は昼夜を問わずナズに目を配り、彼にとびきりの祝福を欠かさないようにしつつも、時間が許す限りナズにはメグと一緒に行動してもらった。

 ナズもメグに手取り足取り教えてもらって文化的生活に少しずつ慣れてほしいし、兄妹でつもる話もあるだろう、という配慮だ。

 しかしナズは兄だった。

 体格も知識も、妹に負けたままでは情けないし悔しいものだ。

 だからといってメグには教わりたくない、兄としてのプライドがある。


「あかいかみさま、僕にもメグみたいにたくさんおしえてください」


 ナズが自発的に学びたいと赤井に申し出てきた。

 ナズのいじらしさに負け、子供好きの赤井は大歓迎だ。

 小さな頭をすべすべと撫でながら


『ええ、どれだけでもお教えしますよ』


 幸い、グランダには筆記具もあり、赤井はナズと相部屋だったので個人授業を開始。

 ついでに、扉の裏に張り付いて授業を盗み聞きしていた丁稚小僧のフリーもナズの隣に座らせ、生徒は二人に。

 フリーはナズと同い年だった。

 彼らはすぐに打ちとけて友達になった。

 親元を離れて奉公しているフリーも、ふざけあえる同年代の友達ができて嬉しそうだった。

 そのうちサチの席も増え、城内学級、小学生相当クラスの生徒数は三人に。

 そんなこんなしてるうち……


【アガルタ第二十七管区 第3376日目 居住者数 1901名 信頼率 96%】


 またたく間に数週間が経つ。

 エトワールは謹慎期間が終わり白翼の天使に戻りご満悦だ。

 すっかり木々の枯れ葉も落ち、二十七管区もグランダの人々も冬の装いに。

 カレンダーがあるとすれば十一月下旬だろう。

 グランダの民は半纏に似た綿入りの上下を着て、色とりどりの幅広マフラーを頭からすっぽりかぶって首に巻いてもこもこしてる。

 モンジャ集落では今頃、家の周りに菰を巻いてこもこもしてる頃だろう。


 エトワールが祝福と連絡がてら週二でモンジャ集落の様子を赤井に伝えるが、特に不都合はない様子だった。

 ロイは後進の教育に腐心し、ヤスは冬に備えて獣たちの肉の燻製を作り、後輩の狩りの指導にと忙しい。


 二十七管区の冬は厳しい。


 十二月から二月までの間、週に三日は氷点下を切る。

 降雪も最高八十センチと容赦ない仕様だ。

 十分な防寒なしでの生存は厳しく、モンジャ集落でもインフルエンザのようなものがひと冬に二度ほど流行る。

 赤井がいたときは祝福の効果で死者こそ出なかったものの、素民だけでは最初の冬を乗り切るのも厳しかっただろう。

 最近では素民たちの病気への予防意識も栄養状態もよくなり万全の備えとなったからか、赤井が磔になっていた去年もメグの薬のおかげで死者は出なかったが、グランダでも冬の間に流感で数十人が命を落としていた様子だ。

 今年からはグランダも死者ゼロ、ついでに風邪もゼロを目指したい。

 と赤井は気を引き締める。


 モンジャ集落では例年、寒さ厳しいながらにゆく年々の冬を楽しんでもいた。

 冬場はカルーア湖のモンジャ集落近辺は凍結して、短い木の板を履いて子供達はスケートもどきに興じたり、氷に穴をあけてワカサギ釣りの雰囲気を楽しむこともできる。赤井はかまくらを拵えたりもしていた。

 かまくらの中で、鍋をして冷凍ミカン的なフルーツを食べたのはいい思い出だ。


 冬の訪れを前に、グランダの復興は急ピッチで進められてる。

 迅速な復興のために、やはり金属製造技術は欠かせない。

 エトワールと赤井はキララたちに鉱毒の出ない金属精錬法のためのヒントを与え、グランダ中の職人とうちの大工集団が一堂に会し綿密な検討を重ねていた。

 構築士は素民たちにヒントを出せても、直接の方法を教えられない。

 こうなると、ロイをグランダに連れてこなかった事が悔やまれた。

 彼は化学反応に精通しているので、対策を打ち出すことなど朝飯前だ。

 仕方ないので素民たちはない知恵を絞った。


 鉱毒といっても、精錬の過程は悪くなかった。

 グランダには鉄鉱石鉱床のほかに三つの大鉱床があり、金、銀、鉄、銅、鉛、スズ、亜鉛、タングステンなどを坑道掘りで採掘している。

 グランダの精錬法は反射炉式で、鉄の精錬にはそれでよいが、銅や亜鉛の場合にはカドミウムなどの重金属や有害物質が混入しているので、問題は廃棄物の処理方法にある。

 ハクは結局ロイに手紙をしたため、エトワールに預けた。

 手紙の返事はエトワールの配達で翌日に戻ってきた。

 ロイは、彼が実際にモンジャ集落で行ったエコな産廃処理方法を簡潔に図解して寄越していた。


 精錬の過程で排出される排水の濾過漕・沈殿漕を設け、そこにあるものを加えろと書いてある。

 どうするつもりだろう、と赤井がハラハラドキドキしていると、沈殿漕に26番目の元素の粉を加えろとの指示。つまり鉄粉(Fe)だ。

 鉄の還元・共沈作用を利用して、カドミウムだけでなく亜鉛、銅、ニッケルイオンなどの有害物質まで一括処理できる、鉄粉法を思いついていた。


”A.I.なのに応用力高すぎ。明治時代でも石灰法やってたってのに、ロイときたら……。鉄大好きっ子かよ、鉄ヲタだなあの子”


 と赤井は驚愕する。


 汚泥には熱処理を行うべし。

 重金属類は高熱をかけることによって安定化するので、それを埋め立て、接着剤で固めて処分しろと書いてある。

 処分場の近くには、雑草を植え有害物質を植物の中に蓄積させ、定期的に焼き払えとのこと。

 汚泥の焼却や精錬の過程で生じた排煙は脱硫装置を通して大気に返すこと。

 脱硫装置内部には海水(なければ石灰水)を満たしておき、そこに硫黄酸化物(SOx)を含む排ガスをくぐらせる。

 すると有毒成分は海水にトラップされ、排煙はクリーンに。

 さすがにそこまで話が進むとエトワールは白い目で赤井を睨んでた。


『おーい赤井君。この時代の人間には、思いつかないと思うんだが?』


 と、棒読みでエトワールが言うので赤井は視線をそらしながら


『お、教えてませんよ! いやーさすが! ロイさんすごーい!』


 とはいえ、赤井は処分方法などさっぱり教えていない。

 しかし反応原理はみっちり教えているので責任は感じている。


 その方法でもう毒は出ませんか? 

 と職人が赤井に聞いてきたので、赤井とエトワールは『問題ないはずです』と頷くと、彼らは安心して処理施設の建造にとりかかった。

 互いの文化を学び補い合ってイノベーションしてくれたらいい、と赤井は思う。


 そんな日々を過ごすうち。

 赤井とナズは城の中庭の落ち葉を掃いた後、ブナもどきの木の下でたき火をしてたところだった。

 ナズはたき火の温かさでうつらうつらしてきたので、ナズを見守りがてら、赤井は白とオレンジの毛の生えたアイにじゃれつかれている。まさに至福のときだ。


「が~うがうがう、わ~うばうわう」

『よ~しよしよし、よーしよしよしよし』


 組んずほぐれつ、赤井は頬が緩みっぱなしで素民たちには見せられなかった。

 アイの首にもサチ特製の赤いマフラーが巻かれている。

 アイに限らずアガルタの動物は神という存在を本能的に知り、群れのボスとして認めている。

 赤井の存在を卑近に感じている限り、肉食獣エドでも借りてきた猫のように大人しくなった。

 アイは特に、赤井にかまってもらいたがった。

 アイは耳を倒してぺろぺろ舐めたり、時々オレンジの肉球で頬に赤井に強烈な猫パンチをしてくる。

 鼻血を拭いながら、


『駄目ですよアイさん、猫パンチは危険ですのでやめてください』


 赤井がアイに敬語で言い聞かせていると、構わず長いフサフサ尻尾で喉のあたりにラリアットがお見舞いされた。嫌われてるのかな、と赤井が多少落ち込んでいると。


「わっ!!」


 背後から声がして、赤井は飛びあがった。

 五メートルほど浮いた。メグに背中を叩かれたのだ。


『め、メグさんでしたか。急におどかさないでくださいよ、びっくりしたじゃないですか』

「あれー、何か焼いてるんですかー? おいしそうな匂いがしますよ~」


 メグは赤井の隣にちょこんと座りすんすん鼻を鳴らしながらたき火の炎を見守る。

 アイはメグの膝の上に大きな顎を乗せて、メグに頭を撫でてもらう。


『ナズさんに食べてもらおうと思っていたのですが、寝ているので先に食べてもよいですよ』

「あにさまはお昼寝かぁ」


 メグはちょっとつまらなそうにする。


『ずっと起きていると、ナズさんは疲れてしまいますからね』


 ナズは他の素民たちと比べて特に病弱だった。時折喘息発作のようなものを起こすので、赤井もナズの就寝中は気を抜けない。少しずつだ、回復を焦ってはいけない。徐々にナズの体調を整えてゆく、それが現実世界での精神の回復に密接にかかわっているのだ。ナズはにゃむにゃむと言っていた。


『夢でもみてるのでしょうかね』


 赤井はこの頃になると、人間とA.I.の見分け方に何となく気付いていた。

 現実世界の人間は夢を見るのだ。


 A.I.は就寝中、プログラムが待機状態になっている。

 しかし人間の脳は就寝中も働いているので夢を見る。

 事実、メグとナズは夢を見ていた。

 夢を見てもすぐ忘れる人もいるか、と統計を取るためにグランダの民数十人に訊くと、誰も夢を見ていない様子だ。


 モンジャ民では、ヒノとサチが夢らしきものを見たことがあると言っていた。

 ちなみに赤井が最近見た夢は、日光江戸村に行って忍者のコスプレしてたら忍者屋敷の井戸から異世界召喚され、川を流されて死にかけてたところを着流し姿の外人風の人に助けられ、紆余曲折の末、気付いたら和風な国を造って統治していた、というものだ。

 夢の中でまで内政してるとか、完璧に職業病だと赤井は思う。


 ナズとメグに夢の内容を聞いてみると……これが興味深かった。

 夢を見ている間、断片的に現実世界のことを思い出している。

絵を描いてもらうと、ナズが車の絵を描いた。

メグはもっと明瞭に街並みを描ける。

動物は描けるかと尋ねると、馬と牛らしきものを描いた。

 赤井の癒しの力を受け仮想世界で自給自足でのんびり暮らすうち、夢の中で記憶を整理し、少しずつ意識が修復され、統合されているのかもしれない。


 メグは他の患者に先駆けて、現実世界に戻る準備を整えつつある。

 送り出す赤井としては嬉しくもあり、寂しくもある。

 夢の話になって、メグは、夢がだんだんとリアルになってくるので戸惑っている様子だった。


「私の夢、最近だんだんと鮮やかになってきているんです。現実と区別がつかないくらいに。何だか、少し怖くて」

『どうしてですか? それは悪い夢なのですか?』


 赤井が真面目な顔でむっくりと身を起こすと、アイも起き上がり同じ角度で首を傾げる。


「怖い夢じゃないんです。でも夢を見ている間は、現実がまるで夢のような気がしてくるから……どちらが私のいる世界なのか、夢の中ではわからなくなるんです」

『大丈夫ですよメグさん、そこは私の元いた世界に似ています』

「えっ? 本当ですか!? かみさまのいた世界なら、夢の中を冒険してみたいです!」


 彼女は表情を輝かせた。

そこはメグが帰る世界であり、赤井が十年後に帰るべき世界でもある。

怖い世界ではないのだと、赤井はメグに伝えたい。


『冒険しすぎて、迷子にならないように気を付けてくださいね』

「んー、迷子になったらかみさまの国で一番高い建物に登って、お迎えが来るまでじっとして待っています」


 日本で一番高い建物というと、新東京タワー展望台(高さ1192m)だ。 

 新東京タワーは旧東京タワーの老朽化に伴い十年前に建造され、日本一の高さを誇る建築物である。

 旧東京スカイツリーを利用した軌道エレベータ中央連絡橋は別だ、あれは建造物のうちに入らないし、宇宙周回軌道まで行く。

 待ち合わせ場所は新東京タワー展望台なのかな、などと楽しく妄想しても、赤井が迎えに行けるとしたら十年後だ。現実世界に出たらメグの記憶は段々なくなってゆくという話なので、再会はほぼ絶望的だろう。


 ナズが目を覚ます。

 赤井は中庭の掃除ついでに木の実拾いをしていたフリーを呼び、火箸でガサゴソとたき火の中をまさぐる。

 神通力の炎でこんがり焼き色のついた焼きイモもどきが出てきたので、ふーふーとさまし、布に巻いて一本ずつ手渡した。

赤井の分はない。


「いただきますー!」


 三人が焼き芋もどきにかぶりつこうとしたとき……。


 遠くから――僅かに雷鳴が聞こえた。

 メグははっとして耳を澄ます。

 赤井は落雷のあった方角をいま一度注視する。カルーア湖を挟み対岸の方角。混乱する間もなく、再び空が閃めいた。二度、三度……空と地を結ぶ、雷の対地放電、その狙いは一点に集中している。正確無比だ、自然現象ではない。雷柱は自然放電ではありえないほど、とてつもなく太く明るい。神通力による放電現象だと、赤井にもメグにもひと目で分かる。

 嫌な予感を払拭するように、絞り出すようにメグが彼の名を呼んだ。

「ロイ!?」

 一点に集中する落雷、その意味を知るメグは血相を変えて立ち上がる。


 ――何事もなければ神通力は使いませんし、有事に備えて少しでいいんです


 ロイが神通力を蓄積チャージしているのだ。


”ロイ? 集落に何があった!?”


 落雷を見るや否や、城外にいたエトワールがすっ飛んできて喚いた。


『赤井君、大変だ! 北東を見ろ、コピーサークルだ!』


 モンジャの上空百メートルほどに半径百メートルほどの、のっぺりとした黒い円盤状の影が漂っている。エトワールはインフォメーションボードを立ち上げ、外部への緊急連絡を図る。SOSを発信。

 モンジャから立ち上る黒い煙が見えた。モンジャの集落が危険だという合図の、黒い狼煙。それは助けを求める届かない彼らの叫び声を代弁するもの。


 ――狼煙が上がれば、すぐに駆けつけます。


 赤井はロイとの約束を思い出す。


『私も行きます!』


 必ず約束を守らなければ。危険があればすぐに戻ると誓ったのだ。しかしエトワールは飛び出してゆこうとする彼を押しとどめ、モンジャに近づかせない。


『駄目だ。ハイロードに大事があれば二十七管区がリセットされるんだぞ。私が対処する、君はここに残り民を守れ!』

『何が起こっているんです? コピーサークルとは! 第二区画が遂に解放されたんですか?』


 質問には一つも答えず、白翼で風を切り急上昇し、音速を超えベイパートレイルをたなびかせモンジャへと飛び去る。


 赤井は留守番を命じられ右往左往しつつも、とりあえず言いつけ通りグランダ民だけでも守ろうとグランダを覆い尽くす立方形の白い物理結界壁を展開した。何が起こっているのかわからない中、気休めかもしれないが対策を打たないよりはましだ。メグとナズは異変を察し、焼き芋を放り出してアイにしがみつきモンジャの空を見上げる。


「あかいかみさま! モンジャのみんなが!」


 エトワールはモンジャ上空に到着し黒いコピーフィールドの下に青いシート状のレイヤーを出現させた。投網を打つように上空を青いレイヤーが覆い尽くしてゆく。謎の黒い円盤からモンジャを守る為、防壁を張ったのだ。ベテラン構築士、エトワールの本領発揮である。


”つか作用領域広すぎだ、二十七管区全域じゃね?! 何、何が起こるの? そんな全域カバーして守らなきゃいけないほどの黒い穴って、相当やばい何かなの?!”


 赤井は手に汗握り、何とかエトワールを手伝いたい衝動に駆られながらも余計なことをすれば取り返しがつかないことになると想像できる。

 無力感に苛まれつつインフォメーションボードを注視していると……。


【甲種二級構築士 エトワール(Canada/ID:CAN203)が多段攻撃防御システムレイヤ(IPSL)を展開しました】


 本気の防衛に、いつもの出来レースではないのだと赤井は察したらしい。

 第二区画解放というわけでもなさそうだ。インフォメーションボードが変化して、赤字表示になっている。エトワールはインフォメーションボードを通じ現実世界にSOSを送っているが、仮想世界の時間の流れが速すぎるため、どうしてもタイムラグが出てすぐに援軍はこない様子だ。


【コピープログラムの二十七管区サーバー侵入を検知】


”は? 今なんて?”


【第六ファイアウォール、第二セキュリティシールドが突破されました】

【二十七管区はセーフモードでの稼動に移行します】

 

 同時に空は真っ暗となり、背景や建物が消失し赤蛍光の三軸グリッドが出現。

 メグの動きが完全に止まった。グラフィックレベルをダウンし、セーフモードによって情報を保護するためサーバーが自動的にタイムラインを停止しているのだ。もしくは、エトワールが何かをしているのかもしれない。


【システム修復ポイントを作成】

【迎撃プログラム起動】


 インフォメーションボード上を次々と駆け抜けてゆく赤い警報。積層化される赤いポップアップウィンドウ。赤井の血の気がひいてゆく。


 それは、サイバーテロだった。


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