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第3章 第6話 赤井さん、評価されるの巻(前編)◇

 突如二十七管区に降臨した伊藤プロマネ。

 なんかずっと私の左横に至近距離に張り付いてる。

 正確には私の左横で幽霊のように浮遊して監視中だ。

 時々メグのことを嘗め回すように見て。

 彼は半透明で素民たちには見えていないから、私も伊藤プロマネがいないかのように演技してるけど……。


 気になる。

 私の仕事に対するプロマネの評価やら何やら一切合財気になる。

 てなわけで民に対する態度もよそ行きになってしまう。


「どうして緊張しているんですか、あかいかみさま?」


 とメグに訊かれたけど、私それどこじゃない。


『き、緊張なんてするわけないじゃないですか』


 不覚にも声が裏返った。

 メグは「そうですか?」と一言述べて、押し黙った。

 バレまくってる。


 思い余って伊藤プロマネと念話も試みようにも、彼が心理層を展開してて胸中は知れず。

 怒られるなり要件を話すなり、煮るなり焼くなりされてスッキリさせたいのに、私もエトワール先輩もグランダの素民に囲まれて話ができる雰囲気でもなく。


 エトワール先輩も表面上は平静を取り繕い、力仕事に明け暮れたりグランダの民たち抱擁して祝福してあげてた。

 今日も笑顔が素敵だ。

 でも終始立派な黒翼がしおれた大根葉のようにしゅんとなってた。

 先輩、プロマネの前でちびってるんですか? 

 先輩の感情が無意識に翼に反映されちゃうみたいだ。


 ハクさんをはじめ大工集団はすぐに地元の石工さんや大工さんたちと合流し、簡単な自己紹介の後、グランダ復興の手伝いに取り掛かった。

 ハクさんを先頭にグランダ独自の石造りの建築技術に圧倒されながらも、手際よく瓦礫となった建物を壊したり、木製の家具を作ってあげたりと、その熱心な働きぶりにグランダの民から感謝されてた。


 うちの大工集団は仕事が丁寧で遊び心がある。

 グランダには内装に外装の文化がなかったから、ヒノも石造りの各家に木製の赤いおしゃれな表札を作ってあげたりしてた。

 ワイヤーフレームと木彫りの表札を組み合わせたりして、センスがずば抜けてる。

 ちょっと前衛的すぎないか?


 背後霊化しているプロマネにセンサーを張りつつ、私はというとハクさんたちに建築の仕事を任せ、被災した皆を慰問していた。 

 エトワール先輩がグランダ全域に奪収スナッチをかけたから、元病人たちも回復して床から起きてぴんしゃんしてる。

 路地を小躍りしたりスキップしながら去っていくのが見え、さすがにどうかと思った。

 先輩が何か治療プログラムでも頒布したのかな。


 途中立ち寄ったナオの家で、メグとユイさんたち女性陣がナオの家でお茶っぽい赤茶けた飲み物とお茶菓子をふるまわれてた。

 おはぎに似た黒いハンバーグ大の団子。

 これが甘くて美味らしい。

 いいなー、私も試食したい。


「なんですかこれ! どうやって甘くしたんですか!」


 メグは必死の形相でナオのお母さんを質問責めにするわ、サチはじゃんじゃんおかわりするわ、ユイさんも「あらあら、食いしん坊さんね」とサチをたしなめつつ三個目に手が伸びる。


「これは甘い穀物で、粉にして団子にするんだよ」


 甘味ってモンジャ集落にはないから、メグたちは軽いカルチャーショックを受けてる。

 お互いの気に入った品物、物々交換なりルール決めて取引するとよいですよと提案すると、メグは甘い穀物の種と引き換えに、お手製のカラフルな小物入れ一個をナオのお父さんと交換してた。

 その調子でそのうち交易が始まってくれればめっけもの。


 途中で丸刈りな薬師さんにも再会した。

 おじさんは私達一行にぺこりとお辞儀。


「赤い神様、そのせつはお世話になりました」

『お元気そうで何よりです』


 彼も白い作務衣みたいな服に衣替えして達者な様子。


「不安が去ったからか、おかげで髪も生えてきました」


 丸刈りじゃなくてストレスで脱毛してたのか。

 ほんのりと薄く毛が生え始めてた。

 そういう事情だったんですか。

 早く元通りになるといいですね、と言うとハゲ頭を撫で、愛想笑いを浮かべる。

 薬師さんはメグに纏わりついて、熱心に薬花の栽培方法と煎じ薬の作り方を聞く。

 グランダにもいくつか病気に効く薬草があるらしいから、メグと共同開発で漢方薬的な新薬が作れるかもしれない。


 エトワール先輩と手分けして全ての家々を回り、祝福ついでに慰問を終える頃には日も暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。

 一軒十分ぐらいのペースだったけど、結構時間がかかったもんだ。

 するとキララが気を遣って、


「城に部屋と食事を用意している、今日はもう休んでくれ」


 ということで私達は彼女の城へ。

 キララの城内に入ると、伊藤さんは消えていた。

 定時あがりですか。いいですね。

 私と先輩は顔を見合わせて、助かったとばかりにハイタッチ。


「何をしているんだ? 何かのまじないなのか?」


 キララはそれを見て不思議がってる。

 さて、宗旨替えしたキララですが、美人度に磨きがかかった。

 彼女は憑き物が落ちたように活き活きとしていて、メイクも衣装も怖くない。

 ましてや頬がこけたり目にクマとかつくってない。

 清潔感あふれて、現実世界で見かける女の子と同じようにゆるふわな雰囲気になってきてる。

 へヴィメタ調の衣装じゃなく、ナチュラル系でいい感じ。

 親しみやすくなって、グランダ民にもますます人気出ると思う。


 何で彼女がこんなにイメチェンしてるかというと、私こと赤い神がグランダに新たな教えを広め、彼女らが律儀に守ってるから。

 モーセさんの十戒ばりに赤井の十戒を定めてみた。

 ゆるーい教えだから、一つ二つ忘れて十戒が八戒になっても六戒になっても構わない。

 教えっていうと物々しいけど、内容は単に生活標語。


 朝晩のお祈りとかお供えものとか一切いらないから、要約すると『早寝早起き、よく食べよく寝て適度に運動し、沐浴し歯をみがき、元気なあいさつと笑顔、ありがとうの心を忘れずに』みたいな脱力系の教えだ。


 半ば冗談のような教えだったけど、グランダの民は揃いも揃って真面目な国民性だから功を奏したみたい。

 そんな彼女は鉱毒の出ない金属精錬方法を教えてほしいと言うので、そういうことはエトワール先輩が詳しいからと丸投げした。


『ところでキララさん』

「ん?」


 城内の回廊を先導するキララが行燈を手に振り返る。

 グランダの行燈は植物油を深いおたま状の金属の燭で燃やしてるだけ。

 シンプルだけど、意外に明るい。

 たまに零れて床で燃えることもある。


『あなたは随分変わりましたね。以前と比べてとても丁寧な印象を受けます。その装束も清潔感があって、私は好きですよ』


 私への敵意が抜けて人称も”余”から”私”に人称を変更し、言葉が少しきれいになった。

 秋葉系から現実世界に帰還してくれたんです。

 他にも彼女の手作りのネックレスの出来栄えやら諸々褒めると、彼女は軽くパニックになってた。

 彼女、辛い思い出ばかりで褒められた経験がない。


「そ、それは私が汝の生贄であるから……す、少しは祭神に敬意を払わないといけないかと思ってのことだ。べ、別に汝の好みに合わせるつもりなど……」

「あかいかみさまー、イケニエってなんですか??」


 メグの無邪気なツッコミが容赦なく飛んでいた。

 あの時は勢いで生贄になれと言ってはみたものの、公務員なのに不適切発言もいいところ。

 保身も兼ねてキララとの生贄関係を解消する。


『先日はあのように言いましたが、もともと生贄にするつもりもありませんでした。どうか自由に、あなたらしくしてください』


 こうしてただの素民と神様という平凡な関係に戻った。

 キララが少し名残惜しそうだったけど嬉しいでしょ自由になれるんだから。

 A.I.とはいえ乙女心は分からない。


 グランダ城は灰色の石を積み重ね建てられた三階建てだ。

 立方体型だけど中庭があって、ロの字型をしてる。

 ビルや会館なんかに見えないこともない。

 城全体で小学校の運動場ぐらいの広さで中庭もあるし、一般的な城のイメージからすると小ぢんまりしてる。

 私たちは彼女が用意してくれた三階の居室に通された。

 廊下に居並んだ侍従たちが深々と頭を下げて歓迎してくれた。


「部屋は好きに使ってくれ。侍従と侍女を一部屋に一人ずつつけておいた。えーと、赤井とエトワールの部屋だが……」


 キララは彼女なりに神様という存在を敬った結果なのか


「他の者は部屋を用意するが、赤井を祭壇に祀って、皆で祈祷すればいいのか? 香の好みは? 供え物は何がいい?」


 とか真顔で聞いてきたから、私も真顔で


『お香も祈祷もお供えもいりませんから私たちも普通の部屋でいいです』


 とお断り。あの占いの館みたいな祭壇に祀らないでよ、偶像的扱いでなく人間的扱いでお願いします。


 部屋割りは私とエトワール先輩、メグとヒノ、ハクさん一家、大工さんたち三人ずつ三部屋になった。各十二畳ほどで、壁も厚く六角形の木の出窓があり窓はバルコニーに繋がってる。

 室内には四角い石机と円柱状の石の椅子が二脚。

 寝床は一段高い石のベッドに厚手の敷布と、大きな白い布袋に枯葉を詰め、温かそうな掛け布団が用意されてた。


 キララが机の上に伏せてあった拳大のハンドベルを鳴らすと、私たちの部屋つき侍従のフリーくんがちょこちょこと小走りでやってきた。

 少年侍従だ、まだあどけなさも残る。

 彼は典雅な礼と共に、緊張しながらご挨拶。


「神様、天使様。何か御用がありましたら、何なりとおいらに申し付けてください。精一杯おつとめします」


 黒髪の短髪と黒い瞳の彼、グランダでは珍しく日本人顔してる。

 白いシャツに白いチョッキのような侍従服を着て下は黒い短パン、額に白いハチマキしてる。

 目がくりくりで、眉毛シャキーン。

 雰囲気が丁稚でっちっぽくて可愛い。


『こちらこそよろしく、フリーさん。お世話になりますね』

「えへへ、おいら、頑張ります!」


 完璧に丁稚キャラだった。

 キララが部屋を出て行った後もフリーくんが戸口近くで張り切って御用待ちしてるから、部屋に戻って休んでていいですよ。

 と言うと「御用のときは呼んで下さい」と言い残し、しょげて出て行った。

 まさか給料は歩合とかチップ制だったりして。


『待って、お願いがあります!』


 慌てて呼び止め、筆記用具を貸してくださいというと「へいっっ!!」と猛ダッシュで筆記用具を取りに行った。

 グランダのメモ用紙は羊皮紙っぽい皮の紙。

 獣皮紙っていうんだっけこれ。

 ホルスタイン的なブチのある動物の皮だったのかな、薄いオレンジの水玉模様なのはご愛嬌。

 筆記具は棒状の黒鉛グラファイトと粘土を練り合わせ焼成した塊を布で巻き、それを金属の筒の中に入れてさらにリボン状の布で包んだもの。

 芯の部分がちびたら、布を解いて芯を出してまた布で固定して使えばいいわけだ。


 つかこれ、シャーペンの原型じゃね? 

 文明進めすぎですよ先輩。


『何言ってるんだ赤井君、構築士が百二十年も入っている区画でこのくらい進んでなくてどうする』


 なるほど。

 こうやって先輩たちが区画ごとに文明を進めてくれてるから、文明進めたりする場面で私の出番はあまりないのかな。

 それより民とのふれあいとか、この区画のカラーづくりを大事にした方がいいのかも。

 被災区画の状況と、グランダの地図、被災者の様子、民からの要望などを忘れないよう簡単にメモした。


 隣の部屋から食べ物のいい匂いが漂ってきた。

 他の部屋では晩御飯のようです。

 突撃! 隣の晩御飯したいけど、指くわえてみてるのもメグたち気を遣うし。

 私ら、食事しないから風呂入って寝るだけだ。

 久しぶりに仮眠でもとることにする。

 ベッドは各部屋に一つずつしかない。

 私も先輩と一緒のベッドで寝るのか……まあいいよ。

 先輩の大きな翼がふわふわで温かそうだから敷き羽毛布団がわりに使わせてもらうよ。

 そんな妄想に浸っていると。


『おい赤井君』

『すみませんすみません何ですか?』


 先輩に凄まれるととりあえず謝る癖がついてしまった。


『今、妙なことを考えてなかったか?』

『すみませんすみません考えてないです!』


 私たちは一つのベッドで布団を分け合い背中合わせで横になり、ベッドの広さの問題で、先輩は結局私に翼を敷かれる羽目になった。

 先輩はむすっとしたけど、話題は自然と伊藤プロマネの件に。

 あの人、構築士でもないのに半透明状態でアガルタに入れるのな。

 アトモスフィア尋常でなく持ってたけど、あの人がアガルタ入って構築進めた方がはかどるんじゃ? 

 とか何とか軽口叩いて話してたら、エトワール先輩の相槌がぷっつり止まった。

 寝たんですか先輩?


『……先輩、聞いてます?』


 不審に思った私が振り向くと……伊藤プロマネが椅子に座って腕組みをして私たちの話を聞いてました。

 ぎゃーいつの間にいたんすかプロマネ! 

 ドアをノックぐらいしてくださいよ、悪口言ってないです、別に悪口とか言ってないですって! 

 褒めてたよね? 言ってなかったよね? とおどおどする。 


『エトワール、あなたは現実世界に出て今日中に始末書を提出しなさい』


 と言われたので、先輩はそそくさと出窓をまたぐ。

 サムズアップして爽やかな表情で退出していった。

 ひー! エトワール先輩も一緒にいてプロマネの話を聞いてくださいよー! 


 跳び起きた私は伊藤さんと密室に二人きり。

 伊藤さんがふいっと扉の方を見遣れば、パチンと金属の閂が下る。

 やべー監禁された―!

 ご、ご、ご用件は何でしょうか。

 伊藤さんに着席を促されたのでガチガチに緊張したまま、ちょこんと椅子の端に座る私。


 伊藤さんは鍵をかけてリラックスモードなのか、何故か背広の前ボタンをあけ、ネクタイを取り、サングラスと帽子も取った伊藤さん、もっと歳いってるかと思いきや、見た目三十代前半ぐらいの人でした。

 黒澤さんの上司なのに、断然若いのか。


 目は一重で切れ長だけど大きく、彫が深くて口や鼻も全部のパーツがデカい感じで顔にパンチがある。髪型はホスト崩れのような肩ぐらいの茶髪のロン毛が帽子の中からさらりと出てきた。

 毛先を遊ばせてちょいカールさせた髪型、セットに時間かけてそう。


 落ち着かない雰囲気だなー、公務員として身だしなみどうなんだこれ。

 グラフィックではなく多分現実世界そのままの姿だ、私やエトワール先輩ほど整った顔じゃないので分かる。って言ったら失礼か。要約すると人間味のあるご尊顔で。


 私と伊藤プロマネのルックス、どことなく似てる。

 まさか私のグラフィック、伊藤プロマネの趣味だったの? やめて下さいよ自己投影とか! 


『はじめまして赤井さん。私は伊藤いとう 嘉秋よしあき。二十七管区プロジェクトマネージャーです』


 恰好はラフながら、口調は温和で丁寧だ。

 プロマネはカードサイズのデジタル名刺を私に手渡す。

 私が手を伸ばすまでもなく、私のインフォメーションボードが勝手に立ち上がり、名刺入れというフォルダにぺろりと格納された。

 私は名刺持ってないけど名刺交換しなくて大丈夫ですかね。


『わ、わ、私は赤井と申します』

『あなたの自己紹介は結構ですよ。あまり時間もありませんので、単刀直入にお尋ねしたいことがあります。あなたが食事をしたいと言っていると西園に聞きましたが、本当でしょうか。もう一点、エトワールから素民に関する噂を耳にしましたか?』

『……!!』


 これはかなーり分が悪い。

 よくてけん責、ほぼ間違いなく減給かもしんない。

 先輩が口を滑らせた程度で五パーセントも減給されてるわけだし……。

 何て言い訳しよう。


『……あはい。えーと……その件については何と申しますか』

『ということは、構築マニュアルへは完全にアクセスできなかったわけですね?』


 構築マニュアルって何ぞ? 私の目が真ん丸になった。

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