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第2章 第11話 赤井さんと天空神ギメノなんちゃら◆

「黙れ……黙れ黙れ邪神が! 心を見透かし、余をたぶらかす気か!」


 若き巫女王スオウ、本名キララの胸中を斟酌すれば、精一杯強がって敵意を剥き出しにしにしているが、それは邪神への恐怖心の裏返しだ。


『キララさん。この国の民は病苦に喘いでいます、あなたは彼らを救いたいと願っている』


 読心術による看破で、彼女は本当は誰も憎まない心優しい少女だと知った。

 となるともう、彼女が何を言おうが、敵に怯えて尻尾まいてキャンキャン吠えている仔犬にしか見えなくなり……赤井は彼女が愛おしくてたまらなくなる。

 彼女を縛りつける苦しみから解放し、笑顔を取り戻したいと願う。

 神としてアガルタ世界に入った時から、赤井は大抵のことは耐え忍んで赦し、水に流せるようになった。

 彼女に共感し、救いたいと思うのは赤井の本心からだ。


「そ……それは汝が起こしているのであろう。汝を滅ぼしさえすれば……!」


 彼女は両手で炎の剣を構えた。

 彼女の巫力によって燃される炎は紅い。

 概算して千度未満。火影に浮かび上がる彼女の上気した頬。緊張が高まる。


『無駄だと言っておきますよ。何故なら、私は邪神ではありませんし不死身なんです』


 火で炙ろうが窒息させようが首を刎ねようが、絶対に死なないらしい。

 八つ裂きでも問題なし、ほっとけば最も大きな肉片から身体が再生してくるようだ。

 プラナリアかよ、と赤井は呆れたものである。


『それはこの一年で、よく分かったでしょう』


 彼の白衣は神血で朱に染まり赤い衣となり、腹の傷からも流れ続ける。

 まさに伝説の邪神そのままの姿だ。

 そして全身に残る、貫通した杭の痕……、聖痕とでもいうのか。

 文字通りの意味で、彼は不死身なのだ。


「忌まわしき邪神め! 滅ぼしてくれる!」


 キララは手持ちの剣に更に炎を絡ませ、やがて刃は真っ赤に焼成される。

 赤井は神杖の電流を遮断。

 自身が帯びている電荷も杖を通じアースとして地に還す。

 彼女の思いを受け止める準備はできた。


「ゆくぞ!」


 黒いコートを脱ぎ捨て、編み上げの皮のサンダルで強く地を蹴り、彼女が飛びかかってくると同時に赤井は杖を構えたままステップバック、彼女が目算していた踏み込みの歩数を狂わせ、下段から振り上げられた炎剣を頑強な金属の杖の腹で受け止め、するりと力学ベクトルを変え受け流す。

 炎の刃が火の粉を散らしながら神杖の上を滑ってゆく。

 キララは赤井の膝を踏み跳び上がって、宙返りをうち空に舞う。


”高い!”


 彼女の跳躍力は巫力によって、常人より数段強化されているようだ。

 彼女が何か呪文を唱え空中で剣を大きく振り抜けば、きらきらと無数の火の粉が幻想的に舞い散り、それらは数十もの拳大の凝集塊を成し、赤井を追尾するように上空から猛スピードで降り掛かる。

 夜空を貫く流星群。

 彼女の巫力によって炎の挙動の全てが制御されている。


 赤井は大きく息を吸い、ふうっと流星群目がけて息吹を吹きかける。

 神の息吹は、加減次第でそよ風にも暴風となる。

 炎の塊は神風によって鎮火され、彼の周囲に降り注いできた。

 炎の守りを失った彼女は剣を逆手に構え、赤井を垂直に断とうと真上から急降下する。

 逆さまの姿勢から、優位なポジションで掌底を繰り出し、限りなく呪力に近い衝撃波を赤井に浴びせかけた。

 脳天から叩きつけるように放たれた、ありったけの呪力。

 細く華奢な少女の体のどこに蓄えられていたのだろう、これほどの力が。

 衝撃に圧され腰がしなり、憎しみによって赤井の神通力が相殺される。

 彼女の巫力、もはや呪力に近いその歪な信仰の力は、

 ――邪神を滅ぼさんとする決意と覚悟は、かくも強靭だった。


 赤井のすぐ目の前に迫っていた、彼女の剣先。

 剣筋を見切り、咄嗟に杖に電流を通じ彼女の手に触れる。

 瞬間的に流れた電流によって彼女の全身は痙攣し、受け身の態勢をとれぬまま地に落ちた。


「ぐ……うっ」


 彼女は地に平たく這いつくばるが、震える身体をもたげて剣を持ち、抵抗の意思を明らかにしている。

 手首を挫いたようだ――。


「す、スオウ様」

「スオウ様あ……!」


 口々に彼女の名を呼ぶ兵士たちの声。

 その声にこたえるかのように、彼女は気力を振り絞り、剣を地に突き立て、よろめき立ち上がる。


 赤井は彼女の全身に目を凝らす。

 神通力を備えた状態で、体内の透視が可能なのだ。

 骨折はしていないが、大腿骨に罅が入った様子だ。

 女王でありながら、彼女の栄養状態は悪い。

 激しい戦闘が継続すると確実に疲労骨折を起こしてしまうだろう、と赤井は心配する。

 兵士たちの期待を背負いたった一人で邪神に挑むその孤高なる姿は、けなげで美しく、そして哀れだ。


 天空神の加護を受けたグランダの女王と、災厄をもたらす赤き邪神の戦いの行方。

 兵士らも手だしせず固唾を呑んで見守っている。

 赤井は彼女が立ち上がるのを無言で見守りながら、左手でインフォメーションボードを呼ぶ。

 そして先ほど、十人の素民のうち数人をターゲットにしてアナライズをかけていた生データを収集し、ざっと目を通す。


「スオウ様! もうおやめ下さい!」


 掠れた声で彼女の名を呼んだのは、神炎の障壁内にいる薬師だ。


「その方は、本当に邪神ではないんです!」


 たまりかねて叫ぶ彼が守ろうとしているのは、赤井ではなく彼女の方なのかもしれない。

 彼らの女王が神に挑み、傷つき、無残に敗れる姿を彼らも見たくないのだ。

 少女が一人で戦う、それを大人たちはただ見守るだけ。


「控えろっ! 惑わされるな、この邪神は絶対に滅ぼさねばならんのだ。こやつを滅ぼさぬ限り、グランダの復興はない!」


 彼女は薬師を怒鳴りつけ、気迫で黙らせた。


”そうか。キララ、君はどうしても私を滅ぼしたいのか。君の思いはよくわかった”


 赤井は杖を捨てた。

 そして後ろに手を組む。

 心置きなく斬りかかってこれるように。


”さあ、君の憎しみの全てを私にぶつけてこい”

「うわあああ!」


 彼女は燃える剣を両手で握りしめ突進し、赤井の胸に深々と突き立てる。

 肉が焦げ、奥の奥にまで穿たれる熱い衝撃、赤井は無言で彼女の思いを受け止める。

 狙いが的確だ、心臓を一突きだった。

 彼女は眼を見開くと、剣を抜き、もう一度今度は喉のあたりに突き刺す。

 さらにもう一度。


「死ね! 死ねえっ! 滅びよ!」


 剣を握る彼女の手は震え、一突き一突きに迷いがみられる。

 頬に返り血を浴びながら、彼女は邪神を滅ぼそうと何度も貫いた、肉を裂く手ごたえは彼女の手に伝わっていた。

 彼女は覚悟を決めてこの場に臨んでいた。

 刺し違えて死ぬ覚悟を。


 だから赤井は彼女の全てを受け止める。

 一年前には分からなかった彼女の心のうちを見据えながら。


 ”怖い、怖い、怖い、どうしようまだ死なない”

 ”嫌だ、死にたくない、でも……皆の為にやるんだ”


 それは悲痛な思いだった。

 ――今となってはもう遅いが、グランダに来る前に、色々と考えて計画を練って、キララを怯えさせずに話を聞いてもらう方法を考えればよかった、と赤井は悔悟する。

 彼女の城に突然乗り込んで彼女の目の前に現れた伝説の赤い邪神。

 幼い頃から何度も何度も聞かされていた極悪凶猛な邪神伝説……彼女の反応は当然だ。


 民を救うため、彼女はこの一年間、毎日のように邪神を呪い天空神への祈祷を繰り返した。

 そのたびに心と体を傷つけ、気力を振り絞り、呪いの力を赤井に送っていた。

 そしてキララが守ろうとしていた民の裏切りによって、破られた邪神の封印。


 刺し貫かれたまま、赤井は彼女に手を回し、きつく抱きしめる。

 抱擁すると彼女との体の間に隙間がなくなり炎が酸素を消費して消火できて一石二鳥だ。

 話を聞いてもらうには、動きを封じるしかない。


『捕まえましたよ。どのみち動けないでしょうからそのまま、私の話を聞いてください』


 赤井が彼女に流し込む癒しの力を彼女は感じているのだろうが、強い拒絶を示した。

 赤井の腕の中から彼女の声が漏れる。


「……ううっ……やめろっ! 穢らわしいっ!」

「すっ! スオウ様―――!」


 周囲の兵士たちがうろたえて赤井に槍を突き付けようとするも、彼女が人質に取られている状態なので迂闊に手を出せない。


『あなたが気づいたように、私はあなたの心が読める。そして今確かめたように、私は死なない。少しはこちらの話を聞いてもらいますよ』

「してくれ……」


 彼女はもがきながら何か言いかけた。


「貴様あ! スオウ様に何をする!」

『……どうしましたか』


 抱擁を少し緩め、彼女の話を聞くために彼女に穏やかに問いかける。

 すると彼女は切々と、涙ながらに赤井に訴えかけた。


「赤の邪神よ、もう……やめてくれ。どうしてこの国をばかり祟るんだ! 民に死を齎し、疫病を流行らせ恐怖に陥れ、散々われらを苦しめ続けただろう、これ以上まだ何を望むんだ、もう祟らないでくれ……頼む、民を苦しめないでくれ」


 急にしおらしくなった。至近距離で捕まり、少し力を入れるだけで赤井は彼女をくびり殺せる。

 もはやこれまでと観念したようだ。


”別に酷いことするつもりないし、優しくするつもりなんだけど。どうしたもんかな”


 赤井も困り果てる。


『この国の災いを、私が齎していると思っているようですが、それは違います』

「何が違うものか。生贄が必要だというのならくれてやる、この身を喰らえ、喰い殺せ! だからもう、祟るのだけはやめてくれ」


 握りしめていた剣を手放し、赤井に抱かれたまま服を脱ぐために片手で帯を解く。

 装身具も引きちぎるように全部外しはじめた。


”てかそもそも食えって私へのあてつけ? 食べられるなら食人するよりまずもんじゃ食べたいんだってば”


 色白肌をピンク色にほてらせ、乱れた金髪が艶っぽい。

 泣きながら片手で帯を解く彼女の手首を、赤井は優しく取り押さえた。


『やめなさい、自分を粗末にすることは』

「余では不満なのか。卑しい邪神めっ! こっ、この身は穢れてはおらんぞ」


 目じりに涙をぶらさげたまま、青く透き通った瞳で赤井を見つめる。


『私に身を捧げてまで民を守りたいと、あなたが民を思う優しい心はよく伝わりました』

「何が望みだ……なんでもするからっ! 食われてもいいから、もう祟らないでくれえっ……」


 彼女は赤井が祟りを起こしていると信じて疑わない。

 血を吸った白衣をぎゅっと握りしめ、プライドも捨て懇願している。


”私ってグランダでは人を貪り喰らう邪神って設定なんだっけ。なにそれこわい、自分でも怖いよ”

『キララさん』

「余はスオウだ!」

『私はスオウなる者にではなく、真実のあなたに話しかけています。もう一度呼びます、キララさん』


 本名で返事するまで呼び続ける。


「……あ、ああっ! 何だっ!」


 彼女は耳まで赤くなり顔を赤井の胸元に埋めながら、遂に返事をした。

 強がって女王様口調でも、声は年頃の少女だ。


『これは私の祟りではありません。邪神でないと証明するためには、この国の災いを取り除くのが最善の方法です。グランダの民の間に死の病が流行し人々が死んでゆく、その原因を突き止めました』


 彼はインフォメーションボードを見ながら断定する。

 目の前に表示されているのは八人分のステータスデータ。

 物体だけでなく生きた人間にもアナライズをかけると、ステータスデータというものが表示されるらしい。

 先ほど西園から仕入れたての情報で、複数人を解析していたので時間が必要だった。

 それが積層状に八人分、赤い枠のついたポップアップ画面で表示され、スタンバイ状態で赤井の前に漂っている。

 それに加え、三か所ほどグランダの土壌へのアナライズもかけておいた。

 そのデータも出来あがってきて表示されている。

 先ほどから赤井は彼女を抱擁し彼女に語りかけながらも、その裏では解析データを読んで疫病の原因の目星をつけていた。


『この災いは、人間の手によって齎されたものです』

「な、何だと!」

『これは鉱毒ですよ』


 鉱物資源が豊富で、金属精錬技術に長けた国、グランダ――。

 グランダの民を苦しめていたのは感染症ではなく、金属精錬の過程で生じた有害元素、化合物による土壌、水質の大規模汚染、中毒症状。

 人々が日に日に衰弱し、足腰が立たず、骨折を繰り返し苦痛に苛まれ抵抗力、免疫力を失い様々な感染症を患い……やがて腎機能障害を起こし死に至る病。彼はようやく突き止めた。

 この国の文明が発展していたがゆえに、自らの手で自らを苦しめた。

 邪神を滅ぼすために鍛え上げてきた金属、それを造る過程で生じたもの――。


 何たる因果か。

 いもしない邪神に怯え、備えたが為にこの国はまさに滅びようとしていた。


「こうどく、だと――?」


 赤井は彼女の右手を取り、その細い手首をそっと撫でた。

 毎日の呪術儀式のために傷つけられた幾重もの生傷を癒す。


『この傷跡には、あなたの民を思う心が込められています。鉱毒とは、金属精錬を行う際に土壌、水源に流出した毒物のことです。ただちに、金属精錬をやめてください。それによって全てを取り戻せます。民の尊い命も、そして……あなたの笑顔も』

「……!」


 キララは唖然として、口をぱくぱくとしていた。

 一刻も早く汚染の拡大を止めなければいけない。

 土壌、水源の浄化を始めなければならないのだ、今すぐに!

 

 ―――カドミウム汚染を。


『赤い邪神に惑わされおったか、蘇芳!』


 ふと、正面から男の声がした。

 声のする方を見ると、高い城壁の上から何者かが見下ろしている。

 全身黒い装束を着た男、黒い一枚布を何重にも身体に巻いて、顔も覆われている。

 キララの着ていたコスチュームと同じ、銀の鎖のような装飾具を付けている。

 黒い布に覆われ、表情すら見えない。

 一見して人間ではないと分かったのは、男の纏う後光だ。

 暗闇でもはっきり見える。


「て……天空神さまっ!」


 キララは謎の人物を見るなり、急に全身が震えだした。

 正体暴くべしと赤井が読心術をかけるも、読心術がキャンセルされる。

 硬い壁に遮られ心が読めない。インフォメーションボードを繰り、手早く情報収集。

 アナライズをかけようかと思いきや、彼はぎょっとした。


”画面真っ赤っ赤だ。久しぶりすぎるよ真っ赤とか、非常事態だよ!”


 謎人物にアナライズかける前に勝手に情報が呼び出されてきた。


”うわなんか出た”


【constructor status】(構築士情報)

 stage-name(役名) : Brilliant(Canada/ID:CAN203)

 class/occupation(クラス/職種) : rank 3 / villan

 mind gap(心理層) : 8

 physical gap(物理層) : 3

 abs.power(絶対力量) : 121245 pts.

 LOS(滞在日数) : 43821 days

 active believer(有効信徒数) : 1251

 total believer(全信徒数) : 1440


 天空神ギメノグレアヌス・ハリエルマ・ガルカトス・イルベラ・ラクエマンティス役の構築士のお出ましだ。

 ランク3は日本では乙種一級構築士にあたる。villanビランは悪役のことだ。


”ブリリアントって、色関係ない名前だけどそんな芸名ありなの? まさか甲種が色関係で乙種以下はほかの名前の付け方があるのかな”


 悪役といえば普通は派手にやられて、主役をカッコよく引き立ててくれるものと相場が決まっている。だが、海外の構築士というと日本人とは違って主役のことなど気にせずデキる悪役として容赦なく仕事するタイプかもしれない。


”次の移籍やボーナスのことも考えて、派手に悪役として活躍して評価員にアピールとか考えてる? 主役を瀕死のところまで追いつめて手ごわい憎まれ役を演出……なんて考えてたらやべーな”


 何なら心を掴むキメ台詞の一つ、辞世の句の一つでも考えていそうだ。

 百二十年間も悪役の役作りをしてきた構築士のメンタルは得体が知れない。


”西園さん、悪役の構築士は表舞台に出てきませんって言ってたのに。そして何でこのタイミングで出てくるの?”


 まさか戦う気満々だったりはしないだろうな、と赤井は青ざめていた。

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