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ルカ・サロネン・エスコラの活動報告 前編

ミルポロンとルカの出会いやあれこれなお話。

ルカについては五十話「ミルポロンの活動報告」を参照。

前篇・中編・後編になります。


 一年目

 今日も親父に命令されて森に木の枝を集めに行く。

 森の中は深い部分に入らなければ危険な生き物と出会うこともない。

 念のために犬は必ず連れて行くようにしている。


 銃器の使い方はまだ教えて貰っていない。

 兎を一日に一羽、三日続けて獲ったら教えてくれると親父が言っていた。

 実を言えば、まだ一羽も狩ったことがない。近所の奴もまだだと言っていたので、そこまで焦っていない。親父も初めて獲物を仕留めたのは十三歳だと言っていた。それまでにまだ二年もある。

 そんな事情もあって、装備は弓矢とナイフだけだ。

 今の時期は暗くなるのも早いので、手短に作業を終わらせる。


 十分に木の枝も集まったので、帰ろうとすれば、犬が遠くを見つめている。たまにこういう意味のない行動をする時があるので、放っておいた。

 周囲は少しだけ薄暗くなりつつある。

 これだから、冬は嫌なんだと考えていれば、犬が俺の後ろに回って盾代わりにしていた。

 熊も恐れない犬なのに、一体どうしたのかと目を凝らせば、遠くに人の影のようなものが見えた。

 数は二つ。

 もしかして、『村一番の猟師』と言われているベルグホルムのじーさんだろうか。確かに、泣く子も恐怖で黙るような怖い顔をしていた。


 近づいて来る者達の姿形が、だんだんと浮き彫りになる。

 前方からやって来たのは、大きな男だった。

 褐色の肌を持ち、なぜか上半身は裸。しかも、薄そうなズボンに裸足で雪の上を歩いている。耳には派手な色をした鳥の羽を挿していた。顔は彫りが深くて厳つい顔をしている。村人の風貌と全く違った。

 以前、親父が言っていたのを思い出す。何年か前から異国人が領主の家に滞在していると。今まで姿を見かけることはなかったのだ。

 初めて見るその姿に、圧倒される。

 姿だけでもすごいのに、肩に大きな鹿を担いでいた。

 あの大きさの鹿は大人が時間を掛けてソリに乗せて、大変な思いをしながら引き摺って来るデカさだろう。それを軽々と持ち上げて歩くあの大男は一体何者なのか。

 完全に威圧されていて、その場から動けなくなってしまった。

 異国の大男はすれ違っても俺を一瞥すらしない。

 そのままぼけっとしていたら、後から来ていたもう一つの人物と見つめ合う形になってしまった。

 大男の後に続いていたのは女の子だった。

 背は俺よりも高い。大男の娘だろう。目付きがそっくりだ。手には体に不釣り合いの長い槍を持っていた。多分、父親の得物だろう。

 褐色の肌に黒い髪、というのは初めて見る。目の色も黒くて不思議だ。

 女は、なぜかこちらをじっと見て来る。

 思わず見るなと言えば、相手は首を傾げていた。

 ふと、相手の手元を見れば、仕留めた兎を持っていた。

 背中には弓矢を背負っている。もしかして、自分で仕留めたのだろうか?

 気になったので質問をする。

 だが、何度聞いても女は首を傾げるばかりで、なにも言おうとしない。

 俺が何度も兎を指さしているのを見て、欲しがっていると勘違いをしたからか、獲物を差し出して来た。

 女が狩った獲物を受け取れと言うのか!? 馬鹿にしている!!

 俺は兎を差し出す女を無視して村まで駆けて行った。

 その日から、猛烈なまでに弓矢の訓練をすることになる。

 結果、一年後には兎を連続で三羽、獲れるようになった。

 久々に村の中ですれ違った女に兎を見せたが、やっぱり首を傾げるだけであった。


 やっぱり、馬鹿にされている気がしてムカついた。 


 二年目

 親父にやっとのことで銃の使い方を教えて貰う。

 最初に覚えるのは一番威力の弱い空気銃だ。

 空気銃というのは火薬を使わないで空気で弾丸を飛ばすものらしい。仕組みについてはまだよく分かっていない。威力が弱いと言われているが、肉を貫通する力はあるので取り扱いにも注意が必要だと親父はしつこく何度も言っている。

 空気銃で仕留められるのは小型の獣だけ。中型の猪などは火薬を使ってある散弾銃でないと致命傷を与えることが出来ないらしい。


 最後に、銃の扱いに慣れたらライフル銃の使い方を教えて貰える。

 ライフルは一番殺傷能力のある銃で、熊などの大型獣を仕留めることが可能だ。

 村で熊狩りは危険だから推奨はされていないが、男たちは皆、撃てるように訓練をしているという。

 はやくデカい獲物を仕留めて、あの女をあっと言わせてやる。


 相変わらず、異国の女は無愛想で、俺が話し掛けてやっても無反応か首を傾げるだけだった。

 この村に住むのなら言語位覚えればいいものの。

 話しかけるたびに、なんだか負けている気がしてムカついていた。


 三年目

 空気銃の使い方を覚えた翌年、親父から散弾銃を使うことを許された。

 これで猪とかも狩れる!

 例の女の態度は変わることはない。

 俺が獲物を見せに行っても、黙ったままじっと見下ろすばかりだ。

 見下ろすと言えば、あいつの目線も気に入らない! 自分だけぐんぐんデカくなって、俺を偉そうに上から見るのだ。

 きっと、親父並のデカ女になるに違いない。化け物か!!

 もしかしたら、伝説の巨人族の末裔なのかもしれない。


 俺は母親の背はとうに超している。あいつが異常なんだ。


 背なんか、いつか追い越して見せる!!


 そう思ってトナカイの乳ばかり飲んでいたら、親父に貴重な乳製品を消費するなと叩かれてしまった。


 四年目

 ライフル銃の扱いにも慣れた頃、森の中でデカ女と偶然会ったことがあった。

 奴の装備は未だに弓矢である。

 貧乏領主から銃を使わないように言われているのだろうか? よく分からない。

 直接聞いても、首を傾げるだけだろうと思って聞かなかった。

 今日、奴はまだなにも狩っていない。だが、俺のソリには猪が乗っかっている。

 今までで一番デカい獲物だった。指をさして、どうだと自慢する。

 女はじっと獲物を見下ろすばかりであった。

 なんか、もっとニコっと笑うとか、手を叩いて賞賛するとか出来ないのかと、だんだんイライラして来る。

 無駄な時間を過ごしているうちに雪が降ってきた。

 先ほどから風が強くなっていたので、そのうち吹雪になりそうだった。

 家に帰るぞと声を掛けても、デカ女はきょとんとしている。それどころか、背負っていた弓を手に取って先に進もうとしていた。

 馬鹿なのだろうか!? こんな風の強い日に、矢なんか当たる訳がない。

 狩猟というものは森の姿を探るところから教えて貰う。

 要するに、自然との付き合い方も大切なのだ。

 森が荒ぶっている時に無理して狩猟をしたら、命を落としかねない。

 こいつは親父になにを習っていたのか。それとも、教わらなかったのか。

 仕方がないので、革袋の中の雷鳥と兎をくれてやる。

 今日はこれを持ち帰って、大人しく例の馬鹿デカい親父と一緒に捌けと言った。

 女は何度も俺と獲物の入った袋を見る。

 いいから受け取れと、無理矢理手渡した。


 すると、女は謎の行動に出る。

 突然拳を振り上げたかと思えば、胸の前でトントンと叩いてきた。


 一体、どういう意味なのか、全く分からない。

 それよりも、雪の勢いが強くなってきたので、女の手を掴んで村まで歩いて行った。


 村の出入口まで来たら女の親父が迎えに来ているところであった。すぐ後ろには領主も居た。

 デカい親父は厳つい顔でこちらまで近付いて来た。まさか、頰を打つのではと思ったが、相手は予想外の行動に出る。

娘を見るなりすぐさま抱き上げたのだ。

 あんなに大きな娘を大切そうに抱き上げるなんて、過保護ではないのかと思ってしまう。

 女は俺を指さして話をしていた。

 すると、親父は娘を下ろしてから、俺の目の前に立った。

 もしかして、悪口を言っていたとか?

 今まで散々「巨人女!」とか、「言葉も知らないのか!?」などと言っていたことが屈強な親父にバレたのだろうか?


 女の親父は勢い良く拳を振り上げた。

 情けないことに、迫力に負けて目をぎゅっと閉じてしまう。


 ところが、想定していた衝撃は襲って来ない。

 うっすらと目を開ければ、親父は拳で胸を打っているだけであった。


 だから、その動作の意味はなんだんだよ!!


 じろりと親父を睨めば、一度だけ頭を下げる。

 そして、再び娘を抱き上げてから、村の中へと帰って行った。


 訳が分からなくて、悪態を吐きながら地団太を踏む。

 すると、すっかり存在感が薄くなっていた領主が声を掛けて来た。


 まずは巨人女を連れて帰って来たことにお礼を言われた。

 なんでも、あいつは責任感が強くて、猟に出かけても獲物を仕留めるまで絶対に帰って来ないらしい。何度か無理はしないようにと言っていたらしいが、あの通り言葉が通じないので今日のようなこともしばし起こるのだと言う。


 それから、胸を拳で打つ動作の意味を教えてくれた。


 あれは「ありがとう」という意味らしい。

 勿論、それだけではなく、状況によっては「はい」という返事だったり、相手を称える時だったりと、使い方は多種多様らしい。


 謎の行動の意味が分かって、少しだけすっきりする。


 それから、領主は巨人女のことを頼むと言ってきた。

 不器用な娘だけど、俺みたいな友達が居て良かったとも。


 友達じゃねえ! と言ったが、領主はへらへらと笑いながら「またまた~、照れちゃって」と言うだけだった。


 クソッ! 誰が友達だ!


 俺は、いつかあいつをぎゃふん! と言わせてやるんだ。慣れ合いなんかしたい訳ではない!


 領主は「ミルポロン」をよろしくね、と言って去って行く。


 巨人女の名前が判明した日の話であった。

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