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薔薇のお酒と愉快な宴

 ある日、義父より大量の荷物が届く。なにかとジークと二人で開封してみれば、前に作っていた果実酒だった。


「すっかり忘れてた」

「私はずっと覚えていた」


 まあ、ジークのお酒だからね。


 作っていた果実酒は、杏の実、西洋李、柑橘系のものが数種類。義父や祖父にも渡したので、届いたのは全部で五つほど。中にあった手紙にはとても美味しかったという義父からの感想が入っていた。喜んでもらえたようでなにより。


「そういえば、薔薇のお酒ってどうしたんだっけ?」


 箱を覗いても入っていない。

 まさか義父がうっかり飲んでしまったのでは!? とちょっとだけ焦ってしまう。

 真っ赤な薔薇のお酒はジークに捧げたもの。彼女に言わせれば特別なお酒であった。


「いや、薔薇の酒は持って帰って来た。私の部屋にある」

「そうだっけ!?」


 ジークの部屋へは足繁く通っているのに、全く気がつかなかった。

 聞けば、陽の光が当たらない場所で保管をしているらしい。


「鮮やかな色に染まっている」

「そうなんだ~」


 ジークは一日一回、眺めていたらしい。


 綺麗な色に染まっていると言うけれど、見たいような、見たくないような。


 真っ赤な薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』。そんなことをジークの耳元で囁きながら贈ったような気がしなくもない。


 それを思い出せば、その酒を見るのがとても気恥ずかしい。


 そんな風に考えていたが、ジークリンデは思いがけないお誘いをしてくれる。


「今晩、一緒に味見をしてみるか?」

「!」


 え~、やだ~、恥ずかし~……、なんて言う訳がなく、目を輝かせて「喜んで!!」と答えた。


 ◇◇◇


 季節は夏。

 村の奥様方はベリー摘みで忙しい時期である。

 今年は母が張り切って、籠いっぱいに摘んで来てくれた。

 そして、大量のジャムやお酒、ソースにケーキなどを生産している。


 母と暮らすようになって随分と楽になった。体力的にも、精神的にも。

 ジークとも仲良しなので、良かったなあと思っている。

 だが、ちょっと働き過ぎなので、ほどほどでいいよと言っても、これが普通だと言って聞かない。

 更に、庭仕事をしつつアルノーを背負って子守までこなすので、超人主婦だと崇めることになる。


 幸いなことに森への採取も料理も子守も楽しそうにしているので、ありがたいなあと思いつつ、甘えている状態だ。


 改めて母にお礼を言えば、きょとんとしてくれた。


「ねえ、リっちゃん」

「なに?」

「リっちゃんは、今まで働き過ぎだったのよ」

「そ、そうかな?」

「そうだよ」


 村では十八歳になれば一人前ということになっている。

 その頃になれば伝統工芸も覚え、狩猟も一人でこなし、解体も出来る。

 家族を支える為に毎日働くのは当たり前。忙しいのが普通、という生活を十年間続けてきた。


 だが、母はそれは普通ではなかったという。


「リっちゃんは普通の仕事以外にも、領主様のお仕事があったでしょう?」

「まあ……、大したことはしていないけれど」

「そんなことないよ」

「ありがとう」


 それから、じっと息子の顔を見つめる母。少しだけ目が潤んでいるような気がしてぎょっとする。

 その理由は、すぐに明かされた。


「ごめんね」

「え!?」


 突然母に謝られて、抱き締められるという想定外の展開に硬直してしまう。

 もう、三十にもなるのに、どうして母親の抱擁を受けているのか。

 謎過ぎる。


 母は自分よりも父のことが心配だったらしい。

 確かに、それは分かる気がする。

 野放しにしていたら大変な人物なのだ。


「でも、寂しかったよね」

「……」


 寂しくなかったと言えば嘘になる。

 でも、家族の支えがあったら、今の自分とは違う自分になっていたのかもしれない。

 ジークとも結婚をしていなかっただろう。


 それを思ったら、良かったのかな、なんて考えたり。


「母さん、これからは、みんなで頑張ろう」

「そうだね。リンデちゃんと、アルノーちゃんと、みんなで頑張ろう!」

「……」


 遠い異国に居る父のこと除外していることについて、突っ込んでいいものか本気で悩んでしまった。


 ◇◇◇


 夜のジークとの楽しい酒盛りの為に、つまみを作ることにする。

 とはいっても、もうそろそろ日が暮れそうなので、簡単なものにする。

 野外料理は太陽の灯りがないと上手く作れないのだ。


 夏と言えばお魚!!

 近くの港からは毎日のように商人がやって来て、新鮮な魚を売ってくれる。


 まずは本日購入した鮭を捌く。自分達が食べるのは半身をさらに半分に分けたもの。

 残りは食卓に上がるようにルルポロンにお任せした。


 厚く切った鮭に塩コショウを振ってから、切れ目を入れて、間にチーズを挟む。それを薄切りベーコンでぐるぐると巻いて串で刺し、バターで炒めれば完成。温かいうちが美味しいけれど、冷めてもそれなりに美味しい。

 二品目は一口大に切った鮭に下味を付けて、砕いたパンを付けて揚げたもの。

 これも酒が進む一品だ。

 最後は鮭と乾燥キノコ、チーズにジャガイモの千切りを入れたかまど焼き。グラタンのような見た目だ。


 完成した料理はお盆に載せて二階の寝室に持ち込む。埃が入らないように布を被せておいた。


 夕食はルルポロンの素晴らしい料理が食卓に並ぶ。


 アルノーも薄味の半固形食が食べられるようになった。匙使いはまだまだなので、食べさせてあげたりしている。


 その間、家族は誰も食事に手をつけずに、アルノーをじっと観察してにっこりしているのだ。幸せな時間である。


「アルノーちゃんは、乳離れが早かったねえ~、偉いねえ~」

「……」

「……」


 まるで、誰かと比較しているような発言であったが、聞かなかった振りをした。ジークも咳払いをしてその場の微妙な空気を誤魔化してくれる。


 食後は本日の成果を報告しあったり、アルノーを寝かしつけたりとまったり過ごす。


「お母さん、もう寝るねえ」


 規則正しい生活をしている母は、早い時間に休んでしまう。


「アルノーちゃ~ん、おねんねしよう~」

「いや、母さん、大丈夫だから」

「ええ~、でも~」

「もう五日も一緒に寝ているでしょう?」

「いいのに~」


 たまには息子のお世話もしたい。

 だが、母は寂しいからアルノーと眠りたいと主張する。


 もしかしたら夜のお楽しみ(酒盛り)の為に気を遣ってくれたのかもしれない。アルノーは一回眠ったら滅多なことでは目を覚まさないので、部屋に居ても問題はなかったのだが。


 だが、折角なので母の好意を受け取ることにした。


 自分とジークは寝台に腰掛けてから、円卓の上に置いた酒を開封した。

 まずは干した西洋李プラウメを漬けたお酒から。

 ジークはそのままで、自分は炭酸で割ってレモンを絞ったものを飲む。

 色は紅茶みたいな薄い茶色。疲労回復や肩こりにも効くお酒だとか。暑い夏にはぴったりの一品かもしれない。


「あ、美味しい」

「甘いな」


 自分のは炭酸で割っていたからか、爽やかな甘味のあるお酒だった。薄めていないジークのを一口貰ったら、また違う味わいがある。濃い深みと甘さがあった。

 他の果実酒も飲んでみたけれど、あっさり風味の柑橘系のものはジークも気に入ってくれたようだ。渋みが強くなっていて失敗だと思ったけれど、ジーク的には問題ないらしい。

 おつまみも美味しいといいながら食べてくれた。ほっこり幸せな気分になる。この瞬間を見たいが為に頑張ったのだ。


 最後に出てきたのが、薔薇のお酒。


「綺麗に染まっているだろう」

「薔薇色だね」


 漬けた酒の量が少量だったからか、見事な赤に染まっている。

 蓋を開ければ、薔薇の花の濃厚な香りが漂ってきた。薔薇のお酒は飲む香水とも言われているという話を思い出してしまう。


 グラスに注いでレモンを絞れば、更に鮮やかな赤色に染まった。

 ジークは角灯の光に透かすように、グラスを掲げる。

 口に含めば、意外な味だったのか目をぱちぱちと瞬かせている。


「ど、どう?」


 ジークは何も言わずに、にっこりと微笑んでくれた。

 奥さんの滅多に見せない表情に、心臓を鷲掴みにされてしまう。


 なんだ、その意味ありげな色っぽい笑い方は!?


 布団に転がってじたばたしたくなる。


「リツもどうぞ」

「……わあ、ありがと~」


 なんとか荒ぶる気持ちを落ち着かせて、薔薇のお酒を一口。


 口に含んだ瞬間に、ふわりと濃い薔薇の香りを感じる。ちょっぴり甘くて、苦くて渋い、大人の味のお酒だった。


 ジークは花束を貰った時を思い出すと呟く。とても嬉しかったとも。


 一方で、どうして自分はあんなに気障ったらしく渡してしまったのだと、頭を抱えることになった。


「これは、私が貰っても?」

「どうぞどうぞ」


 出来れば一人でお楽しみ下さいと言って渡す。


 しかしながら、そのお願いが果たされることはなかった。

 その後、ジークは恥ずかしがる自分を見ながら、薔薇のお酒を楽しんでくれた。


 酒の肴にされるとは、無念。


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