<< 前へ次へ >>  更新
86/152

美味しいキノコと夏の風景

 辺境の雪国と呼ばれる村も、夏になれば燦々とした太陽が明るく光り輝いていた。

 森の緑は鮮やかな色に染まり、花は艶やかに咲き乱れる。


 今日はジークとキノコ狩りに行こうという話をしていた。

 朝から張りきって森の散策に持って行く昼食を作る。


 地下の保存庫の中から材料を持ち出して、屋敷の裏の台所で調理を始めた。


 本日のお料理は『鮭のクリームパイ』。


 まずはパイ生地を作る。

 ボウルの中に塩と小麦粉とバターの塊を入れて木のヘラでさっくりと刻むように混ぜる。バターには小マメに粉を振って常に表面に塗してある状態にしながら作業を続けた。


 今の時季は商店で乳製品が安価で入手出来るので、バターも惜しげなく使っている。


 バターが細かくなったら冷水を入れて、手先で解した。

 ボウルの中で生地が全体的にボソボソの塊になってきたら清潔な布の袋に入れて氷室で一時間ほど放置。


 生地を休ませている間に、中に入れる鮭のクリーム煮を作る。

 使うのは商人から買った輸入物の鮭。半身だけ使い、残りはランゴ家にお裾分けした。


 捌いて塩を振り、氷室で保存していた鮭は臭み取りをするために牛乳に浸しておく。

 次に、キノコとタマネギ、ニンジン、ジャガイモをしんなりするまで炒めた。

 もう一個鍋を出し、バターを入れて溶け始めたら小麦粉を加え、途中で牛乳を入れながらかき混ぜる。小麦粉のダマがなくなってなめらかになってきたら火から鍋を下ろす。

 先ほどの火が通った野菜にクリームソースを混ぜ、昨晩の残りの澄ましスープを入れ香辛料で味を調える。最後に鮭を投入してから水分がなくなるまで煮込めば中の具は完成となった。


 クリーム煮が完成をすれば、氷室で寝かせていた生地もいい頃合いになる。


 水分などが馴染んでしっとりとした生地を、打ち粉をした板の上で細長い木の棒を使って伸ばしては折り曲げ、という作業を繰り返した。



 完成したパイ生地を切り分ける。

 四角に切った生地の片側に具を乗せて三角の形になるように折り曲げる。端は開いてクリームなどがはみ出ないようにしっかりと止めた。溶き卵を表面に塗り、表面につやが出るようにする。


 鉄板に油を塗り、完成したパイを並べて焼くこと数分。鮭のクリームパイの出来上がりとなった。

 冬だったらあつあつサクサクのパイを戴くところだが、今は汗ばむ季節でもあるので、焼き立てに齧りつきたいという欲求は湧いて来ない。


 粗熱が取れたら籠の中に入れて、昼食の準備は終了となった。


 その後、朝食を食べてからジークと共に森の中へと入って行く。


「今日は珍しく早起きをしていたな」

「お弁当作ってて」

「そうだったのか」


 弁当は背負っている籠の中に入れている。

 ジークは喜んでくれるだろうか。そんなことを考えながら、道を進む。


「あ、あった!」


 本日の目的はカンタレッリという名前の黄色いキノコ。


「なんだか毒がありそうだな」

「あるよ」

「……」

「たくさん食べなければ平気」


 カンタレッリは栽培しているキノコを除けば世界で一番愛されているキノコでもある。


 毒性は、まあ、大丈夫。多分。


「怪しいものだな」

「平気平気! 父さんが言っていたから間違いないよ」


 カンタレッリは杏の実のような爽やかな香りがする。ジークに嗅いでみてとキノコを近付けた。


「確かに、そのような芳香が」

「でしょう? 美味しいんだよねえ、これ!」


 ジークも諦めがついたからか、一緒になってキノコを採ってくれた。


 一時間ほどでそこそこ採れたのでカンタレッリの採集は止める。

 近くにブルーベリーが生えていたので、ついでに摘むことにした。


「ジーク、そろそろ休もうか?」


 疲れたでしょう? と聞いても平然とした顔で大丈夫だと言うジークリンデ。

 髪の毛に葉っぱが付いていたので取ってあげる。


 近くに川があったので、そこで昼食を食べることにした。

 背負っていた籠に入れて持って来ていた手巾を川の水に浸して絞る。ジークにも手渡した。


 森の中に入ればひんやりと涼しかったが、一生懸命になってベリー摘みをしていれば汗も掻く。冷たい布で顔を拭けば気持ちが良い。


 ふと、ジークを見れば腰をおろして首の辺りを手巾で拭っていた。

 民族衣装が詰襟状なので、余計に汗を掻いてしまうのだろう。


 日に焼けていない白い首筋がちらりと見えて、なんだか汗を拭う仕草が色っぽかったので思わず「おお!」と声を上げそうになる。


 一緒に座り込んでいたら見ることの出来なかった光景だった。本当に運が良かったと神に感謝をする。


「リツ」

「は、はい!?」

「どうかしたのか?」

「いえ、なんでも」

「?」


 ジークが振り向かずに名前を呼んだのでびっくりしてしまった。

 用事はなんてことのない、「今日は暑いな」という一言だけだった。


 挙動不審な発言をしていたので、ジークは訝しげな視線を向けている。


「なにを、していた?」

「あ、その、いえ」


 結局、正直に告白をした。


「あの、ジークが首を拭いている姿を、斜め後ろから見ていました」

「そんなものを見て、何が面白いんだ」

「別に面白いわけではなく、堪らないな~と」

「……」


 責められるような厳しい視線を浴びてしまう。

 しかしながら、ジークのこういう眼付きも大好きなので、少しばかり興奮してしまう。


 でも、ジークを怒らせることはなるべくしたくない。


「す、すみませんでした、ジークリンデさん……」


 これから先、ジークのことを盗み見するのは止めようと心に誓った瞬間である。


 ◇◇◇


 昼食は朝作った鮭のクリームパイ!

 ジークに褒めて貰いたいので、早起きして頑張って作ったという主張をしてみる。


「ねえ、ジーク、見て! 朝から頑張ったんだ」

「これはすごいな」


 頭でも撫でてくれないかなと膝に手をついて姿勢を低くしてみたが、ジークは肩を叩いて労ってくれるばかりだった。無念。


 お腹も空いたので、早速いただくことにする。

 三角に作ったパイは手の平よりも大きい。両手で持って先端から齧りついた。


 パイ生地は、外の層はさっくり、中の層はクリームがしみ込んでしっとりとなっている。

 鮭はうっすらと塩味が効いていて美味しい。具にからんでいるクリームの味も濃厚で、ほくほくと柔らかになるまで煮込んだ根菜も舌の上を楽しませてくれる。

先日採ったキノコを噛めばじわりと旨みが溢れてきた。


 夏の恵みを使ったパイは大満足の一品だと言えよう。


「リツ、美味しかった。ありがとう」

「どういたしまして~」


 ジークも喜んでくれたし、良かった。早起きした甲斐があったというものだ。


「そう言えば、毒キノコはどう調理するんだ?」

「カンタレッリね」


 毒キノコ、じゃなくて、カンタレッリはコリコリとした食感でコショウのような風味があり、香りは豊か。


 バターで炒めてパンの上に載せても美味しいし、ミルク風味のスープに入れてもいい出汁が出る。キッシュの材料にしたり、肉団子と一緒に煮込んだり、焼き魚のソースに絡めるのもいい。


「まあ、普通のキノコと調理方法は同じだね」

「なるほどな」

「お酒にも合うから」

「楽しみにしている」


 今日の盗み見を反省して、夜はお酌を頑張ろうと決意する。


 ……いや、頑張るまでもなく、普段から好きでジークにお酒注いだりしているんだけどね。


 帰宅後、採って来たカンタレッリの半分をルルポロンに渡して調理を頼み、残りは軽く土などを払ってから籠に入れて干した。乾燥キノコは冬の大切な食材となる。


「ジーク、ブルーベリーはどうしようか?」


 ジャムやソース、ジュースなどは瓶二十本分位作ったので十分と言える。タルトはつい一昨日に作って貰ったばかり。


 なんとなく熟れているものがたくさん生っていたから摘んできたけれど、なにを作っていいものかと悩んでしまった。


「ラッシーとかどうだろうか?」

「なにそれ!?」

「ヨーグルト飲料だ」

「へえ、なんか美味しそう!」


 ジークが軍人時代に食欲が湧かない時に飲んでいたものらしい。

 話を聞けば、異国から伝わった健康飲料だとか。


 家に材料があったので、ジークは作ってくれると言った。

 自分は手伝いを名乗り出る。


 ルルポロンの夕食の準備の邪魔にならないように、食卓の上で作ることになった。


「リツはブルーベリーを潰してくれるか」

「了解」


 自分がブルーベリーを潰している間に、ジークは他の作業に移る。

 ボウルの中にヨーグルトとレモンを漬けていたシロップ、牛乳を入れて混ぜた。

 潰したブルーベリーは布で絞って果汁だけを使う。


「それで、ブルーベリー汁を入れたら完成」

「へえ~」


 出来たてを戴く。


「あ、あっさりしていて美味しい」


 ブルーベリーの甘みと酸味のあるヨーグルトがよく合う。さっぱりしているので、ジークが言う通り食欲がない日でも飲めそうだ。


 そうこうしているうちに夕食が運ばれてきた。

 夜になって肌寒くなってきたので、窓を閉める。


 季節は夏から秋に移ろう兆しを見せていた。


<< 前へ次へ >>目次  更新