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荒ぶる鳥と冬のごちそう

時期は二十四話のあと位のエピソードです。

 極夜が終われば再び狩猟を始める。

 貯蔵庫の在庫が心許ないので、出来れば獲物は大きな方がいい。


「猪か鹿を狩りたいねえ」

「まあ、焦ることはない」


 ジークはそう言うが、どうしても獲物を撃ち取りたいと逸る気持ちがあった。

 彼女の言うとおり、焦って何かをしようとしても、空振りに終わることが多いので、気持ちを落ち着かせることにする。


 本日は晴天。

 太陽の光が白い雪原をキラキラと輝かせていた。


「綺麗だが、遮光用ゴーグルが欲しくなる」

「へえ、そんなものがあるんだ」

「軍の装備だ。一般向けに売っているかは知らないが」


 ジークはそう言いながら、雪からの照り返しが眩しいからか眉間に皺を寄せて目を細めていた。

 その表情が、あまりにもかっこいいので、横顔に見惚れてしまう。


「どうした?」

「な、なんでもないよ~」


 こちらが不審な行動をすれば、ジークはすぐに気が付く。手を横に振って誤魔化しながら、歩みを進める。


「リツ!」

「ん?」


 名前を呼ばれた刹那、木の上から何かが落下して、ドサリと重たい音をたててから着地をする。


「!」


 突如として現れた、つぶらな目と視線が交わった。

 落ちて来たのは、自分の膝丈位まである大きな黒い鳥。


「逃げろ!」


 ジークの叫びと共に、黒い鳥はばさりと音をたてながら羽を広げた。


「クエーー!!」

「うわ!」


 鳥は軽く跳びながら、鋭い爪のついた足をこちらへと突き出して来た。かん高い鳴き声と共に。


 一撃は寸前で避けることが出来たが、地面に転がってしまう。


 攻撃が空振りに終わった鳥は、二撃目を繰り出すために羽ばたいた。

 急いで立ち上がるまでは良かったが、深い雪に足元を取られ、均衡を崩してしまう。


「リツ!」


 攻撃が届く前に、ジークが走って来て自分と鳥の間に立ちはだかってくれた。


 ジークは銃底を上げ、鳥に向って振り下ろす。

 衝撃を受けた鳥は地面に転がって行った。


「ジークリンデ、下がって」


 指示を出せば、ジークは後方に跳んで避けてくれた。

 着弾範囲に鳥しか居ないことを確認してから、散弾銃の引き金を絞る。


 乾いた発砲音が周囲に響き渡り、木の上の雪の塊が音を立てて落ちていく。


 弾は命中したようだ。


「大丈夫か?」

「うん、平気」


 銃の弾倉部分を開放し、空薬莢を抜いてその辺に投げた。雪の上で冷えたのを確認してからポケットの中に入れる。


 遠くに置いてあったソリを取りに行って、道具袋の中から獲物を入れる革袋を取り出した。


「この鳥はなんだ?」

「オオライチョウだね」


 普通のライチョウは冬の毛は白だけど、オオライチョウは黒い。そして大きい。


「これは獰猛な鳥なのか?」

「あ~、繁殖期かな~」


 多分だけど、オオライチョウはボケっとしていて、近くに人が通りかかったものだから 焦って攻撃に出てきたものと思われる。


 注意散漫だったのは自分も同じだけどね。


「ジークありがとう、助かったよ」

「鳥の爪が当たらなくて良かった」

「おかげさまで」


 ジークが間に入ってくれなかったら、怪我をしていたかもしれない。

 本当に良かったと思う。


 今日はこれ位にしておこうとジークが言うので、その通りにした。


 帰宅後、オオライチョウの血を抜いてから羽をむしり取る。

 喉から腹まで裂いて、餌袋と腸、内臓を抜いてから布袋の中に入れて十日程熟成させた。


 ――十日後。


「さてと、この前獲ったオオライチョウでもいただきますか」


 今日はルルポロンがお休みなので、料理は自分たちで行う。

 商人から材料を買い、外が薄暗くなったら調理を開始することに。


「ジークは揚げジャガと煮ジャガを作ってくれるかな」

「分かった」

「ジャガイモは細切りね。煮る方は皮を剥いてから湯がいて下さい」

「了解」


 ジークに指示を出してから、自分の調理を始める。

 最初に作るのは『オオライチョウの巣』という名前のサラダ。見た目が鳥の巣のような形をしているだけのものである。


 ジークが巣の枝と卵の部分を作っている間、自分は中身を作ることにした。

 まずはライチョウの胸肉に香草を擦り付けてから、沸騰した湯のなかで煮る。

 鳥のお肉を煮ている間、数種類の野菜を切り刻んだ。

 野菜や肉にからめるソースも、自分で作る。

 香草に胡椒、ワインビネガー、塩、レモン汁などで味を整え、野菜に掛けて混ぜた。

 火が通った肉は一口大に裂いて、野菜と一緒に和える。


 更に丸い山のような形に野菜と鳥肉を盛り付けた。


「茹でて潰したジャガイモはどうする?」

「鳥の卵を模したものを作るよ」


 胡椒と香草を混ぜて味付けをしたジャガイモに片栗粉を入れてからよく混ぜて、中心にチーズを入れてから卵の形に丸めてから沸騰した湯のなかで茹でた。


 沈んだ卵が浮き上がってくれば出来上がり。湯をよく切ってから皿の上で粗熱を取っておく。


 料理が揃ったら、仕上げをすることに。

 先ほど山の形に盛り付けた野菜と鶏肉のマリネに、細長く切って揚げたジャガイモを重ねる。


 最後にジャガイモで作った卵を上に置いて完成となった。


「本物の鳥の巣のようだ」

「でしょう?」


 これは昔母が作ってくれたものだ。祖父が大きいなライチョウを仕留めた日に出てきたのを覚えている。


 他にも暖炉の火でオオライチョウの串焼きを作り、昨晩ミルポロンが作ってくれたキノコとトナカイ肉のスープとパンを並べたら食卓にはごちそうが揃うことになった。


「うわ、美味しそう」

「戴くことにしようか」


 ジークの杯にはベリー酒を注ぎ、自分はベリージュースを飲む。


 オオライチョウの巣を模したサラダは、ジークが小皿に装ってくれた。


「ありがと!」


 お礼を言ってから受け取り、オオライチョウの肉と野菜を食べた。

 さっぱりとした酢と香草の味付けが食欲を刺激する。

 肉は歯ごたえがあり、あっさりとした味わいなので野菜とよく合う。

 パリパリとした揚げジャガイモと合わせて食べたら、また違う味わいが楽しめた。

 茹でたジャガイモを潰して作った卵も、フォークに刺して食べる。


「うわ、モチモチしてて美味しい!」


 母親が作っていた卵はチーズを丸めたものだった。

 今回作ったジャガイモの卵は以前ジークが言っていた異国料理を元に考えたもの。

 もっちりとした触感で、中からとろ~りと蕩けたチーズが出て来る。香草などでしっかり味付けしているので、これだけでも美味しいが、酸っぱいマリネやパリパリの揚げジャガに合わせても美味しい。


「ジーク、どう?」

「美味いな。卵を模したものは祖国で食べた料理を思い出した」

「そう? 良かった~!」


 ジークからもお褒めの言葉を頂けて、嬉しくなる。


 串焼きは赤ワインを使ったソースをたっぷりつけてから食べる。

 ライチョウの肉は独特というか、パサパサしているというか、少し癖があった。


「ライチョウのお肉って他の鶏肉に比べて野性的だけど、どうかな?」

「そうか? 私は好きだが」


 一口大に切り分けたものを口に運びながら、ジークは言う。

 そして、お酒を飲んでから一言。


「美味い」


 オオライチョウも、ジークのお口に合ったようでホッとする。

 皿の上の料理が空になれば、楽しいお喋りの時間となった。


「ライチョウはね、この国の言葉でリエッコって言うんだよ」

「可愛い響きだな」

「そうかな?」


 昔から聞き慣れている言葉なのでよく分からない。

 国が違えば感覚も違うんだなあと思ってしまう。


「そういえば、リツ、これはどうするんだ?」

「あ、忘れてた」


 食卓の端にポツンと置いているのは目玉焼き。

 商人からおまけだと言って一つだけ貰っていた鶏の卵を 焼いていたのだ。


「ジークが食べていいよ」

「いや、二つに分けて 食べよう」


 そう言ってからジークは卵をナイフで切り、黄身が皿の上で広がらないうちにさっとパンの上に載せてくれた。


 こちらもとろとろの黄身 がパンにしみ込んで食卓の上に滴る前に頬張る。


「パンと目玉焼きって合うんだ~。おいし~」

「知らなかったのか?」

「うん。パンに合わせるものって言ったら、ジャムとか肝練りとかだけだったし」


 ジークは独身時代、よくパンに目玉焼きを載せたものを食べていたとか。


「時間がない朝とかによく食べていた。あまり褒められるとは言えない品目だがな」

「そうかな?」


 父方の祖父の実家での上品な食卓を思い出して、確かにあの厳かな雰囲気の中では出来ないなと思う。


「卵美味しいなあ。今年は鶏を飼おうかな~」

「鶏を売っているのか?」

「うん。春になったら村で買えるよ」


 鶏は一日に一個、卵を産むのでジークの分と二羽購入しようかと考える。


 春の計画を立てつつの夕食となった。


次回更新は6月15日です。

『魚釣りと春の装いのジークリンデ』をお届けします。

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