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夢見る姉妹と雪妖精

ジークの姪っこのお話です。

 

 ◇◇◇


 ――窓枠に蜂蜜の瓶と手作りのクッキー、それから白いお花を置いておけば妖精がやってくるの。


 ◇◇◇


 エーデルガルドとアーデルトラウトの姉妹が祖父の暮らす街に引っ越して来たのは半年前の話。きっかけは姉妹が揃って気管支炎を患ったことだった。

 医師からしばらく空気の良い田舎で暮らす事を勧められたので、幼い姉妹の父親は転勤希望を出して、自然が豊かな生まれ故郷に帰って来たという訳である。


 姉妹は新たに暮らすことになった街は友達も居なければ、店の数も少ない。今までとは環境が大きく変わったために戸惑いを覚えていた。

 暗く深い森に囲まれている屋敷の周辺は都会暮らしの娘達には恐ろしいものに感じてしまい、部屋で引き籠る毎日を過ごした。


 それを見かねたのが彼女らの祖母だった。

 子供が幼い頃に読み聞かせていた古い森の童話を読み聞かせ、テューリンケンの地に親しみを持って貰おうとしていた。


「それで、お祖母様、冬になったら妖精さんがやって来るのでしょう?」

「ええ、そうよ」


 月の出る夜に妖精の好むような食材を置き、祈りを捧げれば遊びに来てくれるというおまじないを、姉妹は夢中になって聞いていた。


「でもね、妖精は目に見えなかったり、世を忍ぶ姿で現れたりするのよ。それに、小さな羽は大人になったら見えなくなるの」

「本当!?」

「ええ」


 妖精の好きなものは、蜂蜜にクッキーに砂糖菓子、冬に咲く珍しい花。


「お外を歩いていれば、出会えることもあるらしいわ」


 祖母の話にエーデルガルドとアーデルトラウトは目を輝かせていた。


 それから二人は庭を散策して周り、妖精の大捜索に取り掛かった。


「お姉さま、妖精ってやっぱり小さいのかしら?」

「……分からないわ。何かに変身していることもあるって、お祖母様も言っていたし」


 絵本に出て来る羽の生えた姿で居るとも限らないとエーデルガルドは言う。


 季節がめぐり、雪が降る時期になっても姉妹は妖精の発見には至っていなかった。


「やっぱり、クッキーは自分で作らなければいけないの?」

「……お菓子作りなんて、私達には難しくて無理よ」


 クッキーがなければ会えることは難しいだろうと思っていたが、それでも諦めることは無かった。


 翌日。

 姉妹は祖父と共にうっすらと雪の積もった森に散歩に出掛けた。


「エーデルガルド、アーデルトラウト、寒くないのかい?」

「大丈夫よ、お祖父さま」


 エーデルガルドも心配はいらないと頷いている。


 二人は冬の咲く花を森に探しに来ていた。


「お祖父さま、お花は本当にあるの?」

「ああ、あったような、なかったような」


 姉妹の祖父は曖昧な記憶を頼りに森の中を散策する。


 森は奥に行けば行くほど暗く、鬱蒼とした雰囲気にのみ込まれている。吐く息も白くなり、アーデルトラウトはケホケホと咳き込み始めた。


「もう戻ろうか」

「まだ大丈夫よ!!」

「そうは言ってもねえ」


 これ以上森に居たら風邪を引いてしまう。そう思った彼女らの祖父はお屋敷に戻ろうと提案をしたが、首を縦に振ることはない。

 こうなったら二人を抱えてでも帰らなければと思っていた所に、しゃがみ込んでいるエーデルガルドを発見する。


「どうかしたのか、エーデルガルド!?」

「お、お姉さま!?」


 振り返ったエーデルガルドの手には、白く可憐な花が握られていた。


「……見つけた」

「わあ!」


 生い茂った草木の下にたくさんの白い花が顔を覗かせている。


「これは雪鐘の花シュネーグロッグヒェンだね」

「とっても、綺麗ね!」


 エーデルガルドが発見をしたのは春先に咲く花であったが、どうしてか今の時期に蕾を綻ばせていた。


 姉妹は一輪だけ摘んで帰ることにする。


 夜。

 摘んできた花を花瓶に挿し、台所から蜂蜜の入った瓶を借りて来て窓枠に置く。


「妖精さんが来てくれますように!」

「……一度だけでも、会いたい、です」


 空を見上げれば、月が満ちている。満月は妖精の力が満たされる日でもあると聞いていた。

 月明かりに照らされる雪の花を眺めながら、心躍らせつつも姉妹は眠りについた。


 朝。


「わあ!」

「……すごいわ」


 目を覚ませば一面銀世界となっていた。夜のうちに大量の雪が降り、庭は真白の絨毯に覆われていた。


「お姉さま、きっと、雪の妖精さんが魔法を使ったのよ」

「……え?」

「だから、妖精さんが、魔法を」


 エーデルガルドは呆然とした表情で「……本当に、妖精?」と呟く。


「お姉さま、どうかしたの?」


 アーデルトラウトは様子がおかしい姉の顔をのぞき込み、ぽんぽんと背中を叩く。

 エーデルガルドは震える手で庭を指さし、その時になってアーデルトラウトは白銀の世界となった庭を覗き込んだ。


「――え!?」


 庭には全身白い人物が立っていた。


 白く髪は三つ編みに結われ、透けるような白い肌を持ち、身に纏っている服ももこもことした毛皮の白い物を纏っている。


「お姉さま、あれ、雪の、妖精さん?」

「……え、ええ、そう、見えるわ」


 姉妹は信じがたい光景だと思い、目をぱちぱちと瞬かせる。


 本物か確かめようと窓を開くが、妖精の姿が消えることは無かった。

 エーデルガルドは雪鐘の花を掴み、外に出る為に走る。アーデルトラウトも後に続いた。


 風邪を引くからという使用人達の制止の中で姉妹は外に出ると主張していた。使用人の一人が外套を持って来て、肩から掛ける。上着を着込んで防寒が済めば、再びエーデルガルドは走り出す。


 息を切らせながら駆けていれば、玄関先で先ほどの真っ白妖精と出会う事となった。


 ぜえぜえと息を整えつつ、エーデルガルドは妖精を見上げた。

 童話で見た挿絵と同じように、輝く白い髪を持ち、澄んでいて優しい青い目を持っている麗しい容姿を持つ妖精は、幼い少女を見て可愛らしく首を傾げる。


 アーデルトラウトも姉に追いつき、妖精の姿に飛び上がって驚いた。


「わ、わあ、ようせい、むぐ!」


 エーデルガルドは妹の口を慌てて塞いだ。

 何をするのかとむぐむぐと抗議の声を上げたが、姉に「……大人に正体がバレてしまったら、消えて無くなってしまうわ」と言われて静かになる。


「君たちは?」


 妖精に問いかけられて、二人はもじもじとする。


「彼女らは私の姪だ。落ち着いている方がエーデルガルド、お転婆な方がアーデルトラウト」

「そっか~。――はじめまして、エーデルガルド、アーデルトラウト」


 妖精を家に連れて来てくれたのは彼女達の叔母だと分かり、どうしてここに居るのかという疑問も無くなる。


「はじめまして!」

「……あの」

「なにかな?」


 エーデルガルドは手に持っていた白い花を雪妖精に差し出した。


「……これ、良かったら」

「わあ、綺麗なお花だね」


 こっくりと頷くエーデルガルドに、にっこりと笑うアーデルトラウト。


「……来てくれて、ありがとう」

「こちらこそありがとうね」


 妖精は姉妹からの花を受け取り、隣に立っていた姉妹達の叔母に見せていた。


「では、どうぞ、召し上がれ~!」

「え!?」


 アーデルトラウトは好物の花を雪妖精に勧めた。

 驚いた顔を見せる妖精。

 逆に、事情を察したジークリンデが花を持ったまま呆けている妖精に耳打ちをした。それは歓迎の意を示すご馳走だと。


「あ、そ、そういう、アレね!」


 渡された花の意味を理解した妖精は、香りを楽しんでから、ごくりと生唾を飲み込んで、腹を括って白く可憐な花をもぐっ! と一口で食べて飲み込んだ。


「……お、おいしかった~。ありがとう。こんな雪の中で、探すのは大変だったでしょう?」

「ええ、お姉さまが見つけたのよ!」


 妖精はしゃがみ込んでからお礼を言うと、エーデルガルドもアーデルトラウトも、幻想的な姿に見入ってしまう。


 それから、妖精が叔母の夫だと紹介されると二人は更に興奮をした。

 人間に恋した妖精なんて素敵だと、部屋に戻ってから盛り上がってしまう。


 色々あって叔父だと分かった妖精とは、しばらく同居をする事となった。


 リツハルドと名乗る妖精は物知りで、姉妹に森の歩き方から、花や草木の名前、お茶やお菓子の作り方まで教えてくれた。


 エーデルガルドとアーデルトラウトは自然からもたらされる恵みに夢中になり、叔父が居ない時でも使用人を連れて森の散策に出かけるようになった。


 春の柔らかな森に、夏の爽やかな空気、秋の実りに心を弾ませ、冬の雪が飾る草木の美しさに心奪われていた。


 いつしか、彼女たちは自然が豊かな街を愛するようになった。


 それは、五年、十年と年数を経ても変わることなく。


 一年に一度舞い降りる雪妖精を心待ちにしながら、姉妹の穏やかな暮らしは続いていた。


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