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華麗なる雪妖精の活躍!?

リクエスト作品です。

時期はジークの実家でアルノーが生まれて帰国をする前位です。

 最近、ジークの八番目のお兄さんが暗い。


「おかえりなさい」

「あ、はい。ただいま、帰りました」


 義兄の名はエヴァルト・フォン・ヴァッティン。独身で言わずもがな、軍人である。

 最近勤務地が生まれ故郷であるテューリンケンになり、喜んでお屋敷に帰って来ていたのに、数日前から明らかに元気がない。

 お義父さんが何か聞いても「何でもありません」と言うばかりで、気落ちしている理由を明かすことは無かったという。


 どうすればいいかと考えたが、いい案なんて浮かぶ訳もなく。


「放っておけばそのうち元気になるだろう」

「う~ん、そうかな~?」


 ジークはアルノーにお乳を与えながら返事をしてくる。


「リツ」

「なあに?」

「兄のことをやたら気にしているな」

「え、そう?」


 詳しい話をしようとジークに近寄れば、お乳を飲んでいたアルノーの口元の動きが止まっていたので、抱きあげて体を上下に動かしたり、背中をぽんぽんと軽く叩いたりしていると「けふ~」と満足したような吐息が聞こえる。


 お腹がいっぱいになったアルノーは眠たそうに目を瞬かせるので、左右に揺らして眠れ~眠れ~と適当な歌を口ずさめば、ものの数分で眠ってしまった。驚くほど手のかからない子だと驚いてしまう。


 すやすやと眠っているアルノーをゆり籠に寝かせ、柔らかな毛布を被せてあげる。穏やかな寝顔は飽きることなく見続けることが出来るなあとか考えながら、息子の顔を眺めていた。


「そういえば、お乳は大丈夫?」


 産後で授乳を行う時期は胸が張って痛くなったりお乳が出なかったりと大変なことになっているだろうと、義父が言っていたことを思い出してジークに問いかける。


「今のところ問題はないな」

「そっか」


 この前、お屋敷で助産婦とすれ違った時に、乳の出が悪くなった時に行うという按摩法を習っていたのだ。


「まあ、そんな訳だから、困ったことがあったら言ってね」

「いや、自分ですればいいだけの話だから、方法を私にも教えてくれないか?」

「え!?」

「別にリツがする必要は全くないと思うが」


 いやいや、そんな!!

 奥さんが苦しんでいる時に一人だけ大変な思いをさせるなんて最低最悪の鬼畜の所業だ。夫婦とは、苦しい時も、楽しい時も、互いの感情を分け合うもの。


 俺は、大変な思いをして授乳期女性の按摩方法を聞き出した。

 講習の所要時間三時間。療法についての話は約十分程で、それ以外はおばさま達の世間話に付き合うという、大変な試練を乗り越えて習得して来たのだ。


「決して、疾しい気持ちでお乳を揉もうだなんて思っていません!」

「……」

「全てはアルノーと、ジークリンデの為を思ってのことで」

「……」


 これ上睨まれたら怖いので、サクサクと按摩方法について説明をした。


「あ、そう言えば、お兄さん話題から大きく逸れたね」

「そうだったな」


 ジークは俺がここ最近お義兄さんの事ばかり心配をしていたので、面白くなかったらしい。


「リツの博愛主義には参ってしまう」

「いやいや、アルノーとジークが世界で一番だって」

「どうだか」


 ジークの八番目のお義兄さんを気にするには訳があった。


「お義兄さんは一番ジークに顔とかが似ているから、つい、悲しそうな顔をしていたら気になってしまって」

「そういうことだったのか」


 初めて会った時は物凄く驚いたものだ。兄弟の中で一番小柄なお義兄さんはジークに瓜二つだったからだ。


「なんか、ジークが落ち込んでいるみたいで、なんだかな~って気持ちになるんだ」


 しかしながら、お義兄さんは落ち込んでいる理由を教えてくれなかった。


「だったら酔い潰して聞きだせばいい」

「おお!」


 こうして、ジークの提案により、お義兄さんを泥酔させて情報を聞き出すという作戦が練られる事となった。


 ◇◇◇


 数日後。

 休日前だというお義兄さんを呼び出して、義父を巻き込んで酒盛りを始めた。


「やあ、すみませんね。俺の為に集まってくれたみたいで」


 お義兄さんは猛禽類を思わせる外見を裏切るような物腰の柔らかい人物であった。

 ジークは度数の高い酒を割らずに義兄の杯を満たし、どんどん飲めと勧めていく。


 同じ兄妹でも酒の強さが同じという訳ではないようだ。義兄はものの数分で顔を真っ赤にさせて、口数も多くなっていた。


 その隙を義父が突く。


「それで、エヴァルトよ、ここ最近落ち込んでいる訳を教えてくれないだろうか? 家族はみんな心配している」


 義父の質問に対して義兄は口ごもったが、何度か聞いてみれば重たい口を開いてくれた。


「実は、ある女性に交際をして欲しいと迫られていて……」


 今は赴任したばかりで女性と付き合っている暇はないのに、毎日来ては好意を押し付けて来るので困っているという。家族に相談をすれば「結婚しろ!」と一蹴されることは分かっていたので今まで言えなかったらしい。


「エヴァルト、お前は、その女性のことが嫌いなのか?」

「いえ、好きとか嫌いとかではなく、今は仕事に集中したくて」


 なるほど、なるほど。

 なかなか難しい問題だな、と思った。


「お義兄さんは時間が欲しいんですよね?」

「そうですね。せめて半年位待っていてくれたら、と」


 そんな話を聞きながら、自分はいきなりジークに一目惚れをして、空気も読まずに求婚をして、それから結婚を受けて貰って幸せ者だな、と思ってしまった。


 ジークリンデ、俺の女神。

 これからも、深い信仰を続けようと心に誓った。


 そろりとジークを盗み見る。お義兄さんを見る眼差しは、心配だという懸念とどうにかしようという気概に満ち溢れていた。


「ふうむ。何かそのお嬢さんを止める案があればいいと思ったが」


 義父も困り顔で黙り込んでしまった。

 男女間の問題というものは根が深いように感じる。下手に手を出したら大変なことになりそうだ。


「恋人ですって、紹介したりとか、はどうでしょう?」

「!」


 鋭く険しいヴァッティン家の人間の視線が一気に突き刺さる。

 ちょっと怖かったが、思いついた着想を詳しく言ってみた。


「例えば、恋人の代理人を立てて、そのお嬢さんに『これが私の恋人です』って言うんですよ。婚約者ではないから、半年や一年で別れても不思議ではない、とか?」


 軽い人間の安易な思考だったか。目を細める親子の姿に軽く怯えながら、ご意見を待つ。


「リツハルド君、それはいい考えだ!」

「え?」

「それだったら角も立たないな」

「本当に?」

「ありがとうございます、リツハルドさん!」

「いえいえ」


 まさかの大絶賛にびっくりしてしまう。


「じ、じゃあ、誰か女性のお友達にお願いをして」


 と、このような発言をすれば押し黙る三人。

 どうやら適任となる女性の知り合いは居ないようだ。


「やっぱり、駄目みたいですね」

「兄上、残念だったな」

「エヴァルト、諦めてお付き合いをしなさい」


 再び暗い雰囲気となり、満たされていた義兄の杯は一瞬で空となってしまう。

 そろそろお開きにしなければ、お義兄さんも明日が辛くなるだろう。


「あの~、そろそろみなさんお休みに」


 ジークがこちらを見てハッとなる。その意図が分からずに、首を傾げた。


「――いや、待て。リツが居る」

「ん?」

「リツをどうにかして、その女性に紹介をすればいい」


 再び猛禽親子の射ぬかれるような視線が集まった。

 三人はしばらく自分を眺め、一様にすっと目を細めていた。


 誰かが「いける」と呟く。

 ちょっと意味が分からなかったので、説明を求めることにした。


「あの、ジークさん、それは、どういうことで」

「リツ、女装をして恋人役をしてくれないか?」

「へ!?」

「リツハルド君! もう、君しか居ない!」

「え、うそ、あの……」

「すみません。女装だなんて屈辱的だとは思いますが、どうかお願いいたします!」

「そんな」


 ……つまりは、女装をして、お義兄さんの恋人のフリをしろと?


「いやいやいや、俺が女性の役だなんて無理がありますよ! 最近腕も太くなってきていますし、肩幅だって」

「ジークとほぼ変わらないですよね!?」

「……」


 え、やだ、そんなことないよ、と言いたかったが、ジークと見比べる勇気などもなく、薄ら笑いを浮かべるばかりとなってしまった。


「で、でも、女性物の服とか入らないですし」

「いや、ジークが屈強な戦士となって帰って来ることを予想して、少しだけ大きなドレスを用意していたんだ。今のリツハルド君にぴったりの寸法だろう」

「あ、そ、そう、ですか」

「体の線は肩掛けでも羽織っていれば隠すことも可能だろう」

「はは、またまた~」

「明日、母上に頼んできます!」

「本気なの!?」


 こうして、義兄の問題の対策は良く分からない方向に決まりかけている。

 もう、どうにでもな~れ、と思いながら、その日は諦めて就寝することにした。


 翌日。

 家畜のようにその身を差し出す事となった自分は、母親と同じ位の女性たちに取り囲まれていた。


「まあ、なんて綺麗な髪の毛!」

「肌も透けるような白さだわ!」

「まるで、絵本に出て来る妖精のよう!」


 矯正下着の着用を迫られ、腰回りをぎゅうぎゅうに絞られて涙目になり、噎せる位の化粧の粉を振りかけられて、一人満身創痍になる。

 ジークの為に用意されていたドレスは驚くほど体に合っていた。詰襟のドレスは深緑色で、胸にはたくさんの布が詰められた。どうやら巨乳設定らしい。


 いつもは一つの三つ編みにしている髪も、丁寧に編まれて後頭部でくるくると纏めて髪飾りで留めるという淑女の髪型にしてくれた。


「異国の姫君という設定にいたしましょう!」

「半年の滞在でのひと夏の恋、と言う訳ね!」

「お話をしてはいけないわよ。あなた、姿形は妖精でも、声は男性のものだから」

「あ、はい」


 勝手に設定が次々と決まって行った。そろそろ覚えきれないと思って、暗記を断念する。


「お名前はどうしようかしら?」

「リツェルで」


 適当に母親の名前を拝借して、義兄と共に出かける事となった。


 喫茶店で落ち合う予定となっていた女性は驚くほど美人だった。が、果てしなく気が強そうである。

 だが、自分が異国の姫だと聞けばあっさりと引いてくれた。


「良かったですね」

「ええ、リツハルドさんのおかげです」


 義兄は嬉しそうにそのまま夜勤のお仕事へ出かけて行った。自分はヴァッティン家の馬車が待っている場所まで歩くこととなる。


 が、問題が発生。


「ねえ、お嬢さん、どこから来たの? この辺では見ない顔だねえ」

「なんて綺麗な子なんだ、名前は?」


 生まれて初めて男性から好意的な声を掛けられるという事案が発生。

 化粧の力って凄いな、と改めて思った。

 低い声で「男ですよ!」と言おうと思ったが、義兄に迫っていた女性がまだこの辺に居たら大変なので、声を上げることが出来なかった。


 さて、どうしようかと、思っていたら、背後から手を掴まれてしまう。


 誰かと思って振り向けば、そこには男装姿をしたジークリンデの姿が。


「――え!?」

「残念ながら彼女は私と約束をしている」


 そう言って手を引かれたまま馬車に乗った。


「大丈夫か?」

「うん。びっくりした、色んな意味で」


 馬車の中に連れ込まれ、そこでやっと一息つけた。


「ジーク、どうしたの、その格好」

「いや、リツにばかり恥ずかしい格好をさせる訳にはいかないと思ってな」


 お義兄さんの私服を借りてきたらしい。久々の凛々しい男装姿に見惚れてしまう。


「今日はすまなかったな」

「まあ、お義兄さんも元気になったし」


 ジークの男装も拝見出来たからまあいいや、と思ってしまう。


「やっぱりジークはそういう服が似合うね」

「リツもよく似合っている」

「またまたお戯れを~」


 女性の恰好が似合っているとか、とても複雑な心境です。


 そんな冗談を言いながら家路に着く。


 最終的には女装した自分の姿を見たアルノーが笑ってくれたから、全てよし、ということに。


 こうして、義兄を取り巻く事件は解決となった。


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