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追加話 リツハルドと!

ジークリンデ視点。

 我が故郷での生活も半年以上になり、無事に子供も産まれた。療養も終わり、あとは村に戻るだけとなったが、それを良く思わない輩が出てくるという想定外のことが起こった。


「帰るって、まだいいじゃないか」

「いや、体の具合も問題ないし、出来れば早く帰りたい」

「しかしだなあ」


 駄々を捏ねているのは父だ。しっかりと孫を抱いた状態で、まだここに居ればいいじゃないかと言って聞かない。


「なあ、リツハルド君!」

「え!? あ、う、う~ん」


 必死の形相で懇願する父にリツハルドは困った表情でいる。私が駄目なら夫を攻めようと考えたのか。全く小賢しい親父だと呆れてしまった。


「父上、リツハルドを困らせるのは止めてくれないか?」

「何を言っているんだ。困らせては、いないだろう」


 父には眉を下げて困り顔をしているリツが見えないらしい。


「そもそも、だ」

「な、なんだ? お、親を上から見るとはなんて娘なんだ!」


 立ち上がって父を見下ろす。ただそれだけの行動なのに、父は膝の上のアルノーを私から守るように抱きしめた。まるでこちらが子供を奪う悪役のようだと鼻先で笑ってしまう。


「父上、私が嫁ぐ時は笑顔で見送ったのに、リツとアルノーと別れる時には嫌がって引き止めるとはな」

「うッ!」

「実の娘のよりも、義息と孫の方が可愛いとか思っていないだろうな?」

「ううッ!!」


 事実、父はリツを大層可愛がっているように見えた。アルノーもこの通り溺愛している。

 リツは父の牧場の仕事を喜んで手伝っていて、人懐っこくて素直な性格なので父も付き合い易かったのだろう。

 アルノーも、リツに似たからかよく父に懐いていた。

 この頃の子供は人見知りをして母親や父親以外の人間が抱けば嫌がったり、泣いたりするという話を聞いていたが、アルノーは誰にでも大人しく抱かれていた。あやせばにっこりとも笑う。父も息子が可愛くって堪らないのだろう。


「ジーク、落ち着いて。お義父さんも」


 リツは私の手を引いて座るように言った。


「お義父さん、お世話になっておいて出ていく時は自分達の都合に良い時期に、みたいになってしまうことを本当に申し訳なく思っています」

「い、いや、そんなことは」

「また、アルノーとジークを連れて遊びに来ますし、お義父さんも良かったら遊びに来てください。いつでも歓迎いたします」

「う、うん、分った……」


 結局、父はリツのこの一言で納得してくれた。


 父の説得後が終われば、深い安堵の息を吐いてしまう。


「ジーク、お義父さん分かってくれて良かったね」

「ああ、そうだな」


 息子をあやしながらにっこりと笑いながら言う。

 リツに膝の上で体を揺らされていたアルノーはくすくすと笑っていた。


「ジーク見て、楽しそう。……はあ、うちの子、すっごく可愛いよねえ~」


 リツはむふふと笑いながら、アルノーを更に揺さぶっていた。


「全く、その通りだ」


 夫も息子も可愛いと、二人の様子を見ながら癒されてしまう。


 アルノーの白く柔らかい髪に軽く触れてから、リツの前髪も同様に弄ってみせた。


「な、なんか、俺まで可愛がられているような気がする」

「別に、気のせいではない」

「やっぱり?」

「嫌なのか?」

「い~え、むしろもっと可愛がって欲しい。ねえ、アルノー?」


 そんなことを言うので、目の前の雪妖精の親子に愛の籠った口付けを贈ることとなった。


 ◇◇◇


 帰国するだけでこんなにも大変な思いをするとは思わなかった。

 しかしながら、父よりも説得が難しい相手が残っていたという。


「――というわけで、今度はエーデルガルトとアーデルトラウトに帰ることを言わなければならない」

「わ、わあお!」


 姪っ子達もリツによく懐いていた。絶対に泣かれるだろう。

 数日前に兄に帰国のことを伝えておくようにとお願いしていたのに、先ほど私の所にやって来て「可哀想で言えなかった」と報告して来た。


「どういう風に説明をすればいいのかと思ってな」

「う~ん。難しいねえ」


 出来れば悲しい別れはしたくない。だが、どうすればいいのか分からなくて、二人で頭を悩ませる。


「あ、そうだ」

「なにか案が?」

「案っていうか、明後日にピクニックに行こうって二人と約束していて、その時に言おうかなって」

「そうだな。言うのはなるべく早い方がいいか」


 予定はサクサクと決まり、明日はピクニックに必要な物の買い出しに行き、翌日の朝は姪っ子達と一緒にお弁当を作ることになった。


 翌日、リツと二人で商店街に買い出しに行く。アルノーは母に面倒を見て貰うようにお願いをした。


「材料はこんなものでいいかな?」

「ああ、こんなものだろう」


 紙に書いていたものがあるかを確認して、荷物を従者に任せる。


「あとはエーデルガルトとアーデルトラウトへの贈り物だな」

「だね」


 別れ際に二人に何か贈ろうとリツと考えていた。


「女の子って何が嬉しいのかねえ」

「難しいな」

「ジークは少女時代何が欲しかったの?」

「……銃の、模型とか」

「あ、うん」


 私の欲しかったものでは恐らくあの姉妹は喜ばないだろう。

 人形にぬいぐるみ、小さな家の模型……、そう言った物は父が買い与えているので贈っても喜ぶのだろうかと考えていた。


「本とかどうかな?」

「ああ、いいかもしれな……」

「ジーク、どうかしたの?」


 店の陳列窓で、ある生き物と目が合ってしまった。

 真っ白くてもふもふとした柔らかな毛に、大きくてウルウルとした目、人懐っこい顔をしていて、視線が交われば二コリと笑う。


「リツハルド!」

「はい?」


 私は夫に陳列窓の生き物を見るように指差した。


「よく、似ている」

「何に?」

「リツに、この犬が」

「ええ~、似てるって、これに?」

「あ、ああ」


 ちょっと、と言うかかなり気になってしまったので、店の中に入って店主から話を聞くことにした。


「この子はですね、サモエドと言いまして、中欧の、寒い国で生まれた犬種になります」


 サモエドという犬は雪国での暮らし助けるのに適した、雑じりけの無い犬種だという。家畜の番をしたり、そりを引いたりと、優秀な使役獣だと教えてくれた。


「ですが、狩猟本能はわずかしかなく、性格は温厚で攻撃的ではありません。友好的で遊ぶことが大好きな愛玩犬として親しまれている犬種となります」

「なるほど」


 にっこりと笑っているように見える顔は『サモエドスマイル』と呼ばれているらしい。

 ますますリツハルドに似ていると思った。


「リツ、この犬を買って帰ろう」

「この子国に連れて帰るの?」

「いや、エーデルガルドとアーデルトラウトへの贈り物だ」


 番犬にはならないというが、良いお友達にはなるかもしれない。躾は父に任せればいいだろう。


「いいだろうか?」

「うん、いいと思う」


 こうして新たな家族を迎えることとなった。


 ◇◇◇


 ピクニック当日。

 私とリツと姪の姉妹は早起きをしてお弁当作りに励んだ。

 今日は両親と兄夫婦も招いているらしい。近くの花畑に行くだけなのに、大規模な催しごとになってしまった。


 昼食は使用人の手も借りて準備をする。皆の協力のおかげでなんとか仕上げることが出来た。


 太陽の位置が高くなれば、集まった一行は森へと進んだ。


「まあ、見て、ジークリンデ叔母様、綺麗なお花が咲いているわ」

「本当だ」

「これはね、お姉さま、お名前なあに?」

「……西洋夏雪草メドースイート

「ですって」


 ふわふわとした雪のような花はリツに似合うとアーデルトラウトは摘んで手渡していた。受け取ったリツは花に顔を近づけ「アーモンドみたいな良い匂い~」と暢気な様子で喋っている。


 しばらく歩けば満開の花畑に行きつく。そこでしばらく追い駆けっこをしたりして遊んでから、弁当を広げて食べることにした。


 姪っ子達が考えた昼食はとても好評だった。両親も兄夫婦も嬉しそうに食べていた。それを見ていた姉妹は弾けんばかりの笑顔を浮かべている。


 昼食後は花冠作りを行った。母と義姉が作っているのを見て、リツハルドも覚え、そして誰よりも上手に作ってしまうという、空気を読まない器用さを見せていたことには笑ってしまった。姪姉妹が完成した花冠と首飾りを父に贈って貰い、身に着けた時の顔も皆の笑いを誘う。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。


 そして、リツハルドは幼い姉妹に話があると言う。


「二人とも、ちょっといいかな」

「なあに、リツハルド叔父様」

「……」

「実はね、叔父さん達は国に帰らなければいけないんだ」

「え?」

「……」


 リツハルドの話を聞いて、顔を伏せるエーデルガルドに、表情を無くすアーデルトラウト。

 今まで楽しい時間を過ごしていたのに、本当に申し訳ないと思ってしまった。


「ど、どうして?」

「……」

「二人とも、すまない。私達は国ですることがある」

「いやよ、いや!!」


 アーデルトラウトは涙を流し、私に抱きついて来る。帰らないでと何度も言われるたびに、チクリと胸が痛んだ。


「ま、まだ、たくさん遊びたいのに、たくさん、お話もしたいのに、いや、いやよ」


 こういうときには、どういう言葉を掛けていいものか分からなかった。少しだけ離れた場所で一人佇むエーデルガルドも抱きしめたかったが、体を上手く動かす事が出来なくなっていた。


 一体どうすれば、と困り果てていると、凛とした声にはっとなった。


「……駄目、アーデルトラウト」


 エーデルガルドが、アーデルトラウトの背中を優しく叩き、声をかけて来る。


「で、でも、寂しいわ」

「……リツハルド叔父様を、見て」

「え?」

「とっても、青白い顔色を、しているでしょう?」

「ど、どうして?」


 周囲に聞こえないように、エーデルガルドはそっと囁く。


「……夏、だから」

「なつ?」

「……夏の太陽の日差しを浴びているから、あんな風になっているの」

「え?」

「……叔父様が、普通の人ではないと、知っている、でしょう」


 エーデルガルドの話に何か気付いた様子を見せるアーデルトラウト。


 そう言えばと、思いだす。リツハルドは幼い姉妹に雪妖精だと勘違いされていたと。


「……太陽の日差しが強かったら、叔父様は溶けて無くなってしまうの。この国の暑さには、雪の妖精さんは、耐えきれないのよ。叔父様が、消えてなくなっても、いいの?」

「い、いや!!」

「………だったら、引きとめたら、駄目」


 アーデルトラウトは涙を引っ込めて、私からも離れて行く。


「お、叔父様、大丈夫!?」

「う、うん、大丈夫」

「早く、お国に帰らなきゃ!!」

「そうだね」


 リツハルドは姉妹を抱きしめて、仲良くしてくれてありがとうと、言っていた。


 ◇◇◇


「お義父さん、お義母さん、お世話になりました」

「あ、ああ、元気で、リツハルド君、アルノー、ジークリンデ」


 犬までも見送りに来てくれた。

 ちなみに名前は『リツ』となった。リツハルドの代わりに可愛がってくれるに違いない。


「ジーク、しっかりとリツハルドさんを支えてね」

「ああ、分った」


 この滞在で子供を見せるという親孝行も出来た。軍人時代には考えもしていなかった光景に、少しだけ照れてしまう。


「アルノーちゃん、今度遊びに行くからね」

「……犬のリツちゃんと一緒に」


 姪姉妹とも笑顔でのお別れとなって、本当に良かった。


 悔いのない出発が出来ることを、幸いに思う。


 こうして、私達は帰国をする事となった。

 そして、再び雪国での狩り暮らしが始まる事となる。


 追加話 完。


次話よりリクエスト編になります。

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