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追加話 お祖父さんと!

 本日はお酒作りを行う。前日のうちに使う瓶をぐらぐらと煮沸消毒させておいたし、材料も全て揃っている。大量に購入した透明蒸留酒を見て、いつもだったらこれの三分の一も無い量を作るのに面倒な酒作りをしていたのだなあと感慨深く思ってしまった。


 早速腕まくりをしてから作業に取り掛かる。


 ますはじめに作るのは義父の友達の牧場のおじさんオススメの干した杏の実アプリコーゼのお酒。

 杏の実は酒で湿らせた布で表面を綺麗に拭き取ってから瓶の中へと入れる。その他に、皮を剥いたレモンと杏仁きょうにんと呼ばれる杏の種の中心部を追加で投入。杏仁は酒の風味をきわだたせる効果があり、香り高い一品が仕上がるという。

 一か月放置して中の杏の実にレモンと杏仁を取り出し、酒を濾してから杏の実だけまた戻して、一年後にやっと飲めるようになる。先の長いお話だ。

 他に乾物では西洋李プラウメでも作ってみた。甘味が豊かで、深いコクのあるお酒に仕上がるらしい。しかも、取り出した果実は甘露煮にしてから焼き菓子などに入れると美味しいという。こちらは半年ほどで戴ける。


 次は生の果物。特に辺境の地ではなかなか手に入らない、柑橘系のものを中心に、どんどんサクサク剥いて刻んで入れて行く。


 果物が漬かった瓶は全部で十個ほど完成していたが、まだまだ空いている瓶もあるし、材料も残っている。

 次はちょっと冒険してキノコのお酒とかどうかな~と思っていたら、ジークが作業部屋に入って来た。


「あら、どうしたの、ジークリンデ」

「いや、私も酒作りを手伝おうかと思っていたが、ほとんど終わっているな」

「うん。でもまだ作るよ」

「だったらこれも漬かるだろうか?」


 ジークが差し出して来たのは先日献上した薔薇の花。


「これを、お酒に?」

「ああ、出来ないだろうか?」


 なんでも枯れる前にどうにか長持ちさせることは出来ないかと思ったジークは庭師に助言を求めた所、ドライフラワーにすればいいと教えて貰ったが、色が褪せてしまうと聞いて断念をしたとか。


「それで、厨房の者に聞いたら酒に漬ければ鮮やかな色が出ると聞いたから」

「なるほどね!」


 だったら薔薇のお酒を作ってみようとジークと二人で作業に取り掛かる。

 まずは薔薇の花びらを綺麗に拭き取ることから。酒を含んだ布で一枚一枚丁寧に拭っていく。他の作り方と同じように瓶の中に氷砂糖と透明蒸留酒を入れて花びらをさらさら投入してから蓋を締めて完成。


「三か月位漬けていたら飲めるようになるかな」

「そうか。その頃になれば子供も産まれているだろうから、飲酒をしても問題ないな」

「まあ、ほどほどにね~」


 背後に大量の酒を作っていた自分が言うには説得力に欠ける言葉ではあるが。


「別に仕上がったものを愛でるだけでもいい」

「綺麗な色が出るっていうからね」

「リツの愛の結晶だからな」

「うわ、ちょっと恥ずかしくなった。味見とか絶対出来ない」

「だったら一人で味わうことにしよう」


 まさかジークがこんなにも薔薇の花を喜んでくれていたとは知らなかったので、恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げて来た。


「ジーク、これから暇?」

「ああ。用事は特にない」

「だったらお祖父さんに贈ろうかなって考えているお酒作りを手伝ってくれる?」

「分かった」


 祖父に作るのは香草などを使った薬用酒。長生きをして欲しいので、体に良いものを選んでから作成する。


「使うのはこれ~」

「それは、朝摘んでいた花か」

「そう!」


 使用する材料は朝のお散歩でエーデルガルドとアーデルトラウトと一緒に摘んだカモミール。伯爵家の庭に咲いていたものだ。摘んだうちの半分は香草茶にして、半分はお酒に使わせて頂く。

 使う部位は先端のお花だけ。ぷちぷちと花柄から上だけ取って、あとは牧場の家畜の餌にでも混ぜようかと麻袋の中に保存した。

 千切ったカモミールの花は桶の中で押し洗い。ぎゅうぎゅうと力を込めて洗い、しばらく乾くまで風通しの良い場所で放置。

 乾いたお花を瓶の中に入れ、更に透明蒸留酒を注げば作業は終了となる。このまま三週間ほど置いてから中身を濾し、飲めるのは三ヶ月後位か。綺麗な琥珀色になるらしい。


「カモミール酒は鎮静、保湿、疲労回復、不眠に効果あり、だって」


 カモミールはリンゴみたいな爽やかな風味のある香草だ。お酒に漬ければ香りが更に増すと言う。以上、庭師から聞いた情報である。


 三週間後、お酒の中身を濾してから、再び消毒をした瓶の中に戻す。


 今日は祖父が遊びに来てくれるというので、ジークリンデと三人でお食事会をしようと予定を立てていた。

 まだ時間があるので、姪っ子達と一緒に作った香草茶で一休み。


「叔父様、今日、お姉さまとお菓子を作ったのよ」

「わあ、美味しそうだねえ」


 二人が作ったのはカモミール茶が入ったマフィン。厨房の料理人に習いながら作ったという。


「茶葉をねえ、ミルクで溶かしてから小麦粉を混ぜてね」


 興奮冷めやらぬ、と言った様子で姪っ子達は目を輝かせながらお菓子作成の奮闘話をしていた。まあ、落ち着きたまえと鎮静効果のあるカモミール茶をカップに注ぎ、砂糖漬けにしていた花を落とす。


「いい香りだねえ」


 焼き菓子を一口齧り、香草茶を啜る。素朴な味わいにほっとするような、癒されるような気分となった。


「……叔父様、どう、ですか?」

「美味しいよ。ありがとう、エーデルガルド、アーデルトラウト」


 天使のような姪っ子二人は眩しいほどの笑顔を浮かべ、「また作ってあげるね!」と言ってくれた。


 おじさん、とっても嬉しい。


 ◇◇◇


 楽しいお茶会が終われば身支度を整えなければならない。風呂に入り、髪の毛を乾かしてしっかりと綺麗に髪の毛を三つ編みにする。


「リツ、準備は出来ているか?」

「は~い、ちょっとだけお待ちになって~」


 扉を開いてジークを部屋に迎えた。


 ジークは真っ赤なドレスを纏っている。着飾った姿を見て、思わずため息を吐いた。


「ジーク、すごい綺麗だ」

「それは良かった」


 化粧をしているので頬にキスをするわけにはいかないので、手の甲に唇を寄せる。

 このまま部屋にお招きしてじっくりとジークの麗しい姿を堪能したかったが、使用人がこちらに向かって近づいて来る足音が聞こえてきた。


「お義祖父様が到着をしたようだ」

「そっか。だったら行かなきゃねえ」


 布に包んだカモミール酒を持って食堂に移動する。


 一ヵ月振りとなった祖父は相変わらずで、元気そうな姿を見せてくれた。


「なんだか毎回来て貰って、申し訳ないやら何やら」

「別にお前に会いに来ている訳じゃないから気にするな」

「はは、ですよねえ」


 心無い毒舌も相変わらずなようで。


「あ、これ、ジークと二人で作ったもので……」


 特製のカモミール酒を祖父の前で持ち上げて見せる。


「何だ、これは?」

「カモミールのお酒です。この家の庭で採れたものから作りまして。とても健康にいいので」


 二ヶ月程置いてから飲んでくれと説明をして、お薬だと思って少しずつどうぞと従者に手渡した。


 それから互いの近況を報告し合う。話題は尽きることが無かったが、大切な要件を忘れないように、早めに言っておく。


「それで、今日はお祖父さんにお願いがあって」

「なんだ、小遣いが欲しいのか?」

「いえ、そういうお願いではなくて」


 隣に座るジークと視線を交わしてから、以前より考えていたことを祖父に話した。


「産まれてくる子供の、名前を決めて頂けないかなと」

「は?」

「ジークと二人で決めたんです。是非とも考えて欲しいなあって」


 ジークからもお祖父さんにお願いをする。


「お義祖父様、お願いをするのが遅くなってしまって、本当に申し訳ないなと」

「そのようなことは、別に……、はあ、本気なのか?」

「はい。お願いできますか?」

「まあ、ううむ、そうだな」


 祖父は突然の願いに困っているような状態になっていた。もうすぐ出産予定日なので、考える時間も余りないが、どうか考えて頂けないかと再三のお願いをする。


「お祖父さん、無理だったら」

「い、いや、無理ではない、断じて!!」

「そうですか?」

「ああ、しばし待たれよ。また後日来る……む、ジークリンデよ、そう言えば出産予定日はいつだったか?」

「二週間後です」

「そうか。――うむ。問題はない。私に任せろ」

「お祖父さん、本当ですか!?」

「お前もしつこいな。……どれ、男女どちらが産まれてもいいように、いくつか考えておこうではないか」

「お祖父さん、ありがとう!」

「お義祖父様、ありがとうございます!」


 快く引き受けてくれて良かったと、ひとまず安心することが出来た。


 二週間後、祖父は産まれてきた我が子にアルノーという立派な名前を付けてくれた。


 出産後のジークリンデの体調が万全となれば、半年以上も滞在させて貰ったヴァッティン家の方々ともお別れの日がやって来る。


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