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第六十一話 愛しのジークリンデ

 夕食後は義父や義兄の晩酌に付き合う。ジークの血縁者なだけあって皆お酒に強い。この前エールが好きだと言ったからか、果実風味の麦芽酒ビアを用意してくれていた。

 おつまみは勿論腸詰めヴルスト! 本場のテューリンガーは牧場で育てた豚と自家製の香辛料を使って作ったというこだわりの一品だ。


 加熱は炭のみで行い、規定の材料を使わなければテューリンガーと名乗れないという。ちなみにテューリンガー(アルト)という名前で売っているものは、本物ではないから食べないようにと義父は熱く語っている。


「明日は一緒に腸詰めを作ろうか」

「はい!」


 腸詰め作りは以前から興味があったので、明日が楽しみになる。


「父上、明日は休ませてやったらどうです?」

「いや、まあ、そうかな?」

「お義兄さん、大丈夫ですよ。腸詰め作りは以前から興味があったので、楽しみにしていますから」


 そんなことを言えば、自分を奇異に思っているような視線が集まって来る。


「あ、あの、お義兄さん、何か、言語的なものでも間違っていましたか?」

「いや、違うよ。皆、君が働きたがるからびっくりしているだけで」

「はあ、左様でしたか~」


 さっきも義父と似た様な会話をしたばかりだったような。


「リツハルド君は、一年間の中でゆっくり休むということはほとんど無いらしい」


 義父の発言を聞き、義兄達は再び驚きの声を上げていた。


「うちの村ではこれが普通で。その、ジークリンデさんにも苦労を掛けてしまい」

「いやいや、娘はどうか好きに使ってくれ。力が有り余っているんだ」

「そうだ。力が有り余っているからあんな……」

「オイ止めろ、また悲惨な目に遭いたいのか!?」

「あ、ああ。そうだったな」

「?」


 ジークの話題になった途端に悲しそうな顔をする義父に義兄達。やっぱり愛する妹がお嫁に行ってしまって寂しいのだろうか。全く気がついていなかった。これからは一年に一度位は長期滞在をした方がいいのかもしれない。


「リツハルド君は娘のどこを好きになったのかな?」


 これは言わなければならない雰囲気なのか。本人にすら言っていないことを、家族の前で告白とか。


「言いたくなければいいんだよ」

「いえ、言わせて頂きます」


 皆が悲しそうな顔をしているので、言うしかないだろう。

 ここできっちりジークへの真面目な愛を知って頂いて、安心して見送って欲しいと思う。……国に帰るのは何ヶ月も先だけどね。


「最初は、夜会会場での一目惚れでした」

「!?」


 皆さん揃って灰色の目を見開いている。軽い奴と思われているのだろうか。


「その、ジークリンデさんの見た目が好きになったのではなく、力強くて生命力に溢れる目に惹き付けられたといいますか」

「そっちか! いや、そうか。それなら納得だ。確かに、娘の目付きはちょっと特別だな」


 そう、ジークは『紅蓮の鷲』の二つ名に恥じないご立派なものをお持ちです。


 それから彼女と一緒に暮らす事になって、様々な内面を知る事となる、

 真面目な所や優しい所、凜とした生き方や、逆境にも屈することなく、頑張る後ろ姿。そんなジークの全てが愛おしい。


「あとは~」

「も、もういいよ、ありがとう。娘への愛は十分に理解した!!」


 義父も義兄達も顔を真っ赤にしていた。ちょっとジークの可愛さについて語りすぎてしまったのかもしれない。


「そろそろ寝ましょうか?」

「そうだな」


 こうして全く酒の進まないという飲み会は幕を閉じた。


 顔が火照っていたので洗い、歯も磨いてから寝室へと移動をする。

 自分に割り充てられた部屋はジークの私室のお隣。扉の下から灯りが漏れていないのでもう寝ているのだろう。ちょっとだけ顔を見てから寝ようかと思っていたが、起こしたら悪いのでそのまま自分の部屋に直行をする。


 暖炉の火でほんやりと明るい中、寝台までのろのろと歩いていく。


「ん?」


 寝台には膨らみがあった。


「遅かったな」

「!!」


 危うく悲鳴を上げそうになる。


 寝台に気配無く横たわっていたのはジークだった。


「あれ? 部屋間違った?」

「間違っていない。ここはリツの部屋だ」

「で、ですよね~」


 薄暗い中、上着を脱いで椅子に掛けてあった、恐ろしく生地の薄い絹の寝間着に着替える。


「どうしたの? 何かお話でも?」

「いや、一緒に眠りたかったから」

「!!」


 ……やだ、うちの奥さん可愛い。


 早く傍に行きたいので、急いで服を着替え、ささっと布団の中に潜り込む。


 ただでさえ素晴らしいお布団の中にジークが居るとか。ここは天国なのかもしれない。


 念の為にジークの体を確認。


 うん。服は着ている。


「珍しいね~」

「妊婦は体を冷やしてはいけないらしいからな」

「ふうん」


 邪な気持ちが膨らまないうちに眠る努力をする。


「おやすみなさい」

「もう眠るのか?」

「……うん」


 ジークへの愛がどこまでも清らかなものだったら良かったのに、と悔しくなる。

 残念ながら自分は男で、普段ならまだしも欲求がふつふつと湧いて来るような状態になれば軽く触れ合うだけで心も体も満足出来る、という訳にはいかない。


「ジーク」

「なんだ?」

「好きです」

「知っている」


 ぶっきらぼうな言葉を返すのに、ジークはこちらに身を寄せて密着して来る。


 うわ、うちの奥さん可愛(以下略)。


 薄い寝間着を着ているからか、肌の温もりを直に感じてしまう。しかも、下着は身に着けていない事まで発覚した。


 ……別の事を考えよう。


 どうしようか。好きって伝えたついでに、先ほどお父さんとお兄さんにジークへの愛を語ったことの報告でもすればいいのか。


「どうかしたのか?」

「いや、うん、まあ」


 色々と刺激が強すぎる。これでは安らかに眠れない。


「そういえば、父と風呂に入ったらしいな」

「!!」


 すっかり桃色になっていた頭の中だったが、義父との嬉し恥かし(?)入浴風景が浮かんできて、数時間前に起こった暗黒時代の記憶を思い出してしまう。


 良かった。なんだか意識を手放せそう。


 結局、お義父さんとお風呂に入る事になった経緯を話している途中に寝入ってしまった。


 ◇◇◇


 翌日は朝から牧場に出かけた。

 牛の乳を搾り、鶏の卵を頂いてから屋敷に帰る。新鮮な卵は朝食に出てくるという。


 作業服からお綺麗な服に着替えて食堂へと移動。貴族って大変だ。自分の家だったら作業服のままで適当に朝食なんて済ませてしまう。


 朝食を一緒に囲むのは、ヴァッティン家の綺麗どころばかりだった。

 義母に義兄の奥さんとその娘さんが二人(六歳と九歳)それからジークリンデ。


 目の前に座った小さな姫君が、何故かこちらを熱心に見つめている。


「なにかご用かな、お姫様?」

「お姫様!? お母様、お姫様って言われた!!」

「大きな声を上げるのではありませんよ」


 ああ、失敗。女性の扱い方は難しいと実感する。


「ねえ、その三つ編み、ジークリンデ叔母様に結って貰ったの?」

「そうだよ」

「やっぱり!」


 ジークのお人形さん遊びのお相手はこの小さな娘さんだったようだ。


「叔母様、とってもお上手ね!」

「ありがとう、アーデルトラウト」


 これでお話は終わりかと思いきや、まだこちらをじっと見つめていた。


「ねえ」

「なにかな?」

「雪の国から来たの?」

「そうだね」

「白い髪の毛の人、初めて見たわ」

「国に帰ればたくさん居るよ」

「へえ!!」


 六歳の少女の異国人への興味は尽きないようである。


 朝食後、ヴァッティン家の小さなお姫様こと、アーデルトラウトがやって来て、耳を貸せと言う。

 しゃがみ込んで耳を傾ければ、ひそひそと小さな声で話し出す。


「実は、妖精さんなんでしょう?」

「!!」


 思わずぎょっとしてアーデルトラウトの顔を見てしまった。


「心配しないで。他の人には黙っていてあげるから」

「あ、ありがとう」


 咄嗟にお礼を言ってしまった。どうしよう。そろそろおっさんへの道に踏み込んできているというのに、幼い少女に妖精認定されるなんて。


 そんなことをジークに相談をすれば、笑われてしまった。これでも真面目に悩んでいるのに。


「いいじゃないか、妖精で」

「三十前で何も不思議な力もないのに?」

「不思議な力は持っているだろう?」


 ジークは微笑んでから、こちらへ近付いて耳元で囁く。


「幸せを運ぶ雪妖精さん」

「!!」


 不意打ちな言葉を聞き、顔がカッと熱くなるような感覚に陥ってしまった。


 がっくりと項垂れたようにその場にしゃがみ込み、必死に羞恥心と戦う事となった。


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