第五十九話 再会
待ちに待ったジークリンデとの一ヶ月振りの再会! 嬉しくって船の中の二日間はずっとそわそわとしていて、我ながら落ち着きがなかった。
港にはジークの実家の使用人が迎えに来てくれていた。
馬車の中に居た従者のお兄さんは、移動中にヴァッティン家の愉快な近況について教えてくれた。ジークも元気そうでなにより。
三時間の馬車移動を経て、伯爵家が治める緑豊かな領土に到着をした。
玄関先で待っていたのは、ジークリンデのお兄さん達。
一体何用なのだろうか。眩いほどの笑顔で出迎えられる。一人だけだったら不審に思わないが、目の前に居るのは軍務に就いている、特別に体の大きな方が五人も並んで立って居た。
不可解な光景である。
「やあやあ、リツハルド君、待ち侘びていたよ!!」
「え? ああ、ありがとうございます」
「敬語なんか使わなくてもいいから! 兄弟だろう?」
「そう、ですね。少しずつ、慣れていきます」
軍人気質のハキハキとした喋りをする人達に囲まれ、どういう反応をすればいいのか困ってしまう。それに、ちょっと初めましてのお義兄さん達も混じっているような。というか、五人中四人が初対面だ。
皆揃って赤髪だったが、顔付きはやっぱり猛禽系。背は自分よりも頭一つ分程高いので、囲まれると少々恐怖を覚えてしまうという。
「お義兄さん達は、何故揃ってこちらに?」
「え、いや、あの、ちょっとね」
「あー、あれだ。私達の逞しい……、じゃなくて、か、かわ、可愛い、妹、ぐっ……ぬお!! なんという、鳥肌立っているではないか!!」
「ああ、心にも無い事を言うから」
「と、とにかく、ジークリンデがご機嫌斜めで!!」
「ジークが? へえ、珍しいですねえ」
急にお義兄さんは黙り込み、信じられないと言わんばかりの視線を向けてくる。
「えっと、ジークは?」
「部屋に、急いでくれ!!」
「う、わ!!」
一番体の大きなお兄さんに背中を押され、ジークの部屋へと移動をする。扉を開き、後は頼んだと言われて押し込められてしまった。
乱暴に閉ざされた扉を振り返り、一体なんだったのかと首を捻る。
それから部屋の中を見渡せば、ジークが窓辺の椅子に座っていた。目が合えば、ハッとなって立ち上がる。
「リツハルド!!」
「あ、久しぶり、ジークリン……」
名前を言い終える前にジークはこちらへと駆け寄り、抱き付いて来た。
触れ合った刹那、これは夢ではないかと思ったが、さらりとした艶やかな赤髪が頬を撫でれば、今の状況が現実だとはっきりと感じることが出来た。
久々となった抱擁を十分に堪能する。
「……ジーク、会いたかった」
耳元でそんなことを呟くと、ジークは首をコクコクと頷かせている。そのまま耳たぶに唇を寄せれば、そこからじんわりと淡い紅色に染まっていった。
一度体を離し、ジークの手を引いて窓際に置いてある椅子に座らせる。
「体の調子はどう?」
「ああ、悪くない」
「そう」
だが、悪阻は相変わらずだという。
「リツは、少し痩せた気がする」
「そうかな?」
もしかしたら気苦労で体重が減ったのかもしれない。ここ一ヶ月間は父に仕事を教える為に朝から夜まで付きっきりで、あまり休む暇も無かった。知らないうちに身を削っていたのだろう。
一ヶ月間、両親と暮らした感想は、なんとも言えない。十年間離れていたので、暮らしの感覚とかがすっかりズレてしまい、色々と気を使って疲れてしまったというのが本音だった。
「やっぱり、ジークと二人暮らしが楽しかったな」
ジークの座っている椅子の前にしゃがみ込みながら、少し前に仮夫婦をしていた頃の暮らしを思い出す。どれも楽しい記憶ばかりだった。
「ジークは、一ヶ月間何をしていたの?」
「それが、あれも駄目、これも駄目と制限が多くて」
「大変だったんだ」
義母や義姉が傍に控えていて、ジークの行動の一つ一つを監視していたという。
「目を離せば、腕の筋力をつける為に素振りをしたり、外に走りに行ったりすると思われているらしい。全く、失礼な家族だ」
このように家族が心配をするので、一ヶ月の間は大人しく針仕事をしたり、編み物をしたりなどして過ごしていたと。
ジークは作った作品を持って来て広げて見せてくれた。
「沢山作ったね」
「まあ、暇だったからな」
毛糸の上着に手袋、襟巻き、靴下と、綺麗な菱形模様の入った品が並べられる。
その中の一つである襟巻きを、ジークが巻いてくれた。
襟巻きは肌触りの良い深い青色の羊毛で編まれており、ふわふわモコモコの優しい触感にも癒されてしまう。
「これ、もしかして俺に?」
「ああ、ここにあるのは全部、リツの為に」
「え、本当!? 嬉しい!!」
何とまあ、出していた毛糸の作品は全て贈り物だという。
「ありがとう、ジークリンデ!」
お礼を言いながら頬に口付けをする。
顔を離せば灰色の目と視線が交じり合う。久々なので何だか照れてしまった。
じっと長い間見つめ合っていたが、ジークの方が先に目を逸らす。伏せられた瞼を覆う睫毛は、かすかに揺れているようにも見えた。
壁を背にした状態で、ジークはきまりが悪そうにしている。再び目が合えば視線から逃れようと身じろぐので、壁に両手を付いてジークを閉じ込めてから動けないようにした。
「ねえ、ジーク」
「!?」
「キスしてもいい?」
「……」
「嫌?」
「……別に」
嫌ではないというので、壁から手を離して片方の手を腰に回して体を引き寄せる。
「ああ、上着を脱いでおけばよかったなあ」
モコモコとした綿入りの上着が邪魔をしてあまり密着している気分に浸れない。お義兄さん達が玄関先で待機していたので、外套を脱ぐ暇さえなかったという。
だが、ここで体を離せば恥かしがっているジークを捕まえることは困難かもしれないので、このまま行為は続ける。
俯いていたので顎に手を添えて顔をこちらに向かせてから、唇を重ね合う。このままじっくりと楽しみたい所だけど、歯止めが利かなくなるので軽く触れ合うだけに
ゆっくりと体を離し、ジークを椅子に座らせてから顔を覗き込む。頬は紅く色付き、灰色の目は潤んでいていつもより濃い色彩を放っているように見える。
指先で顎の線に沿うように撫でれば、瞼は閉じられるが、いつものような触れ合いをする訳にもいかないので、そっと口の端にキスをしてジークから距離を取った。
「そろそろお義父さんに挨拶をしに行かないと」
「……ああ、そうだったな」
ここはジークの実家だ。いつまでも睦み合っている場合ではない。
「お義父さんは今どこに?」
「執務部屋に居ると思う」
「そっか。ありがとう」
ジークの頭を軽く撫でてから部屋を出ようとしたが、離れる間際に外套の裾を掴まれてしまった。
「あ、そうだ。上着、脱がないとね」
「いや、そういう意味ではなくて」
「ん?」
「リツの言う通り、二人暮らしは良かったな、と」
「まあ、家族が居れば、相手との時間が第一になるとは限らないからね」
なんだか二人で暮らしていた日々が遠い昔のように感じてしまう。たった一ヶ月間、離れて暮らしていただけなのに、不思議なことだと思う。
それはジークも同じ気持ちだったようで、互いに苦笑をする。
「早く、家に帰れたらいいな」
「大丈夫、すぐに帰れるよ」
っていうか、ここもジークの家だからね、という無粋な指摘はしないでおいた。
◇◇◇
それから二人でヴァッティン家の主の下へと行く。
「ああ、リツハルド君、良かった!!」
「?」
何が良かったのか、よく分からなかったが、お義兄さん達同様に歓迎してくれるのは嬉しかったのでお礼を言っておく。
「それで、牧場のことですが」
「え!?」
「どうかしましたか?」
「君、もしかして、もう働こうとしているとか?」
「ええ、そうですが……?」
何かおかしなことを言ってしまったのかとジークの顔を見る。
「父はリツハルドが働き者だから驚いているだけだ」
「え、そう?」
義父の方に向き直れば、ジークの言葉にうんうんと頷いていた。
「遠い所から来たのだから、二、三日位休まないと」
「いえいえ、とんでもない」
働かないでダラダラと過ごすのは申し訳が無い。何か仕事をくれと懇願をする。
「はあ、全く、うちの息子たちも見習って欲しいところだ」
軍人のお義兄さん達は牧場の手伝いはしないとか。でもまあ、休暇で来ているのだから、おかしな話でもないような気もする。
「リツハルド君、正直に言えば大変助かる。午後から手伝ってくれるかな?」
「勿論です」
と、このようにして新たなお仕事への挑戦が始まった。