第四十八話 満たされた中で
「リツハルド、起きろ!!」
「……う~ん」
「おい、起きろ!!」
「……は~い」
朝。ジークに激しく揺さ振られて起きる。否、まだ半分寝ていた。
「ジ、ジーク、もっと、優しく、揺らして~」
そのうち体が引っくり返ってしまいそうな勢いで力いっぱい揺らされていた。
「もうすぐ、起きるから~……、っていうかさあ、ジークが、散歩から帰って来る前には、起きていると、思うから~」
「そんな時間はとっくに過ぎている!!」
「え?」
薄らと瞼を開けば、しなやかな弧を描いている二房の素晴らしいものが視界の片隅に入ってきた。念のためにその房の柔らかさを確認しようと手を伸ばすが、触れる寸前に強く手首を掴まれて元の位置へと置かれてしまう。
「朝から何をしているのか!」
「いや、だって、目の前にあったから」
「……」
ジークは寝台の上に四つん這いになって自分を起こしてくれていた。一糸纏わぬ姿で。
普段ならいつまで経っても眠気が無くならないのに、朝から奥さんの艶かしい姿を見て、すっきりと目が覚める。
「良い眺め……」
「いいから起きろ」
そんな風に言われてふと気が付けば、外は既に明るい。いつもは日の出前に起床しているので、本日は大変なお寝坊さんということになる。
「ん? あれ、ジークも今起きたの?」
「だから裸でここに居るのだろう」
「そっか。昨日、今日かな? まあ、夜中にちょっとはしゃぎ過ぎちゃったからね」
「……」
暖炉にはまだ火が残っている。明け方に湯を沸かして薬湯で体を拭いた時に薪を追加していたからだ。
布団の上に脱ぎ散らかしていた上着を軽く羽織り、ズボンを捜索する。
「ジークも何か着て。その姿は目に毒」
発見したズボンを穿いてから、膝を抱えて座っていた奥さんの肩に毛布を掛けた。
「ジーク?」
「まだ、朝の挨拶が終わっていない」
「挨拶? ああ」
そういえば言っていなかったなと、いつものように元気良く挨拶をした。
「おはよー、ジークリンデ!!」
「……」
ジークは座ったまま、眉間に皺を寄せて目を細めている。
毎朝しているような挨拶はお気に召さなかったらしい。
「え、駄目だった?」
「いや、元気が良くていいと思う」
だったら何が不服だったのか。分からなくて聞いてしまった。
ジークは再び四つん這いになってこちらへと接近し、耳元で囁く。
「……だが、いつもしていることが、あるだろう?」
「!」
ああ、夫婦の挨拶のことだったのか。
「ジーク、ごめん。今は無理だよ」
「何故?」
「だって髭を剃っていないし。顔を近づけたらチクチクするから」
「髭なんか生えていないだろう?」
「生えるって」
そんな事を話せばジークが顔を覗き込んで来て、そっと指先を頬から顎に掛けて這わせてきた。
「別に気にする程のものではな……」
無防備に顔を近づけてくるので、そのまま軽く触れるようなキスをして、嫌がる素振りを見せなかったので、体を引き寄せてから再び唇を重ねる。
どんどん深くなっていく口付けは、鎮まっていた昂りまで煽ってしまう形となってしまった。
……結局、揃って居間に行ったのはお昼過ぎになったが、ルルポロンもミルポロンもいつも通りで、ありがたいと思ってしまった。
こんな事はあってはならないと、二人で反省をする。
◇◇◇
今日も今日とて働かなければならない日はやって来る。
犬を連れて、微かに雪が積もる森の奥へと入った。
笛を吹いて犬達に指示を出せば、元気良く駆けて行く。
ジークと二人で木陰に潜み、身を寄せ合って犬が獲物を発見してくれるのを待った。
それからしばらく待てば、犬の鳴き声が遠くから聞こえる。ジークと二手に分かれて、獲物を迎えた。
犬が追って来ていたのは二羽の兎。
まずは自分が手前に居た固体を撃ち抜き、次にジークが二羽目に来ていた兎の頭部に弾を貫通させる。
撃ち取ったのは、真っ白な雪兎だった。
「これは良く肥えた兎さんだ」
「串焼きにでもするか」
「いいかも」
とは言っても、熟成させなければならないので、食べられるのは数日後だが。
「今日はこの位でいいかな」
ジークを見れば「良い頃合いだろう」と言って銃を肩に掛けていた。
仕留めた獲物を入れる革袋の中には雉と兎が入っている。帰ったら雉はそのまま氷室で保管して、兎は氷をお腹に当てた状態で小屋の中で置いておかなければならない。
数日前に撃ち取った獲物が食べ時になるので、それを夕食に出して貰おうと話しながら家路に着く。
このようにして、雪国での狩り暮らしは続く。
穏やかな日々を、噛み締めながら過ごしていた。
北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし 完