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第十六話 備えあれば憂いなし!

 食料の確保や加工、領民の声掛けを終えれば、今度は生活灯や生活水の準備、伝統工芸の素材の確保をしなければならない。


 村の生活灯は蝋燭頼り。

 この村に伝わっているものは獣の脂と匂い消しの薬草を使って作るものだ。


「まさか蝋燭まで作っているとはな」

「基本的に自給自足だからね。商人の売っている品は輸送費とかが含まれているから無駄に高いし」


 本日はジークと二人で蝋燭作りをする。

 ここ数日のジークはミルポロンと森の素材集めに出かけていたので、久々の共同作業となった。


「……」

「ん?」


 そんな俺をジークは不思議そうな顔で見ていた。


「いや、嬉しそうにしているから、蝋燭作りが好きなのかと思って」


 どうやら感情がそのまま顔に出ていたようだ。ここでジークと一緒だから嬉しいと言っても良かったが、困らせたら嫌なので適当に笑って誤魔化す。


 蝋燭を作るのに使うのは良く肥えた雌猪の内臓脂。雄のものは臭くてとても薬草でどうにか出来るものではない。


 解体時に削ぎ取った脂部分を同じ大きさに揃えて切り、水を張った鍋の中へと放り込み、その中に臭み消しの為に粉末にした薬草を大量に入れる。


 それから煮ている間も良く油が出るように、ぎゅうぎゅうと木の棒で猪脂を押す。


 こうして煮込んで漉せば真っ白なクリーム状の油が取れる。それを何度か精製し、使った水が汚れなくなれば猪油の完成だ。


 この猪油に薬草などを加えたら保湿軟膏や石鹸なども作れる。古人の知恵は偉大だと、ジークと語らいながら作業を続けた。


 こうして出来た半固体の油に綿を三つ編みにして作った芯を長い木の串に付けて、油に浸してから取り出し、しばらく乾かす。それを何度か繰り返せば蝋燭となる。たった一本作るのにかなりの手間と苦労が掛かる一品だが、極夜はこの蝋燭の灯りと暖炉の火だけが生活を照らすものとなるので手を抜くわけにはいかない。


 直接口にする生活水は村の裏にある近場の森から湧いている水を持って来る。

 湧き水は不思議と冬の間も凍らない。これは精霊の力が働いているものだと言われていた。森に流れる川は凍っていたので、ジークも驚いている。


 極夜に備えて樽の中に水を入れて家まで運ぶが、勿論日持ちしないので暗い中に取りに行かなければならない。だが、その辺りは獣も出ないので危険も無いのだ。灯りを持って出かければなんとかなる。


 因みにそれ以外の生活用水は井戸水を使っていたり、雪を溶かして使ったり。水だけは豊富なので、日常で困る事もない。


 最後にするのは伝統工芸品の材料を採りに行くことだ。長い極夜の間、家で製作が出来るように準備を行う。


 この村の伝統の品と言えばククサと呼ばれる木製のカップがある。

 それは白樺の樹が獣などに傷つけられた後に、剥がれた樹皮を覆う為に出来るコブのような木の塊から作る品だ。


 この瘤を二ヶ月間じっくりと乾かした後に加工を行う。

 今回採ってきた分を使うのは先になるが、太陽の出ない間は森に行く事が出来ないので、今のうちに採りに行く必要があった。


 木製カップの他にもトナカイの革を使った鞄に腕輪、じっくり煮込んで柔らかくした木の根で作ったカゴに、トナカイの角を使って作る鞘や柄など、様々な物を作る。

 一つ一つ手作りなので普段は高値で取引をされるが、極夜の後にある市では比較的手に入り易い値段で販売をしていた。多くの村人達が同じ品の在庫を多く抱えるので、価値が下がってしまう為だった。


 極夜が終われば近くの港にも凍った海面を割りながら進む砕氷船がやって来る。


 その時季から港は人で賑わうようになり、毎日のように蚤の市キルップトリが開催される。

 極夜は出品する伝統工芸品を作るのにちょうどいい期間でもあった。


 ◇◇◇


「――と、まあ、こんなもんでしょう!」


 食料庫はみっちりと保存食が並べられ、家にある樽には水が満たされている。解体して熟成の終わった肉も雪の中に埋めて冷凍保存してあるし、加工していない毛皮もたくさんある。


 今までにない程に十分な準備が出来たと、ジークに報告した。


 やはり、家族が居るとやる気も違うものである。そんなことを実感するような毎日であった。


 ◇◇◇


 ある日の午後、ジークは家から持って来た木箱を差し出してくる。


「これは?」

「商人に売って生活の足しに出来ないかと思って」


 丁寧に包まれた布を解き、箱を開けば美しい刺繡の入ったハンカチが出てくる。しかもかなりの量だ。


「ジーク、どうしたの、これ?」

「実家で暇を持て余している間に作ったものだ」

「え、これ全部ジークが作ったの!?」


 なんとなくジークは女性がするような仕事に関して不器用なのではと勝手に思っていたので、意外な手先の器用さに驚いてしまった。


「あ~、でも勿体無いなあ」

「?」

「この辺りの商人は多分捨て売り価格でしか買い取らないよ。使わないんだ、この辺に住んでいる人達はこんな綺麗な刺繍の入った絹のハンカチは」


 都で売ればかなりの金額となるだろうなと刺繍を見ながら思った。だが、そこまで売りに行くのもトナカイで数日と時間が掛かる。逆に都に行くまでにお金が要るので、現実的な話では無かった。


「春から秋口までの観光客用に販売する為に、土産屋に出した方がいいかもね。客層は貴族とかお金持ちだから」

「そうか。まあ、販売方法については任せる」

「ありがとね」

「いや、まあ、すぐに金になるものでもなかったが」

「でも、気持ちがすごく嬉しかったから」

「……」


 そんな風に言えば、ジークは困ったかのような、何とも言えないような表情となる。最近はよくこんな顔をするので、あまり余計なことは言わないようにしていた。


 そして、極夜は訪れる。激しい豪雪と共に。


「すごい雪だな」

「これはしばらく止みそうにないねえ」


 窓枠はガタガタと揺れ、風が音をたてながら家全体を激しく吹きつける。

 外は荒れ模様であったが、部屋の中は温かで平和そのものであった。


 戦闘民族一家はお休みの日なので、家のことは全て自分達で行っている。


 暖炉の火の上には鍋が仕掛けてあった。

 調理場から適当に材料を持って来てからその場で料理を作る。


 本日のスープはジークの故郷の一品で、何となく勘で作るというものだ。

 ジークは料理を出来ないと言うが、先ほどから野菜の皮を器用に剥いている。実に頼もしい助手であった。


 材料は大量のジャガイモに根菜類と猪の燻製肉、香草を入れて材料がトロトロになるまで煮込むスープだ。材料が煮解れたらヘラで潰してさらに煮込むという。


 ジークの国で食事の際に多くを占めるものはジャガイモだ。

 かの国では、若い娘はジャガイモ料理を二百種類も作れないとお嫁に行けないとまで言われているそうだ。勿論、実際に作れる女性が居る訳ではないという。それ位作れないと結婚出来ないという例え話である。


 トナカイの腸詰めは香辛料を振ってから串に刺して暖炉の火で炙る。表面にじわじわと油が浮かんできて、皮がパリッと焼けて肉汁が滴り落ちてくれば食べ頃だ。


 昨日ルルポロンが焼いてくれた黒麦パンとチーズ、焼いただけの腸詰めとスープという朝食の用意が整った。


スープは良く出来ているとお褒めの言葉を頂いた。他にもジークの国の料理を作れないものかと話を聞いてみる。


「そうだな、煮たジャガイモを潰して団子状にしたものとか好きだった。食感がモチモチしていて、肉料理にも良く合う」

「うわ、美味しそう!」

「他には、腸詰とジャガイモに香辛料を加えて炒めたものだったり、荒めに挽いた肉を使って作った大きな腸詰め、木の実のパンとか……」


 ただ、作り方は謎なので、ジークに味見をして貰いつつの調理になりそうだった。


 そんな感じに朝食を終えれば、いつものゆったりと胃を休める時間となる。


「そう言えば、ランゴ家の者たちの冬支度は整っていたのだろうか?」

「大丈夫だよ、彼らは。テオポロンとか暗くても狩りに行っちゃうし、ルルポロンもミルポロンもきちんと極夜を理解していて、準備はしていたから」

「そうか。それなら良かった」


 先日テオポロンの家の食品貯蔵庫を拝見させて貰ったが、うちよりも豊富な食料が集められていたのだ。


 戦闘民族一家にはジークとの結婚を機に、村の集落から少し離れた位置に家を与えた。テオポロンの狩って来た獲物の処理などは屋敷の小屋などで行うが、それ以外の作業は家でしているようだ。彼らもまた、極夜に備えてしっかりと様々な用意をしていた。


 この後の予定は工房での伝統工芸品作りだ。

 ジークの手先が器用なことが発覚したので、教えながら作る約束をしている。


 今の時季は焦っても仕方が無いから、ゆっくり過ごせばいいと、そんな風に言いながら穏やかな時間を過ごしていた。


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