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夢見る少女たち

以前、Twitterで限定公開していたものです

ジークの姪(姉)視点の物語となっております

 私と妹アーデルトラウトにはささやかな夢がある。

 それは、喫茶店を開くこと。

 きっかけは一年前、父に付いていった領地の視察先で、すてきな喫茶店に出会ったからだ。

 中に入ると、お婆さんがひとりで店番をしていた。私達をひと目みて、「おいしいアップルパイが焼けているよ」と、笑顔を浮かべて言ってくれた。

 席には大きなウサギのぬいぐるみが座っていて、木目が入ったテーブルはどこか温かみがあって、童話の世界にいるようだった。

 お婆さんは父を見て、ひと目で睡眠不足であると見抜いた。

 リラックスできる蜂蜜入りのミルクを用意して、少し眠るように言ってくれた。

 私達には、焼きたてのアップルパイと酸味のあるベリーを絞ったジュースを用意してくれたのだ。

 それが、夢のようにおいしくて……!

 お婆さんは魔法使いなのではと思ってしまった。


 いつか、こんなお店を開きたい、と具体的に思ったのは、リツハルド叔父さんに薬草の知識やお菓子作りを習ってから。

 叔父さんに教えてもらった知識を生かして、喫茶店を開けるのではと思ったのだ。

 アーデルトラウトも、私の夢に同意してくれた。

 けれど、両親は大反対だった。

 貴族の娘は、他の家の者と結婚することが務め。

 心の中ではわかっていたが、ひとときの夢を壊されたのは悲しかった。

 幼いアーデルトラウトにまで、強く反対しなくてもいいのに。


 数日後、アーデルトラウトは、リツハルド叔父さんに夢を語った。

 また、貴族の務めを諭されるのではと思った。私はアーデルトラウトをぎゅっと抱きしめ、返される言葉に備える。

 けれど、リツハルド叔父さんの返答は予想外だった。


「へえ、面白いね! だったら、今からお店を作ってみようか!」


 それは、どういうことなのか。

 理解する前に、リツハルド叔父さんに手を引かれる。

 分厚い革手袋を渡されて、向かったのは、廃材置き場。その中で、叔父さんは切り株を見つけた。


「これ、椅子にしようか。テーブルは、どれがいいかな」

「叔父様、これはいかが?」


 アーデルトラウトが、半分にカットされた丸太を指し示す。


「いいね!」


 おじさんは木々を荷車にどんどん載せていった。

 このままでは使えないようだ。ヤスリを当てて木材の角を丸め、ペンキで色を塗る。

 乾燥させたあとは、ニスを塗ってつやを出した。


「はあ~~~!!」


 完成したテーブルと椅子を見て、アーデルトラウトはため息を吐く。

 廃材とは思えない、可愛らしい仕上がりとなった。

 テーブルと椅子は、庭の片隅に設置された。


 続いて、メニューも考える。街に向かい、山のように積まれたリンゴを購入した。

 アップルパイを看板メニューにしたかったのだ。

 おじさんは、シナモンたっぷりの最高においしいアップルパイの作り方を教えてくれた。

 甘い物が苦手な人のために、ミートパイも教えてもらう。


 次に、ドリンクメニューを考えた。

 お婆さんがしていたように、お客さんの状態に合わせた一杯を考えたい。


 おじさんからアドバイスを受けつつ、私と妹の喫茶店が完成していった。


 準備期間は約一ヶ月。そんな私達の喫茶店がついにオープンした。

 一人目のお客さんは、お祖父様だった。


「おお、なんだ! こんなところに、すてきなお店がある!」


 大げさに驚き、アーデルトラウトを喜ばせていた。

 大きな体を縮めて、テーブルと椅子に座ってくれる。


「いらっしゃい。おいしいアップルパイと、ミートパイが焼けているわよ!」


 アーデルトラウトは自慢げにパイを勧め、私は手作りのメニュー表を手渡す。

 とはいっても、アップルパイとミートパイしかないけれど。


「うーむ。迷うなあ。店員さん、どっちがオススメかい?」

「どっちもよ!」

「それは困った!」


 お祖父様には、特別メニューである、パイのハーフアンドハーフセットはどうかと聞いてみた。


「おお、どっちも食べられるのか。いいな。それをいただこう。飲み物は――」


 飲み物は私の担当だ。お祖父様は、畑仕事でバテているような気がしたので、柑橘を搾ったティーソーダを作った。これは、疲労回復効果がある。


「お待たせいたしました!」

「おお! おいしそうだ!」


 パイは下準備から、私とアーデルトラウトだけで作った。味見をした叔父様は「世界一おいしいよ」と言ってくださったので、きっと大丈夫だろう。

 パイを食べたお祖父様は、にっこり微笑んで言った。


「おいしい! 今まで食べたどのパイよりも、おいしいよ。ティーソーダも、パイに合う!」


 アーデルトラウトと共に、ホッと胸をなで下ろす。お口に合ったようで、よかった。


 それから、どんどんお客さんがやってきてくれる。

 お祖母様にジークリンデ叔母様、伯父様にクラウス兄さん。

 たくさんのひとが、喫茶店でお茶を飲んで、パイを食べてくれた。


 夕暮れ時。そろそろお店を閉めようとしていたら、お父さんとお母さんがやってきた。

 怒られると思ったが――二人とも、席についてくれた。

 アーデルトラウトは私の後ろに隠れて声をかけようとしない。代わりに、出迎えの言葉をかける。


「いらっしゃいませ。おいしいパイが、あります」

「だったら、それをいただこうか」


 お父さんはアップルパイ、お母さんはミートパイにするという。


「飲み物も、いただけるの?」


 お母さんの顔をそっと見る。ここ最近、社交が重なって気が張っているように思えた。

 だから、リラックス効果のある紅茶を用意する。


 父は夜遅くまで働いているのだろう。目が充血していた。

 眼精疲労に効果のあるお茶を淹れる。


「これは……おいしい」

「ええ、本当に」


 ドキドキしていたけれど、おいしいと言ってもらえた。

 胸を押さえ、息をはく。アーデルトラウトもホッとしたようだ。


 最後に、お父さんが話してくれた。


「この前は、すまなかった。夢を壊すようなことを言って」


 お母さんは、私とアーデルトラウトをぎゅっと抱きしめてくれる。


「あなたたちの夢は、すてきなことだったのね」


 認めてもらい、じわりと涙が溢れてくる。

  それだけではなかった。お父さんは、思いがけないことを提案してくれた。


「お前達の喫茶店を、慈善活動に使えるのではないかと思ってね」

「それは、どういうことなの?」


 孤児院や施設を訪問したさい、移動式の喫茶店を開いて、お茶やお菓子をふるまうというものらしい。


「どうだろうか?」

「すてきだわ!!」


 真っ先に、アーデルトラウトが反応を示す。

 私達にしかできない喫茶店が、あるようだ。


 リツハルド叔父さんのおかげで、夢が叶いそうだ。感謝してもし尽くせない。


 夢へ繋がる道は一つではない。

 大切なのは、反対されたからといってふてくされず、諦めずに努力すること。


 叔父さんは私とアーデルトラウトに、大切なことを教えてくれたのだった。  

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