エメリヒの脳内日記帳
〇月×日
毎朝せっせと働くアイナちゃんに何か仕事はないかと聞いたら、「男の人はそういうことをしなくてもいいの!」と怒られてしまった。
怒った顔も可愛い……。いやいや、そうじゃなくって。
この村の男衆は、朝は働かないようだ。昼間に猟にでかけるので、力を温存したいのか。
しかし、水運びの仕事は大変なので、こっそり汲みに行った。
井戸の周囲には、村の奥様方が会話している。これが本当の井戸端会議というやつだろう。
挨拶をして、チャチャッと水を汲んで帰ろうと思ったが、奥様方に捕まってしまった。
話を聞いてほしいようだ。
なんでも、朝の仕事は男の仕事ではないが、少し手伝ってくれたら助かるとのこと。
だが、向こうから何かしようかと聞かれても、断るのだという。女性達には面目というものがあるらしい。ただ、勝手にしてくれた仕事はしょうがないと。
なんて、都合のいいことは
なるほど、勉強になった。
〇月△日
初めて、両親を村に招いた。大自然とのどかな村の様子を気に入ったよう。
アイナちゃんも緊張していたが、しだいに打ち解けていった。
父と散歩していたら、可愛い女性がいると指差す。
どれどれと覗き込んだ先にいたのは──リツハルドくんだった。
しゃがみ込んで、土産屋周辺の除草作業をしているようだ。
村の女性のように布を頭から被った姿は、清楚な女性にしか見えない。
祖国の女はジークリンデみたいに肩幅が張っているので、妖精村の男性は華奢に見えるのだろう。
リツハルド君を見た父は妖精のように可憐だと喜んでいたので、真実は闇の中に葬っておいた。
□月▽日
お買い物をしていたら、奥様の井戸端会議に呼ばれる。こういうのは、村の女性達がするものだと思っていたが……。
ただ、あることに気づく。奥様方は皆、買い物籠を手にしていると。俺もまた、買い物籠を持っていた。同じような恰好なので、奥様の仲間入りをしてしまったのか。
井戸端会議の議題は、村の男前ランキングを決めるというものだった。
ぶっちぎりで、ジークリンデが一位である。これ、結果が分かりきっているのにする必要はあるのか。
そんな中で、ふと気づく。俺に、一票入っていた。
こ、これは、いったい……?
勇気を出して聞いてみたら、なんとアイナちゃんが投票してくれたと。
アイナちゃん……ありがとう!!
でも、アイナちゃんはしばらくジークリンデとどちらに入れるか悩んでいたらしい。即決じゃないんだ。
でもでも、嬉しい!
ちなみに、リツハルド君は即決でジークリンデに投票していたようだ。
男性票も入っているんだ、これ……。
俺はどうするかと聞かれたので、リツハルド君に一票入れておいた。
□月〇日
アイナちゃんが民族衣装を作ってくれた。袖や襟に刺繍のあるテープが縫い付けられていて、とても綺麗に仕上がっている。
着てみたら、アイナちゃんが笑ってくれた。貴重な笑顔だ。
しかし、目が合うと「何?」と目を吊り上げる。天使のような笑顔を見ることができたのは、一瞬のことだった。
素直に可愛いと伝えると、みるみるうちに顔を真っ赤にしていく。それから、そういうことは言わなくてもいいの! と怒られてしまった。
当然、照れながら怒るアイナちゃんも可愛い。
最高の奥様だった。
△月〇日
アイナちゃんの実家に届け物をした帰り、奥様方の井戸端会議にリツハルド君が溶け込んでいるのを発見する。
パッと見、まったく違和感を覚えなかった。リツハルド君は完璧な奥様感をかもしだしている。
邪魔したら悪いと思い、速足で通り過ぎようと思ったが──見つかってしまった。
俺も、奥様方の井戸端会議に招かれる。
何を楽しそうにしているかと思えば、ジークリンデとのカッコイイエピソードについて話していたようだ。
ふと、軍人時代にあった話を思い出し、語って聞かせる。
休日、ジークリンデと共に街に買い物に出かけていたら、ひったくりが後方から走ってきた。
誰か捕まえてという言葉にジークリンデは反応し、すぐさまひったくり犯を取り押さえる。
被害者にひったくられた鞄を返すと、受け取った女性の目はハートになっていた。
名前を聞かれたジークリンデは、「名乗るほどの者ではない」と言って去って行く。
女性と共にジークリンデの背中を見送りながら、「やだ……カッコイイ」と言ってしまった日の話である。
そんなエピソードを話したら、女性陣は「素敵ね」とうっとりしていた。
リツハルド君は、「どうしよう……その素敵な人が家にいるんだけれど!」と、恥ずかしそうにしていた。
奥様方とリツハルド君を乙女にしてしまうジークリンデはさすがだ。
△月×日
アイナちゃんから腕飾りをもらう。嬉しすぎて床の上を転げまわっていたら、アイナちゃんから「気持ち悪い」と言われてしまった。
我が家では、よくあるできごとである。
△月▽日
アイナちゃんの猫がぜんぜん懐かない。実に冷たい目で俺を見ている。
苦しんで死んだ振りでもしたら、心配して近づいてこないか。
試してみたら、ちょうどやってきたアイナちゃんが引っ掛かり、泣かせてしまった。
アイナちゃんは俺が死んでしまった、もうこの先、生きていけないと泣き叫ぶ。
なんていうことだ。アイナちゃんったら、そんなふうに思ってくれていたなんて。
感動して、俺まで泣きそうになる。
生き返ったら猛烈に怒られるだろうけれど、アイナちゃんを泣かせ続けるわけにはいかない。
起き上がって、正直に死んだ振りだったと言ったら、アイナちゃんは怒らずに「良かった」と言って抱き着いてきた。
アイナちゃんが可愛すぎて死ぬ。そう、確信した日の話である。
アイナ「エメリヒ、あなたは、私が死んでから死んで!!」
エメリヒ「わ、わかった」
リツハルド(なんか、すごい無茶ぶりしている!)
◇◇◇
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