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雪と散歩とホットチョコレート

 朝、太陽も出ない時間帯に目を覚ます。リツハルドはいつもの通り、ぐっすりと眠っていた。昨日は夜遅くまで、書類仕事をしていたようだ。

 領主様は大変だ。仕事が山のようにある。

 リツハルドを起こさないように起き上がり、自分の部屋で寝間着から民族衣装に着替えた。

 昨晩、雪が降ったようで、外は一面銀世界。

 角灯に火を灯し、慎重な足取りで外に出る。


 空はまんまるの月が浮かび、星が輝いている。

 地平線にうっすらと差し込む白い光は、太陽が近づいている証拠だ。もうすぐ、朝になる。


 凍えるような冷たい空気を吸い込む。ここに来たばかりの頃は、息を吸うだけでよく咳き込んでいた。

 体が寒さに慣れていなかったのだろう。しかし今はもう、そんなことはなかった。

 玄関の周辺にある雪をかき出し、綺麗にしておく。作業が終わると、ホッと一息。

 雪が降ったあとの空気は、特別美味しい。気のせいかもしれないけれど。


 村の民家は、ポツポツと灯りが点っている。村の女性達の朝は早い。

 何か手伝えそうなことがあったら、手を貸す。


 村で唯一、夫婦揃って働いている家があった。


「アイナちゃん、何か手伝うことは──」

「いいってば! 家の中にいて!」


 アイナとエメリヒである。

 ここの夫婦は、相変わらずなようだ。あとで、エメリヒにはこっそり朝すべき仕事を教えなければ。

 仕事は聞いてするのではなく、聞く前に自らしないといけない。

 エメリヒはまだまだだ。

 しかし、アイナの横顔を見ながら思う。ああやって、声をかけてもらうだけでも、嬉しいのだろう。

 どうにか、上手くやってほしい。


 土産屋の前を通りかかると、おかみさんが入荷した商品を店内に運んでいた。


「おはよう。これは、店の中に運べばいいのか?」

「おやまあ、今日も早いこと!」

「お互い様だ」


 おかみさんと二人、入荷したばかりの商品を店内に運ぶ。


「何か、珍しい物は入荷しているか?」

「そうだねえ」


 おかみさんが取り出したのは、銀紙に包まれた平らな菓子──チョコレートだ。

 手に取ると、ずっしりと重い。軍用のチョコレートのようだった。

 軍用のチョコレートは美味しくない。誰だったか、茹でたジャガイモのほうがまだ美味しいと言っていたほどだ。

 保存性を高めるために、美味しくする努力は行われていない栄養補給用のチョコレートなのだ。

 そんなチョコレートを思い出してしまう。


「おかみさん、これは軍用のチョコレートではないのか?」

「いいや、違うよ。それは製菓用のチョコレートなんだ」

「製菓用……なるほど」


 菓子作りに使う物なので、一枚の分量が多いと。


「ただ、市販のチョコレートより甘くはないから、使う際は砂糖を入れたほうがいいけれど」


 リツハルドはチョコレートが好きだ。何か、お菓子を作ることができたらいいけれど、正直自信がない。

 そう言ったら、おかみさんが簡単に作れる物を教えてくれた。


「だったら、ホットチョコレートにすればいいのさ。刻んで溶かして、牛乳と混ぜるだけ。簡単だろう」

「それだったら、私にもできそうだ」


 ホットチョコレートとやらの作り方を教えてもらう。確かに、そこまで難しいものではない。

 今日はルルポロンが休みの日なので、台所も使えるだろう。


「では、これとホットチョコレートの材料をいただこう」

「まいどあり」


 ホットチョコレートの材料を胸に抱き、帰宅する。

 さっそく、腕まくりをして調理に取りかかった。


 まず、製菓用のチョコレートを刻む。

 軍用チョコレートは石のように硬く、ナイフで細かくするのも骨が折れるようだった。しかし、製菓用のチョコレートは簡単に刻むことができる。

 細かく刻んだチョコレートは、砂糖とほんの少しの塩を入れて湯煎で溶かす。

 途中から、湯を入れてなめらかになるまで混ぜ合わせた。

 次に、鍋に牛乳を入れて、沸騰させないようにじわじわ温めた。そこに、溶かしたチョコレートを入れて、泡だて器で混ぜながら煮る。

 鍋の周りがふつふつとしてきたら、完成だ。

 使うポットは湯を注いで温めておく。

 これに、完成したばかりのホットチョコレートを入れた。


 朝食はゆで卵とパン、それから贅沢に厚切りしたベーコン。

 食卓に並べていると、リツハルドが起きてくる。


「おはよう、ジーク。早いね」

「おはよう、リツ」

「なんか、甘くて良い匂いがしたから、目が覚めちゃったよ。これは、もしかしてチョコレートかな?」

「ああ、当たりだ。実は、ホットチョコレートを作ったんだ」

「え、本当に?」


 なんでも、父方の実家に行った際、毎日のように飲んでいたらしい。好物だったようだ。


「嬉しいなあ」

「あまり期待はしないでくれ。初めて作ったんだ」

「そうなんだ」


 リツハルドは目を輝かせながら、席に着く。一応注意はしたが、期待は高まっているようだった。

 ポットからカップへと、ホットチョコレートを注ぐ。ふわりと、甘い香りが広がった。


「ああ、もう、この香りをかぐだけで幸せ!」

「それはよかった」


 席に着き、食前の祈りを捧げる。それが終わると、リツハルドは真っ先にホットチョコレートのカップを手に取る。

 カップに口を付けたリツハルドの目が、さらに輝いた。


「うわっ! ジーク、これ、すっごく美味しいよ!」


 リツハルドの感想を聞いてから、飲んでみる。

 芳醇な香りは鼻を楽しませ、濃厚な甘さが口の中を幸せで満たしてくれた。

 これは確かに美味しい。自画自賛してしまう。


「すごいねえ、初めてで、こんなに美味しいホットチョコレートが作れるなんて」

「これはさっき、おかみさんに作り方を教えてもらったんだ」

「そうだったんだ。実は俺も、前にホットチョコレートを作ろうとしたことがあって」


 普通のチョコレートを砕いて作ったところ、味気ないものが完成してしまったようだ。


「製菓用のチョコレートで作るのがコツなのかな?」

「どうだろう?」

「材料は、チョコレートと牛乳でしょう?」

「それに湯と塩を入れている」

「お湯と塩も入っているんだ。へえ、知らなかった。そっか~」


 こういう風に、リツハルドと会話しながら食べると、よりいっそう美味しく感じるから不思議だ。


 贅沢な朝の時間を、ゆっくりのんびりと過ごさせてもらった。


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