ルカと愛妻家たちのキノコ狩り
ルカ視点です。
朝、母親よりキノコ狩りを命じられる。
なんで俺がと思ったが、兄夫婦に待望の子供が出来たらしい。妊婦に森の散策をさせるわけにはいかないので、このような仕事が回ってきたのだ。
この調子だと義姉がしていた仕事が回ってきそうだ。明日はベリー摘みを頼まれるかもしれない。まあ、めでたいことだからいいけれど。
大きな籠と朝食の残りが入った弁当を持たされ、村の出口へと向かう。
すると、城塞の受付で偶然見知った顔に出会った。
その人物は、誰よりも愛想の良い笑顔を浮かべ、手を振っている。
「あ、ルカだ!」
声をかけてきたのは領主。背後にもう一人、男を連れている。
あれは、アイナの夫だ。異国人で、名前はなんと言っていたか。村のおばさん達が可愛いと盛り上がっていたのを聞いたことがある。顔が良いからちやほやしているのかと思えば、喋り方が片言で可愛いらしい、とのこと。喋りが拙いことが良いなんて、全く理解出来ないが。
「ルカも森に行くの」
「そうだけど」
「だったら一緒に行こうよ」
「は、なんで?」
「みんなで一緒に行った方が楽しいでしょう?」
なんなんだ、この領主は。何を食べたらこんなに天真爛漫になれる?
三十過ぎのおっさんとは思えない、さわやかな笑顔を向けてくれる。
呆然としていたら、手を引かれてしまった。
「うわ、止めろ!」
「いいから、いいから」
何がいいだ! 訳が分からん! つーか領主、力強いな!
ズルズルと引きずられながら、城塞を出ることになった。
◇◇◇
夏の盛りとなった森は緑が濃く生い茂り、豊かな自然が輝く場所になっている。
「あ、そうだ。ルカ、これ使って」
突然領主が振り返り、液体の入った瓶を手渡してくる。一体何かと聞けば、虫除けの薬だと言っていた。
「そんなもんがあるのか?」
「みたいだね。父に教えてもらったんだ」
蓋を開ければ、すっと鼻が通るような刺激臭がする。多分、ミントを使っているのだろう。
この時期は虫が多い。森から帰ると、何ヶ所も虫に刺されて痒い思いをするのだ。
「本当に効果があるのか?」
「あるある。ね、エメリヒ」
話しかけられたエメリヒとやらは、深々と頷いていた。
まあ、何もしないよりは、と思って使ってやることにした。
「目に入ったら痛くなるから、気を付けてね」
「分かった」
肌が露出している部分に塗るといいと言うので、首筋や手などに塗った。
虫除けを手に取れば、ひやりとする。鼻を突く香りは我慢をするしかない。
効果があるのならば、すごいものだとは思うが。
「塗った? じゃ、行こうか」
再び、キノコを求める散策が始まる。
キノコ狩りは昔からあまり得意じゃなかった。
まず、生えている場所が分かりにくい。湿った所に生えているというが、それを見つけるのが大変だ。
それに、毒キノコも多い。食べられるキノコと似ている物が多く、判別が面倒だ。
歩きながらもキノコを探しているが、目につくのは派手な毒キノコばかりで――。
「あ、あった!」
領主はキノコがあったと言って手招きをする。
発見場所は倒木の下。既に木はカスカスになっていて、中は空洞状態になっていた。そこに、キノコが生えていたという訳だ。
「いっぱい生えているね。採ろうか」
領主が発見したキノコは、どうやら俺らにも分けてくれるようだ。
三人でしゃがみ込み、大量に生えていたキノコを採る。
「倒木や切り株、落ち葉の下、陽の当たらない場所。キノコの生える場所は分かりにくいようで、分かりやすいんだよね」
エメリヒは領主の言葉を聞きながら、紙に何かを書き込んでいる。キノコの特徴などを描き込んでいるようだった。覗き込んだら、キノコの絵がすごく上手かったので、びっくりした。
それから、領主はどんどん森の中を進み、キノコを狩っていく。
「ルカ、ここから先はね、秘密の場所」
「?」
一体何かと聞いても、領主はどんどん森の奥に進んで行く。
川沿いを歩き、いつも釣りに来ている場所に辿り着いた。
「ここがどうしたんだ?」
「もうちょっと進むよ」
「?」
エメリヒも分かっていないようで、ポカンとした顔をしていた。……いや、こいつは普段から気の抜けたような表情をしているが。
そこから歩いてすぐ、少し斜面になっている場所に大量のキノコが生えていた。
生えているのは『コルネット』と呼ばれる黒いキノコだ。形が角笛に似ているので、名付けられたらしい。
「なんだ、これ!」
「すごいでしょ~?」
斜面の先は深い川になっている。誤って滑ってしまったら大変な場所だった。
「微妙に危ないから、たまにしか採りに来ないんだけど」
領主はエメリヒにコルネットの説明をしている。
「これ、乾燥させて、刻んだものを肉団子に入れたら美味しいんだよねえ。バターで炒めてお肉の付け合わせにしてもいいし」
その話を聞いて、思わず生唾を呑み込んでしまう。
確かに、コルネットは美味い。だけど、森の奥地にしか生えていないと母や義姉が言っていたのを思い出した。釣りに行ったついでに採って来いと命じられていたけれど、今まで発見に至れなかったのだ。
「さて、昼食前にもうひと頑張りしようか」
好きなだけ採ってもいいと言うので、コルネット狩りを始めることになる。
籠いっぱいにキノコが満たされたら、お腹がぐうと鳴った。
領主がそろそろ食事にしようと言う。
「ルカ、お弁当持って来てる?」
「ああ、一応」
準備のいい領主は、家から敷物を持って来ていた。
陽当り抜群の草むらに敷き、三人並んで弁当を開く。
領主は嫁が作った弁当を自慢していた。中身を見せてくれたが、そこまで料理が上手いわけじゃないのが分かる内容だった。正直に言えば、うちの残り物弁当の方が中身は充実している。けれど、領主は嬉しそうに弁当を眺めていた。
「エメリヒも、アイナに作ってもらったんだよね」
「アイナちゃん、早起きして用意、してくれた、ッテ」
わりと口数が少ないエメリヒだったが、嫁の話になればよく喋る。慣れないこの国の言葉を使いながら、嫁語りをしていた。
にこにこ、いや、にやにや、か――。
表情を緩ませながら愛妻弁当について、幸せそうに語る二人の男を見ていると、なんだかイライラしてくる。理由は分からないが。
「あれ、エメリヒのお弁当の熊っぽい肉、どうしたの?」
まさか、こいつが仕留めたのか!?
へたれっぽい男を凝視すれば、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「アイナちゃん、熊さん、貰った」
「もしかして、テオポロンから?」
「そう」
どうやら、エメリヒの家と戦闘民族の一家は付き合いがあるようだ。
そういえば、最近
二人共、長い間単独行動をしていたので、仲良くなっていたのは意外だった。
孤独を好む者同士、気が合うのかもしれんが。
弁当の中身を交換しつつ、昼食の時間は終わった。
籠の中もいっぱいになっているので、まっすぐ村に帰ることにする。
城塞に入る前に、領主から注意があった。
「ルカ、コルネットの生えている場所は危険だから、誰かと一緒に行ってね。出来れば男と」
「分かったよ」
「誘ってくれたら一緒に行くから。エメリヒでもいいけど」
「気が向いたら誘ってやる」
そう言えば、領主は笑いながら肩を叩いた。
――だから
「そういえば、虫除けどうだった?」
「あ、言われてみれば、どこも刺されていないような」
「そっか、良かった」
領主は簡単に虫除けの作り方を教えてくれた。
薬草を酒に漬けてしばらく置いておくだけなので、自分でも作れそうだった。
「一日一回、振るのを忘れずにね。あと、保存は暗所で」
「分かった」
領主とエメリヒは、城塞の受付で兵士達と世間話をするらしい。
一応、キノコ狩りのお礼を言って別れた。
村の女達は慌ただしい様子を見せている。キノコ狩りにベリー摘み、それらを加工をしなければならないので、一年の中で一番忙しいのだ。
そんな落ち着かない村を歩いて行く。
コルネット、美味いから、少しだけあいつ、ミルポロンの家に持って行こうかと考える。
別に、恩を売りたい訳じゃないので、直接渡さない。手紙入れに、置いておくのだ。すると、親父が近所からのおすそ分けだと思って家に持って帰ってくれる。
小袋にコルネットを入れ、人の気配がないことを確認し、手紙入れの中に置いた。
家の前から早足で去り、ホッと一息していたら、急にミルポロンが目の前に現れたものだから、飛び上がりそうなほどに驚いてしまった。
動揺を押し隠すために、心にもない言葉が次から次へと口から出てくる。
出会ったことだけでもびっくりしたのに、ミルポロンはこの村の民族衣装を纏っていた。
それが、なんていうか、可愛かった。
目が合って、ハッとなる。
ミルポロンもぼんやりしていたので、ここでも気持ちを悟られないように、話を聞いていたのかと、肩を軽く掴んでしまった。
そうすれば、いつも反応が薄いミルポロンが驚いた顔をする。
ぎょっとして、後ずさった。
ミルポロンは俺に、背が伸びたと言った。
背を抜かしたのはとっくの昔に気付いていたが、ミルポロンがこの国の言葉を喋れるようになっていたとは。
いつの間に覚えたのだろうか?
それよりも、先ほどうっかり口にしてしまった暴言の意味を、理解していたことに気付けば、雷に打たれたような、衝撃を受けてしまった。
俺はなんてことを言ってしまったのか。後悔しても遅い。
もう少し、気持ちの整理をしてから謝ろうと思った。
この日からミルポロンの逆襲を受けることになる。
言葉は仲良くなったエメリヒの嫁、アイナから習ったらしい。
片言で喋れるようになったので、いろいろと追及や話をしてくるようになったのだ。
謝ろうと思っているのに、ミルポロンの前に居たらどうしてか素直になれない。
慣れない言葉で話しかけてくる様子は楽しそうだった。
意外とお喋りで、びっくりする。
それと、片言な調子で話すのも、その、なんていうのか、可愛いなと思う。
――結局、村のおばさん達と一緒のことを考えていたことに気付くのは、もう少しあとの話だった。