魅惑の新メニュー!
狩りから帰って来れば、アルノーの子守大使という名誉ある仕事を命じられる。
今までお昼寝をしていたらしい息子の目はらんらんと輝いていた。
揺り籠に寝かせて、ゆらゆらと動かせば、楽しそうに目を細めている。
規則的な動きをさせているうちに、自分が眠くなってしまった。
これではいけないと、自らの頬を軽く叩き背筋を伸ばして意識をはっきりさせる。
アルノーの揺り籠を左右に動かしながら、開店が迫った酒場のことを考えることにした。
建物は既に完成していて、内装は母とジークが担当してくれている。
中は暖色の色合いになっていた。『紅蓮の鷲』のお店に相応しいものである。
お酒も発注して地下倉庫に置いているし、木を彫って作った品目表も頑張って作った。
料理の材料も豊富にある。
あと、気になることと言えば……
――リッちゃんの考えた
数日前の母の発言が、地味に心の中に突き刺さっていた。
自信満々で作った料理のどこに、おっさん要素が……。
アルノーの揺り籠を動かしながら考える。
・コーンド・ビーフ入りのもちジャガ団子スープ(一日五食限定)
・コーンド・ビーフとジャガイモの炒め物
・魚のトマトソース煮込み
・牡蠣とキノコの炒め物
・日替わりスープ
全体的に味濃いめ? お酒に合いそう? 全体的に茶色な彩り?
う~ん。分からない。
「アルノー、アルノーは、何が食べたいのかな~?」
アルノーは母乳一択だよね。まだ固形物は食べられない。
「……お乳、いいよねえ」
呟いてから、何を言っているのだと我に返った。周囲に誰も居なくて良かったと心底思う。
まあ、乳製品は貴重だからね! そういうこと!
……うん。
駄目だ。しようもないことばかり考えてしまう。
いい案は浮かばないので、村の見回りを兼ねた散歩を行いながら気分転換をすることにした。
散歩用の布を出してから、アルノーを揺り籠から抱き上げ、寒くないようにもこもこの上着を着せて、もう一枚毛布を巻いてから、膝の上で体を優しく包む。それを首と脇下からぶら下げるように結んだ。
台所でルルポロンと料理をしていた母に声を掛けてから、散歩に出かける。
つい最近まで村や森の木々が紅葉しているなと思っていたのに、地面は薄く雪が積もって、すっかり冬景色となっていた。
子供達は元気に走り回っているし、奥様方はせっせと働いていた。極夜前なので、森で狩った獲物を引いて歩く男衆の姿も多い。
アルノーを連れていれば、老若男女問わずに皆顔を覗きに来てくれる。可愛い可愛いと褒めてくれるので、頬も緩みっぱなしだった。
途中、よく見知った少年の姿を発見したので背後から声を掛けた。
「ルカ~!」
びくりと肩を揺らしてから、不機嫌顔で振り返る。
「いきなり呼ぶとか、驚くだろ!」
「ごめ~ん」
ルカはお買い物の帰りだったようで、荷物をたくさん抱えていた。
「大変な時に声を掛けちゃったね。重くない?」
「これくらい、ぜんぜん重くもないし」
「すごいなあ」
なんだか、ルカと話をしているうちに、アイナのことを思い出してしまった。いじっぱり繋がりで。
アイナ、元気かな? あ、エメリヒも。
二人とは手紙を通して近況報告を交わしていた。アイナもエメリヒも、毎日楽しいとのこと。上手くいっているようで、何よりである。
彼女のお爺さんも最近態度が軟化しつつある。もう少し経てば、状況も好転するかもしれない。その時になったら、村に帰って来ることを勧めてみようと思っている。
ルカにも、最近どうかと聞いてみた。
「どうってなんの話だよ」
「いや、ミルポロンとどうかなって」
「べ、別に、どうもしねえ!」
思春期の少年が女の子について素直に話をしてくれる訳がなかった。
年を取るとどうも好奇心旺盛になってしまう。注意しなければいけないなと反省した。
それにしても、袋一杯のジャガイモに、キャベツが四玉、革袋が三つ、背負った籠にも瓶類などが大量に収められていた。
母親のおつかいなんだろうけど、容赦ない内容だなと思った。
「あ、引き止めてごめんね、荷物重いよね」
「いや、別に、そこまで忙しくないし、荷物も重くねえし」
「優しいなあ、ルカは」
「普通だし」
「そっか」
先ほどからルカがアルノーの様子をチラチラと気にしたので、見せてあげた。
「うちの子、超絶可愛いでしょ?」
「嫁にそっくりだ」
将来男前に育ちそうだと言ってくれる。
確かに、アルノーは将来ジークみたいに女性にモテそうだと思った。
「そういえば、店を開くって噂を聞いた」
「あ、そうそう!」
ここぞとばかりに『紅蓮の鷲亭』の宣伝をする。
酒場と銘打っているが、お昼から夕方まではお酒を出さない。ジュースやお菓子もあるので気軽に来て欲しいと誘っておいた。
「何を出すんだ?」
「あ、え~っと」
品目を伝えたら、コーンド・ビーフという食材が分からないということもあって、怪しい目で見られた。
そこで閃く。
若者に、何を食べたいか聞けばいいのだ。
「ねえ、ルカ、何か食べたいものってある?」
「……肉」
なんとシンプル。お肉。
肉、ねえ。極夜中は保存食が中心となるので、なかなか難しいものではある。
狩猟に行けない期間なので、料理に使うのは、どうしても燻製肉が中心となってしまうのだ。
まあ、氷の中に買った肉を入れておけば、しばらく保つけど。
具体的に何が食べたいかと聞けば、肉団子という回答を頂いた。
串焼きとか肉煮込みとか言わないところが良心的だと思った。
「肉団子とかだったら、かさ増し出来るからいいよねえ」
「かさまし?」
「肉団子はパン粉とか、つなぎを入れるから、量を多くすることが出来るんだよ」
「肉じゃないものも入っているってことか?」
「そうだけど」
「し、知らなかった……」
衝撃を受けたような顔をするルカ。
これ、言わなかった方が良かったかな?
でも、つなぎを入れないと団子状にまとまらないし。
そのことを伝えたら、納得してくれた。
「お店、開店したら来てね!」
「……まあ、気が向いたら」
ミルポロンと一緒にね、という言葉は喉から出る寸前で我慢をして、呑み込んだ。
二人の仲も深まればいいなと、こっそり思った。
お散歩の帰りに土産屋に寄って肉団子を作る為のお肉を買ってみる。
肉団子にしたら一番美味しい肉を土産屋のおかみさんに聞いてみれば、豚肉を勧めてくれた。
お値段を聞いてびっくり。意外と安い。
狩猟で肉を得ることが出来る村では、家畜の肉の需要は低い。よって、商人はあまり仕入れて来ないのだ。持って来ていても、そこそこのお値段が付いている。
土産屋では、怪我や病気などをして、狩猟に行けない人達の為に肉の販売も行っていた。
本日は豚肉の大安売りの日だったようだ。
「最近、奥方の間でハム作りが流行っているみたいでねえ、たくさんに入荷しているんだよ」
「ほう!」
手作りハムと!
ジークが近所の奥様方に祖国で食べたハムの話をしてから、ちょっとしたブームになっているらしい。
ハムの作り方を知っているおかみさんが、商売をしようとレシピ付きで販売したら、瞬く間に完売をしたとのこと。
豚のハム。なんだか久々に食べたくなった。作り方は義父に習っているので、自分も挑戦しようかと多目に買っておく。
おかみさんからアルノーが可愛いからと、たくさんおまけを貰った。
◇◇◇
帰宅後は肉団子作りをすることにした。
その話を聞いて、母が提案をする。
「だったら、肉団子のパスタを作ろう」
「肉団子のパスタ、へえ、面白いね」
都の方ではよく食べられている品目らしい。美味しそうだと思った。
まずは豚肉を細かく刻む。
食感を良くする為に、粗く刻んだものと細かく刻んだものを混ぜることにした。
挽き肉状になったものをボウルに入れて、香辛料とパン粉を入れる。卵も入れたいけれど、極夜期間は手に入らないので、代わりに擦って水切りしたジャガイモを入れてみた。
ボウルの中の材料を粘り気が出るまで練り、丸く成型してから油で揚げる。
完成した肉団子は母の作っていたトマトソースと合わせて煮込む。
茹でたパスタの上にかけて乾燥バジルを振れば、肉団子のパスタの完成だ。
ごろごろと肉団子が乗っているパスタは、見た目も迫力があっていいと思った。まさに、若者向けの品目だ。
ジークも呼んで夕食を摂ることにした。
まずはメインの肉団子のパスタから。
フォークに肉団子を刺して一口。
噛めば肉汁がじゅわっと溢れ出てくる。挽き肉も粗いものと細かいものを混ぜたので、食感もかなり良い。香辛料もしっかり効いていて、トマトソースともよく絡んでいて、まことに美味である。
「リッちゃん、粉チーズを上からかけても美味しいよ?」
なんと!
母の言う通り、粉末状にしたチーズをパスタの上からかけてみる。
「お、美味しい!!」
トマトの酸味が柔らかくなって、濃厚な味わいとなる。
チーズを掛けるだけでこんなに変わるなんて。
肉団子パスタは、若者たちも喜んでくれそうな料理である。
作り方もシンプルだし、是非ともお店の品目に加えたいと思った。