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異国のごちそう

 辺境酒場『紅蓮の鷲』のメニューを見た母が、「なんだかおじさんが喜びそうなお料理ばかりねえ」と言ってくれた。

 そりゃ三十のおっさんが考えたのだから仕方がないお話だ。若いお兄さん、お姉さんに受ける料理なんて思いつかない。

 それに食材制限もあるから、色々と難しくもある。


「だったら、パスタを出したらどうかな?」

「パスタ?」

「そう!」

「もしかして、また世界旅行で食べたシリーズ?」

「当たり~」


 パスタというのは小麦粉を卵や水を入れて練った後に色んな形に加工し、茹でて様々なソースに絡めて食べるものらしい。全く想像出来ない。


「作ってみようか?」

「何? 食堂かどこかで働いていたの?」

「宿屋のおかみさんに教えて貰ったの」

「へえ~」


 ちなみに、言葉も通じないのに仲良くなったらしい。滞在中、父は夜に活動して、昼に眠るという残念な生態だった為に、通訳などしてくれなかったとか。とんでもなくしようもない生き物である。


「あ、でも、パスタって作るのに卵がないと駄目なんでしょう?」


 またしても立ちはだかる卵の存在。

 卵が使えないお蔭で、メニューが全体的におっさん風になってしまったのだ。

 だが、母は大丈夫だと言う。


「卵を使わないパスタがあるの」

「そうなんだ」


 早速、母は台所でパスタを作ってくれるようである。


 ちなみに、母が帰って来てからルルポロンは台所の使用を許してくれるようになった。彼女なりに、ここは大丈夫だから、他を頑張ってくれという意志の表れだったのか。

 彼女の気遣いが、とても温かくて、嬉しいと思った。

 ちなみに本日ランゴ家の面々はお休みである。


「では、早速作りましょう!」

「よろしくお願いします!」


 母はどうしてか何かを教える時は敬語になる。理由は不明。


「材料は三種類だけ」


 パスタの材料は小麦粉、塩、オリーブオイル、以上。


「今から作るのは、耳たぶパスタです~」


 『オレキエッテ』、小さな耳たぶという名前のパスタだという。


「まずは、粉を量ります!」


 自分も後で作れるように、材料の分量や作り方を紙にメモしておく。

 使う粉はパン用のものが半分、もう半分はセモリナという粗く挽いた小麦を使うらしい。

 セモリナは普段、揚げ物をする時にパン粉代わりに振ったり、クッキーやケーキなどのお菓子を作ったりする時に使う。


 ボウルに量った小麦粉の中に、ぬるま湯、オリーブオイル、塩を加えて手で捏ねる。

 結構力が要るようで、母の額には汗が浮かんでいた。代わろうかと聞いても、ご遠慮されてしまう。


 生地が纏まれば、乾燥しないようにボウルに布を被せてから保冷庫の中で数時間休ませる。


 二時間後。


 薄くのばした生地を棒状に切り、更に、それを小さく切っていき、ナイフの背を押し当てながら手前に引くと、生地がくるっと裏返る。この形にするのがポイントらしい。

 仕上がったパスタはしばらく乾燥させる。


「ソースはねえ、くったくたになるまで煮込んだブロッコリーと絡めると美味しいんだけど」

「この辺には売っていないよね」

「残念~」


 仕方がないので、家にある材料で作る。

 パスタと言えばトマトソースが主流らしい。


「じゃあ、トマトベーコンパスタにしましょう」

「いいね」


 トマト缶とベーコンはたくさんある。これならお店のメニューにも加えられそうだ。


 母がパスタを茹でる準備をしている間に、適当にトマトソースを作る。

 使うのは、夏に作ったトマトの瓶詰め水煮とベーコンと野菜。

 まずはスライスした乾燥ニンニクを、オリーブオイルを敷いた鍋で炒める。次に、ニンニクを取り除いてから、細かく刻んだタマネギを入れて、飴色になるまで火を通す。

 炒めたタマネギは一度皿に移し、今度は角切りにしたベーコンを焼く。軽く焼き色が付けば、タマネギにトマトの水煮、香辛料を入れて煮込めばトマトソースの完成。

 それと同時に、パスタも茹で上がったようだ。

 本日はランゴ家の面々も招待しての昼食会となる。


 机の上にはパスタの他に見慣れない料理があった。

 何かと聞いてみれば、ランゴ家と似たような格好の人達の家にお世話になった時に教わった料理だと言う。


「旅立つときにねえ、珍しい香辛料をた~くさん貰っていたの」

「へえ、そうなんだ」


 粉末のトウモロコシを薄くのばして揚げた生地に、細かく切った野菜や肉が乗っており、その上に貰った香辛料を使って作ったという赤いソースが掛かっている。


「これもトマトソース?」

「だいたいそんな感じ~」

「?」


 母はざっくりとした説明をしてくれた。

 他に、ちょっとした料理が並んでいた。結構なご馳走となる。

 準備が整った位の時間帯に、ランゴ家がやって来た。

 ご丁寧なことに、お土産として熊の燻製肉の大きな塊を持って来てくれた。極夜前なのでものすごく嬉しい。

 胸を拳で打ってお礼をする。

 ランゴ家の面々を食堂に案内すれば、揺り籠の中で眠っていたアルノーの周りに立って、嬉しそうに寝顔を覗き込んでいる。

 皆、子供が大好きなのだ。

 ジークがやって来て、三人に挨拶をすれば、ルルポロン以外いつものキリリとした顔に戻る。


 母はランゴ家に椅子を勧めた。

 食事を前にした三人は胸に手を当てて何かを囁いていた。きっと、食前の祈りだろう。自分達も精霊に祈りを捧げる。

 それが終われば、母は料理の紹介をしていた。


「これは、タコ! ランゴさん達も、食べたことがあるかな~?」


 どうぞと勧めれば、テオポロンは胸を拳で打ってから母がタコと呼んだ料理を口にする。

 すると、カッと目を見開き、隣に座ったルルポロンの顔を見ていた。そんな彼の様子を見て、ルルポロンもタコを口にする。

 ルルポロンは、タコを口にした瞬間に、ポロポロと涙を流し始めた。


「えっ、ルルさん、どうしたの!? あらら、どうしましょう」


 辛過ぎたのかしら、と母が呟くので、自分もタコとやらを食べてみる。


「うわ、辛っ!」


 母のトマトソースみたいなものだというのは、本当にざっくりとした情報であった。

 タコの上には、チリという異国の激辛香辛料がたっぷりと使われていた。

 自分もルルポロンみたいに、ボロボロと涙が出てくる。


「やだ、リッちゃんまで!!」


 ジークが水を飲ませてくれた。や、優しい……。


 辛いけれど、なんだか癖になりそうな味だ。体もポカポカしてくる。


 ふと気づけば、ミルポロンは平然とした顔で食べていた。ルルポロンも、落ち着いてからは笑顔で食べ始めていた。

 母の作ったおもてなし料理は、大いに喜んでいただけたようだ。


「もしかして、懐かしかったのかな?」

「あ、そうかもね」


 この辺では、チリという香辛料は手に入らない。彼らは久々に故郷の味を食べて、感極まったのかもしれない。


「あ、そうだ!!」


 母は食事の途中だというのに、食堂から出て行った。

 数分後、何かを持って戻って来る。


「ルルさん、これ、旅行の時に貰ったチリと、チリの種」


 家でチリを使った料理はあまり作らないからと、ランゴ家に進呈することにしたようだ。驚いた顔で、受け取るルルポロン。ここでも、またまた涙を零している。代わりにテオポロンが胸を拳で打ってから、その後に深く頭を下げていた。


「良かった、喜んで貰えて」


 チリが育つ環境かは分からないけれど、栽培が成功して欲しいなと思った。

 今度、商人に言ってチリの取り寄せが出来ないか聞いてみるのもいいかもしれない。


 その後、ベーコントマトパスタの試食を始める。


「あ、美味しい!」


 パスタはもちもちしていた。耳の形に似た窪みがある生地なので、ソースともよく絡んでいる。結構食べごたえもある料理だ。

 簡単に作れるし、お店のメニューにぴったりだと思った。


 ランゴ家の者達もパスタを美味しそうに食べてくれた。なんだか嬉しくなる。


「テオポロン、ルルポロン、ミルポロン、いつも、ありがとう!」


 改めて、ランゴ家のみんなにお礼を言う。


 十年以上一緒に過ごしていたのに、今までこういうことをしたことがなかった。

 それだけ、いろんな面で余裕がなかったとも言える。恥ずかしい話ではあるが。

 母やジークのお蔭で、やっと生活にも余裕が出来たという訳である。

 とても楽しい時間を過ごさせて貰った。


 彼らさえ良かったら、また今日みたいに一緒に食卓を囲みたいと思った。


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