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ああ、素晴らしき木の実よ

 本日は商人から買い取った木の実の加工に取り掛かる。

 その木の実とは、クルミ。

 クルミは秋の味覚の一つで、栄養価が高くて健康に良いと父から聞いたことがあった。

 他にも、美肌効果や老化防止、不眠症、内臓の強化に効果があるらしい。


 収穫したばかりのクルミは安価で手に入る。

 何故かと言えば、実を剥いていないからだ。これがまた、ちょっと面倒くさい。


 クルミは生った実を剥いた種の中身を食べる。


 三箱分のクルミを見て、ちょっと調子に乗って買いすぎたかなと、反省する。

 自分が困った顔をしているように見えたのか、テオポロンが手伝ってくれるようだ。


「じゃあ、皮を剥いて貰おうかな」


 テオポロンに説明して、作業を始める。

 とうてい熟れているようには見えない青い実を剥いていく。

 剥き方は金槌で実を打ってから、周囲の皮を取るという単純な作業である。

 水の中にクルミを漬けたり、土の中に埋めたりして実を腐らせるという方法は簡単に手で実を剥くことが出来るが、二週間も置かなければならないので、金槌で打って種を取り出す方が手っ取り早い。


 クルミの実を割る為に平たい石をその辺から二枚持って来てから作業を開始する。



「では、始めますか!」


 クルミからは茶色い汁が出てくる。これが指先を染めてくれるのだ。ベリーの果汁同様に、洗っても落ちない困ったものである。服にも付着しないように、注意をしなければならない。


 黙々と、作業を進める。


 ……それにしても、テオポロンの仕事が速い。


 次々と実を剥いて、籠の中にクルミを満たしてくれる。

 力強い助っ人のお蔭で、三箱分の実を剥ぐ作業は終わった。次にクルミの表面を洗う。

 クルミの表面には渋が付着しているので、洗って取り除かなければならない。

 井戸の水を汲み、大きな桶の中でざぶざぶと洗浄。

 ここでも、テオポロンが井戸から水をどんどん注いでくれる。


 ……いいなあ、その体力と筋力。


 テオポロンと同じ速さで水汲みをすれば、翌日は確実に筋肉痛だろう。

 悲しい現実でもあった。


 洗い終わったクルミは乾燥させる為に一つ一つ重ならないように桶に並べ、虫と小動物避けの網を被せておく。


 乾燥させること半月。やっとクルミが食べられるような状態となった。殻付きのままならば、一年から二年位ならば保存も可能で、貴重な栄養源となる。


 殻付きのクルミに湿気は大敵!

 風通しのいい場所で保存する。


「すごいな」

「ちょっと買いすぎちゃったかな?」


 大量のクルミを見て、ジークが驚いたと一言。

 反省している。

 三分の一はランゴ家に持って行くことにした。


「さて、味見をしてみますか!」


 生でも食べることが出来るが、渋い皮が取りにくいので一度炒ってから使う。


「クルミの殻はどうやって割るのか?」

「クルミ割りがどっかにあったんだけどね~……」


 鉄製の立派なクルミ割りを持っていたのに、探し物は探す時には見つからない。

 仕方がないので、手で割ることにする。


「硬い殻に見えるが、割れるのか?」

「コツを掴めば」


 クルミを二個掴んで殻の堅い凸部分を互いに合わせてから手を握り、もう片方の手も一緒に握り締める。

 すると、片方の殻が割れる。上手くいけば、両方の殻が割れるのだ。


「よっと」


 クルミを二つ持ち、手で握り締めて割る。パキっという音が鳴り、殻が割れた。


「へえ、凄いな」

「多分、誰でも出来ると思うけれど」


 物知り顔で殻割りについて語っていたが、正直に言って割れて良かったと思う。

 素手でクルミを割ったのは久々だ。綺麗に割れて良かったと一安心。

 器用なジークはものの数分でクルミが割れるようになる。


「手、怪我しないようにね」

「心配いらない」


 二人で協力して、試食分のクルミを割った。

 殻を剥いたクルミは鍋で軽く炒る。

 さっと炒めれば周囲の茶色い皮も剥けるようになる。

 まずはシンプルに塩を掛けて戴く。


 炒ったクルミからは香ばしい匂いが漂う。食感もサクサクカリカリで美味しい。

 ほどよい塩気が素晴らしいと思った。


「美味いな」

「だねえ」


 間違いなく、お酒とも合いそうだ。

 断酒中のジークは遠い目をしていた。


 次に試すのは、キャラメルクルミジャム。

 作り方は煮詰めた練乳キャラメルに炒ったクルミと蜂蜜を入れるだけ。


 ちなみに、練乳キャラメルは練乳缶を鍋に入れてぐつぐつと煮込む簡単料理だ。


「これを、パンに塗って食べる!」


 完成したキャラメルクルミジャムをパンにたっぷりと塗る。

 そして、一口。


 クルミとキャラメルの相性はばっちりとしか言いようがない。

 練乳キャラメルは缶を煮詰めただけなのに、しっかりと濃厚で、なんだか優しい味がする。

 パンはトーストした白パンの方が合いそうだと思った。


 ジークも女性達が好みそうな味だと褒めてくれた。


「トーストセットを作るべきか……」

「パンに練り込んで焼いても美味しそうだ」

「キャラメルクルミパン! うわ、絶対美味しいよ!」


 これについては、後日ルルポロンにお願いをして作って貰うことにした。


 ◇◇◇


 酒場の品目もどんどん決まりつつある。


 既に決まったメニューは


 ・コーンド・ビーフ入りのもちジャガ団子スープ(一日五食限定)

 ・コーンド・ビーフとジャガイモの炒め物

 ・魚のトマトソース煮込み

 ・牡蠣とキノコの炒め物

 ・日替わりスープ


 常時出せるメニューは缶詰を使って簡単に作れるもの。

 若干手間が掛かるジャガ団子が入ったものは限定メニューにさせて貰った。

 パンは黒麦パンとキャラメルクルミパンを用意する予定。


 お酒は


 ・ベリー酒

 ・赤ブドウ酒

 ・ジャガイモ酒

 ・麦芽酒


 ちなみに、お酒を出すのは夜の三時間だけと決めている。泥酔は駄目、絶対。


 酒以外の飲み物は


 ・ベリージュース

 ・コーヒー

 ・紅茶


 なんだか少ないけれど、これはまあ、仕方がない。

 他にもう一種、何か作ろうとは思っていた。成功するか分からないけれど。


 最後はデザート系。


 ・キャラメルリンゴパイ


 デザート系についてはまだまだ研究中である。

 やっぱり、卵・乳なしで作るのは難しい。

 極夜が終わったら、もうちょっとメニューを充実させたい。

 おかみさんが話していた、そば粉を使ったお菓子も気になる。


 夜。

 皆が寝静まった後で、台所に立つ。

 飲み物のメニューを充実させようと、試作品を作ってみることにした。


 材料は蜂蜜と黒砂糖、白砂糖、レモンに干しブドウ、酵母。


 まずは鍋の中で湯を沸かす。

 その中に砂糖を入れて、しばらく冷やし、その中にレモンの汁を投入。

 また、しばらく冷やす。

 湯がぬるくなれば、酵母を入れて一日置く。すると、若干シュワシュワと泡立つのだ。

 それを、干しブドウと砂糖を一匙入れた瓶に入れて、蓋に布を巻く。

 氷室の中で七日ほど置けば、飲めるようになる。


 微炭酸のレモンジュースの完成だ。

 ちょっと酸っぱく感じたら、蜂蜜を入れてもいい。


 酵母の量をきっちり量らないとお酒になってしまうので、注意が必要だ。


 これは母の作り方レシピ帖を見て作った。

 子供の頃から慣れ親しんでいたジュースでもある。


 一週間後、試飲をしてみたが、初めてにしてはなかなか美味しく出来たように思える。

 あっさり爽やかな味わいなので、こってりとしたお菓子と一緒に飲むといいかもしれない。


 ◇◇◇


 大工に頼んでいた店は先日完成した。

 青い壁と白い屋根は近所の奥様方に可愛いと評判だという。

 土産屋のおかみさんに隣の建物はなんだという問い合わせが殺到していると聞いたので、看板を作ることにした。


 ――辺境酒場『紅蓮の鷲亭』、極夜前に開店!


 一応、隔日営業で極夜期間は昼から夜に開く予定だ。

 人手や客の数など、全く想像出来ない。

 店を開きながら、探りつつ行うことになるだろう。


 宣伝をする為にポスターも作った。

 絵は母に書いて貰った。


 文字は書いてくれとお願いされたので、美味しい料理と楽しい場を提供する、『紅蓮の鷲亭』という内容を数枚に渡って書いていった。

 あと、一番重要な情報である『可愛い看板娘がお出迎え!』と書くのも忘れない。


 ポスターは城塞の食堂と土産屋、広場の掲示板などに張らせて貰った。


 開店まであと少し!


 楽しみながら準備をしていた。


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