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第十話 初めての夫婦の共同作業

 家に辿り着いた頃にはすっかり太陽も沈み、まるで夜になったかのような雰囲気となったが、時間帯的にはまだ昼過ぎである。


 連れ歩いていた犬を小屋の中へ連れて行き、ちょうど通りかかったテオポロンに銃やナイフなどの狩猟道具を渡した。


 ジークの持っていた兎を受け取ると、洗って干していた状態の桶の中に入れる。そしてその辺りの雪をかき集めてから革袋の中へ入れて、兎の腹部に当てるように置いた。


 この状態で三日間放置して、それから解体となる。


「血抜きはしないのか?」

「うん。冬の兎は血が美味しいからね」


 この時季の兎は格別に血の香りが良くなる。血を生かした調理をするので血抜きの必要は無い。ただ、血抜きしないまま放置をしていればお腹の中にガスが発生するので、雪で適温を保ちつつ一回目の熟成の為の保存をする。


 ジークには家に入っておくように言ってから、野兎を保存する部屋へと持って行く。


 小屋の中には解体前の動物が保存されていた。一昨日狩った野兎は今日辺り解体をしなければならない。その日は全部で五羽も狩ることが出来た。


 もうすぐしたら太陽が昇らない日々が訪れる。暗闇の中での狩りは危険なので、その日までに少しでも多くの保存食やお金を稼がないと大変なことになるので、今から更に忙しい時期を迎えることになっていた。


 本日の収穫は寂しいものであるが、何日も獲物を狩れない日もあるのでとりあえずは良しとする。


 外に出たらジークが待っていてくれた。自分だけ温かい場所に行く訳にはいけないという、俠気おとこぎ溢れる義理堅さを見せてくれる。


 帰宅をすればルルポロンが待っていましたとばかりに食事を持って来てくれた。


 昼食もかなりの量が用意されている。

 潰したジャガイモの上にあるのはウサギの香草煮込み。深型の木皿に装われているのは肉団子のベリーソース絡め。パンはいつもの黒麦パン。焼きたてだからか厚めに切り分けられていた。ふっくらこんがり焼きあがったキノコのスープパイは、サクサクな生地と濃厚なクリームと一緒に食べれば至福の時を迎えることが出来る。脂の乗った白身魚のチーズ焼きはふっくらとした身が口の中でトロけている。


 ジークはこの国の食事は自国のものより美味しいと絶賛してくれた。

 我が家の食事は唯一の自慢だったので、認めてもらって思わず顔もにやけてしまう。


 商人から買う食材は高い品ばかりではあるがなるべく良い物を購入し、美味しい食事を作って貰う為にお金を惜しまないようにしようと心に決めた瞬間である。


「昼からは何をする?」

「三日前に狩った野兎の解体をしようかなと思っているんだけど」


 流石に初日からジークに動物の解体を教えるのはどうかと思ったので、自由に過ごしても良いと言った。


「では、解体を見学させて貰おうか」

「あ、そういう事になる?」

「暇を潰すのは苦手でね。他に仕事があれば請け負うが」

「いや、無いです、なにも」


 薪割りや動物の世話、掃除などはミルポロンがしてくれるし、武器の管理や解体小屋や保管庫の手入れはテオポロンがしてくれる。台所はルルポロンの聖域なので、入ることは家主の自分ですら許されていないのだ。

 他に仕事が無いかと聞かれても、簡単に出来るものはこれと言って無いというのが現状である。


 結局昼からの行動もジークと共にすることになった。


 それからしばらく胃を休めてから外に出る。

 保存部屋から三日間熟成させていた野兎を持ち出し、解体部屋へと持って行く。


「今日は一昨日狩った兎の解体を致します」

「ああ」


 いきなり四足獣の解体から見せるのは大丈夫なのかと思ったが、他に捌ける動物も居ないので、本人のやる気を尊重する形で仕事を始める。


 解体部屋の壁には百本近いナイフがある。ほとんどが祖父の集めた収集品だ。どれも定期的にテオポロンが磨いてくれるので、どれをとってもピカピカな刃が出てくる。


「ナイフは、これかな~」


 解体に使うのは小振りのナイフ。


 兎を捌くのは簡単なものでナイフ一本で出来る。使い慣れた品を壁に張り付けてある鞘から抜き取り、作業台の上に刺して置いた。


 背後に立つジークを振り返れば、至って冷静な顔で居る。


 解体部屋は綺麗な状態に保たれていたが、血生臭さは簡単に取れるものではなく、昨日テオポロンが大物を捌いたので、臭いがまだ残っていた。

 大丈夫かと声を掛けると、しっかりと頷きながら問題ないと答える。


 最終確認は済んだので、野兎の解体作業を始めることにした。


「まずは踵骨腱辺りを切り落として……」


 左右の腱に切り込みを一周入れてから足をしっかり掴み、皮を肉の表面にナイフを差し込んで剥がす準備をしておく。それから内モモから刃を滑らせながら進み、股関節の辺りまで行ったら、そこからお尻あたりの皮を剥いでいく。


「ここはねえ、精巣を潰さないようにしないと大変なことになるから」


 うっかり睾丸なんかを潰してしまえば、臭いが付着してしまい肉は台無しとなるのだ。


 そこから先はナイフと力技でぐいぐいと皮を剥いていく。腹の辺りは肉が薄いので刃で傷つけないように慎重に進めるのがコツだ。最後は腰をしっかりと持ってぐいっと引っ張れば、あっという間に脱皮となる。


「……と、まあ、こんな感じ」

「簡単そうに見えるが、実際にしてみたら難しいのだろうな」

「う~ん、どうかな。個人の手先の器用さにもよるかも」


 解体も子供の頃に習う技術の一つとされている。最初鳥の解体を見せられた時は、あまりにも衝撃的過ぎて何度も夢に見てしまった程だった。悲しい幼い頃の記憶である。


「剥いだ皮はね、薬湯に浸けてなめさないといけないんだけれど、それはまた後で」


 皮剥ぎは一番気を使う作業だ。剥いだ毛皮は生活を送る為に大切なものであり、失敗は許されない。


 毛皮を剥いた後は内臓等の摘出作業となる。

 裸の兎を仰向け状態にして、尿道を破らないように切腹する。血は洗い流さないで拭き取るだけでいい。腹の中のものを取り出して、部位ごとに選別をした。

 それから様々な部位をどんどんナイフで外していき、頭を切り落とす。

 胴、前足二本、モモ二本に切り分ければ解体は終了となった。


「これで終わり。一週間位熟成させれば食べられるよ」

「気が遠くなるような手間だな」

「そうだね」


 その後三羽の解体作業を眺めていたジークに最後の一羽を捌いてみるかと聞いたら、やってみたいと言うので、時間を掛けて兎を慎重に切り刻む事となった。


 夫婦の初めての共同作業が兎の解体となってしまったことに気が付き、もっと記念になるようなことをすれば良かったと深く後悔をする事となる。


 ◇◇◇


 夜。

 ミルポロンの用意してくれた湯にゆっくりと浸かる。


 毎日の楽しみと言えば食事と風呂位しかない。


 だが、今は違う。

 ジークと出かけたり、お喋りすることが嬉しくて堪らないのだ。

 食事だって今まで一人で食べていた。誰かと一緒だとより一層美味しく感じるものだから、不思議なものである。


 風呂から上がった後に夕食を摂り、ジークが部屋で暇だったら遊戯盤をしようと誘ってくれた。勿論夜はいつでも暇なので、喜んで誘いに応じる。


 居間の机の上に置かれたのは、以前ジークと玩具屋で購入をした品だ。


 ます目の描かれた盤に裏表が白と黒に塗られている丸く小さな駒を使って遊ぶものらしい。

 ますの上に白と黒の駒を交互に置き、相手の色を囲むように打って自分の駒にしていき、最終的に盤の上で多い色の方が勝ちという単純なもの。


 しかしながら、何度かやってみるものの、なかなかジークに勝てない。


「もう一回!!」


 軽い気持ちで始めたお遊びなのに、こちらもだんだんと真面目に取り組むようになっていたが、どうしても勝てない。


「……また、負けてしまった」

「まあ、遊んだ年数が違うからな」


 これはジークの国の遊戯盤ではなく、異国から持ち込まれたものだとか。子供の頃から遊んでいるので、戦略なども知り尽くしているのだという。


 ジークが欠伸をし始めたので、今夜はここまでとした。


「……明日は勝つ」

「何度でも受けて立とう」


 ジークは遊びにも手を抜かない人だった。


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